【2】
もう何が何だかわからない状況だった。
視界は真っ暗で、どうやら空調も止まっている。そして、周囲から人々の悲鳴が上がって、反響しあって方向性がわからなくなった。
どん、と誰かがオレの体にぶつかる。周囲でも視界が塞がっているため、あちこちで衝突や転倒が起こっているようだった。突然のことにモールの人々も対処しきれていない、対処なんてできないだろう。それくらいに、突然なことだった。
「志成!!」
ふと、ぐい、と腕を引っ張られる。その声は陸仁さんだった。
「陸仁さん!?」
「とりあえずこっちだ!」
人々が逃げ惑う中で、オレたちは物陰に隠れてやり過ごす。そして、ばた、と倒れた音がしたと思ったら、それが次々と倒れる音が続いた。
「な、何が起こってるんだ!?」
「静かにしろ」
ふと、オレの目の前がかすかに明るくなる。見れば陸仁さんがスマホで明かりを点けていた。そして、その照らされた先にあったのは、倒れた人々の姿だった。
「陸仁さん、これ……?」
「俺にもこれはさっぱりわかんねぇよ。ただ言えるのは、あいつだけがすべてを知っている、ということだけだろうな」
陸仁さんがそのスマホの明かりを向ける先にいたのは、詩だった。暗闇の中で『化け物』に守られている詩は、堂々としている。それが当然と言わんばかりの物腰は、まるで本当の女王のようだった。この状況を生み出したのは他でもない詩だというのに、詩は平然とオレたちを見つめて――やっぱり笑っていた。
「まず、訊きたいことがある」
「何かしら?」
「お前、何者だ?」
「何者、と言われても――私は冬野詩、としか言えないわ」
「そうか。じゃあ、言い方を変えよう」
陸仁さんの目が鋭くなる。まるで、敵を見るかのような目だった。たいして詩はそれすらも心地いいといった雰囲気で、それを受け止めている。
「お前、『異能者』だな?」
「え!?」
それに驚いたのは、他でもないオレ自身だった。詩が『異能者』? そんな馬鹿な。だって、詩は普通の女の子だったはず。それなのに、陸仁さんが何を言っているのかさっぱりわからない。オレは詩を見上げる。詩は、相変わらず、笑っていた。
「えぇ、そうよ」
詩は、軽く頷く。陸仁さんの緊張感が一気に増して、オレはといえば突然の出来事に思考が空回りしていた。詩が、『異能者』? そんなことあるはずない――でも、詩は肯定した。何が、どうなっているんだろうか?
「前から、『異能者』だったのか?」
「違うわ」
「それにお前の周りにいるそいつらは――お前を襲っていた『化け物』だろ? どういう関係だ?」
「そう言われてもねぇ……」
詩は困ったように小首を傾げた。どうやら、そこは本当に言いにくい――というか、自分自身でもわからないようだった。でも、詩は口を開く。
「まず、私が『異能者』として自覚したのは昨夜のことよ」
「昨夜?」
「そう、美術会館で『化け物』に襲われて、その帰り道ね。私が一人で帰っているときに、私は『化け物』に襲われた」
「え……!」
そんな話は全然聞いてない。一人の時に襲われた事実。さらには一日に一回出ている『化け物』が二回も出てきたという事実に、オレは動揺が隠せなかった。
「詩、大丈夫なのか?」
襲われたということは戦ったということになる。見たところ、ケガはなさそうだけれど……。
「私は大丈夫よ、志成。ほら、こうしてぴんぴんしているでしょう?」
確かにそうなんだろうけれど――。でも。
「話の続きをしましょうか。私は『化け物』に襲われて、戦おうとしたの。でもね。いろんなことがむかついて『化け物』に八つ当たりをした。そしたら、どうなったと思う? この『化け物』たちが私に傅いたのよ」
傅いた? その言葉にオレは驚いたし、陸仁さんも驚いたようだった。
「その時に、気付いたの。私もまた『異能者』だって。この『化け物』たちは、私の『異能』なんだって。その証拠にほら」
詩が陸仁さんに向かって指をさす。そして、
「殺しちゃいなさい!」
その命令に、『化け物』たちが動き出した。獅子の姿をした『化け物』が陸仁さんに襲い掛かる。陸仁さんの手からスマホが滑り落ちて、かしゃん、と乾いた音を立てた。
「ちっ」
再び暗闇に落ちた空間で、陸仁さんが『風』を操ろうした時、
「――っ!?」
『風』は操れなかった。どうして? と、オレはとおそらく陸仁さんもそう思ったはずだ。
陸仁さんが『風』を操る条件として、自然の『風』が流れていることが前提だ。エアコンとかの空調は無理だけれど、人と人がすれ違った時に生じる微かな風、隙間風、とりあえず、自然の風さえ流れていれば陸仁さんの『風』は操れる。けれど、なぜか、今は操れない。その答えは簡単だ。
ここに自然の『風』が流れていないから。
人が倒れているせいもあって風がなかなか生じにくい。空調も破壊されて、さらにモールは大きな空間――密閉された箱も同然だ。おそらく、詩はそれを狙った可能性がある。『風』が吹きにくい場所はここしかなく、陸仁さんと戦うならこの戦場がとても理想的なんだ。
最初から詩は陸仁さんを倒すつもりでここに来た。
三人で遊びに来て、絶妙のタイミングで戦いを仕掛けた。オレでさえも見抜けなかった詩の焦りと殺意は、もうなりふり構っている余裕なんてないようで――そこまで追い詰められていたのだとオレは初めて知った。
「詩!」
「何かしら?」
視界の利かないこの暗闇で、獅子の攻撃を避けているのだろう、陸仁さんが叫んだ。
「こいつらはお前の『異能』だと言ったな!」
「えぇ。そうよ?」
「こいつらの正体は何だ!?」
それはオレも気になっていたことだった。
なぜこんな闇色の『化け物』が生まれたのか。そして、彼女の『異能』だというのに、どうして、『彼女』を狙い、襲ったのか。
その理由を、詩は――。
「知らないわ」
語らなかった。
「志成、詩を止めろ!」
『風』が使えない陸仁さんが、オレに動けと言ってきた。それは、詩と戦えということ。
でも。
「志成!」
陸仁さんが叫ぶ。オレは、気乗りがしないままに詩の前に出た。でも、目の前が真っ暗で、どこに詩がいるのかがさっぱりわからなかった。
「詩」
「志成」
オレが前に出れば、詩が嬉しそうに笑う気配がした。オレの大好きな詩の笑顔が見れないのが、とても残念だった。
「詩、止めろ」
「何で?」
至極不思議そうな声がした。きっと、首も傾げていると思う。
「陸仁さんや、みんなが危険だ」
「陸仁とみんな?」
さも誰のこと? と言わんばかりに詩がさらに訊き返す。
この子が、本当に詩?
詩は『化け物』に襲われたという事実に肝を冷やしたけれど、無事だったことに安堵して。でも、どうしてだろうか? 詩が『異能者』だと自覚した途端、詩が詩でなくなってしまったような気がした。目の前にいるのは、本当に詩なのだろうか?
「そうだ。陸仁さんや、ほら、ここにいるみんなが。みんなが倒れているんだぞ? 危険な状態なんだ」
「ふぅん?」
とぼけているのかいないのか、詩はそれもまた不思議そうに声を上げて、
「それで?」
と、これもまた心から不思議そうにオレに返してきた。
その声色はいつもの機嫌のいい詩のものなのに、どうしてだろう、詩の声じゃなかった。視界の端で何かが輝く。それは獅子と戦いながらも、スマホを拾いなおした陸仁さんが、オレに向かってスマホの光を向けていたからだった。オレは心の中で詩に謝って、『影』を発動させた。スマホの微かな光源でできたオレの『影』は真っ先に詩へと飛んでいく。そして、細長いワイヤーのようになった『影』は詩に巻き付いた。決して強くなく、けれど、逃げられないくらいには強く。




