前へ目次 次へ 2/124 夕暮れの墓前(ヒューマンドラマ) わたしはいま妻の墓の前に立っている。 妻は3年前に死んだ。突然の死だった。 かえるの声と田んぼの野焼きの煙臭さにあふれたさびれた墓地。 まわりには誰もいない。 私は、持ってきた日本酒のふたを開ける。 妻に飲みすぎだといつもいわれていた酒だ。本当になつかしい。 これが最後の酒となる。安酒だが、最後はこれしかない。 意識がどんどん遠くなる。ただ眠い。 「苦労をかけたな」 いないはずの妻にわたしはこうつぶやいた。 落日だけがわたしと一緒だった。