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じぶんは、どうすればいいんだろう

とてつもなく暑いですね。熱中症には皆様もお気を付けください。



白華国……白仙教とそれに反抗するモノらの戦争は白仙大陸全土を巻き込んで勃発していた。

あらゆる所であらゆる反乱の火種が燃え上がる。

もはやこれはただの戦争ではない。正真正銘の生存競争と言える。



天の御座より死ねと全ての汚物に命じる“主”とそれに抵抗する全てのちっぽけで惨めな命の足掻きがぶつかり合うのだ。



そしてその殆どの戦いに尋問官は参戦し虐殺の限りを尽くしていた。

彼らのローブは戦いが進めば進むほど益々美しくなっていく。



東に住まう森と共存する民が森という地形を生かした戦いを行えば尋問官は森に特殊な仙術と薬剤をしみ込ませた枯れ葉を仙兵からばら撒き、広大な森の全てを汚染しそこに在った生態系を根絶やしにする。

西で山を拠点にする者らが立ち上がれば天意の代行者たちは術で作り上げた猛毒を水源に落とした上で更に毒を風に乗せて全ての穴倉に流し込みあらゆる民を苦痛の底に沈めて殺す。

北の凍土の民族が立ち上がれば、彼らは巨大な炎で雪山を溶かし、彼の民族を水の底に沈め、南の温暖な者らにはその地に生息する羽虫に毒を乗せて撒き散らしおぞましい病気を蔓延させる。


民に愛され、民を愛した女王が居た。

彼女の最後は文字にさえ起こせないほどの無残なモノだった。



民を率い、平和を願った王がいた。

彼の最後は歴史の闇の中であっても尚眼を背けたくなるようなモノだった。



彼らの行く先々には聖絶があった。

血と屍で世界を彼らは埋め尽くしていく。

死だ。もっと死を。もっと美しい世界を。



あらゆる怨嗟を彼らは受けていた。

憎悪と苦痛と、復讐の念が世界に渦巻き、白仙という規律の象徴となっている。



そして…………。















「今日はここまでにしておこうか」



女帝が無表情でいう。彼女の目の前には苦い顔をした男がいた。

男は女の話に聞き入り、気付いていた。

記憶は未だに戻らないが、彼の芯根にこびりついた部分が告げている。



「……自分が尋問官ですね。それも、彼らを率いていた立場の」



この事実を確認するのは煮え湯を飲む等という生易しい次元の話ではない苦痛を伴った。

溶けた鉄を飲み干すという表現さえもぬるい。

世界で最も憎まれ、多くの文化と命を奪った男だと突きつけられる事への苦痛はとてつもない。



「そうだ。大尋問官。白仙の処刑人。白華の殺戮者。それがお前のかつての姿だ」



女は自らの腹を指でなぞりあげる。

男にはそこに在る何かを愛しんでいる様に見えた。



「全ては過去だ。白仙は既に無く“主”も居ない。何もかも滅ぼしてやった。

 ……やはり自分は死ぬべきだ等というつまらない事は言うなよ」



女帝が先んじて釘を刺せば、胸中を見透かされた男は更に苦々しい顔をした。

彼女の話で語られる大尋問官の行動は彼にとってみれば他人事でもあり、同時に自分がソレを行ったのだという手ごたえに近いモノを感じるモノでもあった。

そうだ。自分が大尋問官だ。“主”の傀儡であり、途方もない命を奪った男だと彼の内側では木霊していた。



「繰り返し申します。何故自分を手元に置くのです? 

 このままでは自分が向けられていた怨嗟はあなた様にも飛び火してしまうでしょう」



「……何度だって言ってやろう。お前を愛しているからだ。それが全ての答えだ。

 我は一々民の顔色を窺いながら生きよう等とは思わん。

 文句があるものが居るのならば名乗り出ればよい。相手してやる」




全く判らない。彼女はどうしてそこまで自分に拘るのかやはり男には理解出来なかった。

どう考えても自分は火種だ。それも特大の。

彼女が葬った過去の悪逆なる者達の象徴。言わば最悪の置き土産。

普通の考えならば決して生かしておこうなどとは思わないだろう。



「愛される理由が判らないと思っているな。何故こんな自分がここまで気にかけられるか判らないと」



男の心中などお見通しだと女帝は微笑む。

苛烈な性質の彼女の普段の姿からはかけ離れた少女の様な顔に男は一瞬面くらった。

だからだろうか、一瞬の隙をついて女が男の前に移動していた事に反応できなかったのは。



眼と鼻の先に憂いと興奮が同伴した女の顔が映る。

真っ青な瞳の中に自分の顔が見えた。

細い指が男の首元に回され、愛でる様に撫でまわす。


過去を懐かしむ様に、今を生きている男の命を確認しながら女は朗々という。



「かつてのお前は何もかもを捨てながらも確かに自分の心に従い選んだ。

 今は失われてしまっているが、やがてソレを思い出すのも時間の問題だ。

 今宵の話はお前にとっても刺激となり、カギとなる。

 多くの血を見るだろう。

 自分の作り上げた死と苦痛を見て、かつては押し殺していた良心の呵責に苛まれるだろう」



小動物が親愛の情を示すように彼女は男の額を指でなぞりながら、熱い息を吐いた。

情事を求める女の様な色気。背筋が凍りつく程の艶がそこにはある。



「泣き喚くだろう。果てのない悪夢を見るだろう。苦しんで苦しんで心臓を抉りたくなる。

 だがそれでも生きろ。死ぬことは許さん」



「自分は、あなた様に、何をしたのですか? いや違う……あなた様……あなたは誰?」



余りに大きすぎる女の執着の念を感じた男は僅かばかりの恐怖と……肯定される喜びと、混乱に満ちた声を上げた。

名前を呼ぼうとしてそれさえ未だ知らない事に改めて気づいた彼は口元を抑える。

誰だ? この目の前の女は一体誰なんだ? 彼女は誰? 



「名前……名前を教えて下さい……自分はまだ、それさえも知らない……」



女の顔が歓喜に満ちる。

その言葉を待っていたと彼女はとてつもない笑みを浮かべる。

この笑顔は太陽だ。何もかもを焼き尽くして平定し揺らぎもしない凶念が噴き出た顔だ。



「そうだな。もう焦らさないと言ったからな。改めて名乗ろうか……我は」



男は女の言葉を聞いた。それは短い名前であったが、同時に知っていた名前。

この世で最も深い念を込めて紡がれた言葉だ。



“アマツ”



これが彼女の名前だ。男の唇が動き、無意識に名前を繰り返す。

まるで何百回も呼んでいたかの様にとてもその言霊は彼に馴染んだ。



「アマツ。アマツ……」



はっと男が気が付く。

権力者の名前をみだりに唱える事はとても不敬だということを。

だが彼女の顔に不快さはなく、むしろ笑顔を浮かべていた。



「よい。許す。そして次からは我の事は名前で呼ぶようにしろ」



素直に男が頷けば益々彼女の機嫌はよくなっていく。

彼女は男の手を取り、導く。

強すぎず弱すぎない力で掴まれた腕は恐らく何をやっても離す事は出来ないだろう。

男には彼女と繋がる腕がとてつもなく頑丈な鎖に見えた。



「さて。食事も終わった。時間はまだまだある。歩くぞ」



いつの間にか男とアマツは今までいた幻想的な空間から食事を行っていた部屋へと戻り、女に引っ張られて男は立ち上がる。



「何処へいくのです?」



男の問いに女は胸を張って答えた。



「二つ目の自信だ。我の統治する世界を見せてやる」














また幾つかの国が滅んだ。

夥しい量の血と死体の山は“主”の齎す麗しき青光と純白の爆発によって何も残らず浄化された。

戦争は終始白仙……白華が優位に事を進めていた。



白仙教。白華は強い。

何故ならば彼らは死を何とも思っていないからだ。

倫理などなく、兵の事も民の事も何も考えていない。

極論一部の戦いで負けようとそれは“主”にとってはある意味では勝利である。



“主”の願いはあらゆる汚物の浄化と聖絶。

それは白仙さえも例外ではない。

白華の兵士や民が死んでも“主”は喜ぶ。



そしてこの国の軍は戦い勝利するためにあるのではない。

殺して死ぬために存在する。

故に普通の軍にとっての問題は全て考慮から外れる。


補給が出来ない? 

飢えて死ぬ? 

疲労で兵士が動けない? 

士気が低くなる?



全てかの軍の前に意味はない。

食い物がなければ奪い取れ。それでも足りないならば死ね。

疲労で死ぬ? 死ねばいい。壊れた道具は“主”の役に立たず、存在する意味はない。

士気に関しては議論することさえ意味がない。


全ては“主”の望むがままに。

白華の兵士達に自我は存在しない。

そんな不要なモノは加護を授かった時点で漂白されている。

黙々と戦い、汚物である敵と自分の命をこの世から抹消するだけに存在するのだ。



だがこの白仙大陸の支配者であり最大最強の勢力を誇る白華には言ってしまえば軍などいらないのだ。

全ては捨て石である。

もっていても邪魔なだけの。一人か二人を道連れに死んでくれればそれだけで良い。



白華には一部の優れた仙術の使い手と王と尋問官さえいればいい。

それ以外を戦争に出す理由など単純に聖絶を行う手を増やす為でしかない。

“主”にとっては己だけが価値ある存在であり、他の万象全ては無価値である。



この国は人の為にあるものではないのだから。

全ての命を減らすために存在しているのだ。




大尋問官が歩いている。

白華の王都「昇陽」の中央に存在する純白の宮殿の中で真っ赤な彼の装束はとても冴えた。

行きかう人々全てが路を開ける。誰も彼もが頭を垂れ、表情の消された顔で偉大なる執行人を見送る。



巨大な鉄製の扉を開け、堂々たる様で静謐な空間を闊歩し……跪いた。

ここは白華の王都にして王宮。ならば座するのは王であるが、玉座には誰もいない。

しかし大尋問官は当然として空っぽの座に礼を尽くす。



「戻りました。“主”よ」



告げると同時に、玉座……否、御座には一人の老人が座っていた。

金で刺繍を施された純白の衣に美しい装飾の鎧を着込んだ白髪の偉丈夫だ。

彼こそが絶王とも称される白華国の王にして“主”のこの穢土における化身。



絶王はもう何百年も君臨し、定期的にこの世の命を間引いている。

彼にとっては人の生涯の数十倍程度の時間などちっぽけなものだ。

だが今回の聖絶は過去に行われた全てを遥かに超える規模になる。



完全なる浄化を。何もかも全てを消し去る事を絶王……“主”は決めていた。



絶王は何も言わない。

彼は大尋問官に一瞬だけ視線を向けるが、無関心であった。

彼は全知全能である故に汚物の営みなど欠片も興味はない。



代わりに謳うのは傍らに控えた道化師。

口元以外全てを真っ白な布で覆い隠した華奢な人物。

その名を「嘲り」という。



「嘲り」は“主”の代わりにかの存在の内心を語る役目を果たす。

あふれ出るあらゆる汚物への嫌悪を代弁させることにより尊き御方の口が汚れる事を防ぐ役割がある。

軽快に舌が踊り、大尋問官への“主”の意が迸った。



「帰ってきた帰ってきた! 

 おぞましい塵が腐臭とクソを衣服にこすり付けて恥知らずにも我らの前に醜態を晒しに帰ってきた!

 褒めて欲しいんだろう? 認めて欲しいんだろう? 

こんなに頑張った僕を認めてぇって、誰がお前なんか!

 お前の代わりなど幾らだっている。お前などさっさと死ねばいいんだ。醜い殺戮者め!」



大尋問官は“主”にとって穢土で蠢く汚物の中ではお気に入りの部類であり、理想形ではあるがそれはゴミ同士を比べ合った場合の話になる。

所詮は“主”の化身たる絶王の前では大尋問官でさえ汚らわしいいつか消し去るべきゴミでしかないというのが現実だ。

ゴミと会話するモノなど存在せず「嘲り」を通して文字通り万象全ての醜さを嫌悪し嘲るのだ。



打って変わって絶王は視線さえも向けずに自分の用件だけを淡々と行う。



絶王が指を一本動かす。

それだけで大尋問官の懐から革袋が引きずり出され、その中身が転がり出た。

これは生首だ。大尋問官がつい先ほど滅ぼしてきた国家の指導者……女王である。


自らの命を対価に民の助命を願い出た美しい女王だった。

大尋問官は女王の首を刎ね飛ばした後、彼女の民に“主”の命に従い「青光」を当ててやった。



直ぐには死んではいない。

美しい光は汚らわしい存在の体内の基盤をズタズタに破壊し、彼らはゆっくりと自らの罪深さを味わいながら血反吐を撒き散らし死ぬことになる。

どれだけ懇願されようと聖絶に例外はないのだ。あらゆる存在は平等に消え去らなくてはならない。


己らの愚かさを理解できなかった時点でこの女王は虫けら以下の存在であり、絶王による報復が行われるのは当然である。

絶王の瞳が黄金に輝き仙術の域さえ超えた御業が行使された。

汚物である命を中途半端に再生。壮絶な苦しみと喪失を味わえ。



女王の瞳に光が戻り、唇が震える。



「ァ……アァ・・・ァァ」



パクパクと口を動かすが、呼吸は出来ず、言葉を紡ぐ事も出来ない。

だがそれでも死ぬことは出来ない。

永遠に窒息の苦しみと、身体の全てを失った感覚を彼女は味わうことになる。



従者が持ってきた燭台の様な細長い台座の上に首は鎮座させられ運ばれていく。

“主”はこれから彼女に彼女の国の民がどうなったかを見せつける予定である。

万の民が血反吐を吐き、のたうちまわりながら死ぬ光景を教えるのだ。



「淫売め! 腐りきった女性器よりまだお前の首の中に突っ込んだ方がマシさ! 

お前は死ぬことさえ許されない!

 お前の率いていた肥溜め共が殺処分される様をじっくりと見学させてやるぞ」



絶望し、苦しみぬいたその末に彼女は再利用されるのを大尋問官は知っている。

もうよいと絶王が御座よりその姿を消し去り、残された彼は立ち上がり踵を返した。

次の戦争が待っている。次の聖絶が必要とされている。




次の戦いは今までの全てよりも激しいものになるだろうが、大尋問官のやる事は聖絶のみだった。

死を撒き散らし涙で川を作り、血で海を産み出す事こそが彼の存在理由。




夥しい命を吸った彼のローブは更に美しく輝いている。

これからもっと美しくなるだろう。











おい、と呼びかけられる声で男の意識は今に戻ってきた。

隣にいたアマツが彼の眼を覗き込んでいる。

小さな「エレベーター」と呼ばれる個室の中に二人はいた。



アマツ曰くコレは余りに大きすぎる建造物の移動の負担を軽減するために複数取り付けられた装置らしい。

上下の階層間の移動をこの乗り物は劇的に改善してくれるとか。



「申し訳ありません……」



咄嗟に男は謝罪するが、アマツは手でそれを制した。

彼女の瞳が微かに輝く、男について読み取った情報を的確に処理していく。



「記憶が部分的に戻ろうとしているな。

 頭の中で整合性をとるべく白昼夢の様な状態になっているのだ。お前に非はない」




「今のが……」



吐き気はなかった。ただ、とてつもない嫌悪感と虚しさがあった。

死人にあそこまで鞭をうつか。

あの女王は本当に心の底から民を愛した名君だったというのに、あれ程までに嬲られる必要はないはずだ。



「何を見た? 吐き出せ。それは貯めるべきでものではないだろう」



アマツは男の眼を真正面から見つめてゆっくりと言い聞かせる。

彼女の自信に満ちた声と態度はとても頼りがいがあり、男の心に染みわたる。



何とか男は声を絞り出す。

自分の犯した罪の一つをアマツに語り聞かせる様に。



「女王でした……首だけの。それが、無理やり生に縛り付けられて……あの人の首を刎ねたのは自分で…………」



命乞いはなかった……筈だ。ただし苦痛の呻きはあった。一瞬ではなかった。

「大尋問官」は彼女の首をじっくりと時間をかけて、あえて切れ味の悪い農具と悪辣な技術、そしておぞましい術を用いて極限の苦痛を与えて切り落としたのだから。

そうだ。命乞いはなかった。代わりに殺してくださいという懇願はあった。



首の骨をへし折られ、全身が不随になった女が必死に目玉と頭だけを動かして死を願う様だった……。

あの後の彼女はもっと酷い。

絶王は頭部を失った女王の肉体に別の畜生の頭部をくっつけて動かし●●行為を彼女の前で行わせ、最後はぐちゃぐちゃに粉砕したのだ。



何もかも自分がやった事だ。

瞼の裏に女王の絶望が浮かぶ。

パクパクと声の出ない唇を震わせて叫ぶ様が。

あの時、自分は気にも留めず絶王の命に従い彼女の身体を……。



「悪趣味だな。やはりアレは殺しておいて正解だった」



「やったのは自分です。あえて加減して徐々に原型を失うように砕いた。罰せられるのは自分のはずだ」



肉が裂け、臓物が飛び散り、骨がむき出しになる。

美しい肉体が引きさかれた「物体」になる光景をじっくりと見せつけてやった。



「結果だけを見ればな。

 白仙は短絡的に結果だけを見る傾向がある。

 過程を全く顧みようとはしないのは悪癖だぞ? こんな短気で直情的な我でもそれくらいは判る。

 “主”こと絶王がかの女王を苦しませるためにお前という……この言い方は好かんが、道具を使った。

言わば剣士が剣を振う様なものだ」



 

男の反論を許さない圧の篭った声でアマツは語る。



「大尋問官は白仙の、絶王の道具である。これはお前が最も理解しているだろう。 

 剣士が剣を使って人を切り殺したら悪いのは剣か? 違う。殺意と悪意を抱いた使い手が悪だ」



ともすれば無茶苦茶な理屈だが、有無を言わさない説得力がそこにはある。

普通の人間が言えば一笑に付す屁理屈でも彼女が語ればそれは真理へと変貌させられる。



「そういうものなのですか」



「そういうものだ。だが今のお前は道具ではないぞ。我の“者”であり、行く行くは共に歩んでもらう。

 嫌だと言っても引きずっていく。逃げたら諦めるまで追い掛け回してやる」



「自分を憎んでいる者は未だに世界中に大勢いるでしょう。 

 先の女王の話なんて氷山の一角です。必ずあなた様の夢の障害に」



「そら、もうそろそろだ。こちら側から外が見えてくるぞ。今の世はこうなっている」



アマツは男の強情な言葉を聞き届けずに踵を返し、エレベーターの壁に歩み寄ると男に微笑みかけた。

瞬間、光が部屋に満ちる。

今まで無機質な金属の壁だった部分は透き通ったガラスとなり、その向こう側には無数の光が満ちている。




「────」



男は言葉を失った。そこにある世界は彼の知るものとは別物……まさに異世界だった。

山よりも遥かに高い視点から全てを俯瞰する眺めがそこにはある。

視線の高さは既に星々の世界に等しい所にあり「下」ではなく「上」を見ればそこには暗黒が広がっている。



金属で作られた巨大な塔が何百本も雲より高く伸び、そこにはめ込まれた幾つもの窓から光が零れている。

大地は完全に真っ白に整地され道路となっており、自走する奇妙な絡繰りがせわしなく走り回っていた。

それだけではない……空だ。最も顕著なのは空の光景だ。



空よりも高い箇所であるこのエレベーター内からは全て「下」の出来事であるが……そこには幾つもの「船」が浮かんでいた。

本来は水の上を移動する乗り物であったソレは今は鳥に変わり空の支配者となっていた。

四角い船、球体の船、多角形の船……どれもこれも巨大で、堅牢に見える。



空に要塞を浮かべていると言った方が妥当かもしれない。

よく目をこらせば、遥か遠くにはこれよりも巨大な船が何隻も停泊していた。

船の中には「球体」を何百と詰め込んだ箱が千単位で詰め込まれ、ふわふわと宙へと舞い上がり続けている。



これは視界全土に広がる巨大な都市だった。

大陸が全て丸ごと一つの都市国家へと変えられたと言っていい。

そして男が今いる場所は空よりもなお高き星の世界に位置する天空の要塞だ。



太陽がもしも視点をもてばこのような光景を見る事ができるだろう。



「過去に縛り付けようとする白仙は終わった。

 これが我の世だ。既に月に手は届いている。

太陽の引力から逃れる手段も確立した。後は機を待つだけだ」



アマツが男の隣に立ち、声をかける。

しかし彼の意思はここにはなかった。

彼の頭は目の前の光景を見て何とか理解しようとしていた。

その為にそれ以外のあらゆる行動を停止させていた。




もう白仙は存在しない。“主”は滅んだ。

言葉としては何度も聞いたが、実際に見た彼は小さくない衝撃を受けている。




何故ならば白華国は消え去り……彼の今までの行動は全てが無になったからだ。

虐殺。拷問。支配。管理。どうしようもない罪の数々。

それを指示した存在も、その結果さえもアマツの言った通り塗りつぶされた。



男は無だった。何ももっていない。何も残せていない。

壁に手をつき、身体を支えて彼は唇を震わせた。



何もかもがなくなったというのに彼は衝撃と同時に安心を覚えていた。

もうあんな事をしなくていいのだという安心を傲慢にも。




「……じぶんは、どうすればいいんだろう……」



男の口から漏れたのは茫然とした言葉。

全てを失って白紙にかえった人間の疑問。

隣にいたアマツの口角が吊り上がったのを彼は気付かない。



男は彼女の自分を見る瞳にどれだけの熱量が篭っているのかを未だ正確には測り切れてはいなかった。


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