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箱庭の技法  作者: 游魚
失われた物語
5/31

旅の始まり

投稿遅れてすみません(T-T)

 


 僕は完全にお荷物だった。


 足手まといという意味ではもちろん、扱いがまさに運搬物のそれである。


 ゼノヴィスに担がれて外に出てから間も無くして、強烈な眠気が襲って来た。おぼろげな意識をかき集めて、必死に瞼をこじ開けるが、目に映る風景が夢か現かも判断がつかないくらいものすごく眠い。


 そのうちゼノヴィスに、白目を剥くくらいなら大人しく寝ろ、と言われて大きな麻袋に突っ込まれ、そのまま運搬されたのだ。その後は完全に意識が飛んだので全く以って記憶が無い。



「やーい! 死体喰い〜!」

「でーてーけーっ!」


 子供特有の甲高い笑い声とコツンと何かがぶつかる音で、僕はぼんやりと目を覚ます。


 体をすっぽりと繭に包まれているような不思議な安心感に戸惑い、自分の状況が把握できない事で軽いパニックに陥った後、数拍考えて自分が袋の中に入れられている事を思い出した。尻の下が柔らかい。どうやら袋に入れられた上で、箱か何かに入れて運ばれているようだ。


 時間感覚が狂っていて、どれだけ自分が眠っていたのか全く検討がつかない。僕はしばらくボーっとしながら、ゆらゆらと伝わってくる大きな歩調の波を感じていた。


 やがて、僕を背負った人の規則正しい息遣いだけが聞こえるようになってから、もそもそと麻袋から顔を出す。板の隙間から箱の中に明るい光が差し込んでいるので、外は日中なのだろう。

 箱の天井を押してみたが開かなかった。しかし動いた気配は伝わったようで、僕の入った箱は地面に下ろされ、蓋が開けられる。


 逆光の中で見るゼノヴィスはどこか疲れた雰囲気だ。眩しい光に目を細めていると、ひょいっと麻袋ごと箱の外に出され、いきなり顔に水筒を突きつけられた。


「……えぇっと、あの……おはようございます?」


「ん? なんだ起きたのか!」


 ゼノヴィスは急に表情を明るくすると、僕の顔や首筋をペタペタ触った。不思議な事に、無遠慮に触られてもあまり抵抗を感じない。


「自分が誰で、私が何者か分かるか? どこか痛いところは?」


「大丈夫だと思いますけど……寝ている間に、僕、何かしましたか…?」


 不自然なゼノヴィスの態度に恐る恐る尋ねると、ゼノヴィスは苦笑した。


「別に何かまずい事をしでかしたわけじゃ無い。ただここ3日、お前は寝たまま食事を摂っていたからな、今回も寝ているのかと思ったんだ」


「ね、寝ながら……?」


 そう言われてみれば、何度かひどい飢餓感に襲われて食べ物を探したような記憶がある気がする。


「覚えていないか? 定期的に起き上がっては、口元に持って行った食べ物に食いついてたぞ」


「うわぁ」


 なかなか面白かったと笑うゼノヴィスに、僕は顔を覆った。


 人ひとり運ぶだけでも邪魔だろうに、その荷物が食事まで要求してくるだなんて迷惑にも程があるだろう。しかも3日間も寝こけていたなんて。


「ご迷惑をおかけしました……」


「むしろ死ぬ心配をしなくて済んで助かったよ。それ以外は本当に死んだ様に眠っていたからな。……ちゃんと意識が戻って良かった」


 優しい表情を向けれれて、体の血が逆流するようなむず痒さを感じる。僕は目を逸らすと、ひとまず麻袋から全身抜け出たが、いつの間にか服装が変わっている事に気付いてもう一度麻袋を被りたくなった。


「……どうして死装束なのか、聞いてもいいですか?」


 着せられている無地の黒いローブは死者の装いだ。妙にすえた臭いと薬品臭さが自分に染み付いていて、本当に死人になったような気分になる。


「魔術師の遺体は聖堂に預けるか、国土の外に出すのが一般的だろう? お前を国外に運び出すのには都合が良くて、な。……いや、悪かった。勝手にこんな事をされて気分が悪いよな?」


 気まずそうに頰をかくゼノヴィスに、僕は恐縮して首を横に振る。


「いえ、純粋に理由が知りたかっただけです。お手数おかけしました」


 裾を捲れば腕や足には丁寧に包帯が巻かれ、わざわざ治療してくれたのが分かる。僕のために手間をかけてくれた事に感謝しかない。


 ゼノヴィスはしばらく僕を見つめると、軽く息を吐いた。


「嫌なら嫌と言えばいいんだぞ。私はお前の保護者であって、所有者では無いんだからね……まあ、いい。もう少しその格好で我慢してくれるか?」


「はい。でも、この格好で歩いたら目立ちませんか?」


 辺りは人気のない未舗装の細道だが、道である以上、誰かとすれ違うこともあるだろう。昼間から幽霊が出たと騒がれるのは面倒だ。


「今やっと意識が戻ったばかりの可愛い甥っ子に、歩かせるわけがないだろう! お前はもう少し背負われていろ」


「でも、もう体は回復しましたよ」


 立ち上がって見せようとして、僕は中腰で固まった。身体中のいろんな筋が引きつっている。これ以上動いたら、多分どこかがブチッとなる。なんとか声を出すのは堪えたが、僕はその場で動けなくなった。


「なんだ、お前は私に叱られたいのか?」


「大丈夫……だと思ったんです、けど」


 ゼノヴィスは冷ややかな笑みを浮かべた。


「ふむ。自分の体の状態すら分からないのか? あまり寝ぼけた事を言うようなら、力ずくでまた眠らせるぞ」


「う……分かりました。どうぞ」


 僕が大人しく地面に腰を下ろすと、ゼノヴィスは意表を突かれた表情をした。しばらく奇妙な沈黙が続く。


「……何をしている?」


「倒れた時に怪我をしたく無いので」


「だから、何のことだ」


「? 眠らせると言う事は首輪を……わぉ、首輪が無い」


 首筋に手をやってやっと気付いた。長年着け続けて、慣れ親しんでしまった首輪の感触が無くなっている。僕は何度も触ってその事を確認すると、しばし愕然とした。


 ゼノヴィスはヒクヒクと目の下を痙攣させながら、地を這うような低い声を出す。


「なるほど。分かった。私があんな物をお前に使うと思ったんだな? つまり私の話を聞いてなかったと」


 僕は顔を上げてゼノヴィスの表情を読み取ろうとした。


「あの、怒ってます?」


「……ああ。だが、お前にじゃなく自分にだよ。いいか、私はお前の保護者であると言ったはずだ。妹の……お前の親の代わりになれるとは、思っちゃいないが、出来るだけそうあろうとは思っているんだよ」


 心臓が不規則な音を立てる。僕は慌てて首を振った。


「母さんの代わりなんて望んでません。……だけど、分かりました。ゼノさんは僕の行動を強制する立場ではないと」


 軋む体をいたわりながらゆっくりと身を起こすと、もう一度首を撫でる。


「何だか不思議な感じです」


 そうか、これが自由か、と思うが、何とも形容し難い興奮が行き場をなくして体をぐるぐる回っている感じだ。別に最高という気分じゃないぞ、と心の中で128番に呟く。


 ゼノヴィスは大きく脱力すると、深い溜息をついた。


「はぁ。とにかく無理はするな。その状態で歩かれる方が迷惑だよ」


 気がひけるが、迷惑だと言われてしまえば仕方ない。再び僕はゼノヴィスの背中で揺られる事になったが、目覚めていても意外と箱の中は快適だった。この箱は外から見る限りどう見ても小ぶりの座棺なので、なるほど、永眠するにはなかなか心地よい入れ物だと思う。



「ほら、着いたぞカラン! 今日からここがお前の家だ」


「……家?」


 地面に下ろされ、体の節々をほぐしながら立ち上がる。ゼノヴィスに指さされた方を見るが、特に家と言えるような物は何も見当たらなかった。首をかしげると、コキコキと関節が鳴る。


「ふむ、お前だと目に映らないんだな。……ほら、そこの大きな木の影の辺りを見てみろ。違和感がないか?」


 そう言われて大樹の影に目を凝らすと、急に目の焦点が合ったような感覚と共に、ゆらりと景色が拡張した気がした。視界の中に、道の傍にぽつんと置かれた家馬車が忽然と姿を現す。


「青い屋根の大きい馬車が見えました」


「早いな。触れずに見られたか」


 僕は馬車に近づき大きな車輪に手を触れた。幻ではなくちゃんと触れられる。


「透明になってたんですか?」


「いいや。ちょっとした認識阻害の魔術だよ。気づき難くするだけだ……おっ、来たな。ちょっとこっちにおいで」


 ゼノヴィスが僕を後ろからぐいっと引き寄せ、馬車から離れさせた。


(……何か来た?)


 何か大きな生き物が、勢いよく近づいて来る気配がした。僕がそちらに目を向けるのと、その生き物が木々の間から飛び出して来るのはほぼ同時。


「どうどう、ツィル、落ち着けよ? 怪しい奴じゃない」


 姿を表したのは、巨大な鳥だった。ゼノヴィスが歩み寄り、宥めるように首筋を撫でると、鳥は僕から視線を逸らして舌打ちの様な鳴き声を上げる。


 僕はそろそろと後退って、その頭までを視界に捉える。長身のゼノヴィスでも、手を伸ばしてやっと嘴に届くかというくらいの大きさだ。白黒斑らの羽は、触れればふわふわと柔らかそうだが、不用意に近づいてあの筋骨隆々の脚に蹴られたら、僕なんてひとたまりもないだろう。これまで一度も見たことのない生き物だ。


「カラン、エケ鳥を見たのは初めてか? こいつはツィル。この馬車を引いて走れる猛者だよ。これから世話になるんだから、ほら、きちんと挨拶して」


 鳥に挨拶? 下手に出るべきなのか、それとも舐められないように強気の姿勢を見せるべきなのかと迷っていると、ツィルがギョロリと大きな目玉でこちらを見下ろしてきた。その目には知性の光が宿り、こちらの会話を理解しているのが分かる。


 ゼノヴィスに促されて、僕はなるべくツィルを刺激しないようにゆっくり近づき、その鋭い嘴が届かないギリギリの範囲で立ち止まった。


「……はじめまして。カランと申します。これからお世話になります。どうぞよろしくお願いします」


 やっぱり初対面の相手に偉そうな態度は良くないだろう。相手が自分より強そうなのだからなおさらだ。そう思って首筋にヒリヒリとする様な視線を感じながら頭を下げる。ふと、これは先にこの鳥の主人に対して言うべきセリフではないかとも思ったので、ゼノヴィスの分も頭を下げておいた。


 くすり、と小さな笑い声に顔を上げると、ゼノヴィスの面白がるような笑顔と、馬鹿にし切った表情のツィルが目に映る。


「うん。ツィル、気に入ったか?」


「……ピューイ」


 認めてやらんこともない、と言う風にツィルは高く一声鳴き、僕に背を向けて馬車の前へと自分から歩いて行った。


「よし、これで移動の心配もないな。ツィルに認められないと、この馬車じゃ旅ができなくなる」


「旅をしているんですか?」


 僕が聞くと、ゼノヴィスはどこか嬉しそうに頷く。


「ああ、私は旅薬師だからな。傷薬に内服薬、媚薬から呪薬まで何でもござれだ。採取や卸売で移動の多い職業だな。これから私達が向かうのは南側……ヴィントレット国だ。他国に入ってしまえば、もし追っ手がかかっても追跡しにくい」


 そう言われてやっと追っ手の存在に思い当たる。ここに至るまで、唐突な出来事が多すぎて余り現実味が無かったが、僕はここエレットネール王家の管理施設からの逃亡者だ。ゼノヴィスは僕を助け出すためにどこかの施設を襲撃している。追っ手がいても当然だ。


「あの、すみません。僕は……」


「いやいや、あくまで念のためだぞ。彼奴らにお前が逃げたという確証は無いだろうし、そもそも国外まで追わせるとは思えん」


 ゼノヴィスはきっぱりと首を振ると、馬車の後方についた扉を開けた。


「そんなことより、馬車の中を案内しよう。と言っても狭いところだが……」


 これ以上この話題を拒絶するような背中に、僕は口をつぐみ、後に続く。



 薄暗い小屋の中を覗くと、天井からぶら下がる雑多な薬草らしき物や何かの干物や、壁一面に備え付けられた棚に整然と並んで日の光を反射するガラス瓶が目に入った。


 そして几帳面に整理された棚とは対照的に、壁際に置かれた木製の机や床に敷きっぱなしの布団は、どちらも大量の本と工具で埋もれていてほとんど見えなくなっている。


「こっちの棚が薬種、こっちが調合の終わった薬の棚だ。向こうは食料棚だな。水瓶は入り口の方の棚の下にある。奥のカーテンを開けばそのまま御者台に出れるぞ」


 ゼノヴィスは天井からぶら下がった物を器用に避けながらあちこち示して説明してくれた。僕はその説明を聞き漏らさ無いよう耳を傾ける。いつか追い出されるかも知れないが、それまでは出来うる限り迷惑を掛けないように生活したい。


 今のところ僕が出来そうなことと言えば、この部屋の掃除だろうか。というか、足の踏み場も無いようなこの状況をどうにかしないと、僕はここで寝起きできないだろう。


「さて、そろそろ夕食にしよう。腹が減っただろう? 今日は昼に食事の時間がとれなかったからな。何か食べれない物は?」


 ゼノヴィスが食料棚に頭を突っ込みながら聞いてきた。今は暮れの6時を少し過ぎたあたりだろうか。もう太陽が山の稜線に沈み始めている。


「いいえ。好き嫌いはありません」


 ゼノヴィスが頑なに僕を歩かせようとしなかったので、そこまで空腹ではなかったが、食事と聞いて、つい声が弾んだ。食べられる物なら何でも喜んで食べる。食事に関して文句を言うような贅沢な真似はしない。


 ゼノヴィスは頷くと調理器具や食材を手早くカゴに詰めると外に出て行く。僕も慌てて馬車を降りた。


 周りは民家一つない山裾の道だ。王都から距離がある為だろう。絡み合う木々や草には生気がなく、何と無く不気味な雰囲気を醸し出している。


 僕は馬車の側で、少し開けた場所を探して草を払う手伝いをし、薪を組んで火を起こせるように準備した。


「カラン、私はもう少し薪を採ってくるよ。それまでに火を起こしておいてくれるか? 火打ち石はそこにあるから」


 ゼノヴィスが背負子を背負ってこちらに声をかけてくる。しかし、もう日は沈んで辺りは薄暗く、特に光の遮られる森の中は暗くて見通せないくらいだ。


「こんな時間にですか? もう暗いですよ」


「薪の備蓄が少なかったのをすっかり忘れていてな。二人分の食事を作るには少々足りない。ここんところ雨も降っていないしすぐに集まるさ。心配するな」


 僕の食事分増えたせいで薪が足りないらしい。今こそ僕が役に立つ時ではないだろうか。僕は手近にあった調理用のナイフを手に取ると、少しためらった後左手の切断面を浅く切った。ぎょっとするゼノヴィスをよそ目に滴り落ちる血を地面に垂らす。


「火を起こせ」


 勢いよく赤い炎が燃え上がるのを見て僕は満足する。火を起こすのは久しぶりだが、上手くいった様だ。これならしばらく薪の心配もない。少しは役に立てただろう。そう思ってゼノヴィスを見ると、凍りついたように僕の起こした火を凝視していた。


「……カランお前、いつからこんな事をしていた?」




予定が長引いて投稿遅れました…

次の更新は明日の21時ごろにはなんとか…無理かな…

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