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箱庭の技法  作者: 游魚
失われた物語
18/31

魔石

間が空いちゃってすみません

 



「なんだか、ゼノさんがリィラさんに嫌われる理由はその態度なんじゃないかと思えました」


 リィラの出て行った扉を見つめながら、僕がぼそりと呟くと、ゼノヴィスは心外だと言わんばかりに目を見開き、大げさに肩を落として見せた。


「カランには私が嫌な奴に見えるのか? 私はあくまで紳士的に対応をしたつもりなんだが……」


「ゼノさんの場合は慇懃無礼(いんぎんぶれい)って言うんじゃないですか。……それに、盗み聞きは紳士的とは到底言えませんよ」


 僕の言葉にゼノヴィスは驚いた様に片眉を上げた。


「なんだ、気づいてたのか?」


「わ、本当にしてたんですね……。ずっと気配が無かったのに、見計らった様に扉をノックされたので驚いたんです。いつから聞き耳を立ててたんですか?」


 リィラにお宅の防音設備はザルですよ、と教えてあげた方が良いだろうか。


「聞き耳を立てていたというか……」


 そう言いながら、ゼノヴィスは悪戯っぽい笑みをのぞかせると、芝居がかった仕草で指を鳴らした。


 視界の端で、天井の隅の暗がりがもぞりと動く。そこから僕の中指くらいの大きさのヤモリが這い出し、スルスルと壁をつたって移動すると、ゼノヴィスの肩までよじ登った。移動する内にその体長は徐々に大きくなり、ゼノヴィスの肩に巻きつく様に落ち着いた時には、二の腕ほどの大きさにまでになっていた。


「こいつを通して見聞きしていた、と言う方が正しいな。カランがリィラ嬢をベットに押し倒した時は頭を抱えたぞ」


「あれでも怪我をさせない様に配慮したんですよ。あー、やっぱり殴られるのが正解でしたか?」


 過激な挨拶ですよね、と呟くと、ゼノヴィスは困った様な何とも言えない表情になった。


「いや、あれはいきなり殴りかかったリィラ嬢が悪い。先ずは手が出てしまう性格は相変わらずだ……しかし、カランには礼儀作法の勉強も必要だな」


 そう言って溜息を吐くと、ゼノヴィスはその長い指で肩に巻きつくヤモリの額を撫でた。ヤモリが嬉しそうに黄金色に輝く大きな目を閉じたかと思うと、空気に溶ける様にかききえる。


「あ、やっぱり悪魔だったんですね。悪魔と視界や聴覚を共有する事ってできるんですか?」


『……悪魔? 何故、気付かなかった……?』


 そんな使い方もできるのかと僕が感心していると、ルーさんの不可解そうな呟きが聞こえてきた。独り言だったようで、聞き返しても応えはない。ただ、戸惑っているらしく、ボソボソと聞き取れない呟きが頭に響いて鬱陶しい。


「自分の感覚と共有するわけでなく、これを介して悪魔の見聞きした事を知るんだよ」


 ゼノヴィスはそう言って掛けていた眼鏡を外すと、ひょいと僕に手渡してくる。僕は受け取った眼鏡を光に透かして見てみた。


 薄く黒い色のついたレンズには度は入っておらず、レンズとツルの部分が同じ材質で出来ている様だ。近くで見て分かったが、全体に細かい網目のような模様が入っている。華奢な見た目に反して重量感があり、つるりとした感触で、まるで小動物を手に載せている様に温かい。


「目の色を誤魔化すための眼鏡かと思ってました」


「もちろん、その意味もある。いつも覗き見しているわけじゃないぞ。さっきもリィラ嬢がお前の部屋に入って行ったから心配してだな……」


 何も言っていないのにゼノヴィスが慌てたように弁解する。それによると、どうやら覗き見するにも色々と制約があって、そう気軽に使える物では無いらしい。長時間の使用や、対象と距離のある場合はまた別の道具が必要だそうだ。


「別にいいですよ、覗かれたって」


 これまで四六時中監視される立場だったのだ。気にしないと僕はゼノヴィスに手を振る。


「カラン、信用してくれるのは嬉しいが……もうちょっと気にした方がいいぞ」


 僕の言葉に、ゼノヴィスは怒ったような顔で溜息を吐いた。


「あ、しかしリィラ嬢に私を信用してると言ってくれたのは、嬉しかったなぁ」


 しかしすぐにニヤけた表情でこちらを見る。

 面倒くさいので、僕は眼鏡に視線を落とした。


「……ところでこの眼鏡の素材って、もしかしてゼノさんの持っていた大きな黒い剣と同じなんじゃないですか?」


 色合いは少し違うが、妙に惹きつけられるこの感覚は、あの剣と同じだ。


「お、よく分かったな。確かに両方共、コレで出来ている」


 ゼノヴィスはポケットから薄黄色の石を取り出し、手の上で転がした。


「え? さっきのヴォルホルンの魔石ですか?」


 色も、受ける印象も全く違う。僕が首を傾げると、ゼノヴィスは魔石をポケットにしまいながら答えた。


「魔石であればヴォルホルンに限らず、どの魔獣から取れた物でも良い。黄色は雷の属性を持つ証拠だが、この場合どうせ一度、属性を抜いて白聖石にしてから使うから関係無いな」


「白聖石って、あの孤児院の塀に使われていた?」


 悪魔を吸い込む、あのヒヤリとした石と、この自ら発熱しているような温かな石が同一のものだとはとても思え無い。


「ああ。白聖石に飽和状態になるまで術師の血を吸わせると、悪魔の力を媒介出来る素材になるんだよ。法術で使う霊鉱石で回路を組んでも、悪魔の霊子量に耐え切れない事が多いからね。こっちは黒聖石、または判別石と呼ばれる。作るには大量の血が必要だし、作る労力に見合うだけの性能はなかなか得られないから、それ程一般的ではないがな」


 そう言われて改めて眼鏡をみると、なるほど確かに凝固した血の色に見える。


「血ですか。温かいのもそのせいですか?」


「いいや。……温かいと感じるのは、私とカランの血が近いからだろう。私より深くイストリアに踏み込めない者が触れば、皮膚が焼けただれる」


 さりげなく恐ろしい事を言うと、ゼノヴィスは僕の手から眼鏡を取り上げ、掛け直した。


「そんなことより……。カラン、私に何か聞きたい事があるんじゃないか?」


 眼鏡越しの静かな視線を受けて、僕は口籠った。


「……別に、僕はゼノさんが話したく無い事を、無理に聞くつもりはありませんよ」


「私はカランになるべく隠し事はしたくない。それに、周囲に色々と吹き込まれる前に、一度私に事情を聞いてもらった方が助かる」


 そう言われて、僕は真っ先に気掛かりだった事を尋ねた。


「体は大丈夫ですか? 僕を助けるために相当無茶をしたんでしょう? 研究施設を壊滅って……」


 ゼノヴィスは一瞬、拍子抜けしたような顔をすると、綺麗に笑った。


「私が無理をしているように見えるか? 多少無茶はしたが、もう大丈夫だ。心配するな」


 そう言っておどけたように両手を広げて見せるゼノヴィスの笑顔はいつもどうりに見える。


「……なら、いいですけど」


 数秒の沈黙の後、僕はこれ以上追及するのは諦めると、多分ゼノヴィスが想定していたのであろう質問をする。


「なんで僕を助けたんです?」


 僕に利用価値があったとしても、助け出すリスクが高すぎるだろう。


「私が助けたかったからだよ。あのままにはしておけなかった」


「それは僕に悪魔が憑いたから?」


 僕の質問に、ゼノヴィスはきっぱりと首を横に振った。


「そうじゃない。……お前が生きていると知ったのが、最近だったんだ。助けに行くのが遅れて、悪かった」


「わざわざ? 殆ど会った事もない僕を?」


「可愛い甥っ子を助けるのに、手間も無茶も無いよ。それに初めて会った時に、小さかったお前と約束したんだ。お前達がどうしようもなく困った時は、たとえ何を敵に回そうと、おじさんが助けに行ってやるってな。……守れたとは言えないが」


 その言葉に触発されて、遥か遠い記憶が泡の様に意識の表層に浮かび上がって消えた。「父さんのお話に出てくる英雄みたいだ!」とはしゃぐアルムの声と、僕の手を包む大きくて温かい手の感触が微かに蘇る。


 ゼノヴィスはベットに腰掛けた僕の前に片膝をついて目線を合わせると、真摯(しんし)な表情で僕を見た。


「カラン、私はこの先何があってもお前の味方でいよう。……今度こそ約束は守る」


「それはどうして?」


 伯父だと言っても、僕にそこまでしてくれる義理など、ゼノヴィスにはないはずだ。

 僕の言葉に、ゼノヴィスはまるで不貞腐れた様な顔をした。


「どうしてと言われると……こういう人の情にいちいち理屈をつけていくから、世の中は齟齬(そご)をきたすんだぞ?」


「何ですかそれ」


 僕は灰の中でくすぶる熾火の様な目を見返しながら、少し笑う。


(ゼノさんが言っている事は、きっと嘘じゃない。)


 隠している事はもちろんあるだろう。だが、それはお互い様だ。僕にも言わないことくらいはある。


「しかし、やはり私の立場について、一度考え直すべきかもしれないな。さてどうするか」


 ゼノヴィスは顎を撫でながら、考え込むように目を伏せる。


「私の所属する商会は、金銭面におけるイーギルの後援的な立場にいるんだが……私が直接イーギルの言動に口を出すには、無理があるんだよな。どちらにせよ、先ずはヴィゼロに一度会って詳しく話さないと」


 そう言うと僕に目を向け、安心させるように微笑む。


「まあ、いざとなればこんな面倒など放り出してしまってもいいんだ。やろうと思えばどうにでも出来る」


 ゼノヴィスは僕の隣に腰掛けると、気の無い様子で言った。


「何にせよ、カランが心配する様な事は無いようにするつもりだ。安心してくれていい」


 その完全に僕を庇護対象としか見てい無い態度にカチンとくる。僕だって小さい子供では無いのだから、何かしら当てにしてくれても良いんじゃ無いだろうか。いや、僕に何が出来るのだと問われたら、特に役に立てる事は思い浮かば無いのだけれど。


「ゼノさんにとって僕は役立たずなんですね」


 努めて落ち込んんだ顔を作ってみせると、ゼノヴィスはこちらが申し訳なくなるくらいに狼狽えた。


「も、もちろん頼りにしているぞ? 」


「じゃああんまり甘やかさないで下さい……なんでそんなに残念そうな顔をするんですか」


 露骨にがっかりした顔をするゼノヴィスに思わず溜息を吐きそうになった。一体僕の何がそんなに可愛いのか。


「分かっている」


 心底残念そうに呟くゼノヴィスの様子がおかしくて、つい笑みがこぼれる。それに気づいたゼノヴィスは戸惑ったように頭をかくと、ヘラっと嬉しそうに笑った。



お読みくださりありがとうございます。

これから週一更新くらいの頻度にしようと思います。すみません…



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