【4】
「志成。おそらく、暗闇の中にいるあいつらは詩を狙っている」
「え? 詩、を!?」
「あぁ、目には見えないがそこにいるやつらはきっと、ここの客だ」
「きゃ、客って……だって、倒れてたし、それにどうして詩がそんな風に言われなきゃいけないんだよ!?」
「落ち着け。まぁ、これは俺の推測だが……」
陸仁さんから苦り切ったような気配が伝わってくる。陸仁さんは推測と行っていたから、確固たる証がないからかもしれない。でも、オレは気になった。どうして、詩がこんなにも憎まれなきゃいけないんだ?
「これはおそらく、詩の『異能』の影響だな……」
「詩の?」
「あぁ、志成の目から見えないかもしれんが、客の目が虚ろだ。なんていうか心がここにないような状態になっている」
「え……?」
「もっと簡単に言えば、魂が抜けた抜け殻、みたいだな」
魂が抜けた抜け殻? わかるような、わからないような。意識がここにない、ということなのだろうか?
「それで、これからは俺の推測になる。これは詩の『異能』の影響で間違いないだろうが、詩の『異能』はおそらく心を具現化する『異能』だ」
「は……? 心を具現、化?」
「そうだ。言っておくがおそらく、だ。詩は人の心――主に『闇』の部分を具現化する『異能』かもしれない。だから、心を抜かれた客たちは倒れ、それでもかろうじて残っている心が自分の心を奪った詩から心を取り戻そうと狙っている」
「いや、でも、そんなことってあるんですか? そんな『心』って――抽象的なものが具現化なんて……」
「実はあるんだ。今はいないがオレたちの組織に、詩と似たようなやつがいた。そいつも心じゃないが、人の意識を具現化する『異能』を持っていた。まぁ、そいつの場合は『殺意』っていう、やばい代物だったけどな」
オレは陸仁さんの話を聞きながら、心を奪った詩のことを憎む人々の声と殺意の声を静かに聞いていた。詩を助けないと。このままじゃ、詩が殺されるかもしれない。
「志成、詩を止めるぞ」
「え……?」
「え、じゃないだろ!? 詩が危険だって、お前だってわかるだろ!!」
陸仁さんに耳元で怒鳴られた。声は抑えられているが、オレの脳を揺さぶるにはちょうどよかった。
「オレは、戦いたくない!」
オレは言い返す。
「オレは、嫌だ! 戦えば詩が傷つく! そんなの、オレは見たくない!」
「はぁ!? じゃあ、詩がこのまま殺されていいっていうのか!?」
「そんなの嫌に決まってるだろ!!」
「じゃあ、詩を止めろ! これはすべて詩がしでかしたことなんだ! 詩を止めない限り、この状況がずっと続くんだ!」
「それでもオレは、戦いたくない!」
陸仁さんが爆発しそうな怒りを呑み込んだのが分かった。でも、オレも意見は絶対に変えない。
「それに、詩がこれを望んだんだ。それならオレは詩のことを許そうと思ってる! だって、詩がそう望んだんだ! 恋人のオレはそれを許さなきゃならないだろ!?」
「お前、本当にそう思ってるのか……?」
信じられない、というように陸仁さんが溜め息をついて、がし、とオレの脳天を掴んだ。そのままぐい、と抜け殻状態に陥った客たちの方へと向けられる。
「お前は、この状況が見えないのか!?」
見えるはずがない。
だって、オレにはみえていないのだから。
でも、声が聞こえる。
詩を憎む声。
詩を殺そうとする声。
憎悪が、殺意が、詩に向けられている。そう、向けられているのに、詩はそれに気づいていない。
違う。
わからないのかもしれない。
詩は常にオレのことと、自分のことだけしか考えていなかった。だから周囲に目を向けることなく、自分の欲のままに生きてきた。周囲に目を向けることなんて一切なかったはずだ。
でも、オレはしょうがないと思っている。
だって、詩は不幸な生き方をしてきた。両親に捨てられて、義理の両親が亡くなって、今の両親からは放置させられて。好きになった相手にも捨てられた。
詩は愛情を得られずに育ったんだ。
それを知ったとき、オレは詩を心から愛そうと思った。どんな我儘も聞いてあげようって。
どんなことがあっても詩の味方でいようって。
でも――自分が周囲から憎まれたと知ったとき、詩はどう思うだろう?
きっと、何も思わない。
けど、それも違うはずだ。
口では、意識では「どうでもいい」と言いながら、きっと、無意識化で詩は傷ついている。そのことにも詩は気づかない。だって、詩はオレと自分のことしか考えないようにしているから。
そんな詩をオレは守ってきた。
外からの攻撃の傷はオレが守ってあげられる。
けれど、内に対する傷は、果たしてオレが守れるだろうか?
「志成、お前、あれを見て、どう思う?」
怖い。何に対して、オレは怖がっている? 詩が殺されるかもしれないという思いから? それとも――自分が傷ついてるのも気づかずに、ただ、周囲に憎まれながら生きていく詩の姿を思い浮かべたから? そうなってしまった場合、きっと、詩はずっと独りになったままだ。でも、
「オレは――、それを詩が望むなら、許してあげたい。そうしてあげたい」
それがオレの詩への〝愛〟だった。詩が望むのであれば何でもプレゼントしたし、手も貸してあげた。詩のすることは何でも許してあげた。
だから、これも許してあげた方がいいのでは? と思ってしまう自分がいる。詩が望んでやったこと。その結果だ。何が起ころうとも、オレは詩の味方でなければいけない。
突然、ごん、と脳天を思いきり拳が落ちてきた。
「いっ……!」
「お前は、詩を不幸にする気か!?」
そうまた、陸仁さんに怒鳴られた。
不幸? 詩を不幸にする気なんて、さらさらない。むしろ、幸せになってほしいくらいだった。
「いいか? 志成。お前がいう〝愛〟は〝愛〟じゃない」
違う。オレの詩への愛は本物だ。本物だけれど――詩も言っていた。オレたちの関係は恋人ではなく、互いの傷をなめあう関係だって。
「……志成、お前が詩のことを大好きなのは知っている。でも、看過すべきところと、すべきじゃないところがある。例えば、いまだ。お前は詩が憎まれているこの光景を見て、何とも思わなかったか? 違うだろ? このままじゃ、詩が憎まれて、最悪は殺される事態になる。それはなぜだ?」
「それは……」
「それは、詩が我が物顔で暴れているからだ。周りを顧みずに、ただ自分の思うままに行動している。周囲はそれを迷惑だと思うだろ?」
「……」
オレはただ黙って、陸仁さんの言うことを聞いていた。
「詩はそのことに気付いていない。むしろ、見ようとしていない。だから、みんなによけいに憎まれる。そんな詩を助けるためにはどうすればいいと思う? 志成?」
そんなこと、わかっている。わかっているけれど。
「詩を止めるべきだ。そして、詩に気付かせるんだ。お前の周りにはこんなことになっているんだと。それをするべきは恋人だというお前の役割だ。そのお前が〝詩だから許す〟なんて放っておけば、負の連鎖はどんどん繋がる。けど、お前が詩をちゃんと叱れば、負の連鎖は止まる。意味、わかるな?」
「わかってる!」
――わかっている。そんなこと。
「オレだって詩を助けたい。でも、でも……!」
オレはうなだれる。オレは――本当に情けない。
「オレは怖いんだ。詩に注意することが……、叱ることが……」
「……は?」
怖い? と、陸仁さんが首を傾げる。それは陸仁さんにはわからないことだ。オレがただ単に、怖がっているだけなんだって。――それは前から気付いていた。
「何で怖いんだよ?」
「わかんないです。違う。前から、怖かった……」
「前から? お前、詩のこのことを知っていて指摘しなかったのか?」
オレは頷くしかなかった。そんなオレを見て、陸仁さんのあきれたような溜め息が聞こえてきて、オレの罪悪感が膨らんでいく。
「どうして、怖いんだよ?」
「わからないんです。ずっと、前からわからなかった。でも……」
「でも?」
「今。ようやく、わかりました」
「……で? 何が怖いんだ?」
陸仁さんがオレの返事を待っていてくれている。オレは答えられなかった。だって、とても情けないことだから。
今さら気付いた恐怖の正体。
「オレは、詩に嫌われたくなかったんです」
詩に注意して、指摘して、叱って。それで詩との間に溝ができて、そのまま別れてしまうのが怖かった。一人になるのは、とても怖いから。
「オレは詩を傷つけて、離れていってしまうのが、何よりも怖かったんです」
何て、情けない理由なんだろう。シンプルで、でも、とても恐ろしいその恐怖。
「詩がやることをオレが許し続けて、肯定し続けてあげれば、詩はずっと一緒にいてくれる。笑っていてくれる。だから、オレはずっと詩の行為を見て見ぬふりをしてきたんですよ……」
ふうん、と何とも興味がなさげに陸仁さんは頷いて。
「それが、この様か?」
陸仁さんが向けているであろう視線の先には、詩の『異能』によって影響を受けた人々の姿が映っているはずだ。オレも見えないけれど、まっすぐに前を見つめた。
「それで、お前はどうする? このまま詩を許すのか?」
どうする? オレはどうしたらいいんだろう?
オレは怖い。
だって、詩に嫌われるのが一番怖い。それこそ、自分が死ぬことよりも。それは本当に?
確かに俺の傍から詩がいなくなるのは怖い。
でも、怖いのは――詩が一人でいること。みんなに恨まれながら生きること。一人ぼっちで生きていくこと。
できるなら、オレは、詩には笑って生きてほしい。
みんなに囲まれて、楽しそうに笑いながら生きていく――そんな詩でいてほしい。
「――オレは間違っていました」
もう少し早く、オレが気付いていれば詩を救ってあげられたかもしれない。こんな状況にならなかったかもしれない。
なんて馬鹿なんだろう。
きっと、詩はとっくに気付いていた。
オレのこの見て見ぬふりをした行為のことを。恋人? 確かに、恋人じゃない。オレがやっていたのは、恋人を甘やかしているんじゃなくて、自分の保身に走っていただけだ。詩の言う通り、オレたちは――オレは傷をなめあい、一人になることをただ恐れていただけなんだ。
オレは立ち上がった。
「詩を助けます。詩を助けて、今度こそ、二人で幸せになります」
「そうか。頑張れよ」
ばん、と陸仁さんが背中を叩く。何だか勇気をもらった気がして、少し、心強かった。オレは暗闇の先を睨み付ける。
「今度は間違えない」
絶対に。
「詩、オレはお前のこと――大好きだからな」
確かにオレたちは恋人じゃなかったかもしれない。でも、オレが詩を好きだというこの感情は変わらない。今でも変わらないその想いを頼りに、オレは暗闇へと突き進んだ。
志成を絶対に取り返す。
陸仁なんかには渡さない。
その想いで、私は今、『化け物』を動かしていた。闇に住む彼らは縦横無尽にモール内を闊歩する。私の目には見えないけれど、『化け物』が動く感覚でなんとなくその場所や配置がわかった。そうして見つけた志成と陸仁。
志成が「大好き」だと私に呟いた気がした。
心の奥がかすかにうずく。でも、私はそれを無視した。
「だって、それは私たちの〝愛〟のなれ合いの延長線でしょう?」
きっと、この言葉は志成には届かない。
けれど、これが終わればきっと、私の想いは繋がるはず。
「私は、本当の恋人になりたいの。だから。私は志成を取り返す」
陸仁なんかには絶対に渡さない。
志成は私のものよ。
たとえ、それが志成と戦うことになろうとも、その想いは絶対に変わらない。




