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箱庭の技法  作者: 游魚
失われた物語
1/31

プロローグ

はじめまして。

 

 さて、僕の物語はどこから話そうか。


 皆が知る物語の裏側を語るのもいいけど、それでは面白味に欠けるし、僕の語る意味がないと思うんだ。……そうだな、ひどく長い話になると思うが、やはりあの日から語るのが一番いい。


 どうか、気長に聞いてほしい。僕にとっての物語の始まりは……



 ***



 それは、この辺りでは珍しく、じっとしていても汗ばむような暑い夏の日のことだった。


 昼下がり、僕は自分に割り振られた仕事を早めに終わらせて食堂にいた。石造りの孤児院の中はじっとり蒸し暑く、生ぬるい空気をゆるゆるとかき混ぜている天井の送風機は、無力感を漂わせている。


 決められたいつもの席に座り、食事係から配られた酸っぱい黒パンを塩辛い野菜スープでふやかして食べながら、僕は口の中の傷の痛みに顔をしかめる。昨日殴られた時に切ってしまったのだろう。せっかくの食事が自分の血の味で台無しだ。


 周囲を見れば、僕と同じような貧相な身なりの少年たちが、一言も発せずに自分の皿を抱え込むようにしてガツガツと食事をとっている。自分の分を既に平らげ、他人の食事をギラギラした目で付け狙っている奴もいた。


 僕はさっさと食事を終わらせると食器を片付け、一切れのパンをめぐって無言の殴り合いを始めた年少組を横目に食堂を出る。馬鹿な事に巻き込まれて、時間や体力を浪費するのは避けたい。


 程なくして、闘戯の時間を知らせる予鈴が鳴り始めた。まだ時間の余裕はあるが、もし本鈴までに闘戯場に着いていなければ、処罰の対象になってしまう。


 僕はゆっくりと闘戯場のある地下まで続く長い階段を下りながら、徐々に濃くなる闇に目を慣らしていく。闘戯場の前に着く頃には、わずかな光源でも周りをはっきり見られるようになっていた。薄闇の中、先に来ていた何人かが、自分の年代毎に闘戯が行われる部屋の扉の前に集まって待機しているのが分かる。


 僕は最年長の子供が集まるグループの扉へと向かった。扉の前の床に座りこむと、暗闇でも目立つ銀糸の様に綺麗なプラチナブロンドの少年がこちらににじり寄り、耳元に口を寄せてくる。


「よ、134番! 今日も早ぇな!もう傷は大丈夫か? 昨日は惜しかったよなー。お前最後の5人まで残ってただろ?」


 僕の頰を突きながら「今度こそ一緒に晩メシ食えるかと思ったんだけどなぁ」と呟く。


 この闘戯で勝ち残った3名には、夕食がもらえるのだ。そして、彼はほぼ毎日、夕食にありついている勝組の常連だった。因みに敗者の食事は、得体の知れない栄養ドリンクのみである。


「うるさいよ128番。教官に見咎められたら闘戯前に落とされるぞ」


 僕の言葉に、128番は薄くそばかすの散った顔を嫌そうにしかめた。


「はぁ……なぁ俺たちこのままじゃ、本気で喋り方を忘れちまうぜ? ここの連中ときたら何かあっても唸るくらいで全然喋んないだろ。やっと話したと思っても、せいぜい二言三言さ。お前という親友がいなきゃ、俺は今頃とっくに発狂してるぜ」


「誰が親友だ」


 僕は自分の肩にまわされた128番の腕を無造作に払いのけると、周囲を見回して教官がまだ着いていないことを確認する。他の子供達は、こちらのことを気にする様子もない。


 確かにここにいる子供達は、お互いにほとんど話すことが無いし、他人に興味も持たない。ただここを管理する教官の言葉に、従順に従うだけだ。


「あーあ。こんな首輪が無きゃあんな大人共なんて 、一瞬で伸してここから出て行ってやるのにさ。奴らときたら、ちょっと文句言っただけですぐ処罰だろ? この前もさ、メシを取られたチビにパンを分けてやっただけで首輪を発動されたんだ。その後3日も昼食抜きだぜ? 」


 128番は不服そうに自分の首につけられた首輪に指を引っ掛ける。


「そんなことで懲罰を受けるのは君くらいだよ。いい加減、懲りたらどうだ?」


 そう言いながら、僕も自分の首輪にそっと触れた。長くつけっぱなしなので、僕はもうほとんど体の一部のような感覚だが、128番は違うのだろう。人肌にぬくもったつるりと滑らかな霊鉱石の感触に、久しぶりに少し不快感をおぼえる。


 僕たちは全員同じ首輪をつけられている。これは “悪魔に魅入られている” 孤児院の子供たちが、暴走するのを阻止するための安全装置だ。教官達の命令に背いた装着者に痛みを与えたり、意識を奪ったりできる法具の一種である。これを赤ん坊の頃からつけられているから、ここの子供は皆従順で無口なのだろう。


 僕や128番が少し特殊なのだ。物心ついたときからこの国の管理下で育った彼らと違って、僕たちは外で暮らしていた経験がある。僕の場合は7歳の時に。僕よりひとつ年上の128番も、僕が来る1年前に7歳でここに連れて来られたらしい。


「君はもうすぐ16歳だろ? 順当にいけばここから出られるんだからさ。おとなしくしてろよ。こんなこと言ってるのを聞かれたら、どうされるか分からないぞ」


「なんだよー。134番ったら俺を心配してくれてるのか? しかも、もうすぐ誕生日だって覚えてくれてたんだ?」


 ニヤニヤする128番の顔を見て、僕は口をつぐんだ。こういう128番は面倒くさい。


「そんな顔すんなよ。分かってるって。俺がいなくなるのが寂しいんだろ? だけど心配すんな! 俺が外に出たら、すぐにお前を迎えに来てやるからな」


「……馬鹿なこというな。分かってるだろう? ここから出たって自由じゃない。国の為の奴隷になるんだ。いかに自分が上に気に入られるかだけ考えてろよ」


「心配性だなぁ。俺はそう簡単に言いなりになったりしねぇよ。分かってんだろ? ここさえ出られればこっちのもんさ。必ず逃げ出そうぜ」


「迷惑。一人でやってろ」


 逆らえば簡単に殺されてしまうような身分のくせに、無謀な事を生き生きと語る姿に僕は苛立つ。


 しかし、突き放すようなもの言いにも、128番は不敵な笑顔を崩さなかった。決意を秘めた目が怖くて、僕は目をそらす。


 ちょうどその時、階段を下る足音が聞こえてくる。革靴をはいた大人の重たい足音だ。僕たちは慌てて立ち上がると姿勢を正して、教官を迎える。


 現れた教官に礼をしながら、僕は128番との会話が途切れたことに内心ほっとしていた。



 *



 暗闇のなかにいる。静かに、そっと息を吸う。人いきれと僅かな血の匂いが、肺から自分を蝕んでいくような気がした。僕は闇に自分の存在を溶かすようにしながらゆっくりと歩を進める。


 ……ぴちゃ


 足が生暖かい水たまりに触れて、小さな水音を立ててしまう。途端、右手前からぶわっと殺気が膨れ上がり的確に顎を狙った蹴りが風切り音とともに飛んできた。僕は体を少し傾けて避けると、口から血の混じった唾を相手の足元に向かって吐く。


「っ⁉︎」


 僕の血を踏んだ相手が、足の裏に火傷を負って一瞬体勢を崩す気配がした。僕はその隙を逃さず、背後に回り込むと、その首筋に手刀を叩き込む。


 どさりと相手が崩れ落ちた。完全に意識を失っている事を確認し、ほんの少し気が緩む。


 その瞬間、すぐ背後で誰かが息を吐く気配がした。慌てて振り返り、とっさに突き出した腕は逆に掴まれ引き寄せられる。しまった、と思った時には、体が傾く勢いそのままに腹に膝が叩き込まれている。


「くふっ」


 突き抜けるような痛みと共に、肺の中の空気が絞り出された。耐えきれず、僕は思わず膝をつく。


 これはもう負けだ。そう思って、次に来るであろう痛みを覚悟したその時、少し離れた部屋の隅でひっと引きつった声と共に、誰かがドサリと倒れる気配がした。


「終了」


 頭上から無機質な教官の声が響き、それと同時にぱっと部屋に明かりが灯される。


 急な光に眩んだ視界には、僕の鼻先でぴたりと止められた足と、輝くプラチナブロンドが映った。その足がゆっくり下ろされ、目の前にスッと手が差し出される。


「おい、大丈夫か?」


 見上げると、心配そうに揺れる128番のえんじ色の瞳と目が合った。


「一人で立てる」


 僕が差し出された手を無視して立ち上がると、128番は手を所在なさげにさ迷わしたあと、困ったように微笑んだ。


「怒るなよ」


「怒ってなんかいないよ。教官が見てる。あんまり喋らないほうがいい」


 そう言って僕は足元に横たわる何人かを避けながら開錠された扉へと向かう。


 闘戯場の前の部屋には、それぞれの組で勝ち残った子供たちが集まっていた。戦闘後の興奮で目をぎらつかせながらも粛々と指示を待つ集団に異様さを感じて立ち止まると、後ろから追いついて来た128番が立ち止まった僕に肩をすくめて追い越し、違和感なく集団に溶け込んでいく。


 各自、体を清めケガの手当てを受けてから、いつも通り少し血を採られ、久しぶりに充実した夕食を無心で頬張ると、あとはもう就寝の準備だ。日が暮れる前に外に出て、自分の洗濯物を取り込む。


「134番ってさ、視覚を奪われるの苦手だよなぁ。ああいう完全な暗闇の時にはさ、戦闘の後は直ぐその場を離れないと」


 干されていた薄い布団を取り込みながら、128番が声をかけてきた。


「音で完全に居場所、把握されてんだから。一番危ない時だろ。ここの奴らなら誰と誰が闘って、どっちがどんな状態で立ってるかくらい気配で分かる」


 そこまで分かるのは128番くらいじゃないか、という言葉を飲み込んで僕は頷く。


「……これからは気を付けるよ」


「お前って、意外と抜けてるんだよなぁ。戦闘があった後で気ぃ抜きすぎ。すんなり背後を許すもんだから呆れっちまったよ」


 僕が生返事しか返さなくても、128番は気にしない。無声音で話し続けるのは疲れるだろうに、今日の戦闘や夕食の内容なんかを、とめどなく話し続ける。そしていつの間にか、まだ医務室から戻ってこない他人の分の布団まで取り込みはじめている。



「なぁ、お前は自由になれたら何がしたい?」


 就寝までの僅かな空き時間、孤児院をぐるりと囲む塀を眺めながら、128番が何の脈絡も無く尋ねてきた。


 高い塀に夕日は遮られ、外よりずっと早く訪れた暗闇に隠されて、その表情は分からない。唐突な質問に僕は首を傾げた。


「自由……?」


「そうさ、自由になればもう誰かに命令されることもない。行動を強制されることも、食事を制限されることもない。何だって自分の好きなように決められる。最高じゃねえか。何がしたい?」


「……そんなこと、考えたって虚しいだけだろ。命令に従わなければ殺されるんだから」


 手に入らないものを夢見たって仕方がないのに、そんな事をしょっちゅう口にする128番の軽薄さに腹が立った。


 ここで生き残る事に必死になっている内に、自由になる希望など諦めに塗り潰されてしまった。何より従順に命令に従ってさえいれば、その日の衣食住は保証されている。死ななくてすむ。僕は、両親の様な目にあうのだけはごめんだ。


 128番を見ていると、そんな風に考える自分が情けなく思えてくる。


「お前、そんな一生耐えられるのかよ⁉︎ このままじゃ俺たちは、家畜と一緒だ。雌牛の乳を絞るみたいに毎日血を絞り取られて、役に立たなくなれば処分される。そうで無けりゃ使い捨ての兵士にされるだけだ。俺はそんなのごめんだね。誇りを奪われて生きるくらいなら死んだ方がマシさ!」


「簡単に死ぬなんて言うな!」


 思わず怒鳴ってしまい慌てて口を塞ぐ。周りを見るが物干し場の向こうにいる教官はこちらに気を向けている様子はなかった。小声で話す事が染み付いているせいか、自分で思ったほど大声を出したわけでは無い様だ。


「ごめん……ちょっと、頭に血が上った」


「いや俺も熱くなりすぎた。……しかし、お前もそんな風に怒る事あるんだな。意外だ」


 そう言って面白そうにこちらを覗き込む128番の視線に顔を背ける。今のはただのやつ当たりだ。恥ずかしさに頬が熱くなる。


「正直、僕は……自由になっても、何がしたいか分からない」


 そういえば、128番は一体何がしたいのだろう。


 128番は僕の肩に腕をまわすと、一段と声を落として囁いた。


「なら、お前も俺の夢を手伝えよ。俺はさ、自由になったら俺たちを好き勝手してる王家をぶっ潰してやるんだ。俺たちを差別して、畜生みたいに扱うやつらを後悔させてやる。それで、俺たちみたいなやつらも、普通に暮らせる国を作る。どうだ?」


 128番の表情は真剣で、冗談で言っているのでは無いことが分かる。僕は予想だにしなかった大言に虚を突かれたが、なんだか否定する気にはなれなかった。


「壮大な夢だな。けど君なら出来る気がするよ」


 そうだろ、と得意そうに128番が笑う。何か眩しいものを見ている気分になって、僕は目を細めた。


「約束だ。自由になったら一緒に国を作ろう」


「約束、か……。分かった。じゃあ128番、君はそれまで絶対死なないでくれよ」


「俺がそう簡単に死ぬと思うか?」


 からかう様な軽い口調の128番を、僕はジロリと睨みつける。彼はしまったと言う様に、肩をすくめて苦笑した。


「わーかったよ。約束する。心配するな」




 就寝の鐘が響く中、僕は自分の寝床となる小さな長方形の檻に布団の準備をし、疲れた体を横たえる。僕の檻と128番の檻は離れているので、話しかけてくる者もいない。両隣の檻は空のままだ。静寂に耳を澄ませながら、僕は128番との会話を反芻していた。


 (……もし、自由になれたら、先ずは弟に会いたいな。無事でいるだろうか。)


 夢うつつで檻を施錠して回る教官達の気配を感じながら、僕は眠りに落ちた。



思い浮かんだ勢いで書いてしまいました。見切り発車ですが、完結させるよう頑張ります。

次の更新は11/25(土)です。

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