日記(新作)
4月××日
今日、余命宣告をされた。3か月。
なんだか全然ピンとこない。妻と一緒に泣いた。こんなに抱き合ったのは久しぶりかもしれない。泣きおわったあと、「心残りは長男がまだ独身のことだけだ」と笑い合った。
4月×○日
担当の先生に、延命治療よりも痛みの緩和を優先してほしいと伝えた。あまり、副作用がない薬を処方してもらえるようになった。在宅による緩和ケアもあるらしい。
5月△日
やっと家に帰ってこれた。やはり、自宅は落ち着く。明日は、娘夫婦が遊びに来てくれるらしい。久しぶりに孫とも会える。連休を利用して、泊まってくれるそうだ。ここのところ妻も疲れているので、よいリフレッシュになれば。彼らにゆっくり会えるのもこれが最後になるかもしれない。最高の思い出をつくりたい。
5月◇日
孫たちが帰っていった。本当に楽しかった。初日は、妻とふたりで唐揚げをつくり、夜はみんなでそれを食べてワイワイと。「じいじのごはんおいしい」と言ってくれた。こんなにうれしいことはない。孫は寝てしまったが、おとなたちで思い出話をした。思春期のときの親子けんかの話がいちばん楽しかった。
2日目は妻と孫の3人で散歩にいった。近所の公園。桜は散ってしまったが、緑が生き生きとしている。すべてが眩しい。病気のせいかすぐに息がきれてしまう。それでも楽しかった。3人で手をつないでいると、昔にかえったみたいだ。少し涙がにじむ。
夜には長男が来てくれた。なにもいわず、2人で酒を飲む。「逆転ホームランはないのか」と聞いたら、「あるわけないだろ」といわれてしまった。残念。
5月××日
今日は妻といつものレストランにいった。昔から2人でいっているいきつけのお店。私はいつもの「グラタン」、妻はこれまた「ハンバーグ」。本当にかわらない。
懐かしい思い出話をした。
初デートの失敗談。これはもう何回いわれているのだろう。緊張していたのだからしょうがないだろう。
プロポーズのときの話。そわそわして、ばれてしまっていたあの時の話。
子どもが生まれたときの話。うれしさと緊張でパニックになって看護師さんに笑われた思い出。
娘の結婚式。ロボットダンスのようになって歩いてたと笑われてしまった。
こういう思い出話が増えた。おたがいにこころの準備を整えているのだと思う。
6月○○日
また、しばらくあいてしまった。病室の窓から照りつける日光はどんどん強くなっている。もうすぐ夏だ。
みんながお見舞いに来てくれる。少しずつ力が抜けていくのがわかる。時間があるとすぐに昔話をしてしまう。自分が家族や友達と作りあげた宝物を実感したいのだ。うるさがられていないか少し心配だ。
6月△△日
ついにペンももつことができなくなってしまった。寝ているのか起きているのかも曖昧な不思議な感覚。すべてがフワフワしている。その感覚が突然痛みによって壊される。本当によくわからない。
視野がぼけていく。ひかりがどんどん近づいて来る。だれかが私の手を握り、話しかけてくる。きっと彼女だ。やさしく力強い。この手をずっと握ることができた。とても幸せだった。ずっとそうお……。




