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女王と異能者の愛の狂想曲  作者: ましろ
四章 暗闇に手を伸ばして
19/26

【2】

 もう何が何だかわからない状況だった。

 視界は真っ暗で、どうやら空調も止まっている。そして、周囲から人々の悲鳴が上がって、反響しあって方向性がわからなくなった。

 どん、と誰かがオレの体にぶつかる。周囲でも視界が塞がっているため、あちこちで衝突や転倒が起こっているようだった。突然のことにモールの人々も対処しきれていない、対処なんてできないだろう。それくらいに、突然なことだった。


「志成!!」


 ふと、ぐい、と腕を引っ張られる。その声は陸仁さんだった。


「陸仁さん!?」

「とりあえずこっちだ!」


 人々が逃げ惑う中で、オレたちは物陰に隠れてやり過ごす。そして、ばた、と倒れた音がしたと思ったら、それが次々と倒れる音が続いた。


「な、何が起こってるんだ!?」

「静かにしろ」


 ふと、オレの目の前がかすかに明るくなる。見れば陸仁さんがスマホで明かりを点けていた。そして、その照らされた先にあったのは、倒れた人々の姿だった。


「陸仁さん、これ……?」

「俺にもこれはさっぱりわかんねぇよ。ただ言えるのは、あいつだけがすべてを知っている、ということだけだろうな」


 陸仁さんがそのスマホの明かりを向ける先にいたのは、詩だった。暗闇の中で『化け物』に守られている詩は、堂々としている。それが当然と言わんばかりの物腰は、まるで本当の女王のようだった。この状況を生み出したのは他でもない詩だというのに、詩は平然とオレたちを見つめて――やっぱり笑っていた。


「まず、訊きたいことがある」

「何かしら?」

「お前、何者だ?」

「何者、と言われても――私は冬野詩、としか言えないわ」

「そうか。じゃあ、言い方を変えよう」


 陸仁さんの目が鋭くなる。まるで、敵を見るかのような目だった。たいして詩はそれすらも心地いいといった雰囲気で、それを受け止めている。


「お前、『異能者』だな?」

「え!?」


 それに驚いたのは、他でもないオレ自身だった。詩が『異能者』? そんな馬鹿な。だって、詩は普通の女の子だったはず。それなのに、陸仁さんが何を言っているのかさっぱりわからない。オレは詩を見上げる。詩は、相変わらず、笑っていた。


「えぇ、そうよ」


 詩は、軽く頷く。陸仁さんの緊張感が一気に増して、オレはといえば突然の出来事に思考が空回りしていた。詩が、『異能者』? そんなことあるはずない――でも、詩は肯定した。何が、どうなっているんだろうか?


「前から、『異能者』だったのか?」

「違うわ」

「それにお前の周りにいるそいつらは――お前を襲っていた『化け物』だろ? どういう関係だ?」

「そう言われてもねぇ……」


 詩は困ったように小首を傾げた。どうやら、そこは本当に言いにくい――というか、自分自身でもわからないようだった。でも、詩は口を開く。


「まず、私が『異能者』として自覚したのは昨夜のことよ」

「昨夜?」

「そう、美術会館で『化け物』に襲われて、その帰り道ね。私が一人で帰っているときに、私は『化け物』に襲われた」

「え……!」


 そんな話は全然聞いてない。一人の時に襲われた事実。さらには一日に一回出ている『化け物』が二回も出てきたという事実に、オレは動揺が隠せなかった。


「詩、大丈夫なのか?」


 襲われたということは戦ったということになる。見たところ、ケガはなさそうだけれど……。


「私は大丈夫よ、志成。ほら、こうしてぴんぴんしているでしょう?」


 確かにそうなんだろうけれど――。でも。


「話の続きをしましょうか。私は『化け物』に襲われて、戦おうとしたの。でもね。いろんなことがむかついて『化け物』に八つ当たりをした。そしたら、どうなったと思う? この『化け物』たちが私に傅いたのよ」


 傅いた? その言葉にオレは驚いたし、陸仁さんも驚いたようだった。


「その時に、気付いたの。私もまた『異能者』だって。この『化け物』たちは、私の『異能』なんだって。その証拠にほら」


 詩が陸仁さんに向かって指をさす。そして、


「殺しちゃいなさい!」


 その命令に、『化け物』たちが動き出した。獅子の姿をした『化け物』が陸仁さんに襲い掛かる。陸仁さんの手からスマホが滑り落ちて、かしゃん、と乾いた音を立てた。


「ちっ」


 再び暗闇に落ちた空間で、陸仁さんが『風』を操ろうした時、


「――っ!?」


『風』は操れなかった。どうして? と、オレはとおそらく陸仁さんもそう思ったはずだ。

 陸仁さんが『風』を操る条件として、自然の『風』が流れていることが前提だ。エアコンとかの空調は無理だけれど、人と人がすれ違った時に生じる微かな風、隙間風、とりあえず、自然の風さえ流れていれば陸仁さんの『風』は操れる。けれど、なぜか、今は操れない。その答えは簡単だ。

 ここに自然の『風』が流れていないから。

 人が倒れているせいもあって風がなかなか生じにくい。空調も破壊されて、さらにモールは大きな空間――密閉された箱も同然だ。おそらく、詩はそれを狙った可能性がある。『風』が吹きにくい場所はここしかなく、陸仁さんと戦うならこの戦場がとても理想的なんだ。

 最初から詩は陸仁さんを倒すつもりでここに来た。

 三人で遊びに来て、絶妙のタイミングで戦いを仕掛けた。オレでさえも見抜けなかった詩の焦りと殺意は、もうなりふり構っている余裕なんてないようで――そこまで追い詰められていたのだとオレは初めて知った。


「詩!」

「何かしら?」


 視界の利かないこの暗闇で、獅子の攻撃を避けているのだろう、陸仁さんが叫んだ。


「こいつらはお前の『異能』だと言ったな!」

「えぇ。そうよ?」

「こいつらの正体は何だ!?」


 それはオレも気になっていたことだった。

 なぜこんな闇色の『化け物』が生まれたのか。そして、彼女の『異能』だというのに、どうして、『彼女』を狙い、襲ったのか。

 その理由を、詩は――。


「知らないわ」


 語らなかった。


「志成、詩を止めろ!」


『風』が使えない陸仁さんが、オレに動けと言ってきた。それは、詩と戦えということ。

 でも。


「志成!」


 陸仁さんが叫ぶ。オレは、気乗りがしないままに詩の前に出た。でも、目の前が真っ暗で、どこに詩がいるのかがさっぱりわからなかった。


「詩」

「志成」


 オレが前に出れば、詩が嬉しそうに笑う気配がした。オレの大好きな詩の笑顔が見れないのが、とても残念だった。


「詩、止めろ」

「何で?」


 至極不思議そうな声がした。きっと、首も傾げていると思う。


「陸仁さんや、みんなが危険だ」

「陸仁とみんな?」


 さも誰のこと? と言わんばかりに詩がさらに訊き返す。

 この子が、本当に詩?

 詩は『化け物』に襲われたという事実に肝を冷やしたけれど、無事だったことに安堵して。でも、どうしてだろうか? 詩が『異能者』だと自覚した途端、詩が詩でなくなってしまったような気がした。目の前にいるのは、本当に詩なのだろうか?


「そうだ。陸仁さんや、ほら、ここにいるみんなが。みんなが倒れているんだぞ? 危険な状態なんだ」

「ふぅん?」


 とぼけているのかいないのか、詩はそれもまた不思議そうに声を上げて、


「それで?」


 と、これもまた心から不思議そうにオレに返してきた。

 その声色はいつもの機嫌のいい詩のものなのに、どうしてだろう、詩の声じゃなかった。視界の端で何かが輝く。それは獅子と戦いながらも、スマホを拾いなおした陸仁さんが、オレに向かってスマホの光を向けていたからだった。オレは心の中で詩に謝って、『影』を発動させた。スマホの微かな光源でできたオレの『影』は真っ先に詩へと飛んでいく。そして、細長いワイヤーのようになった『影』は詩に巻き付いた。決して強くなく、けれど、逃げられないくらいには強く。



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