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箱庭の技法  作者: 游魚
失われた物語
21/31

酩酊と血

 



(待てって! 何かするなら事前に説明してくれ!)


『だぁーいじょーぶだって。ちょっと弄くるだけだからよぉ』


 ルーさんがケタケタ笑いながら、よく分からない肉体改造を施そうとしてくる。時と場所を考えて欲しい。というか、ちょっと様子がおかしくないか? もしかして……


(まさか、酔っ払ってるんじゃ無いだろうな⁉︎ ちょっ⁉︎ ふざけるなよ!)


 僕がなんとも無いのに、何で僕の体に居候(いそうろう)しているだけのルーさんが酔っ払うのだ。

 そう思っているうちに、目の奥がジンジン痺れてきた。


『……ンあ? 何だぁ?上手くいかんな?』


 万が一、視界が利かなくなった場合の対応を考えていると、ルーさんの呂律の回らない声が聞こえた。その眠そうな様子に僕は光明を見出す。


(酔っ払ってるんだよ! 取り敢えずもう寝ろって!)


『ぁあん? 俺様わぁ酔ってねえよ! あれだ、ここに結界があるせいだ!』


(分かった! どっちでもいいから後にしてくれ!)


 なんだよぉ、としばらく要領を得ない文句をぶつぶつと垂れ流した後、やがて静かになったルーさんに、僕はホッと溜息を吐く。


「カラン、大丈夫か? 気持ち悪いのか?」


 そこでゼノヴィスが心配そうにこちらを覗き込んでいる事に気づいた。僕は慌てて顔を上げると、首を振る。


「……初めてお酒を飲んで、少し酔ったみたいです。気分が悪いわけじゃありません」


 ルーさんが、と心の中で付け加えながら答えると、ヴィゼロが目を見開いた。


「あの酒を飲んだのですか⁉︎ あなたが⁉︎」


 そう言って「何をしているのですか⁉︎」とゼノヴィスをギロリと睨む。


「ちょっと目を離した隙に……」


「あれは酒を受けつけない者なら、ひと舐めで卒倒するような物ですよ⁉︎ 主君の動向に常に気を配り、口にする物には細心の注意を払うのが貴方の役目だと、私は何度も……」


「あぁハイハイ、分かったよ。しかし、他人に注意する前に、先ずは自分の事を気にしたらどうだ?」


 ゼノヴィスは相変わらず青い顔をしながら、「上手くいくと思わなかったぞ」と言って疲れたように目を閉じた。


「弱ったお前を押さえつけるような真似はしたく無かったからな」


「……何のことです?」


 身を固くして警戒した声を出すヴィゼロに、ゼノヴィスは億劫そうに立ち上がり、ゆっくりと歩み寄った。そして支えを求める様に、その肩に手を置く。


「べディーネン、その身は我が偶人。その者の意思はその者に非ず。その者の命はその者に非ず。その身に宿りしものは我が意の元に。その身が何者にも侵されず、常に我が意思に添い、下知に叛かず、我が命と供に果てる事を望む。分かっているな?」


「————っ‼︎ 貴方は!」


 ヴィゼロは、ガタンと椅子を蹴立てて立ち上がった。しかし、そのまま床に崩れ落ち、自分の胸に爪を突き立てる。

 血走った目がぎょろりと僕を見た。その視線の不快さに、思わず鳥肌が立つ。


 ゼノヴィスがヴィゼロの目線を遮るように手を広げると、感情の窺えない静かな声で話しかける。


「イーギルに殺される覚悟をしていたくらいだ。問題ないだろ」


「……貴方は! 私の主には、なり得ない……!」


「自分で飲んだんじゃないか。諦めろ」


(飲んだ?)


 ゼノヴィスの言葉に、僕はテーブルの上のカップに目をやった。ヴィゼロのカップの底には、へばりつくように僅かな赤い沈殿物が溜まっているのが見えた。僕はさっきのゼノヴィスの言葉を思い返す。


(……あ、血か! 今の隷属の魔術だろ?)


 心の中でポンと手を打ち、そう問いかけてから、ルーさんがもう寝ていた事を思い出した。こういう時こそ解説役を務めて欲しいのに、役に立たない居候である。


「……私は、“王の騎士”です」


 ヴィゼロが苦しそうな呼吸の合間に掠れる言葉を絞り出し、憎々しげにゼノヴィスを見上げた。対するゼノヴィスの表情は僕からは見えない。ただ周囲の温度を奪うような冷たい声が、地に伏すヴィゼロを嘲笑うように響いた。


「ハッ! 馬鹿馬鹿しい。今更何を言っている?」


「……!私にとっては命よりも重い名です」


「お前がその名で呼ばれる事は二度とない。そんな古臭い名に縛られるな。そんな過去に縋って生きるくらいなら、私のために命を使え」


 そう言ってゼノヴィスはヴィゼロの前に跪くと、そっと手を差し伸べた。

 僕から二人の表情が見えなくなる。僕は身を乗り出したくなる気持ちをぐっとこらえて会話に耳をすませた。


「ほら、少しは楽になっただろ。立てるか?」


「……ゼノ様、貴方は、国を再興するつもりはないのですか?」


 ゼノヴィスの背中が僅かに震える。くすりと笑い声が聞こえた。


「なぁ……よりにもよってこの私に、それを聞くか?」


「それは!」


「ヴィゼロ、お前は知らない事が多過ぎるんだよ。だから、蒙昧(もうまい)な懐古に振り回されるな。……すまなかったな」


 ゼノヴィスが勢いよくヴィゼロを引っ張り上げて立ち上がらせる。ヴィゼロはふらつきながらもしっかりと自力で立った。ゼノヴィスの肩越しに、その懊悩するような表情が覗く。


「……さあ! カラン、今日は疲れただろう? 遅くなって悪かった。本当に気分は大丈夫か? 早く部屋に帰ろうな」


 くるりと振り返ると、ゼノヴィスはさっきまでのやり取りなどまるで無かったかのように、いつも通りの明るい声と笑顔を僕に向ける。

 色々突っ込みたいところは多々あるが、その顔色の悪さに僕は黙って頷いた。早く部屋に帰った方が良いのはゼノヴィスの方だ。


「じゃあヴィゼロ、体調の悪い時に無理をさせたな。さっさとイーギルのところに行ってご機嫌をとって来い。主君の上書きに気づかれるなよ」


「しかし……」


「大丈夫だ。元々憑いていた悪魔も殺したわけではない。バレちゃいないさ。……この子を然るべきところに預けたら、私も後から追いつこう。追って連絡する」


 ゼノヴィスは聞き取り難い早口でそう言うと、ヴィゼロに背を向け早足で扉へ向かった。僕は棒立ちになっているヴィゼロを横目で気にしながらその後に続く。


「ゼノ様」


 ゼノヴィスがドアノブに手をかけた時、背後から静かな声が聞こえた。ゼノヴィスの動きがぴたりと止まる。


「……なんだ」


 ヴィゼロは、ゼノヴィスが振り返って完全に自分と向き合うまで、じっと待っていた。心臓の音さえ聞こえそうな一瞬の静寂のあと、ヴィゼロはおもむろに跪き、両手を背で組んで頭を下げる。すぐ隣にいた僕には、ゼノヴィスが小さく息を飲む声が聞こえた。


「ゼノ様、ありがとうございます。とても……とても楽になりました。これほど体が軽いと感じたのは久々です」


「……べディは、高位の悪魔だ。この先君主の書き換えをされる事はあるまい。私も、いたずらに苦しめようとは思わない。安心しろ」


「欲を言えば……私は、長生きしたいですね」


 ゼノヴィスは無言で頷くと、射る様なヴィゼロの鋭い目線から目を逸らし、扉を押し開ける。外に控えていたらしい使用人が、いきなり開いた扉を慌てて支えた。


「それでは、夜分に失礼しました」


 浅いお辞儀をして逃げるように立ち去るゼノヴィスの背中を、ヴィゼロは複雑な表情で見つめていた。



 ***



「ゼノさん……ゼノさん!」


「すまん。カラン、後にしてくれ」


 僕は、呼びかけてもこちらを見ようとしないゼノヴィスの腕を掴んで引き止めた。ゼノヴィスは掴まれた腕を驚いたように見たあと、僕を見て微かに笑顔を見せる。そんな反応に溜息をこらえながら、僕は階段を指差した。


「ゼノさん。一度、階下に下りないと、客室には戻れませんよ。こっちです」


 薄闇の中でもはっきり分かる、紙のように白い顔のゼノヴィスに、思わず僕はそのまま手を引いて自分達に割り当てられた部屋へと進んだ。


「案内を断ったのはゼノさんですよ。しっかりして下さい。……体調、大丈夫ですか? 馬車に何か必要な薬があるなら、僕が取って来ます。無理はしないでくださいね」


 そう言って腕を引かれるままに後ろを着いて来ているゼノヴィスを振り返ってギョッと立ち止まった。なぜならゼノヴィスが滂沱(ぼうだ)と涙を流しているのである。


「え、ちょっと、本当に大丈夫……」


「カランは優しいな。私には勿体無い甥っ子だ」


 乱暴に袖で涙を拭うと、足を止めた僕を追い越す様にゼノヴィスは歩を速めた。


「本当に、ごめんな。……私はいいおじさんにはなれそうもない」


「何をそんなに気に病んでるのか知りませんが、僕にとってはいいおじさんですよ。一緒にいて安心できますし」


 少なくとも、僕のために何かをしようとしているのは嫌という程伝わってくる。害意がない事だけは確信出来るので、側にいても気を張らなくてもい相手だ。


 ゼノヴィスは生気のない顔から一転して鬱陶しいほどの笑顔を浮かべると、僕の頭をぐわんぐわんと振り回す勢いで撫でた。ちょっと力加減がおかしい。相手は酔っ払いだと自分に言い聞かせて、振り払いたいのをぐっと堪える。


「……まいったな。カランはなんでそんな可愛いんだ? やっぱり可愛いは正義だ……」


「あんまり大丈夫じゃなさそうですね……」


 僕は堪えきれず溜息を吐く。ゼノヴィスは気にする様子もなく、僕から手を離して鼻歌交じりに先を歩き出した。


 僕は、そのゼノヴィスの足元がしっかりしている事を確認し、その足が向かっている方向に間違いない事を確かめ、最後ちゃんと部屋に戻るまでを見届けると、ホッと息を吐いて自分の部屋に戻った。

 ルーさんといいゼノヴィスといい、酔っ払いとはこうも面倒くさいものなのか。



「疲れたな」


 ベットに寝そべり天井をぼんやり眺めながら、今日起こった事を思い返す。情報の断片が頭を漂い、思考がまとまりそうでまとまらない。


(ゼノさんは何をするつもりなんだろうなぁ)


 ルーさんの言う事が正しければ、ゼノヴィスはフィアラムの王族だったのだろう。別に何か差し迫った事態になっている訳ではないので、実のところ、そのあたりの事情に関して大して興味がある訳でもなかった。もう存在しない国や王族なんか、どうでもいいじゃないか。

 

(そんな事に、拘わる必要あるかな……)


 これまで先の事なんて考える事も無かったせいか、ここ最近は情報過多で頭が痛い。でも、一応自分にも関わる情報は知っておかないと、後に困るかもしれない。


(色々考えても仕方がないか。)


 今は情報だけ集めて、必要にかられた時にまた改めて考えよう。

 僕はあっさり思考を放棄すると、大きく伸びをして目を閉じた。


(とりあえず、僕の大事な人が不幸になりそうだったら、その時、今度こそは、助けになれる様にしよう。……これ以上は、誰もいなくならないように。)


お読みくださりありがとうございます。


お酒の勢いって怖いですよね〜

翌朝のお酒が抜けたゼノさん↓

(´・ω・).。oO(うーわやっばい昨日酔っ払い過ぎた…!)


更新遅くなりすみませんでした……でももう暫く忙しいので更新頻度は週一(目標)です。ごめんなさい_:(´ཀ`」 ∠):

ヴィゼロさん視点の同じ場面なら、早めに書けるかもですが、書くべきか迷ってます。気が向けば……書くかもしれないので期待せずにどうぞ……

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