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女王と異能者の愛の狂想曲  作者: ましろ
三章 かくて覚醒せし者は
17/26

【6】

 詩が『化け物』に襲われそうになっているのを見て、オレは頭が真っ白になった。オレの詩がまさに殺されようとしている――その時の恐怖と、底知れない怒りで、オレは無我夢中で『影』を振るっていた。気付けば、陸仁さんがオレのフォローに入ってくれている。でも、今のオレにはどうだってよかった。

 オレはこの『化け物』が憎くて、憎くて仕方がなかった。殺してやりたかった。詩を殺そうとしたこいつを許せそうにない。

 二つの頭を持つ熊とカマキリを混ぜ合わせたような『化け物』はオレの攻撃を受けながらも、立ち続けていた。まるで巨大な壁のようなそいつに、オレはあらん限りの力でぶちのめそうとする。


「志成、少し落ち着け!」


 陸仁さんの制止の声が聞こえた気がした。そんなこと、どうだっていい。詩を殺そうとしたこいつを殺さないと気が済まないから。


「志成!」


 陸仁さんが叫ぶ。

 オレが渾身の一撃を、熊に叩き込もうとした瞬間だった。熊がくるりと方向転換。そして、あろうことか詩へと向かって走り出した。

 熊に必殺の一撃と放った『影』が見事に空振りする。熊はオレたちのことを見向きもせずに、一直線に詩へと突進していた。


「詩、逃げろ!」


 相手がどんな存在か、詩も分かっているはず。早く逃げろ――でもオレの願いとは正反対に、詩は逃げようとせず、ナイフを構えた。


「詩!?」


 何で、詩はそこで戦闘態勢に入るのか、さっぱりわからなかった。


「詩!!」


 詩は、逃げない。

 きつく『化け物』を見据えて、腰を低く落として、ナイフを構えていた。オレの声が聞こえているはずなのに、どうして?


「ちっ」


 陸仁さんが舌打ちをして風を放つ。矢のように放たれた風は熊の背中めがけて貫く――かと思えば、その真っ暗闇な毛並みに弾かれてしまった。


「へ!?」


 陸仁さんが驚愕の声をあげたけれど、すぐに表情を引き締めて第二撃を放つ。でも、それすらも熊の毛並みに弾いてしまった。


「な、何だ、あれ!?」

「――っ」


 オレは『影』を放つ。切り裂こうとしても、貫こうとしても駄目なら、拘束するまでだ。けれど。


「――詩」


 詩の前には『化け物』が立っていた。詩は動かない。ナイフを前に掲げて、防御の姿勢を撮っていた。熊はそのカマキリのような腕を、そんな詩に落として――……。


「詩ぁぁっ!!」


 オレの『影』が爆発した。

 あらゆる場所に『影』が飛散して、呑み込み、砕いていく。その暴走した『影』の中に、オレの意志が流れ込んでいるようで、鉄砲水のような『影』が熊を覆った。ぎりぎりと熊を絞め殺そうとしている、オレの殺意が『影』に反映されているようだった。

 このまま『化け物』を殺せばいい。

 詩を殺そうとした罰を受けるといい。

 けれど、あろうことか『影』は詩にまで触手を伸ばした。詩は動かない。違う。自分の方に『影』が襲ってくるのを見て、驚愕で動けないようだった。

『影』が詩を殺そうとしている――そう気づいた時、恐怖がオレを襲い、それ以上に、詩を殺そうとした『化け物』の怒りをさらに上回る怒りがオレの頭を真っ赤に塗りつぶした。


「ふざけるな!!」


『影』がぴたり、と止まる。

 オレは詩を助けるために、『影』を放った。それなのに、どうして詩を傷つけようとする? オレの『影』のくせに。詩を傷つけるものはたとえオレの『異能』だろうと許しはしない。

 そして、『化け物』や『影』に襲われても逃げようとしない詩の姿に、詩が言っていた「志成になら殺されてもいい」という発言を思い出してさらに怒りでいっぱいになった。何で、どいつもこいつも詩を大切にしようとしないんだ。


「オレは詩を守りたいんだ! 詩を傷つけるやつは誰であろうとオレがぶっ殺してやる!」


 しん、と『影』が鎮まる。詩を覆うとしていた『影』が地面へと沈む。そして、熊を拘束していた『影』もしばらく反応せず、そのまま緩やかに熊の体を滑り落ちていく。

 拘束から逃れた熊の『化け物』は、すぐさま詩を殺しにかかった。詩はオレをじっと見ている。自分が殺されそうになっているのにもかかわらず。


「詩に……触るなっ!!」


 その声に、『影』が反応した。それはオレの『影』だけじゃなく、詩から伸びた影、陸仁さんから伸びている影、外灯によって照らされている建物やオブジェの影が一斉に熊へと奔った。まるで四方から放たれた無数の矢のようだった。それが次々と、熊の体に突き刺さり――最後の矢が、熊の眉間を貫いて、熊は静かに崩れ落ちた。

 再び静まり返る中、『影』がすごすごと己の影の形へと戻っていく。


「な、何だ、今の……!?」


 こんなの初めてだった。

 今までオレが使っていた『影』は、オレ自身の『影』のみ。

 けれど、今回はあらゆる『影』を使うことができた。なぜ、そんな、いきなり?


「よくやったな、志成」

「え?」

「お前、『影』を制御することに成功したんだよ」

「……え?」


 今のが、成功? 無我夢中でやっていたことだから、どう操ったのかはまったく覚えていない。でも、感触だけは残っている。あの『影』たちがオレに力を与えてくれた、あの感触は。

 オレが自分の手のひらをじっと見ていると、どん、と背中を押された。


「ほら、あそこにお前の彼女がいるぞ。行ってやれ」


 さらに背中を押された先にいたのは、地面に座り込んでいる詩の姿。詩は特別怯えている様子ではなかった。心ここにあらず、といった放心状態に近いかもしれない。


「詩」


 オレが近づけば、詩がゆるゆるとオレの視線と合わせようとした。あ、やばい。オレの視界が黒で霞んでいく。その前に、詩を抱きしめたい。


「し、な?」

「そ。オレだよ」


 オレが腕を伸ばせば、詩もまた緩慢に腕を伸ばしてくる。そのまま腕の中に閉じ込めて、ぎゅ、と強く抱きしめた。


「詩が無事でよかった……」


 腕の中の柔らかくて、温かい、その存在。それが今、ちゃんとオレの中にいる。詩の腕はオレの背中に回されているけれど、でも、オレを抱きしめることはなかった。

 詩の存在に安堵して、次に湧いてきたのは怒りだった。

 オレは詩を引き離して、肩に手を置く。そして、じ、とかすれていく視界の中で詩と目を合わせた。


「詩」

「志成? ……何、かしら?」


 どことなく力ない詩にオレの怒りはすぐにそがれてしまう。でも、これは詩に言わなければいけないことだ。


「詩、何で逃げなかったんだ!!」


 オレの声に、びく、と詩の肩が跳ねた。


「いいか!? 詩は今、危険な状況だったんだ! 死ぬかもしれなかったんだぞ!? それ、わかってるよな!?」


 詩は、緩慢に頷いた。


「お願いだから、詩。もう戦わないで。あの『化け物』が日増しに強くなってきている。詩がもう敵う相手じゃないんだ」


 オレはもう一度、詩をきつく抱きしめた。この思いが詩に届けばいい、と、強く、強く。


「オレには、詩しかいないんだ」

「私しか……?」

「当たり前だろ! 詩がいなかったらオレは……っ」


 でも、詩はオレの体に腕を回すことはなかった。回されない腕が、悲しかった。ちゃんとわかってくれただろうか? 届いてくれただろうか?


「詩、もう戦わないで。お願いだから。詩はオレが守るから」

「……」


 詩は答えない。

 オレはそ、と詩を放す。詩はどこかぼんやりとした目でオレを見つめていて、す、と立ち上がった。


「詩?」

「先に、帰るわ」

「詩、でも、」


 危ない、と言おうとして、


「『化け物』は出ないわよ。だって、あいつらは一日一回しか出てこないもの。それに変質者が出たとしても、私は負けないわよ?」

「詩!」

「人間相手に戦うのは、別に危険はないわ」


 詩は口元だけで微笑んだ。でも、その眼差しはオレを拒絶しているようで、オレは伸ばしかけた手のひらを落とした。


「志成、待っているから」


 そう言い残して、詩は立ち去る。その後ろ姿を見ていると、ぽん、と肩を叩かれた。


「陸仁さん」

「しばらく一人にしてやれ。あいつはあいつで、疲れたんだろうよ」


 疲れた?

 でも、そうかもしれない。

『化け物』に殺されかけて、さらにはオレの『影』にも殺されかけた。心労が確かに募ったことだろう。

 それに、実はいうとオレの視界も、もう何も映していなかった。しばらくは明るさを取り戻さないだろう。

 オレも目まぐるしい状況に疲れたし――視力が戻ったあとは詩の好きなスイーツでも買って帰ろう、とオレは決めた。



 私は一人で歓楽街の裏通りを歩いている。

 ここには誰もいなく、私の足音だけが響いていた。そして、脳裏には、別の言霊が響いていた。

 ――オレには、詩しかいないんだ。

 彼は切実に、私に言った。

 でも、

 それは本当に?

 だって、あなたの隣には今、陸仁がいるじゃない。修業も一緒。戦うのも一緒。ずっと、一緒にいるじゃない。私が入り込む余地なんて、どこにもない。それなのに、何で、あなたはそんなことを言うのかしら?

 私に力があったなら。

『異能者』であれば、堂々と志成の隣に立てるのに。どうして、私は普通の人間なんだろう?

 私たちはいつも一緒だった。

 だって、私たちにはお互いしかいなかったから。

 だから、私は志成を、志成は私だけを見ていた。

 それなのに、どうして、こうも狂ってしまったんだろう?

 そう、全てはあの陸仁のせい。陸仁さえいなければ、志成は私のものだったのに。

 ぎり、と奥歯をかみしめれば、ふと、何かがうごめく気配がした。

 え? とまずは疑問、次いで不安、そして、驚愕が襲った。

 私の前に現れたのは動物を象った闇の『化け物』たちだった。それがなぜか二十も超える数で、私を囲っていた。

『化け物』は一回出れば、その日にもう出てこなかったはず。それがどうして、こんな数で現れた? わからない。でも、そもそも『化け物』のことは何もわかっていないから、一日に一回というルールなんて、最初からないのかもしれない。

 つまり、一日一回というルールはなくて、たまたま襲われたのが一回だけだった。ということ?


「ふーん……」


 まぁ、別にいいけれど、と私はナイフを取り出す。だって、無性にむしゃくしゃした。ここでこいつらを相手に戦えば、少しは気分がスッキリするかしら? でも、数が数だから、手こずるわね。ケガも覚悟をしなくちゃ。そうなると志成が怒りそうだけれど――別にどうでもいいわ。

 だって、今、イライラしているから。

『化け物』がうごめきだす。

 私はナイフを構えた。

 その間にも思考は志成のことを考えている。何で、志成は私じゃなくて、陸仁を隣に置くのかしら? 志成の隣は私なのに、私だって言っていたのに。

 そもそも、どうしてそんなことになったの?

 陸仁が来たから?

 志成が『異能』を持っているから?

 私が無力だから?

 ――違う。

 そもそもの原因はこの『化け物』にあるんじゃない? だって、志成が『異能』を使うのはほとんど『化け物』と戦っているときだけ。その時に、他の『異能者』に見つかって、志成を保護しようと陸人がやってきたのではないかしら? こいつらがいなければ、志成だって『異能』の修業をするほど固執することはなかっただろうし、そもそも、戦うこともなくて――陸仁を戦友として隣に置くこともしなかったはず。


「あぁ、あんたらが悪いのね」


『化け物』が一斉にとびかかってきた。見ただけでも、犬、猫、鳥、ライオン、魚、いろんな姿を象った『化け物』たちは私の命を狙う。私はナイフを突きつける。今の私には恐怖なんてない。ただ、本当になんていうか――むかつく。

 私はナイフを振るう。襲ってきた魚や鹿を切り倒す。次々と襲ってくる『化け物』を相手に、私はどんどん切り倒していった。私の体には切り傷、擦り傷がつくけれど、気にしない。だって、この『化け物』たちさえ倒せれば、とてもスッキリするだろうから。

 そうして最後の一匹の『化け物』を倒して、私は一息ついた。ふぅと、溜め息を吐き出して、でも、どうして? イライラが、止まらない。むしろ、苛立ちがさらに増したように思えた。イライラする、ムカつく。何? 何なの?

 私だって、強いじゃない。

 それなのに、どうして、志成は私に戦うな、なんていうのかしら?

 わからない。

 イライラする。

 ムカつく。

 この際、誰でもいいから殴り倒したい。

 そう思った時だった。闇の中をうごめく気配がして、私は振り返った。そして、目を見開いた。今度は、先ほどの比ではない数の『化け物』たちが私を囲っていた。数はいつく? 二十なんてものじゃない。ここ一帯は『化け物』に埋め尽くされているから、五十は超えるかもしれない。

 ――あぁ、もう。本当に、ムカつく!


「あなたたち! もう私の前に現れないでよ! ムカつくのよ、あなたたちは! どうして、私の前にばかり現れるの! あなたたちのせいで私は人生の中で最悪な時を迎えているのよ!? どうしてくれるのよ!!」


 でも、闇の『化け物』は答えない。

 ただ、じ、と、私の言葉を受け止めるだけだった。聞いているのかもしれないし、聞いてないのかもしれない。だって、彼らに表情らしい、表情はなかったから。


「うるさい! ムカつく! 何であなたたちが私を襲うの! うるさいの! 邪魔なの! 私の志成を返してよ!!」


 叫べば叫ぶほど、この怒りが膨れ上がっていく。私が激情的になっているのに対して、『化け物』たちはとても静かだった。何の反応も示さずに、ただ静かに私の激情を受け止めている。

 それが、さらに私の怒りを煽った。


「――私を誰だと思っているの!!」


 私は、言い放つ。


「ひざまずきなさい! この世界は、私がすべてなのよ!!」


 しん、と、周囲が静まり返った。私の荒い息だけが、私の耳に届く。でも、『化け物』はやはり反応がない――いや、あった。

『化け物』たちはそれぞれの脚を折った。身をかがめて、そして、頭を低く、低く下げる。まるでそれは、本当に傅かれているような光景だった。

 私は目を疑う。

 どうして、この『化け物』たちはわたしにひざまずく? 確かに私はこの『化け物』たちに厳命したけれど――でも、なぜ?

 ふと、一番前にいるライオンの形をした『化け物』が私に許しもなく顔を上げた。その顔には目もなければ、鼻もなく、口もなく。ただ、闇が広がっていただけだった。でも、どうしてだろう。私にはそのライオンの表情が見えた気がして。


「あぁ、そういうことなの……」


 私はいきなりすとん、と納得がいった。

 そういうこと。

 そういうことなのね。


「つまり、あなたたちは――……」


 そして、私の世界が一変する。




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