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魔法の針(SF)

 少し不思議な話をしよう。


 これは20年前の話だ。




 仕事終わりの居酒屋で、ひとり、焼き鳥をつまみにビールを飲んでいると、ひとりの爺さんから話しかけられた。


 「お隣、いいですかな」


 「どうぞ、どうぞ」


 「おや、お兄さん、顔色が悪いね。どこか悪いの」


 「最近、腰が痛くて。座りっぱなしな仕事のせいですかね」


 「おやおや、それはいかんな。なら、いいものをやろう」




 老人はおれに数本の針が入ったケースをくれた。




 「これは不思議なまほうの針でな。具合が悪いところに刺すと効果があるんですわ」


 「本当ですか~。酔っぱらって、適当なこといってるんでしょ」


 「ホホホホ、まあ使ってみなさい」


 「なら、酔っぱらった勢いで使ってみます」半信半疑だったが、もらえるものはもらっておこうという小市民な考えが浮かんだ。




 その後、仕事の愚痴などを老人と話したと思うが、よくおぼえていない。


 気がついたら、家の布団のなかだった。




 朝から腰が痛いし、動くのもだるかった。


 医者から痛み止めはもらっているが、あまり効果がなかったのだ。




 どうやら、スーツのまま寝てしまったようだ。


 寝返りをうつとポケットに違和感があった。


 あの老人からもらった、針ケースだ。




 もうこの際ヤケだ。使ってみようと、針を取りだした。


 おそるおそる針を腰に近づける。


 ぷすっという感覚が、もうまじかに迫っていると思った瞬間、不思議なことがおきた。




 もっていた針がなくなってしまったのだ。


 体に入ってしまったのかと焦ったが、痛みもない。


 本当にきえてしまったらしい。




 さらに、不思議なことに、あの鈍痛もどこかにいってしまったのだ。


 体が軽い。あの老人のいっていたことは本当だったのだ。


 残された針はあと3本。これを大事に使おうとわたしは決心した。



 それから、半年がたった。腰はとても好調だった。あれ以来、痛みはまるでない。


 針も順調に消費してしまった。


 母が転んで骨折してしまったときに1本。こどもが高熱を出したときに1本。




 ふたりとも、すぐに元気になった。これはすばらしい針だった。




 そして、最後の針を使うときがきたのだ。


 その日、仲が良い上司と飲みにいった。上司はかなり悩んでいた。


 普段、弱音をはかない上司が珍しい。


 なかなか、理由を話してくれないので、酒を飲ませたらやっと教えてくれた。




 「実は、妻が胃の病気でな。もう長くないらしいんだ。弱っていく姿を見るのがつらくてな」




 おどろいた。たまに遊びにいくと、いつも美味しい料理を作ってくれるあの奥さんが。




 「課長、実は自分は病気を治せるまほうの針をもってるんです。信じられないかもしれませんが、試してみませんか?」




 課長は最初、信用していなかったが、おれの必死な頼み込みで「わかった」といってくれた。




 休日、おれは課長と奥さんの病室へ向かった。


 奥さんは寝ていた。とてもやつれていた。




 「では、やってみてくれ」


 「はい」




 おれは、いつものように針を腹に刺そうとし、針はきえていった。




 「これでたぶん大丈夫です」


 「そうだといいんだが」課長は祈るようにつぶやいた。




 翌日、奇跡はおきた。


 おれは課長からの電話でたたき起こされたのだ。


 興奮気味に課長はおれにいった。


 「妻の病気が治ったそうだ。検査をしても、なにもみつからないんだ。1週間後には退院できるらしい。きみのおかげだ。なんといったらいいか」




 おれも課長と一緒に泣いた。「本当によかった」とふたりで繰り返した。




 だが、幸せも長くは続かなかった。


 3か月後、奥さんは交通事故にあって亡くなってしまったのだ。




 告別式の日、おれは課長とは話した。


 「きみがせっかく病気を治してくれたのこんな結果になってしまってすまなかったね」


 「そんなあやまることなんかじゃ」


 「でも、本当にありがとう。きみがくれた3か月はわたしたち夫婦の中でとても忘れられないものになったよ。ふたりでいきたかった温泉旅行にいったり、年甲斐もなく映画デートをしたり。本当に幸せだった。あのまま妻がベットで寝たきりだったら、一生後悔するところだった。本当にありがとう」




 おれはいたたまれなくなって、いつもの居酒屋に逃げた。


 グデグデになった状態で、あの老人にまた会ったのだ。




 「おやおや、今日は荒れているね。なにかあったのかい」


 おれは今までおきたことを、老人に話した。口調は荒かったと思う。




 「それは悪いことをしたな」彼はいった。


 「おそらく、奥さんはその日に亡くなる運命だったのだ」




 「運命?」


 「そう、運命じゃ。あの針は病気は治せても、ひとの運命まではかえることができないんじゃ。病気にその日死ぬ運命が、交通事故に置き換わってしまったんだ」


 「じゃあ、おれがやったことは無駄だったのか。課長に残酷な希望をもたせてしまったんじゃないのか」


 「なんともいえんが、それは違うと思うぞ。ベットで薬漬けで死ぬという運命を変えることができたのだからな。奥さんも幸せだったはずじゃ」




 その日は老人と朝まで飲み明かした。それ以来、その爺さんとは会えていない。

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