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夕暮れの墓前(ヒューマンドラマ)
わたしはいま妻の墓の前に立っている。
妻は3年前に死んだ。突然の死だった。
かえるの声と田んぼの野焼きの煙臭さにあふれたさびれた墓地。
まわりには誰もいない。
私は、持ってきた日本酒のふたを開ける。
妻に飲みすぎだといつもいわれていた酒だ。本当になつかしい。
これが最後の酒となる。安酒だが、最後はこれしかない。
意識がどんどん遠くなる。ただ眠い。
「苦労をかけたな」
いないはずの妻にわたしはこうつぶやいた。
落日だけがわたしと一緒だった。