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女王と異能者の愛の狂想曲  作者: ましろ
四章 暗闇に手を伸ばして
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【1】

 四章 暗闇に手を伸ばして


 今日は土曜日だ。空は晴れ渡っていて、梅雨だということをすっかりと忘れてしまいそうなほどの陽気だった。

 外でぶらりと散歩もいいだろうし、あとは家の中でのんびりとするものいいかもしれない。それなのに、今日は不思議なことが起こっていた。

 詩がオレと陸仁さんの三人でショッピングモールに行きたいと言った。

 九桐駅を南下したところにあるこの町で一番大きいショッピングモール『グリラン』。そこはショッピングモールとアミューズメント施設が複合している大型のモールだった。休日になると多くの人で賑わう。家族連れはもちろん、學校も休みなため友人同士で遊びに行ったりもする。

 オレと詩は人が混雑する場所は、どちらかというと嫌いだった。休日はもっぱら家でのんびりして、夕方になってようやく外へと出る、という流れになっている。

 それがどうしたことだろうか?

 詩がしかも混雑している昼に『グリラン』に行きたいと言った。

 さらには詩が嫌っている陸仁さんも誘って。

 そのことに関して言えば、陸仁さんも同じ感情を持っていたようで、自分を誘った詩のことを薄気味悪く見ていた。本当なら、そんな目つきを詩にしようものならはっきり言って陸仁さんであろうと容赦はしないのだけれど……、オレもまた陸仁さんと同じ気持ちだから、何とも言えなかった。


「どうしたのかしら? 早く来なさいよ」


 そんなオレたちの心中に気付いているのか、気付いていないのか。足が遅くなる元凶である詩は、早く来いとオレたちを呼ぶ。


「おい、志成」

「……何ですか?」

「お前ら、今度は何を考えてやがる?」

「残念ながら、オレは今回のことはさっぱりで」

「お前、彼氏だろ? あいつの考え当てて見ろよ」

「と、言われても……」


 オレだって、詩の考えがわからない時くらいある。いつも詩は突拍子もないことを口走ることはあるが、たいていは可愛いわがままなことが多かった。でも、今回は可愛いわがままではなさそうだった。

 オレですら「何を企んでいるんだろう」と、訝しく思ってしまうほどだった。


「あいつ、絶対、こういうモール向きじゃねぇよな?」

「そうですね……」

「本当に何を企んでやがるんだ、あいつ……」

「さぁ……?」


 詩の思考も読み取れないようでは彼氏失格だ。でも、本当にわからないのだから、仕方がない。

 オレたちは様子のおかしい詩を先頭に、緊張と警戒を抱きながらついていった。



 モールに来てから、詩は普通に遊んでいた。

 ゲームセンターに行って、疲れたからおやつを食べつつ休憩して、今度はショッピングを楽しんで、また休憩して――その繰り返しだった。オレと陸仁さんの警戒心が拍子抜けするほど、普通に詩は遊んでいた。

 本当にただ遊びたかったのかもしれない。

 嫌っていた陸仁さんを誘ったのも、もしかしたら、諦めたか、距離を縮めようとしている努力なのかもしれない。むしろ、そうとしか考えられない。それはあまりにもオレの中にある詩の姿とはかけ離れているけれど、そうとしか思えなかった。

 これで三度目の休憩時。

 ホットケーキがおいしいと評判のカフェで、オレたちは休憩していた。

 詩はフルーツとシロップがふんだんにあしらわれたケーキを前にご満悦の表情だった。オレはビターのチョコがかかったやつ。陸仁さんはホイップとフルーツソースがかかったやつ。それぞれを食べながら、変な沈黙が漂っていた。


「なぁ、詩よ」


 陸仁さんがホットケーキを食べながら、詩に訊く。


「何かしら?」


 ホイップを口の端につけながら、詩が首を傾げた。うん、今日も詩は可愛いね。オレは詩の口元を紙ナフキンで拭く。詩はなすがままだった。よし、可愛い。


「お前、何を企んでやがる?」


 陸仁さんが単刀直入に切り出す。


「あら、何のこと?」

「とぼけんな。お前がこうして俺を誘って遊びに行くこと自体、おかしなことなんだよ」

「そうかしら? 私が心開いたのかもしれないじゃない」

「そりゃ、ねぇな」

「どうして?」

「お前、笑ってるよ。確かにな。でも、その笑みがうさんくさい」


 詩は笑っている。でも、陸仁さんの言葉に、詩の笑顔が凍り付いた気がした。

 その後は沈黙が落ちる。オレたちの前には空になった皿と、もうのどを潤そうとしても何も入っていないカップだけが置いてあった。

 詩は結局、陸仁さんの質問に何も答えずに立ち上がる。それに陸仁さんは溜め息をついて立ち上がり、オレもそれに続いた。変な、変な空気だった。余所余所しい感じで、でも、腹を探りあっているような居心地の悪い雰囲気。

 陸仁さんはそうだろうし、詩もなんだか――いつもと違った。

 どこが違うか、と言われても、オレにはよくわからない。ただ漠然というなら吹っ切れた、という言葉があうかもしれない。吹っ切れた後の清々しさ、潔さ。そして、オレたちの理解ができない大胆さ。その雰囲気が詩にはあった。

 オレたちは無言で歩く。

 ここはモールの中央の広場。真ん中には大きな天使のオブジェがあり、それを囲むように水が張られている。水の女神を象徴としているらしかった。その天井は吹き抜けになっていて、屋上には幾何学模様の絵が描かれている。

 詩はその女神像の前に立ち、オレたちを振り返った。

 やっぱり、笑顔だった。


「詩、いい加減にしろ」


 陸仁さんが、苛立ちをあらわに詩を睨み付けた。対して、詩は涼しい顔で、陸仁さんの鋭い眼差しを受け止めている。オレは、その間に立っただけだ。


「何かしら?」

「さっき、言っただろ? 何を企んでいるんだよ?」

「企む、ね……」


 詩は女神像の湖を象ったヘリに座り込んだ。詩の背後には女神像があって、まるで詩を見守るかのように存在しているようだった。その風景がまるで一服の絵画のように、妙に調和していた。


「ねぇ、陸仁」

「何だよ?」

「私、大切なものがあるの」

「大切なもの?」


 陸仁さんがオレに視線を向けてきた。詩は頷く。


「そう、志成よ。私にとって志成が一番大切」

「だから、何だ?」


 女神像を背にした詩は笑っている。にっこりとあの薄い笑みを。


「私は怖いのよ。大切なものを失うのが。それが突然、横から現れた見ず知らずの人間に持っていかれるのが」

「詩、そうは言うけどな、志成は物じゃない。人間なんだ。お前の大切な人だろうと、志成は結局、志成なんだよ。その志成を束縛する権利なんてお前にはないんだ」

「いいえ、違う。志成は私のものなの。あなたが現れるまでは」


 ふと、詩の笑みが消えた。

 瞬間、ぞわり、と鳥肌が立つ。そして、悪寒にも似た怖気が、足元から背中へと這い上がってきた。


「詩……?」


 オレの呼びかけに詩は答えない。ただオレを見て、また小さく微笑んだだけだった。


「陸仁」


 オレに小さく微笑んだ詩は、今度は陸仁さんに笑う。それは見るだけでも心臓が凍り付いてしまうほどの、冷笑だった。

 言い知れない不安を陸仁さんも感じているのかもしれない。陸仁さんは身構えた。でも、頭では混乱しているようだった。

 詩は人間だ。

 オレたちのような『異能者』ではない。

 戦えば、『異能者』である陸仁さんが圧勝するはずだ。でも、戦いなれている陸仁さんが身構えるほどの緊張感を、詩は纏っている。だから、おかしい。詩は人間のはずなのに、どうして、そんなにも強い戦意を放つ?


「陸仁」


 詩が、陸仁さんの名前をもう一度呼んで、にっこりと極めつけの――オレですら見たことがない極上の笑顔を浮かべた。


「陸仁、死んでちょうだい」


 一瞬の出来事だった。

 最初に起こったこと。それは、詩の背後にある女神像がばき、と折れてしまった。それはもうまるでチョークを片手で折るくらいの気安さと脆さと、それ以上の破壊音を伴って。次にぱん、と照明が全部割られた。一階から三階までの照明が小気味よくどんどん割られていく。三番目に起こったのは、人の悲鳴。今日は休日というだけあって多くの人がいて、突然のことに悲鳴が反響しあい、耳を塞ぎたくなるほどの不協和音で満ちていた。

 そして、最後にオレがぎりぎり捉えることができたのは――詩を守るように、なぜか、詩を襲っていたあの『化け物』がオレたちの前に立ち塞がっていた。



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