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女王と異能者の愛の狂想曲  作者: ましろ
二章 平和を壊し敵は
6/26

【1】

 二章 平和を壊し敵は


 どうしよう。

 それが私たちの――私と志成の共通の想いだった。

 事の始まりは昨夜――細かく言えば、今日という一日が切り替わったその時間帯。私たちは『化け物』に襲われて、一人の少年に助けられた。

名前は秋山陸仁。

 小柄で色素の薄い茶色の髪と目を持つ、可愛らしい顔立ちをした少年。私たちよりも年齢が低い彼は、『化け物』を見るも無残にも文字通りに滅茶苦茶にして倒した。得体のしれない――というよりは『化け物』よりも、『化け物』のような力を持つ陸仁は最後にこう言った。


『夏目志成を保護しに来た』


 と。

 最初は何を言っているかわからなかった。

 でも、陸仁は「志成を保護しに来た」と言っていたその時点で、私は理解していた。直感、というのかもしれない。


 私と志成は引き離される。


 志成は特別な人間だということはわかっていた。志成に特別な力がある時点で、彼は常人とは違う世界に住んでいるというのも。それでも、――それでも、その『力』を隠し続けていけば、この生活をずっと送り続けられる。このままずっと一緒にいられる。私はそう思っていた。

 志成はどう思っていたかはわからない。

 でも、志成もまた突然のことに、あっけにとられていた。それもそうかもしれない。何しろ、突然、保護しに来た、というのだから。

 陸仁はさらに続けた。

 今は頭が混乱しているだろうから、後日改めて迎えに行く。そこで詳しい話もしよう。無理やり連れていくこともできるけど、それは誘拐で、そんな犯罪者にはなりたくはない。だから、納得してもらったうえで、一緒に来てもらう――と。

 そして、陸仁は今日の夕方、駅前で会おうとだけ残して、そのまま消えてしまった。

 私たちはもう何が起きたのか、何を言われたのか、まったくもってわからない状況で。陸仁がいう混乱したままの状態で、歓楽街の裏山にある廃ホテルで、二人して口を閉ざしながら彼の言葉の整理をしていた。

 そこでなんとなくわかったのが、こういうことだった。

 ・彼もまた『能力』を持っている。

 ・『化け物』を倒すほど強い。

 ・無理やり連れていくことができるという点から、とても強いはず。

 ・連れていかれる先は、漫画とかでありがちな組織めいたところ?

 わかったというか、推測というか。結局、私たちは彼のことについて、まったくわからない。当たり前よね。彼のことは子供、そして、とても強い、というくらいしかわからないんだもの。でも、ただ一つ、わかったことがある。

 私と志成は、引き離される。

 それだけだ。

 それは、嫌だ。

 それこそ当然じゃない。私たちは恋人なのよ? それなのに、どうして引きはがされなきゃいけないというの? それも、他人の勝手な都合で。私たちには、関係ないというのに。

 それが私の思い。志成もまた同じ気持ちだという。

 それなら、どうしようか、と私たちは話していた。

 正直、陸仁の言うことなんてどうでもよかった。私たちはただ一緒にいたいだけなのだから。『能力』とか、組織とか、それこそ、私たちが一緒にいるには無用なものにすぎないのに。

 でも、陸仁は志成を保護しに来たというのだから、志成が欲しいのだろう。

 私と志成はそれから話し合った。どうすれば、志成をあきらめてもらえるか。その方法を、模索した。追い出す? それとも、果敢にも挑んで倒す? 今の私たちには陸仁とどう対峙しても、その先にあるはずの未来が見えなかった。陸仁という存在が、私たちにはまだよくわかってないから。

 そして、具体的な案が浮かばないままに、時間が経ち。現在へ。


「――ん? 昨日の彼女、なの?」


 陸仁は私の姿を見るなり小首を傾げる。その色素の薄い目がぱちり、と不思議そうに瞬いた。まぁ、それもそうかもしれない。私の今の姿は制服に眼鏡をかけ、表情を前髪で隠している根暗な女の姿になっているのだから。


「うん。オレの彼女」


 志成は陸仁に頷いた。当然と言わんばかりの口調に、私は少しだけ嬉しくなる。

 陸仁はじろじろと私を値踏みするかのような視線をぶつけてきたけれど、その視線を感じ取った志成が私の前に立ちふさがった。


「何? 詩をそんなに見ないでくれる?」

「え、あぁ、悪い悪い。昨日と全然違う姿だったからつい……」


 陸仁は気まずそうに、でも、私のことが気になるのか、それでもうかがうような様子を見せながら視線を外した。

 連れてこられた先は中央通りにある喫茶店だった。中央通りは多くの店が集中しているため、老若男女問わず、時間帯に限らず、いつも賑わっている場所だった。その中央通りの細い道を何度か曲がりくねって、ようやくついた場所は一軒の喫茶店。閉店しているのではないかと見違えるほどに、雰囲気が暗くて重い。店内の照明も入っていないようだった。

 案内された個室はテーブル席とアンティーク調の小物が飾られていて、なかなかシックで上品なものに仕上げられていた。そこだけを見るなら、デートの時は志成と一緒にここへと来てもいいかもしれないと思った。本当よ?


「では、ごゆっくりー!」


 猫耳メイドが退散する。その姿を見送った私と志成は、今度は陸仁をガン見した。何で、猫耳メイドなのかしら? この雰囲気と似ても似つかない猫耳メイドは、異次元の存在にすら見えた。その視線の意図に気付いたのか、メニューを開いていた陸仁が「あぁ」と頷く。


「あれは、彼女の趣味らしいぞ」


 へぇ、どうでもいい。これもまた私と志成の思いは一致したわ。確実に。そして、この猫耳メイドの女がいなくなったらデートプランに組み込みましょう。


「さて、じゃあ、何から話そうか?」


 猫耳メイドからコーヒーとケーキが運ばれてきてすぐに陸仁は切り出した。陸仁は私たちの前にシュガーやミルクを置きながら、「そうだなぁ」なんて言いながら、何を話すべきが考えているようだった。


「まず、志成。お前、自分がその力が何なのか、わかるか?」


 さらり、と指摘されて、志成の体が硬直する。志成の『力』は志成にとっては秘密のものであると同時に、忌むべきものだと私は知っていた。だから、そう切り出されて、驚いたのかもしれない。一気に志成が緊張をしたのがわかったけれど、志成はそれを表面上に出すこともなく、口を開いた。


「オレがわかっているのは『影』を操ること。それだけで、それが何なのか、どうして、オレが持っているのかは全く分からない」

「そうか。じゃあ、それぞれ話すか。まずは力をどうして宿したのか? まぁ、簡単に言うと、人間の突然変異、だ」

「突然変異?」


 その言葉に、私も反芻してしまった。突然変異、って、何?


「まれに人間に、人間が通常使えるはずもない『力』が備わるんだ。それがどういう根拠で、どういう理由があって、どういう作用があって、人間に『力』が生まれるのかはまだわかっていない。

 俺たちはそのまま力のことを『異能』、その力を持つ者のことを『異能者』と呼んでいる」


『異能』――人間が通常使えるはずもない力。志成で言えばそれは『影』を操ることだ。そして、その『影』を操る『異能』を持っている志成は『異能者』。

 そうなると目の前にいるこの少年もまた、『異能者』のはずだ。

『異能』のことに熟知しているようだし、何よりもあの『化け物』を倒した張本人であろうから。


「お嬢さん、そう睨むなって。話をつづけるぞ。『異能者』は突然変異でなる。それ以外にも近しい人間が『異能者』だった場合、自分もまた『異能者』になることもある。この二つが主に『異能者』として目覚めるきっかけだ」


 その言葉に、志成が私を見た。

『異能者』に近しい人物。つまりは『異能者』である志成の傍にいるのは、他でもないこの私だった。もし、陸仁の理屈が通るのであれば? 志成の目が、疑問を投げかけてくる。「詩も『異能者』なの?」、もしくは「『異能』に目覚めてる?」、まぁ、そんなニュアンスだ。私はそれに首を振った。私がもし『異能』を使えたなら、私自身だってわかるはずだし、『化け物』と戦えるはずだもの。


「あー、そこ、目で語り合わないで。こっちを見て。そこにいるお嬢さんはまだ『異能者』として目覚めてはなさそうだ。見る限りでは、な」

「見る限り?」

「そうだ。俺たち『異能者』は、初めて『異能』を認めた時点で『異能者』と断言できる。ただ、難しいことに、本人の自覚がない、『異能』が中途半端に目覚めているとかの理由で発見が遅れる場合がある。早い話が『異能』を使っているところを見て初めて『異能者』と言えるんだ」

「……意外とあいまいだな」


 志成がぽつりともらした感想に、陸仁は苦笑した。


「そう言うなって。これは本当にわからないことだらけなんだ。この『異能』がなくなるのか、この『異能』を使い続けることによってどうなるのか、それすらもわかっていない。何しろ、人体実験とかしたことはないからな」


 実にリアルで生々しい話になったと思う。まさか、この世の中で人体実験という言葉が出てくるとは思わなかった。志成もどこか怪訝そうな中に、嫌悪感がうっすらとにじみ出ていた。


「人体実験って――やろうとしたことがあったりするんですか?」

「いや? さすがに、道徳、倫理的にな……。おそらくやろうとしても、人体実験は失敗するだろうよ。何しろ、『異能者』だから『異能』を使えばすぐに逃げられるだろうし」


 確かに考えてみればそうかもしれなかった。志成の力も、光があれば自由自在に自分の『影』を操れるし。


「でも、さすがに俺たちの『異能』が世の中にばれるといろいろと不都合が起こるのは確かだ。だから、俺たちは世の中にあぶれて、肩身の狭い思いをしている『異能者』どうし支えあい、協力し合い、そして、情報を共有しあい生きていこうという組織を立てた。通称『隠れ場所』と呼んでいる」

「『隠れ場所』?」

「あぁ、いわゆる『異能者』のコミュニティーだ。支えあい、情報共有することで『異能者』としての暮らし方、変化を観察する。もし、困ったことがあれば全力で助け合うんだ。

 そして、『隠れ場所』はいまだ未発見の『異能者』を見つけ出して、『異能者』を保護しよう、ということになっている」

「未発見ということは……オレは……」

「そう。たまたま街中で『異能』を使っていたお前を見つけた他の奴らから連絡が来て保護しよう、という話になった。ちなみにこの保護は強制、だ。俺たち『異能者』は謎だらけだ。前例がないから、何が起こっても対処が難しい。このコミュニティーに入らないと、俺たちは『異能者』の行動の把握ができないから、俺たちはいまだ未加入の『異能者』を保護して、組織に入れさせるんだ」


 保護は強制。

 組織に加入。

 行動の把握。

 まるで、それは。


「お互いを監視しているようね」


 私がそのまま思ったことを指摘すれば、陸仁は軽く驚いたようで目を見開いた後、苦笑した。


「まぁ、そういうことだ。世間はいまだに『異能者』のことを知らない。『異能者』のことを知られれば、きっと何かしらの騒ぎになる。それこそ人体実験をしようとする輩だって現れるはずだ。だから、俺たちは互いを監視する。よけいな行動を起こして、他の『異能者』たちに迷惑をかけないようにな」


 なんとなく、わかる気がした。今の私たちのように、『異能者』だと知られた志成は『隠れ場所』に捕まりそうになって、私たちを引き離そうとされている。それが世界に発覚すればさらにひどいことになるかもしれない。保護ならまだしも、間違った方向へと世界が進んでしまえば、それこそ血を見る可能性だってあるのかもしれない。人体実験の方がまだマシ、と思えるくらいに。


「そして、もう一つ理由がある」


 陸仁はケーキを食べながら、さらに続けた。


「俺たちのこの『異能』というのは、はっきり言ってとても危険な能力なんだ。その能力を行使するには、それなりの代償が必要となる」

「代償?」


 怪訝に訊き返す志成。それもそうかもしれない。代償とはつまり、使ったら何らかの形で、使った分だけの『支払い』をすること。志成は何回も『影』という『異能』を使っているけれど、特別に『代償』を支払っている様子はなかった。私たちの言いたいことがわかったのだろう。陸仁は志成を見つめる。まるで観察するかのような眼差しに、ひどく苛立った。私の志成を値踏みするなんて、無礼にもほどがあるわ。


「志成は『異能』を使っているだろう。だけど、見たところ、『代償』をはらってはいないよう見える。おそらく、それは『代償』を払うほど『異能』を使っていないからだろうな」

「『異能』を使っていない? オレは一日に何回も使ってるけど……」

「数は問題じゃない。問題なのは、その『異能』を一回あたりにどれくらいの量を使ったか、だ。俺が察するに、志成の『異能』は十%も使っていないだろうな」

「十……!?」


 志成が驚きの声を上げる。私もその隣で驚いていた。だって、あの戦闘の中で使っていた力が十%にも満たないなんて。もし、それ以上を超えた場合、志成の『異能』はどれほどの力を発揮するのだろうか。


「そ。だから、『異能』という力の本当の端っこしか使っていない。だから、『代償』を払うこともない。ただ、その力が十%を超えたとき、お前に何が起こるかはわからない」

「……」


 志成が黙り込む。ちらり、と横から表情をうかがえば、ただ呆気にとられていた。おそらく、実感がわかないのかもしれない。何しろ、自分の『異能』がそんな諸刃の剣のようなものだとはわからなかったのだろう。かくいう私も知らなかったけれど。


「そして、『代償』というのは、人によってさまざまだ。一例で言えば、口がきけなくなる、砂糖を食べ続けなければいけない。一番ひどいのは、自傷行為をしなければいけない、とかな。

 俺たちのこの『代償』は、俺たちにとって生活するうえでとても危険な状態になるんだ。危険から守るためにも、俺たちは互いを監視しなければいけない」


 そこで、ようやく話し終えたのだろう。陸仁がコーヒーをすする。彼の前にあるお皿にはケーキはもうなかった。対して私たちはいまだにコーヒーとケーキには手を出していない。

 そんな気軽に食べながら聞ける状態ではなかった。特に志成はそうかもしれない。自分の『異能』という存在の一面を垣間見て、そこにある危険性というのをさらに突きつけられたのだから。

 私はと言えば、ひたすらに無言だ。

 目の前で陸仁が説明をし続けようと、隣で志成が懊悩しようと――私はただ聞いているだけ。私はただ『異能』のことに関してだけ理解すればよかったから。


「わかったか? 俺たちの存在のことが」


 それはもう十分にわかった。私は相変わらず無言で、志成はこくり、と控えめに頷く。


「志成、お前は今、とても危険な状態にあるんだ。『異能』のことを知らずに、無防備に生きている。さっきも言ったとおりに、俺たちはお前を保護するつもりでここに来た。でも、俺だって強制的に連れていくのはさすがに嫌だ。それはもう誘拐と同じだからな。だから、納得してもらったうえで来てもらいたい」


 陸仁は力強く、志成にそう説明をする。その言葉からも、「来てほしい」という思いがにじみ出ているのが分かった。


「志成、俺と来い」


 その誘い文句は、陸仁にとってとどめの一撃なのだろう。でも、志成は私をちらり、とこちらをうかがう気配を見せた。私も堂々と志成の方を見る。眼鏡の向こう側にある志成の表情が、決意に固まる。


「陸仁さん、って言ったっけ?」

「あぁ」

「オレは――……」


 陸仁はおそらく、この時点で志成がついてくると思ったのだろう。その表情に微かな安堵感が浮かんだ。

 でも、残念ね。


「オレは、行かない」


 はっきりと、志成はそう切り捨てた。

 陸仁の表情が固まる。何を言ったのだろう、と理解できていない顔をしていた。それもそのはずだ。陸仁は志成が一緒に来ると思い込んでいたのだから。


「は……?」


 陸仁は、そんな呆けた声をもらしたが、ようやく志成の言葉を理解したのだろう、「何言ってんだ、お前!」と、勢いよく立ち上がった。


「だから、オレは一緒には行けません」

「何で!? 俺の話聞いてただろ!?」

「はい。でも、行きません」

「だから、何で!!」


 志成がちらり、と私を見て、その腕を伸ばしてきた。私の肩に志成の腕が回される。そして、ぐい、と力強く肩を抱かれた。


「オレ、詩と一緒にいるって決めてるんで」

「は、はぁ!?」


 陸仁の表情が面白いくらいにころころと変わる。今度は本当に「意味がわからない」と開いた口がふさがらない状態だった。


「は、詩と一緒に……?」

「はい。オレがその組織に入ったら、詩とは会えないのでしょう?」

「い、いや、普通に会える。俺たちは普通の生活をするために支えあう機関なんだ。束縛されるわけじゃない」

「でも、監視はつく、と」

「まぁ、それは……」

「嫌です」


 すっぱりと志成は再び切り捨てた。私も冗談じゃなかった。私たちは恋人同士。例えば、彼が『異能者』たちの集まりに入って、普通の恋人同士の生活を送れることになっても、監視がつくのはまっぴらごめんだった。私たちは周囲の目は気にしないけれど、『監視』となれば話は別だった。


「えーと、詩ちゃん、だっけ?」

「詩ちゃんって言わないでください」


 志成が静かに怒る。それに、混乱しているらしい陸仁は「あ、ごめんなさい」と律儀に謝った。


「とりあえず志成の彼女さん。さっきの話を聞いていたよね? 志成がどれだけ危ない状態にいるのか。自分の『異能』のことも知らないし、『代償』も知らない。無防備と言ってもいい状態だ。そんな志成を守るために俺たちがいる。君も、志成を説得してくれないかな……?」


 直球に説得をする陸仁。対して私は相変わらず無言だった。視界が前髪に隠されていて、きっと、陸仁には私の顔なんてわからないだろう。でも、それでいい。私が私であるときは、志成の前だけでいいのだから。


「彼女さん、何か言ってくれないかなー……?」

「オレの彼女をナンパしないでください」

「え、今のナンパだった!?」


 陸仁が私と志成、交互に見比べて、はぁ、と何とも重苦しい溜め息を吐いた。体の中にある空気を全部抜くような勢いで。


「どうしようか……? まさか、こうなるとはさすがの俺も予想してなかった」

「お帰りください」

「いや、真顔で何を言っているんだよ、志成。俺は俺の役割を全うしなきゃいけないんだよ」

「もう、失敗に終わったでしょう」

「まだ失敗してない。してないから」


 全力で否定する陸仁に、私たちはもう帰りたかった。だから、私たちは目配せをして、立ち上がろうとした時だった。


「もしかして、昨日の『化け物』と関係あるのか?」


 違う方向の切り替えしに、私たちは立ち上がることもできず、再び座りなおした。


「やっぱり陸仁さんが、あの『化け物』を倒したんですか?」

「まぁ、お前らが襲われてたからな。それより、あれは何だ?」

「何だと言われても……。俺たちの前に突然現れて襲いかかってきた『化け物』としか言いようがありません」

「現れて、襲ってきた?」

「はい」


 それ以上、言えることは何もなかった。何しろ、その通りだったから。『化け物』に初めて襲われてから、今日まで。ずっと、私たちは襲われていた。そして、志成と私には彼に伝えてないもう一つのことがある。でも、それは内緒のことだ。彼に言ってはいけない。言ってしまえば、監視されることになる。

 陸仁は私たちの思惑に気付かないで、天井を仰ぎ見た。何かを考えているようで、ぶつぶつを何かを呟いている。でも、私たちには聞こえなかった。


「はっきり言おう」


 陸仁の目が、私たちに向けられた。


「俺が生きてきた中で、あんな『化け物』を見たのは初めてだ」

「それは、オレたちもです」


 あんなのが普通の生物として存在していたら、この世界は終わっているか、また別の世界へと発展していたでしょうね。


「つまりだな、あの『化け物』は『異能』である可能性が高い」

「え」

「だって、あんなのがこの世界にいたら、世界が終わってるか、別の世界に発展してるだろうが」


 私と同じ気持ちを、陸仁は抱いていたらしい。一緒だということが、なんかむかつく。

 同時になるほど、とも思った。確かにあんな『化け物』が世界に本当に存在していたら大変なことになる。けれど、そんな『化け物』が世界に知られていないということは、ここでしか現れていない。この地域に限定されている以上、これは生物じゃなくて『異能』ということになって、つまりはこの九桐町には志成以外の『異能者』がいる。


「だから、もしかしたら、この町にはまだ『異能者』がいる可能性が高い。そして、何らかの理由で、お前らを襲ったんだろうな」

「何でオレたちを?」

「さぁ? そこに悪意があるか、無自覚なのかはわからない。そこは調査するよ」


 陸仁がむかつくくらいに清々しいまでのどや顔を披露した。私たちが言いたいのはそういうことではないのに、なかなか、それをわかってくれない。意外と、馬鹿なのかもしれない。まぁ、私たちより年下なのだから、仕方がない。


「残念だけど、オレは何があろうとそっちにはいきません」


 志成がもうこれで用が済んだと言わんばかりに言いきって、立ち上がった。確かにこれ以上は付き合う必要もない。志成の『異能』に関しては気を付ければいいんだし、『化け物』に関しては戦って倒して、『異能者』を見つけて再起不能なまでに痛めつければいいから。私も続けて、立ち上がる。


「こら、待て!」

「待ちません」

「どうしたら来てくれるんだ?」

「何を条件に出そうと、オレは行きませんから」

「それは俺が困る!」


 勝手に困ってろ。それが私たちの共通の想いだった。私たちは個室を出ようとした時、陸仁が慌てて追いかけてきてあろうことか志成の肩を掴んだ。

 一瞬、私の意識が飛んで、気づいたら陸仁の手を振り払っていた。


「か、彼女さん?」


 かなり驚いたのだろう。陸仁は引きつった声を上げた。その目には恐怖は浮かんでいなかったけれど、何が起こったのかわからない混乱が滲んでいた。


「私の志成に触らないでちょうだい」


 私が睨み付ければ、陸仁の目が見開いた。驚愕。その一言に尽きる表情だった。それもそうかもしれない。隣で大人しく座って、無言を貫いていた女が口を開いたのだから。

 私は眼鏡を取って、髪を掻き上げる。ようやく視界がクリアになって、より陸仁の幼い顔を真正面から見ることができた。


「さっきから何度も言っているけれど、私と志成は恋人同士。それを引き離すのは許されないことよ。『異能』とか『異能者』とか関係ないわ。もし、私たちの間に口出しをするのであれば、私は容赦しない」


 私は懐からカッターを取り出す。志成は後ろで何がおかしいのかくすくす笑っていた。


「んー、こんな展開になるとは思ってなかったぞ……?」


 陸仁が顔を引きつらせながらそんな風にぼやく。それは陸仁がしつこいからで、身を退いてくれさえすれば私だって幼い子供にこんなことはしなかった。


「とりあえず、お嬢さん。そのカッターをしまって。危ないから」

「別に危なくないわよ」


 私は片手でくるくるとカッターで遊ぶ。微かに重量感があるそれは私の手のひらの上でくるくると回った。


「それにお嬢さんなんて言わないで。年下なのはあなたの方じゃない」

「え、年下……?」


 陸仁は何故か打ちひしがれたように、よろよろとその場にへたり込む。年下に年下と言って、何が悪いのかしら? むしろ、こちらが困惑するくらい。


「俺、こう見えてももう二十代なんですけど……」


 私と志成は閉口した。今、何て言ったの? 変な空気と沈黙が落ちる中で、ようやく私は理解した。


「「二十代!?」」


 私と志成の声が見事に重なった。おそらく、気持ちも今まで以上にシンクロしているはず。

 だってそうでしょう? 見た目が中学生のチャラい男子風なのに、中身は二十代だなんて……どこぞのキャラクターじゃあるまいし。というか、


「「嘘でしょ?」」


 これもまた志成と声が重複する。

 年下と言われたことによほどショックだったのかいまだに立ち直れないでいる陸仁はお財布から何かカードを取り出す。す、と差し出されたのは免許証。そこに書かれている生年月日を見れば――年上だった。

 私は陸仁に免許証を返す。


「いいか? はっきり言って俺の年齢とか外見は関係ない。気にもしてない」


 いや、気にしていたじゃないの。


「俺がやるべきことはただ一つ。志成を連れていくことなんだ。俺は志成が『行く』というまで、付きまとうぞ」


 陸仁が大きな声で宣言する。


「って、おい、聞け、お前ら!」


 私は再び前髪を下ろして、眼鏡をして。

 志成に至ってはもう眠そうにしている。

 そして、陸仁を置いてさっさと出ようとして、陸仁はまた肩を掴んで引き留めた。今度は私の肩も掴まれている。


「お前ら何なの!? その態度の豹変は!? すごいやりにくいんだけど!」


 陸仁が肩を掴んだままぎゃあぎゃあと叫ぶ。正直うるさい。でも、私は無言で、志成は立ったまま寝ようとしている。


「ちょっと、待て!」


 陸仁が私たちを追い越す。そして、目の前に立ちふさがった。


「俺の話を少し聞け! というか、年上を敬えよ!」


 あまりのしつこさに、私と志成は視線を合わす。そして、にやり、と口元を歪める。


「年上って言ったってねぇ?」

「どう見ても子供だから敬えないというか、敬う気が起きないというか」

「子供が駄々をこねてる感じがするし」

「おもちゃ買ってー! みたいな?」

「というか、よく補導されないよね?」

「いやいや、補導されてるでしょ? こんなにも子供なんだし」

「むしろそっち系統の職業についたら儲かるんじゃない?」

「そっち系統って?」

「子役とか、もしくはそういう趣味を持ったお姉さんに媚びを売るとか。もしくはもう一回、中学生からやり直すとか」

「そうだね。全然、イケる。行くべきだよね? こんなところで油売ってる暇ないんじゃない?」


 くすくすと私たちは笑いあう。陸仁は何も言えずに、立ち尽くしている。その表情はショックを受けて、完全に思考が飛んじゃっているようだった。


「「見た目が子供なんて、気の毒すぎるよね?(笑)」」


 もう、最後の言葉は聞こえていなかったかもしれない。

 私たちは完全に心が折れてしまっている陸仁の横を通り過ぎて、「ご主人様、お嬢様、いってらっしゃいませー!」と見送ってくれた猫耳メイドの言葉を聞きながら、喫茶店から出た。

 相手が『異能者』だろうと、私たちには関係はない。

 志成を連れて行こうとするなんて、もってのほかだった。

 私たちの世界に口出しする者は、全力で排除するのみなのだから。



   * * *



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