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箱庭の技法  作者: 游魚
失われた物語
24/31

天譴を齎すもの

 


 納得するまでてこでも動かないといった様子のリィラを見ながら、僕は内心かなり狼狽えていた。


(困ったなぁ。昨日の事を、見たまま話していいのか?)


 良くないのだろうな、とすぐに結論が出る。誰かに隷属させらているという状況には変わりないのだ。


 そもそもゼノヴィスの意図が分からないのに、不用意に話してはいけないだろう。しかし、誤魔化すにしても、どこをどう誤魔化せば良いのやら。


 そして、ずっと左手を隠し続けるのも無理がありそうだ。さて、これも何と説明しようか。お酒のせいでとんだ事になってしまった。


『んん? 俺様が寝てた時の話か? 何があったんだ?』


 ルーさんの呑気な口調に、僕は色々と文句を押し殺すと、溜息混じりに答える。


(……ゼノさんがヴィゼロを隷属させたんだよ。多分だけど。)


『へぇ、隷属の上書きをしたのか? あのおっさんも色々やってるなぁ。ヴィントレットにまで手がまわるか』


 感心したようにルーさんは呟くと、急に思い付いたといった様子で、突拍子も無い事を言い出す。


『なぁなぁ、俺様も奴隷が欲しい。情報を集めて来てくれる駒が欲しい。テメェの耳目だけじゃ限界があるだろ? この小娘なんか手頃じゃねぇか』


(はぁ⁉︎ ……あーでも、確かに情報源は欲しいな。ま、従属させようにも、僕には使える悪魔がいないけどさ。)


『うぬぬ……そうだった。じゃあ無理か。めんどくせぇな、この体』


 ルーさんは早々に諦めた様だが、僕はリィラを見ながら少し考える。何度か顔を合わせるうちに、最初の大人びた印象は薄れていた。多分、まだ16、17歳くらいだろう。別に魔術で縛らなくたって、僕の情報源になってくれれば良いのだ。


 ここはまず、距離を縮めてみよう。


「……リィラさん。いいや、リィラと呼んでもいいかな?」


 僕は表情筋を総動員しながら、なるべくきれいに友好的と思われる笑顔を作る。リィラは、さっきまでの勢いを削がれて戸惑った顔で、「え?」っと聞き返してきた。


「もちろん僕の事は、呼び捨てにしてくれてかまわないよ」


「……どうしたの、いきなり」


「君と対等な関係を築きたいと思って。……もし不快なようなら止めるけど」


 少し引いてみせると、リィラは食ってかかる勢いで否定してきた。


「いいえ。いいわ、腹を割って話しましょう、カラン。貴方、やっぱり何か事情を知っているのね?」


 申し訳無いが、現場にいても事情がさっぱり分からなかった。説明して欲しいのはこちらである。


「ありがとう、リィラ。ここを発つ前に、僕も君に会いたかったんだ。……僕が知っている事を話す前に、君に見て欲しいものがある。僕が君を信用している証に」


 僕はひとまず余裕を装ってそう言いながら、そっと掛けていた上掛けを外し、痛みの和らいできた左腕を差し出した。


 自分の腕だと分かっていても、ぴっちりと巻かれた白い包帯から赤く鋭い爪が突き出している様子は作り物めいて見える。


 リィラは目を見開くと、たじろぐように身を引いた。


「貴方、その腕……!」


「異様だろう? けど作り物じゃない。こうして動くし、感覚もある」


 僕は軽く左手を振ってリィラに見せながらその反応を観察する。


 どうせバレてしまうのだったら、こちらから秘密を明かした事にしようと思ったのだ。せめて少しでも、リィラの信用が引き出せれればいい。


 こちらが信用出来ると確信できない相手に、付け入る隙を与えたくはなかった。弱みを弱みだと悟られてはいけない。彼女は悪人ではないと思うが、場合によっては僕を利用する事をいとわないだろうから。


「何なの、それ? 昨日までは無かったわ。……この目で見たもの」


 僕はリィラの、怯えの混じった不気味なものを見る目を、じっと覗き込む。


「何に見える?」


 客観的に何に見えるのか一応知っておきたかった。ほら、意外とこういう爪がおしゃれだって人も、世の中にはいるかもしれないし。


「血みたいな、色ね。そういう爪の魔獣を見たことがあるわ……血を吸って、色が変わるの」


 まるで僕がその魔獣で、今にも自分に喰らいつくんじゃないかと怯えている様に、リィラは目を細めてそっと懐を押さえた。きっと、そこに武器でも仕込んであるんだろう。


 やっぱり異様なんだな、と僕は落胆しながら、彼女を刺激しない様に表面上の穏やかさを保つ。


「リィラ、この事は誰にも言わないで。君にだから見せたんだ」


 多分、リィラは信頼してくる相手を、簡単に裏切ったり出来ないタイプだ。好意や信頼を逆手にとって、腹の中で奸計を巡らすような事は苦手そうに見える。馬鹿ではないが、直情的で行動的。そして、きっと優しいのだろう。


「……どういうこと?」


 リィラは警戒心も露わな訝しげな表情でこちらを見返す。僕はその視線を真っ直ぐに受け止め、努めて平静な声で答えた。


「昨日、君のお父さんに会って、君なら信用できると思ったんだよ。リィラ、君の望みはなんだ?」


「わたしの望み……?」


 戸惑った表情のリィラに、僕は目を細めるとゆっくり頷く。


「君のお父さんを、イーギルの隷属から解放する事だろう? 僕は君のお父さんを、助けられるかもしれないよ。僕だって、親が死ぬ恐怖は良く知ってる」


 リィラの弱みは父親である。そこを押さえておけば、少なくとも敵対される事はないはずだ。


 僕の言葉に、リィラの顔つきが変わった。食い入るような視線からは、藁にもすがる思いが見て取れる。父親を一途に思いやるその姿に、チクリと心の奥が疼いた。


「……どうやって?」


 正直、具体的なアイデアがあるわけではない。僕はリィラの問いに直接答えるのを避け、質問を返す。


「僕は悪魔憑きで、体が再生するんだと言ったら、君は信じられる?」


「自分の目で見た事を、信じられなくてどうするの」


 リィラは自分を落ち着かせるためか、大きく息をすると、首を振った。


「でも、そんなの非常識だわ。腕が一晩で再生だなんて……ありえない事よ」


「じゃあ、僕に創世の龍が憑いているって言ったら、納得してもらえるかな?」


 安心させる様に笑いかけると、リィラは見定めるようにじっと僕を見た。


「正気?」


「どうかな。信用するかしないかは君次第だけど」


 左手を膝の上で開閉しながら、僕はリィラを窺い見る。正直に話したところで、簡単に信じてもらえる事ではないようだ。


「……あなたは、自分に神の血が与えられたとでも言いたいの? 自分が新たな王だとでも?」


(あ、そういう風に取られちゃうのか。)


 僕は慌てて首を横に振る。僕は王族とは言えないらしいし、もし成れたとしても願い下げだ。


「まさか、そんなつもりはないよ。国土を血であがなう事を子孫に強いる者になんか、成りたくもない。……でも、王族が絶えても“創世の龍”が顕現できる事が知れれば、王を失くした魔術師たちを呪縛する必要はなくなる。そうだろう?」


 僕の言葉に、リィラの目がキラリと輝いた。白い頰は急に血の気を増して紅潮しているが、しかし口調は慎重さを失わない。


「王の威信を脅かすつもり?」


「別に僕は王と対立したいんじゃない。だけどそうだな……今の王族なんて、なくなればいいとは思うよ」


 リィラに触発されたのだろうか。ほとんど僕自身でも掴みきれない気持ちの奥底から、言葉がぽろりと溢れた。


 家族の犠牲のが無いと成り立たない王など、余りに理不尽じゃないかと思う。ゼノヴィスから王族の話を聞いた時から思っていた事だが、昨日の内にその思いが強くなっていたようだ。王族の仕組みを考えるだけで、心がモヤっとする。必要とされなくなるのなら、その方がずっと良い。


「神に選ばれて人を治めろと言われたのは、初代の王達だけなんだろう? 別にその子孫は関係無いじゃないか。“神の血を受け継ぐ”王族なんて、意味が無いんじゃないか? 王や貴族として上に立つ必要なんてないだろう」


「とんでもない事を言うのね」


 叱責する様な言葉を口にしながらも、リィラはその目を爛々と輝かせ、こちらにずいっと詰め寄って来た。口元には挑戦的な笑みを浮かべている。


「僕は、一つの一族が途切れると立ち行かない仕組みを作るほど、神も間抜けじゃないと思うけど? それに、土王家が滅亡しても、土の霊子は消滅したわけじゃない。なら王族が消えても、どうにかなる方法はきっとある。そう思わないかな」


「冒涜的な考えよ。神罰が下らないかしら?」


「気に食わない奴を殺すくらい、神なら簡単にできるんだろうな。でもそれはつまり、僕が生きていられる限り、僕の言動は神の意向から外れていないって事だろう?」


 何せ神とは全知全能なのだ。意に沿わない行動をする人ひとり排除するくらい、簡単な事だろう。本当に神なんているのか知らないが。


 一方でリィラは神の存在を微塵も疑っていないようだ。人の行いに、神の意志が介入する事は当然と考えているように見える。


「そうよね、あなたに天罰が下るなら、その前にもっと罰せられるべき人達がいるわ。ああ……わたし、神が貴方に何をさせたいのか分かった気がする。たしかに貴方は、神に選ばれたのかもしれないわね」


 リィラは何かひとりで勝手に納得したようで、うんうんと頷くと、僕の包帯に包まれた左手にその手を重ねてきた。


「この国やエネットネールの様に、魔術師を道具のように使う現状をこのままにしていては、いつか大規模な戦争が起こるわ。18年前にあったようなものじゃない。国境の空白地帯でも行使できる魔術が、武力として使われてしまえば……被害はそんなものじゃ済まなくなる。きっと今に、神罰が下ると思っていたの」


 僕が王族に対して抱いている憐れみや同情心など、微塵も感じさせない冷たい声でリィラは言い切る。


「悪魔の中でも神の創作物である“創世の龍”達は、天譴(てんけん)の役目も担っているのだから。あなたが選ばれたのなら、そういう事なんでしょう」


「…………えぇっと」


 どうやら僕は、自分の今の状況に対する認識が甘すぎたようだ。そして余りにも考え無しに話しすぎた。僕の発言がどのような解釈を為されたのか分からないが、リィラの中で壮大な構想が加速していっている気がする。


「リィラは僕が、その……天譴をもたらす存在だと?」


 ひっそりと焦っている僕には気づかず、リィラは星を散りばめた夜空のようにキラキラと輝く瞳で、真っ直ぐ僕を見つめる。


「ええ。あなたのやろうとしている事が神の御心(みこころ)に適う限り」


「……」


 僕は自分の左手に重ねられたリィラの手を、鋭い爪で傷つけないように、細心の注意を払ってそっと外そうと試みる。すると逆に指を絡められてしまった。背筋を冷たい汗が伝う。


「僕はただ、特定の人達が理不尽に自由を奪われる現状は酷いと言っただけだよ。君のお父さんみたいな人は、助けたいと思うじゃないか」


「助けたい、と思っても、何の手段もとれないのよ。わたしはあなたを支持するわ。盟約を守れない王族は廃されるべきね。父様も、あなたの考えに賛同したから行動を起こされたのでしょう?」


 僕はなんとかリィラの興奮を抑えようとする。


「僕ひとりでは、そんな大それたこと無理だよ」


 その言葉に、リィラは決意を秘めた笑顔で深く頷いた。そして握った僕の手を、ぐっと胸元に引き寄せる。


「ええ、貴方ひとりだけならね……。だから、ゼノ様を巻き込んで、わたしにも協力を求めたんでしょう? いいわ、協力してあげる。わたしなら、エレットネールの情勢も、ヴィントレットの動向も、部下に探らせることができるわ。貴方の仲間にこちらで身分を与える事もできる。ここは元々、難民を受け入れるための村だから、そう怪しまれないもの」


「仲間? えっと……何のことかな?」


「あら、今更誤魔化すの? わたしを信用してくれるんじゃなかったの?やっぱり貴方が“アルム”なんでしょう。ああ、これは偽名なのかしら」


 僕は自分の発言を思い返してみた。確かにアルムの話と僕の語った内容はなんとなく被っている。僕を今まで王権に反抗してきたロクーラの一員だと思っていたから、ここまで話が進んだのか。どうしよう。


「その、仲間はいないし、ロクーラの活動と、僕の意思は関わりのないものだから……この先、ロクーラがどう動くのかは僕も知りたいくらいだよ」


 リィラは慈愛に満ちた表情で僕を見つめると、僕の手をますます強く握った。痛い。


「そうね。まだ若いあなたが、あのロクーラを思い通りに動かせるわけ無いわよね。それなのに、こんな傷だらけになるまで戦って……。結局はロクーラも、魔術師を武力としてしか見ていないのかしら……」


 僕は背中に冷や汗をかきながら、勘違いを加速するだけの自分の口を呪った。ダメだ。これ以上考え無しに口を開いても、墓穴を掘るだけな気がする。


(まぁでも、結果オーライかな)


 とにかく情報源にはなってくれるらしいのだ。リィラの中で色々と僕の背景設定が複雑化したが、目論見通りといえば目論見通りである。


『テメェ……意外と怒ってたんだな? 色々と考えてたんじゃねぇか』


 僕が自分を納得させていると、ルーさんが静かに乾いた笑声をあげた。


(……怒ってないよ。今のも口から出まかせだ。)


 別に怒っているわけじゃない。ただ王族やその仕組みを作った神とやらに、少々イラッとするだけである。


 僕の答えに、ルーさんはやきもきした語調になった。


『せっかくなんだ。そいつを取り込むついでに、エレットネールをひねり潰してやれよ!』


(ルーさんはさ、エレットネールをやたらと潰したがるよな。さっきリィラの言ってた天譴ってやつ?)


『我は天譴なりってな! それもいい』


 ルーさんは愉快そうにそう言った後、自嘲気味な声で呟く。


『しかし己の行動に名前を付けるなんて、馬鹿のする事だ。俺様は俺様のやりたい事をやるし、成すべき事を成す。オメェだって本当はエレットネールが憎いんだろう?』


 確かに、魔術師を認めないエレットネールのせいで、僕は家族を失い、あまり幸せとは言い難い生活を強いられてきた。しかしだからと言って復讐したいと思えるほどエレットネールが憎いか? 否だ。


(もう死んだ人や、自己満足の為に人を傷付けたくはないな。)


『じゃ、助ける為ならどうだ? オメェと一緒にいたあの土術師の小僧なんか、まだエレットネールの支配下だろう。……俺様が断言してやる。アイツ、このままだとロクな目には合わねぇぞ』


 ルーさんはいつになく真剣な声でそう言った。その言葉に、僕は自分の中で、何かが切り替わったのを感じる。


 128番は僕にとって、唯一の友人だ。その他大勢とは、存在の重みが違う。


(あいつを助ける為なら……顔を知らない誰かを何人犠牲にしたところで、かまわないかもな)


 それにあいつが無事でいてくれないと、僕が約束を果たせないからね。




間が空いてしまい、すみませんでしたm(__)m

ちょっと気分が乗らなくて…


カラン君、根は優しいんです。しかし何しろ他人と関わる機会がほぼ無かった上、道徳心を学ぶ機会もありませんでした。善悪の判断は彼の気分に拠るところが大きいです。優しい独善者といったところでしょうか。

リィラちゃんはステキな脳筋娘です。


今週中にもう一回くらい更新したいです。

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