【1】
五章 白いハトは空を舞う
――これは、志成と出会う前の私の話。
私は小さいころ、簡単に言うと両親に捨てられた。よく理由はわからないけれど、私はいらない子供だったらしい。今となってはちょっとした遊びでできてしまったのが、この私、なんだと思う。
捨てられた私は親戚へと預けられて、そこですくすくと健康に育った。温かい人たちは、こんな捨てられたはた迷惑な子供を迎え入れて、自分の子供のように育ててくれた。
でも、私はとことん、不幸になるらしかった。
あれは私が五歳のころ。
義理の両親と一緒に、どこかへと出かけている最中のことだった。
事故に遭った。
私は奇跡的に助かって。でも、お父さんやお母さんは即死、だった。
一人なった私は親戚の間でたらいまわしにされて、ようやく落ち着いたのが冬野家だった。そこの家はお金に余裕があって、かなり裕福だった。でも、ここの両親はともに仕事を第一優先にする人で、家にはなかなか帰ってこなかった。帰ってきたとしても、私の様子を見て、寝て、また仕事へと行く。私が幼い間は家政婦のような女の人が出入りしていて、私に一切の関心もなく、黙々と私の面倒を見てくれた。
今、思えば、愛してくれたのは事故で他界した義理の両親だけで、あとは一切の愛情を得られなかった。
それは、中学二年生の時だった。
私はその時、〝恋愛〟というものに目覚めていて、嬉しいことに人生で初めての彼氏ができた。顔立ちは優しくて、性格は明るく、気配りができるそんな頼もしい人だった。
私たちが付き合いだしたのは夏で。終わりを告げたのは冬だった。
私は二股をかけられていた。
しかも、私はどうやら〝二番目〟だったらしい。
そして、その理由が『面白いから』と、お遊びで私と付き合っていた。
何で面白いのかというと、私は彼にとって都合のいい女だったらしい。従順に言うことを聞いて、からかえば面白いくらいの反応をして見ていて飽きない退屈しのぎのための存在。
そんなことを言われて、私は捨てられた。
それも今思えば、私が愛されたのは小さいころで、ほとんどは〝愛〟を知らずに育ったといってもいい。だから、彼氏と彼女という関係上、どう付き合えばいいのか全く分からなかった。
愛するって何?
愛されるって、どういうこと?
私が恋人になってからずっとそんなことを考えていた気がする。
きっと、そんな私も悪かったはずだ。
そうして、私は愛する人に捨てられて、しかも、退屈しのぎのための道具扱いされて、私は失望した。小さいころから、愛されることに見放されていて、ようやく見つけた本当の〝愛〟だと思っていたのに、捨てられて。
もう、ぜんぶが嫌になった。
だから、私は当時、心霊スポットで有名だった山の中腹にある廃ホテルで手首を切って死のうとした。でも、私はそこで死ぬことがなかった。
私は、志成に助けられた。
この時ばかりは腹が立った。でも、彼に助けられたことで、私の生活は一変した。
楽しかった。人が隣にいるというだけで、とても嬉しかった。そうして私はまた二度目の恋をした。
でも、私の二度目の恋は叶いそうになかった。
気付いたのは私と志成が口で「付き合おう」と言い出して、恋人になったときのことだった。
最初こそ、今度のこの〝恋愛〟は大切にしようと思っていた。
私は志成しかいらない。他の人なんていらない。だから、私は誰も寄せ付けないように、志成の前と他人の前で姿を変えた。 私には志成さえいればいいと思っていたから。志成さえ私のことをわかってくれればいいと思っていたから。――今思えば、その格好をしていたのは、私は人が怖かったのかもしれない。だって、また裏切られるのが怖かったから。仲良くなっても捨てられると思ったから。だから、素でいようとしてもいられなかった。それもまた、志成さえいればいい、という言い訳で気づきもしなかったことだけれど。
そんな私の心を志成との楽しい日々を送って『愛』で上書きされて、気付きもしなかった。でも、
――志成は本当に私のことを愛してくれているの?
その疑念が、浮かんだ。
他の恋人たちが幸せそうに寄り添う光景を見て、変な違和感を抱いた。最初は気づかなかった。その恋人たちと私たちの姿を重ねて見て、何かが違った。その時は全く分からなかったけれど――ようやく気付いた。
私たちはお互いに独りだった。
その寂しい心を埋めるために、私たちは寄り添っている。
愛してくれている?
違う。私たちはただ単に、寂しさを紛らわしたかっただけ。
それに気づいた時は愕然とした。私たちは〝恋人〟ですらないと。でもたちの悪いことに、〝恋人〟だと錯覚していた。それは私も、もちろん志成も。
傷の舐めあい。寂しさのなれ合い。私たちはそんな関係だった。
結局、私たちは恋人ではなく、恋人にすらなれないのだと。
そして、私がまた彼と他人の前で風姿を変えているのも、結局は、彼のことを心から信頼していなかったからかもしれない。だって、信頼しているのならば、私は堂々と素のままの自分をさらけ出して、恐怖に立ち向かえていたはずだから。
理解した時点で、私もここですっぱりと諦めればよかった。
――私は諦めることができなかった。
隣に誰かいる安心感。
温もりがあるという幸せ。
それを知ってしまったら、私は独りになりたくなんてなかった。
それなら方法が一つしかない。
無理やりにでも〝恋人〟になるしかなかった。その偽物の〝恋人〟という形にはまろうとした。
でも無理にでも〝恋人〟になろうとした私が、私が望む〝恋人〟になんてなれるはずがなかった。
そもそも気づいて、『恋人になれるわけがない』と思った時点で、私の独りよがりだった。志成と離れたくないから、志成に尽くそうとした。
――その時から、私は人の愛し方がわからなくなっていた。
もともと、わからなかったけれど、マンガとか恋愛小説とか読んでそういう風にすればいいのか、と漠然としたイメージはあったけれど、それでも違う。それだけじゃ足りない。私が志成と恋人になるためには、全然、足りなかった。
そうだ。私が志成のために戦うしかなかった。
志成を手に入れるためには――〝恋人〟になるためには、私は。
* * *




