白い雪原(歴史)
6月22日
ついに今日、開戦となった。
我が祖国は、帝国に宣戦を布告した。
国境付近で待機していたおれの部隊も、敵国へとなだれ込む。
帝国で圧政に苦しんでいる人々を救うための戦争だ。
おれたちは今日から英雄だ。
6月23日
今日はさっそく帝国軍と遭遇した。
結果は圧勝だった。正義は必ず勝つ。
最新の兵器で武装されたわが軍と田舎者の帝国軍。相手になるわけがない。
今日の夕食は、戦勝祝いの肉と温かいスープだった。
我が部隊は敵の首都へと進んでいる。
7月10日
進軍は順調に進んでいる。
帝国領の奥深くまで、順調に進軍している。
部隊の仲間にもほとんど被害が出ていない。
勝利はもうすぐそこだ。
帝国軍は苦し紛れにゲリラ戦をしているようだが、たぶん焼け石に水だろう。
仲間たちとトランプをして遊ぶ。
今日は大勝ちだった。
8月22日
敵の首都まで、あともう少しのところまで来た。
帝国軍のゲリラ戦の影響で、補給が滞り気味なのが、ネックだ。
こんな缶詰やチョコレートバーの食事だと、嫌になってくる。
敵の首都を落とせば、この戦争は終わる。
そしたら、盛大なパーティーが待っているだろう。
大いに食って飲んでやる。
9月1日
ついに敵の首都を包囲した。
敵の反撃もほとんどない。
少しずつ肌寒くなってきた。
早くこんな戦いを終わらせて、温かい家で酒を飲みたいぜ。
缶詰の備蓄 もそろそろ無くなりそうだ。
9月22日
ついに帝国の首都が陥落した。
おれたちは意気揚々と入城したが……
すでに皇帝を含む首脳陣は逃亡した後だった。
往生際が悪い奴らだ。
さて、今から温かい食事にありつけるはずだ。
楽しみだぜ。
9月23日
なんてやつらだ。
あいつら、自分の国の首都に放火しやがった。
パーティーで気が緩んでいた、おれたちは大慌て。
日は一瞬にして燃え広がってしまった。
奪えるはずだった物資も、補給された貴重な物資も……
10月3日
帝国の奴らは、未だに降伏しない。
散々、降伏勧告をしてやっているのにも関わらず。
最近は缶詰もチョコレートも2日に1回しか食べられない。 くそったれめ。
10月13日
ついにお偉方たちは、撤退を決定したらしい。
遅すぎる。
もう雪まで降り始めているんだぞ。
温かい部屋で、会議をしているやつらをぶっ殺してやりたかった。
ムカつくので、捕虜を蹴り飛ばしてやった。
10月25日
本格的に、冬がはじまったみたいだ。
装甲車のオイルまで、凍り付きはじめやがった。
持ってきたコンピュータまで、寒さのせいか故障が頻繁になっている。
11月4日
ついに車が完全にイカレやがった。
今日から徒歩での撤退とか上官が言っていた。
もうろくなもんも食べていない。
11月5日
歩いていたら村を見つけた。
ちょうどいいので、銃で脅して食い物を 奪ってやった。
ひとり逆らうやつがいたが、鉛玉で黙らせてやった。
久しぶりの食事はうまかった。
11月6日
久しぶりにゲリラに襲われた。
なんとか撃退したが、RとOが戦死した。
まだ、ポーカーの借金が残っているのに。
あいつらめ。
11月10日
またゲリラに襲われた。
今回の襲撃で、もう何度目かわからない。
弾もほとんどなくなってしまった。
Gが死んだので、やつの食料を奪っておいた。
今日はラッキーだぜ。
11月15日
上官の様子がおかしい。
言葉がうまく伝わらないのだ。
「昨日飲んだ赤ワインはうまかった」
だの
「門限があるから、もう帰らなくてはいけない」
とか言っている。
かじかんだ手で日記を書くのが辛くなってきた。
なにか食べたい。
11月16日
吹雪のせいで、まったく前に進めない。
仮設テントの中に一日中籠っていた。
夜、ついに上官が泡をふいて倒れた。
「おれたちはスーパーマンだ」
という最期の言葉がどうしようもなく、むなしかった。
11月17日
もう指が動かない。
日記は書けそうにもない。
いったい、どれくらい歩いたのだろうか。
ずっと続く白い雪原。
襲いかかる冷気。
感覚がいつの間にか麻痺している。
普通に歩いているはずなのに、一緒にいたはずの仲間たちはいつの間にか消えていた。
たぶん、死んだんだろう。
気がくるって、凍った川に飛び込む者。
雪をパンだと勘違いして、食べ始めて凍死する者。
どう考えても限界だった。
おれたちは、正義を実践するために、ここに来たはずなのに……。
どうして…………
どうして……
どうして
11月18日
また、朝がきた。
もう部隊も半分以下になってしまった。
「おまえ、早く死ねよ」
仲間たちがお互いにそう言い合っている。死んだ仲間から、上着や隠し持っていた食料を奪うのだ。
昨日、偶然見つけた村で、物乞いをした。
弾もないから、ひたすら頼むだけだった。
敵兵に物を恵んでくれることなどなく、ただ、転がっていた芋をひろって食べただけだ。
雪原が広がっている。
もう動くことすらままならない。
科学万能のこの時代で、おれたちは自然に殺される。
シャレにもならない。
そうだ、これは夢だ。夢に違いない。
夢だから、こんな非現実的な妄想に囚われるのだ。
本当の俺は、今頃、凱旋パレードに出て、英雄として扱われているに違いない。
「おれは、ヒーローだ」
ははははははははっはははっははっははははははははははははっはっははははっははははは
大笑いを浮かべて、おれは街へと繰り出した。
楽園がそこには広がっていた。




