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箱庭の技法  作者: 游魚
失われた物語
6/31

魔術師の謂れ

世界観の説明回ですね。まあ軽く読み流して下さい。

 


「カラン、こういう事はいつから出来たんだ?」


 真面目な顔のゼノヴィスに問われて、僕は慌てて記憶を掘り起こす。


「ええっと……昔からだと思います。孤児院に入る前から出来たと思うんですけど……」


 血を流した時に火を起こそうなんて脈絡の無い発想、最初にしたのはいつだろう。正確な時期を思い出そうとしている僕をゼノヴィスは手を振って遮る。


「ああ、分かった。最近出来るようになったわけではないんだな。……なるほど、参ったな」


 僕は考え込んでしまったゼノヴィスと自分の起こした火を見比べながら途方に暮れる。魔術師としての知識など無いに等しいので、何がまずかったのか分からない。しかし、孤児院では似たような事をする子が他にもいたと思うのだが。


「いいか、カラン。今後こういう事は二度とするな。……不幸を招くぞ」


「不幸?」


 意味がわからなくて首を傾げる僕から目を逸らし、ゼノヴィスは食材の入ったカゴを引き寄せる。


「この火はどれくらい保つか分かるか?」


「大体、1時間くらいだと……」


「1時間、か」


 ゼノヴィスは黙り込むと、飯ごうを火にかけ、干し肉の塊を手にとって削り始めた。


 一通り食材の下準備を終えてから、ゼノヴィスはやっと口を開く。


「……無規律に魔術を使う魔術師達でも、禁忌とされる行為がある。それが悪魔を媒介せず、イストリアから引き出した霊子で直接この世に干渉する事だ。今お前が起こした火みたいにな」


「何故ですか?」


「神の怒りを買うといわれているんだよ。魔術師の血でこの世と霊界を繋いでしまうと、この世の神聖が穢れるからな。イストリアとこの世を繋ぐ事が許されるのは、王だけだ」


 ゼノヴィスの曖昧な答えに僕は首を傾げる。神様の機嫌を損ねたら何が悪いのだろう。天罰でも下されるのだろうか。僕は自分の左腕があった場所を見つめた。


「これって普通の魔術じゃないんですか?」


「そもそも魔術ではないし、普通は魔術師でも出来る事じゃない。悪魔を召喚するのとはわけが違う。……お前は今、魔法円を持っているのか?」


「いえ……」


「それが無ければ悪魔は呼び出せない。魔法円は悪魔との契約の証だからな。そして悪魔を使わないのなら、それは魔術ではない」


 ゼノヴィスは困ったように首を傾げた。


「カラン、お前は魔術について両親に何か教わらなかったのか?」


「魔術なんて無くても生きて行ける、とは言われた記憶がありますけど」


 そうか、とゼノヴィスは難しい顔で頷くと頬をかいた。


「一から説明した方が良さそうだな。……まずこの世の全てのものは、目に見える物質と、見えない霊子で成り立っているんだ。そして、霊子というは、炎、雷、風、水、氷、土の性質を持つものに大別できる。生物というのは、物質である肉体をもち、そこに様々な特性の霊子が凝集した魂をもつことで成り立っている。そして非生物であるこの肉やナイフにも、霊子は巡っている。この世界の万物は物質と霊子とで成り立つんだ。それは知っているか?」


 手に持った干肉とナイフを示しながら、ゼノヴィスは僕の反応を窺う。流石にそれくらいは知っていると、僕は頷いて見せた。


「だから、例えば肉を削るには、こうやって物理的に干渉する方法と、霊子的に干渉する方法があるわけだ。ただこの霊子というのは、物理法則に縛られない分、かなり融通の利く物でな。霊子に干渉できれば、物理的に無理な事も可能になったりするんだよ。これが霊子を使える者の優位性になる。そして霊子に干渉する手段は大きく分けて二つあるんだ」


 ゼノヴィスは節の目立つ長い指を二本立てる。


「まず一つは、周囲にある霊子を利用する方法。魔石や聖徒の魂を核にする、 “法術” と呼ばれる術だな。一般市民にとっても身近なものだよ。例えばこれも法術を利用した “法具” だ」


 そう言って、水差しを手渡される。蓋をとって覗き込むと、浅く溜まった水の底に小さな青い石の粒がチラリと光るのが見えた。


「これ、魔石ですか?」


「そりゃ法具だからな。それは水属性の魔石を核とした、湧水と清浄の霊子回路が仕込んである。大した性能じゃないが、水場を直ぐ確保できない生活では重宝するよ」


 僕は物珍しい気持ちで水差しを観察する。ゼノヴィスは法術を身近だと言うが、身近だった法具は首につけられていた “服従の首輪” くらいで、生活用品として使われているのをこうして手に取ったのは初めてだ。


「水が湧く水差しがあるのなら、火の出る法具も作れそうですよね?」


 そんな法具があれば、今日のように薪が足りなくなる事も無くなるのに。移動生活では薪を備蓄するのも難しいだろう。


「もちろん、火の出る法具はある。それこそ調理用から、暖をとる為の大型の物まで色々な。しかし、私達が普段使いするには危険があるだろう?」


 そういいながら、ゼノヴィスは僕から水差しをひょいと取り上げた。


「これにも、あまり触り過ぎるな。魔術師が法具を扱うと、精度が落ちる」


「……魔術師である事に何の関係が?」


 魔術師だというだけで制限される事が多いのは知っているが、物に触っただけでも悪影響を与えているのだろうか。


「大体において、我々が使う “魔術” と一般に使われる “法術” は相性が悪い。法術が緻密な霊子回路や結界構築で現象を引き起こすのに対し、魔術は霊子量に任せた力技に近いからな」


「僕はこれまで魔術を使った事はないと思いますよ?」


 これまで僕が悪魔を呼び出した記憶はない。悪魔を使うのが魔術なのなら、僕は魔術師とはいえないのではないだろうか。そう思ったが、しかし、ゼノヴィスは首を横に振った。


「関係ない。魔術師は、生まれながらに魔術師だからね。生来、普通の人間よりも体内に巡る霊子量が多い上に、属性が偏っている。だから、繊細な法具は誤作動を起こしやすいんだよ。お前や私は炎術師だから、体の内外の炎霊子の密度が高い。火の法具は暴走させる危険がある」


 道理で孤児院の生活用品に法具が殆ど無かったはずだ。危なっかしくて使えなかったのだろう。でもそれなら、孤児院の子供達がずっと身につけていたあの首輪は何か特別だったのだろうか。


「我々魔術師は、イストリアのどこかに体と魂が繋がれた状態で生まれて来るんだよ。霊子を利用するもう一つの方法は、霊界であるイストリアから霊子の塊である悪魔を引き出して、その力でこの世に干渉する方法だが、しかしこれが出来る者は、先天的にこの繋がりを持っている者だけだ」


「ああ、それが “悪魔に魅入られた子” ですよね」


 僕や孤児院に集められていた子供はみんなそう言われていた。国で管理されていたのは、僕達が悪魔に魅入られた、民を脅かす危険な存在だからだそうだ。


「その呼び方が浸透しているのはエレットネール国内くらいだよ。まぁ、あながち的外れな呼称でもないか。我々魔術師は、イストリアから悪魔を召喚して使役できる一方で、その力に呑み込まれる危険もあるからな。……同じイストリアの力を利用するにしても、神の血を受け継ぐ王侯貴族のみが使える “奇蹟” とは、大きな違いだ」


「神の血? 奇蹟、ですか? ……魔術ではなく?」


 聞きなれない言葉に僕は目を瞬く。王族が使うのは魔術ではなかったのだろうか?


「……王族が魔術を使うと、誰が言った?」


「誰と言われても、何となく、そう思っていただけです。むしろ、神や奇蹟なんて言う人が周りに誰もいませんでした」


 孤児院は外界とは隔絶されていたし、それまでも人里離れた山奥で暮らしていたのだ。実は聖堂も見たことがないし、 “神” という概念は知っていても、僕にはそう有り難いものだとも思えない。それを信仰する人達がいるというのは不思議な感じだ。


 ゼノヴィスは少し考え込むように口籠ると、ふっと息を吐いた。


「まぁ、王族が使うのも、規模が違うだけで本質は魔術と違わない。誰もそう思わないだけで」


「王族は何か特別なんですか?」


 立場は頂点と底辺で全く違うが、どちらも魔術師に変わりはないんじゃないか。なぜ魔術師は区別され、侮蔑語の様に使われるのだろう。


「カラン、創世の神話は知っているか? 悪魔を使う事ができる者でありながら、なぜ魔術師と違って王族たちが嫌悪されることなく、崇められるのか、その理由を聞いたことは?」


「神話? いいえ。聞いたことがありません」


 ゼノヴィスは知らないか、とひとりごちると、嫌な事を思い出すような、微妙な表情を浮かべた。


「詳しくは長くなるから省くが……かつて悪魔とは、天災を司る存在であり、また人同士の争いを唆す、人の力の及ばないモノだったそうだ。神は繰り返す災害に多くの人々が命を落とし、見知らぬ者同士が殺しあう世を嘆いた。そしてイストリアと呼ばれる異界を創り、悪魔をそこに封じ込めることで人々を救おうとしたんだ。しかし、神は一緒に霊子のほとんどを封じてしまったらしくてな。この世から自然の恵は枯れ果て、魂をもつ生き物が生まれなくなってしまったんだよ」


 神はいつも極端な事をするからな、とゼノヴィスは乾いた笑みを漏らした。


「そこで、神はイストリアとこの世界との間に、門を作って霊子の行き来を可能にしたんだ。そして、イストリアから逃げ出そうとする悪魔達を統制する為、神は手ずから6体の悪魔を創り出した。炎、雷、風、水、氷、土それぞれの悪魔達の王であるこれらを、 他の悪魔とは区別して、 “創世の龍” と呼ぶ。

 また、この世に霊子を引き出す門の管理には、信徒から6人の若者が選ばれた。神は特別に、彼らに自らの血を分け与え、この世界の霊子の管理者とした。神の血を得る事で、イストリアの門の番人となった6人は、 “創世の龍” と契約し、その力を借りて悪魔を統べ、人々が平和に暮らせる国を創ったと言う……。それが現王家の興りだと言う話だ。今、王達が炎王や雷王、風王という様に呼び習わされているのも、彼らがそれぞれの霊子からなる悪魔の管理者であるからだな」


「……王がいないと、霊子がこの世に届かないんですよね。王宮にはその門があるってことですか?」


 たしかどの国も、王の住まいを中心にしたほぼ円形の形をしていたはずだ。そして王都に近いほど、土地の恵みは豊かになる、らしい。


「そうなんじゃないか」


 僕の質問に、ゼノヴィスは曖昧に頷いた。


「王がもたらす霊子の恩恵、所謂 “王の加護” に依って、国は成り立っている。法術で利用する霊子だって、元を辿れば王がこの世に供給しているものだ。そして、王の影響下においては、王に近い血族も、土地に恩恵をもたらす扉となれる。この王の血族達が地方を守る貴族だな。

 一方、王家の血を継がないのにイストリアに繋がる魔術師とは、悪魔がこの世に戻ろうと作った封印の綻びだとされている。管理者と統率者の目を盗み、悪魔達が再び人々に災厄をもたらそうと、この世に送り出した悪魔の使者だとな。要するに、悪魔に “魅入られた者” だ」


 ゼノヴィスは一つ息を吐くと、ナイフを飯盒の蓋にあてて振動で沸騰具合を確かめた後、素手で火から下ろす。


「神話と言っても、王家に都合の良い様に手を加えられた話だろうがな。どの王家の紋章にも龍の意匠が施されているだろう? あれはそれぞれの王家の始祖が使役した悪魔の姿に因んだものなんだよ。……あれがなければ王族も、力を持て余す厄介な魔術師に過ぎないかもね」


 つまり僕らが虐げられ侮蔑される根拠はその神話にあるのか。嘘か真かも分からない昔話を、みんな信じているのだろう。しかしみんなが信じているのなら、現時点でそれは真実だ。


「なんだか面倒くさいですね」


 そして長い話を聞くことも面倒になってきた。殆ど受け身とはいえ、長時間他人と話す事に疲れたのだろう。それにしても、こんなによどみなくつらつらと話せるゼノヴィスはすごいなと、どうでもいいことが気になり始める。


 ゼノヴィスはそんな僕を見て苦笑すると、鍋に視線を移し、真剣な顔で調味料を加え始めた。やがて口の中に唾が湧き出る様な、何とも美味しそうな匂いが漂ってくる。


 残念ながら、僕は料理について何の手伝いも出来ていない。干し肉を削るのも、野菜の皮を剥いて切るのも、両手を使えない状態ではかえって足手まといにしかなれないと思ったのだ。しかし、何もせず座っているだけというのは何とも居心地が悪い。


 (左手があれば、手伝える事が増えるのに。というか片手じゃ一人で食事するのも難しいんじゃないか?)


 カヨの所で朝食を食べた時は、サイドテーブルが用意されていて片手でも食べられたが、ここは野外だ。座るために地面にござを敷いてはいるが、当然テーブルなどなく、器を手に持って食べなければならない。まさかゼノヴィスに食べさせてもらうわけにもいかないし、何かテーブルの代わりになるを見つけなければ。


『おおぃ小僧。この美味そうなのは食事だな? 両手があればお前はこれが作れるのか? 両手が無ければ食べられないのか?』


 急に、これまでずっと沈黙していた、僕に取り憑いているらしい悪魔の声がした。ゼノヴィスは何の反応も示していないので、やはりこの声は僕にだけ聞こえるものなのだろう。


 (そうだな。両手があれば僕も簡単な料理くらい作れる。けど、今のままじゃ食事するのも難しいよ)


『マジかよ⁉︎ そういう事は早く言え! クッソなんて面倒な……。仕方ない、これから左手生やしてやる』


「……へ?」


 試しに心の中で悪魔に答えてみると、思わぬ返事が返って来た。戸惑う内に、左手の切断面が疼き始める。


 さっきナイフで切った傷口を、泡立つように波だった皮膚が覆い、ゆっくりと切断面が膨らみ始めた。それと同時に成長痛に良く似た重い痛みが襲って来る。


 僕は自分の腕を唖然と見つめた。


ちょっと忙しくなるので、次の更新は12/4です。

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