つぎはぎの記憶(ヒューマンドラマ)
私は記憶のつぎはぎができる。
記憶のつぎはぎ。
簡単に言ってしまえば、都合の良いことはおぼえることができるし、悪いことは忘れてしまえる。
それも自分の意志で。
例えば、学生時代、教師に怒られたとする。気分はとても落ち込むだろう。
でも、わたしはそれを3秒も引きずらない。
なぜなら、それを簡単に忘れてしまうことができるのだから。
私は3秒後に嫌なことは忘れてしまう。
そして、忘れたこと自体、記憶には一切残らない。
だから、わたしのなかの思い出はすべてが素晴らしいものばかりだ。
すべての恋が初恋同然だし、黒歴史にもだえることもない。
ある日、わたしは街で見知らぬ男に話しかけられた。
「久しぶりじゃん。元気だった」
こういうことはよくある。
たぶん、嫌なことをされた友だちか元カレだ。
「そうだね。元気だった。そっちは」
話をあわせる。
「あの時はごめんな、じつはあの時……」
「いいよ、もう忘れた」
私は冷たく言い放つ。
「そっか、そうだよな」
「うん、じゃあまた」
「ああ、また」
この記憶も、私は数秒後に忘れてしまうだろう。
※
彼女はどこかに行ってしまった。
「あの時、けんかにしなければな……」
「プロポーズしようと思っていたんだ、おれ」
聴こえないはずの彼女に向かっておれはつぶやいた。