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箱庭の技法  作者: 游魚
失われた物語
20/31

酒は飲んでも飲まれるな

 



『ほっほぉ……! メシか! メシだな⁉︎ メシなんだな⁉︎ いや〜おっさんの手料理以外を食うのは久々だな! 楽しみだな小僧⁉︎』


(……うっさい。落ち着け。)


 夕食に呼ばれた時からテンションの高いルーさんが面倒くさい。風呂を上がってからさっきまで、何やら考え込んで静かだったくせに、夕食だと聞いた途端これである。


 鼻歌でも歌いだしそうな……と言うか、さっきから鼻歌らしき謎の音楽は脳内に流れているのだが、とにかくこちらが辟易(へきえき)する位騒がしい。僕以外に聞こえないからといって、いい迷惑である。


 侍女に先導され、先ほどとは別の部屋に通される。中には既にリィラが席に座って待っていた。僕達の入って来るのを見て立ち上がって礼をする。


「どうぞ、こちらにお掛けになって。今、食事を運ばせます」


 席に着くと直ぐに食事が運ばれてきた。一品一品の量は少ないが品数は多く、彩り豊かな物ばかりだ。事前に準備されていた為だろうか冷たい料理が多かったが、移動中はあまり口に出来なかった新鮮な野菜や果物が多いのが嬉しい。両手を使わなくても食べられる物ばかりなのはリィラの配慮だろうか。


 リィラとゼノヴィスが同席するのだから一体どんな会話が交わされるのかと初めはそわそわしたが、特に険悪な雰囲気も無く、終始ふたりとも和やかに話していたと思う。


 内容までろくに聞けていなかったのは、脳内で響くルーさんの料理の品評を聞くのに忙しかったからだ。

 塩気が足りないだとか味が単調だとか、食事中、実にうるさかった。最後に出された甘味(かんみ)にだけは大喜びで文句一つ言わなかったので、ルーさんは甘党なのだろうか。



「堪能させていただきました。格別のおもてなしに感謝致します」


 ゼノヴィスがリィラに愛想の良い笑顔を向けると、リィラも微笑みを返す。


「まだお酒の準備をしておりますよ。どうぞ最後までお楽しみ下さいな」


「いえ、一度ヴィゼロ殿に挨拶に伺いたいので……」


 ゼノヴィスの笑顔が心なしか引きつったように見えた。リィラは困ったように頰に手を当てると、首を傾げる。


「あら、ゼノ様はこんな夜更けに、体調の悪い父を訪ねるおつもりですか? ゼノ様がお考えになっているより父の容体は(かんば)しくないのです。ご遠慮下さいませ」


 リィラがそう言い終わらないうちに、銀の器が運ばれて来る。驚いた事に、僕の前にもだ。器になみなみと透明な酒が注がれると、ふわりと甘いような香ばしいような強い酒気が、鼻を通って脳を撫でる。

 僕は、心身に変調をきたすと聞く未知の液体を、戸惑った目で見つめた。


 酒など飲んだことがない。出されたからには飲むべきなのかと、ゼノヴィスに視線を向けてみる。しかしゼノヴィスは酒から顔を背けるように横を向いていて、目が合わなかった。その横顔から血の気が引いて見えるのは気のせいだろうか。


「この辺りで作られた蒸留酒の中でも、最高級の物を開けさせたのです。香りが良いでしょう?」


 そう言ってリィラは、一口飲んで微笑んでみせる。わたしの振舞う酒が飲めないのか、という無言の圧力を感じて、僕は再び目の前の酒に視線を落とした。


(飲むべき? 飲むべきなのか?)


『飲んじまえよ! 折角の機会だぞ? 気になるじゃねえか!』


 ルーさんは乗り気である。一応、口をつけるのが礼儀だろうと諦めて、僕は器に手を伸ばした。器のふちギリギリまで注がれた酒を片手でこぼさずに持ち上げるのは難しい。


「……あ」


 僕が酒に口をつけたのを見て、ゼノヴィスが顔色を変える。リィラが意外そうにこちらを見た。


(……なるほど。)


『ほうほう。これはなかなか……』


 鼻に抜ける芳醇な香りと、口に広がるまろやかな味わいに反して、強い刺激が喉を焼く。酒を通った喉から胃にかけてが、カッと熱くなるのが分かった。しかし、意外と飲みやすい。


「カラン、その辺で止めておけ。成長に差し障るぞ」


 ゼノヴィスの焦ったような声に制止され、僕は器を置いた。酔うという感覚は知らないが、酒を飲んだからといって、特に体の異変はないように思う。


「酒の良し悪しは判りませんが、美味しいですね。ご馳走様でした」


 リィラに向かって微笑むと、リィラは少し強張った顔で頷いた。ゼノヴィスは表情こそほとんど変わらないが、顔が真っ白だ。


「……ゼノ様はいかがですか?」


 ゼノヴィスは観念したように、舐めるように酒に口をつけると「美味しいですね」と頷き、直ぐに器を戻した。


「……リィラ、何をしている? 私は夕食に同席すると言ったはずだ。それを白炎酒など振舞って」


 突然、入り口の方から声が聞こえた。振り向くと、まるで影から滲み出て来たように気配無く、幽鬼のような男が壁に体を預けるようにして立っている。痩せこけて影の落ちた顔に、鷹のような目だけが爛々と光って見えた。


 その目がゼノヴィスを見て細められ、僕の顔を訝しげに見つめた後、徐々に見開かれる。


「父様、お部屋にお戻り下さい! お体に障ります……!」


 泣きそうな顔になったリィラが慌てて立ち上がる。

 そんな娘の様子など目に入っていないかのように、ヴィゼロはゼノヴィスの方に向き直ると、丁寧にお辞儀をした。


「娘が失礼を致したようで……。申し訳ありませんでした、ゼノ様。よろしければ、これから私の部屋にお越しいただけませんか? 食後のお茶をご用意致します」


 病人とは思えない張りのある声でそう言った後、ヴィゼロは「もちろん、お連れ様も一緒に」と僕を見て微笑んだ。

 ゼノヴィスは頷くと、素早く席を立つ。


「お招きに預かろう。リィラ嬢、申し訳無いがここで中座させて頂きます。……行くぞ、カラン。立てるか?」


 僕は頷いて立ち上がる。ゼノヴィスは心配そうだが、別に動きにも問題は無い。足早に立ち去るゼノヴィスに続いて部屋を出ると、酒気を含まない空気が肺を満たした。


「……ヴィゼロ、助かった。すまんな」


「飲まれたんですか?」


 青白い顔をしたゼノヴィスをちらりと見遣りながら、ヴィゼロが尋ねる。ゼノヴィスは額に手を当てながら首を振った。


「少しだけだ、大丈夫。ちっ……まだ臭いが残ってやがる」


 ヴィゼロは溜息を吐くと、足を早めた。


「口調が崩れてますよ……。リィラにも困ったものです。よりによってあんな強い酒を貴方に出すなんて。女性には好かれるゼノ様が、何故ここまであの子に嫌われるんでしょうねぇ? とにかく、貴方に酒を控える自制心があって助かりました。お茶でも飲めば落ち着くでしょう」



 ヴィゼロの部屋は、落ち着いた木目調の家具で統一された重厚感のある雰囲気の部屋だった。ベットなど生活感の見える場所は、衝立で隠されている。


 強い香の香りが鼻をついた。どこかで嗅いだことのある香りだと一瞬考えて思い出す。この間、カヨの部屋で目覚めた時に嗅いだ香りとそっくりなのだ。


 ヴィゼロはビロード張りの肘掛け椅子にどっかりと沈み込むように腰掛けると、僕達にも椅子を勧めた。侍女が手早くお茶の準備を整えると、一礼をして退室する。


「お前も出ろ。私が良いと言うまで、誰も入室させるな」


 ヴィゼロがドアの側に立っていた使用人にも出て行くように示すと、部屋には僕達3人以外、誰もいなくなった。


「さて……説明、して頂きましょうか?」


 脱力したように目を閉じて椅子に体を預けていたヴィゼロが、薄目を開けてゼノヴィスを見ると、溜息のようにそう呟いた。


「話を聞きに来たのはこちらなんだが」


 そう返すゼノヴィスは、まだ調子が悪そうだ。眉間を揉みほぐしながらしきりに唾を飲み込んでいる。それを見たヴィゼロが、ぐっと眉を寄せて眼光を強めた。


「お辛いですか? それはそうでしょうね。その状態で結界の中にいるのですから」


「酒のせいだ。……私のことはどうでもいい。お前の今の状況を話せ。イーギルはどうしてる?」


 ゼノヴィスは顔を上げると真っ直ぐに座り直した。ヴィゼロはそれを見て大きく溜息を吐くと、僕の方に向き直って姿勢を正す。


「ご挨拶が遅れて申し訳ありません、カラン様。見ての通り病人でございますので、正式な礼をできない事をご容赦下さい。私は、ヴィゼロと申します。この度は我が屋敷にご逗留頂き……」


「分かった分かった。長ったらしい挨拶は必要ない。それより必要な話をしてくれ」


 恭しく挨拶された僕が戸惑っていると、ゼノヴィスが手を軽く叩いてヴィゼロを止め、身を乗り出した。


「イーギルはどういうつもりでお前を隷属までさせて懲罰しているんだ? ……随分な様子じゃないか」


「あぁ、みすぼらしい状態で申し訳ないです。なかなか、和らがない痛みと言うのは、心身が削られますね。今は味覚のほかに嗅覚まで奪われて、食べるのにも難儀します」


 そう言ってヴィゼロは、ダブつく服の端を摘んで苦笑すると、ゼノヴィスを見て目を伏せる。


「イーギル様は私の従順な様子を貴族間に見せつけたいのでしょうね。周囲の目がある所で私は彼に意見してしまいましたから……。殺す気は無いのだろうと、こうして、ほとぼりが冷めるのを待っているのですが」


 そう言って肩をすくめると、再び椅子に体を沈めた。


「ただ、私と同じ目を持つ者で無くとも国境を見張る事はできます。もしかすると、もうこのまま殺されるかもしませんね。難民達の生活も落ち着いてきましたしリィラも大きくなりましたから、まぁ、思い残すことは無いと思っていたのですが……」


 ヴィゼロは掠れる声でそう言いながら、ギロリと僕に鋭い視線を向けた。色素の薄い色褪せた紅色の瞳に怪しい光がちらつき、まるで僕を通して別の人物を見ようとしているようにスッと細められる。その口元が、飢えに苦しむ獣のように歪んだ。


「なるほど、想定通りの状況だな。相変わらずあいつはたちが悪い。で、領地を広げるというのは? また金が無いのか?」


「まぁそんなところですね。大方、ヴィントレット貴族の方々に見栄を張りたいのでしょう。彼は辺境伯といっても、名ばかりの新参貴族ですから」


 そうゼノヴィスに答える間も、ヴィゼロは僕から視線を逸らさない。


 そんなじっくり眺められても困ってしまう。あれだろうか、ルーさんが憑いているのがバレているとか? ルーさんはどうもすごい悪魔だそうだし、見る人が見れば、僕に憑いているのが分かるのかもしれない。


 こちらから目を逸らすのも躊躇われて、気まずいながらも、僕はその目を見返し続けた。


『——お⁉︎』


 その時、突然頭に響いた大声に、思わず身を竦めそうになる。何とか表情には出さずにいたが、かなりびっくりした。


(なんだよいきなり⁉︎)


『いや、分かったんだよ! お前に憑いてから、ずっと視界がおかしいと思ってたが、コレだよコレ! この目だ!』


 またルーさんが訳の分からない事を言い出した。ヴィゼロの目がなんだと言うのか。


『目は一回再生した事があるからな。多分いけるはずだ。早速……』


(ちょっと待て、何するつもりだ⁉︎)



お読みくださりありがとうございます。


作者、ちょっと……いやかなり、試験がやばいです。更新滞ったらごめんなさい_:(´ཀ`」 ∠):

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