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女王と異能者の愛の狂想曲  作者: ましろ
一章 女王と異能者の日常
3/26

【2】

 教室内の喧騒を子守歌として聞きながらオレは今、夢の中を漂っている。そのことが自覚できるくらいに、今のオレの気分はとてもよかった。このまま眠り続けて、目を覚まさなければいいのに、と思うけれど、それはそれで詩と会えなくなるからやっぱり目覚めないとだなぁ、と意見を変える。

 だって、詩と会えなくなるのは嫌だから。

 そんなことを思っているせいだろう。オレは、眠りが浅いのか、微かに外の声が聞こえてきた。


「全然起きねぇな、志成の奴」

「こんなにつついても起きないなんてどんだけ爆睡中なんだよ」


 さっきから頭が小突かれている感じがしていたけれど、気のせいではなくて本当にやられているようだった。寝ている人間に何をしているんだよ。

 それでも起きる気力もなく、オレはそのまま眠ろうとする。省エネって、大事だからね。


「あー、ダメだ。もう完全に寝てるな」


 うっすらと起きてるけど。


「いっそのこと、落書きでもしてみるか?」


 やめんか。


「馬鹿かお前。そんなことしたらかわいそうじゃないか」


 そうそう、もっと言ってくれ。


「いたずら書きで使われたペンがかわいそうだろ」


 そっちかよ。


「確かに、志成になんか使うなんて、本当に意味のない消耗だもんな。確かに、かわいそうだ」


 いや、もう何も言わないよ。オレがうっすらと起きていることにも気づかないでクラスメイトは――悪友たちはどういたずらしようか画策しているようだった。耳元でぎゃあぎゃあいうから、眠れない。静かにしろ、って言いたいけど、めんどくさいから言わない。このまま寝たふりをしていれば、きっと、また夢の中へと旅立てる、はず。いいや、そう考えるのもめんどいから、寝よう。


「何やってんだ、お前ら?」

「志成にどうイタズラするか考え中」

「本当に何やろうとしてんだよ」


 新たに現れた誰かがゲラゲラと笑い、つん、とオレの頭をまたつついてくる。でも、オレは寝ています。面倒だから、放っておいた。オレを一通り小突いた誰かさんは満足したのか、小突くのを止めて、会話を続けた。


「寝てんの?」

「そ」

「へぇ。初めて見た」

「あぁ、お前、他クラスだもんな。どうだ? 我がクラスの名物は?」

「生で見て、すごいびっくり」

「だろ? 俺たちも初めて見たときは驚いたからなー」

「それで、A組のお前がどうしてここに?」

「うん? 教科書を借りてたからさ、返しに来た」

「なるほど」

「それで、聞いてくれよ。おれのクラスの名物の話」

「A組の名物? なんかあったっけ?」

「通称、影女」

「はぁ?」

「何それ?」

「おれのクラスに一人、すっごい暗い女がいるんだ。前髪をこうだらり、と垂らして、分厚い眼鏡をして、いつも俯いていて、もう全体が影に覆われている感じ? 一言でもかわしたら、呪われそー、ってビビるくらいだ」

「何だ、それ」

「ウケる」

「誰とも会話しようとしないし、そもそも、おれたちのことなんて眼中にないっていうか? もうずっと、本を読みまくりでさー。しかも授業中にも本読んでんだよ」

「よく先生怒んないな」

「そりゃ怒ったよ。でも、あいつ、ああ見えて頭がよくって、先生も怒るに怒れないっていうか……」

「そんな人物がまさに寝ているけどな」

「確かに。でも、わかるか? こう誰も寄せ付けません。話もしたくありません。ていうオーラがあって、それで女子たちの標的になっちゃってさ」

「まさか、いじめ?」

「それでも、あいつ動じないんだよ。だから、みんなで泣かせようと躍起になっている最中」

「え、まさかお前も?」

「内緒だけどな。さっきもみんなでちくりちくりやったんだけど、全然、堪える様子がなくてさ」

「やめた方がいいぞ、そういうの」

「でも、一目お前らも見て見ろよ。絶対にこいつを泣かしたいって思うからさ。そいつは冬野詩っていう名前で――そういや、あいつ、さっき、女子をどこかへと連れて行ってたな……、え?」


 目の前にはきょとん、とするクラスメイト二人と、他クラスの男子。まぁ、そうだろうな。寝ていたはずのオレがいきなり起きだして、他クラスの男子の腕を掴んでいるんだから。オレはその男子の腕を掴んだまま、半ば引きずる形で歩き出した。


「おい、志成?」

「どこ行くんだよ?」


 クラスメイトの声が慌てて追いかけてくるが、オレは振り返り、


「この人に用があるから」


 それだけを言ってこの場から立ち去る。

 追いかけてこなかった級友たちが、「あの志成が目覚めるなんて、何があったんだ?」という信じられないものを垣間見たかのような声はもちろん聞こえなかった。


「いい加減放せよ!」


 オレに掴まれている男子生徒がもがくけれど、オレは容赦なく引きずっていく。

 その後のこの男子生徒のことは、まぁ、想像に任せるしかない。



 ようやく退屈な授業が終わって、放課後になった。夕日に照らされて作られた校舎の影が、校舎の裏にある庭に大きな闇を落としている。もちろん、放課後のため、この裏庭に誰もいなかった。ただ、西にあるグラウンドからは哀れにも部活動にいそしんでいる生徒たちの掛け声がここまで響いている。

 微かに暑さと湿り気を感じさせる六月の風を肌で感じながら、私は一人で本を読んでいた。本を読んでいる間のこの静寂は、心を落ち着かせる。世界にただ一人という感覚。本来なら志成がいれば、より良いのだけれど――もし志成以外に心地良さを感じるとしたら、まさにこれだった。ただ、難点なのはここが暗い、ということ。さらにだらり、と目元まで垂らした前髪のせいでなお暗い。目に悪いけれど、ここで読むのは格別なため、どうしてもやめられなかった。

 ふと、読書中の私の耳に何かの声が聞こえた。

 複数の声だ。

 主に女子。

 きゃあきゃあ騒ぎながら、こちらへと近づいている。

 この静かな空間をぶち壊されて、とても不快。私はもう本を読む気にもなれず、それにそろそろ志成も来るはずだから、本を閉じてしまおうとした。でも、


「志成くん、どこ行くの?」


 ――志成?

 見知らぬ女子の口から『志成』という言葉が聞こえた気がする。


「待ってよ、志成くん!」


 ほら、聞こえた。

 私がそちらへと振り返れば、ちょうど女子に囲まれた志成の姿があった。志成は別に嫌がる様子もなく――でも、反対に嬉しがっている様子もない。自分の周囲に何がたかろうとも、特に関心がない様子だった。さすが、私の志成ね。周囲に群がる女たちを喜ばないなんて。

けれど、許さないのは志成に色目を使っている女ども。

 見ているだけでムカつく。殺意がわいてくる。志成にその気がなくても、志成が女どもに囲まれているという時点で、もうその光景は見たくなかった。私が志成へと一歩を踏み出せば、度の入っていない眼鏡のレンズ越しに一人の女子と目が合った。


「え、誰、あれ?」

「うわー、暗い。マジキモイ」


 女たちが私のことに気付いたのか、顔を嫌そうに歪ませた。それすらも、今の私の怒りを煽る要素にも気づかないで。


「詩、お待たせ」

「えぇ、待ってたわ」


 その言葉のやり取りに、周囲にいた女たちが「えぇ!?」と声を上げた。うるさいわね。


「まさか志成くん、こんな女と待ち合わせしてたの!?」

「やめた方がいいよ! 絶対に騙されてるって!」

「脅されてるんじゃなくて!?」


 あら、ひどい言われよう。でもあなたたちには関係ないじゃない? というか、どうでもいいわ。私は彼女たちを無視して志成へと近づく。


「ちょっと、あんた、何?」

「私たちの志成くんに何しようとしてくれるわけ?」


 けれど、志成の前に立ちふさがったのは二人の女子。その向こう側には志成がいて、その志成を守るように三人の女子たちが邪魔な壁となっていた。


「あんたに、志成くんは似合わないから、さっさとどこかへと行きなさいよ」


 立ち塞がった内の一人が、私の前に詰め寄る。レンズの向こう側にある女の目には明らかな敵意が浮かんでいた。でも、そんなものは私の前では何の牽制にもなりはしない。私はその女を見上げて、す、と手を掲げた。それが何を意味するのかわからない目の前の女は、振り上げられた手のひらをバカにも見つめる。


「詩」


 志成が、気づかわし気に私を呼んだ。


「ほどほどにな」


 さて、それはどうかしら? 何しろ、こいつらは志成に触ったから、私はとうてい許すつもりはない。もちろん、こいつらを引き連れてきた志成にも私はご立腹だ。


「志成くん、何言って……」


 志成を囲んでいる女子たちが、不思議そうに首を傾げた。その瞬間、私は怪訝そうに私を見つめる目の前の女を思いきり殴りつけた。


「きゃあぁ!!」


 ご、という音とともに倒れる目の前の女。それに気づいた女たちが、何が起こったのかわからないという顔して、ようやく理解に及んだ十秒後に大きな悲鳴を上げた。


「あ、あんた、な、殴った……!?」


 立ち塞がっていた女が、上ずった声を上げる。まさか殴られるとは思っていなかったのだろう。

 私は眼鏡を取って、視界を塞ぐ前髪を掻き上げる。


「あなたたち――……」


 私は、笑う。哀れにも、私の大切な人に手を出した愚者たちの末路を思い浮かべて、ただ笑った。


「私の志成に、何をしてくれているのかしら?」


 しん、と、静寂が落ちた。けれど、空気が張りつめた静寂だった。ぴりぴりとした空気が痛くて――でも、これもまた心地いい。


「あ、な、何……?」


 突然、豹変した私に戸惑いを隠せない女たちは、ひたすらに混乱しているようだった。私はうずくまっている女を無視して、もう一人の立ち塞がった女の前に立つ。その腹を思いきり殴りつけた。


「ぐっ」


 女がくぐもった悲鳴を上げて、腹を抑えてうずくまる。そう、それでいいの。



「さぁ、あなたたち、ひざまずきなさい! さもないと――殺すわよ?」



 その声が高らかに響き渡った。

 志成たちを囲んでいた残りの三人の女たちは、混乱を通り越して、思考を停止させているようだった。これだからおバカさんたちはどうしようもない。おバカさんのくせにどうして志成に手を出そうとしたのかしら? まったくもって理解できないわ。


「詩」

「何、志成?」

「ほどほどにって言っただろ?」

「あら、それを言うならあなたが悪いんじゃない。こんな不細工な女どもを引き連れてくるんだから」

「別に、どうでもよかったし」

「志成のその無関心さが、この女たちを傷つけたのよ? それに私の心もね」

「え!? それはごめん!!」


 志成が慌てて頭を下げた。頭を下げたくらいじゃ許さないんだから。甘いものでもおごってもらいましょう。志成を囲んでいた女たちは、ただ黙ってみているだけだった。まるでこの恩たちの時が止まっているかのよう。どうやら時間の感覚があるのは、私と志成だけらしかった。


「え、志成くん……?」


 女たちがようやく声を上げた。


「な、何が起こって……」

「黙りなさい」


 女たちの戸惑いの声を、私はねじ伏せる。


「誰が喋っていいと、言ったのかしら?」

「……っ」


 女たちが慌てて口を閉ざした。そう、それでいいのよ。

 私は女たちへと近づく。


「いいかしら、あなたたち? 志成は私のものなの。あなたたちに志成を見る目があるという点では褒めて遣わすわ。ただ、声をかけることは許さない。触れるのも言語道断。もし、次があるようなら、私は容赦なくあなたたちを――殺す」


 哀れな三人の女子たちは「ひ」とひきつった悲鳴を上げた。それでいいのよ。何しろ、私が支配者。何をしようとも私の自由であり、また正しいことなの。逆らうことは決して許さない。

私は彼女たちに微笑んだ。微笑んでみせた。


「失せなさい」


 その命令に誰も逆らうことなく、うずくまっている二人を連れて女子たちは逃げ出していった。この場に残されたのは私と志成だけ。二人になった瞬間にはもう、二人だけの心地いい雰囲気と空気に包まれる。


「詩」

「何?」

「やりすぎだよ」

「あら、そう?」

「うん。でも、詩だから――許すけど」


 志成がようやくここで笑顔を見せた。私は志成へと近づく。そうして、鼻先が触れ合うくらいに顔を近づけて、私は言いたいことだけを口にした。


「いいかしら、志成? 絶対に他の女とあんなふうにいちゃだめよ?」

「別にオレの意志じゃないけどね。あしらったにはあしらったんだけど、どうにも向こうが離れなくて」

「それなら、突き放しなさい。殺してでも。あなたは私のものなの。そのことを自覚して」

「――わかってるよ。詩、もしかしてヤキモチ焼いた?」

「当たり前でしょう? あなたは私のものなのは当然として、逆に私もまたあなたのもの。私は愛する志成のためなら、何だってするわ」


 志成はきょとん、と瞬きをした。そんな顔をすると幼さが残る彼のことだから、年齢よりももっと幼く見えてしまう。そして、次に浮かべるだろう笑顔も、


「それも、わかってるよ」


 また、幼さをうかがわせた。


「どうしたら詩は許してくれる?」

「そうねぇ。これからデートしてくれるなら」

「それはもちろん、喜んで」


 私はその返事に満足して、志成の体に腕を回す。志成もまた私のことを抱きしめてくれた。

 志成のために何でもする。

 それは嘘偽りのない言葉であり、私の覚悟であり、私の愛。私は志成のためならば、何でもする。

 そうして、逆に志成もまた、同じことを思ってくれていることがわかる。

 それはうぬぼれなんかじゃなく、自意識過剰でもなく、彼の本心そのままだということが。

 だって、彼は私を甘やかす。

 何をしても彼は私のことを許してくれる。

 詩のためなら何でもしてあげる、と眼差しが、この抱擁が語ってくれる。

 私たちは最高の恋人同士。

 そして、同時に最強の恋人。そう。どんな相手であろうと、私たちは絶対に勝つ――最強の恋人同士なんだから。


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