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女王と異能者の愛の狂想曲  作者: ましろ
三章 かくて覚醒せし者は
14/26

【3】

 

「おい、ぼさっとするな!」

「っ!」


 ひゅ、と風が耳元で鳴る。陸仁さんが『風』でオレの耳近くの髪をすっぱりと切った音だ。


「お前はまだまだなんだぞ。詩のこと気にしてる場合か? お前がちゃんと『異能』を制御しなきゃ、詩が巻き添えを食うんだ」


 詩が巻き添えに。

 その言葉に、オレは思い出す。

 血まみれで横たわる詩。オレの暴走した『影』は容赦なく、詩を襲おうとした。眠っていて、無防備な詩に。

 もし、陸仁さんがいなければ、本当にどうなっていたんだろう。

 そのことがあって以来、その時の最悪な結末を夢で見るようになった。詩がオレの『異能』のせいで死んでしまう、そんな夢を。悪夢にうなされて目が覚めて、夢だということに安堵して、でも、それが〝現実〟になってしまうかもしれないという恐怖。起きるたびに詩が生きていることを確認するまで、その恐怖はオレの心にこびりついたままオレを苛む。その繰り返し、だ。

 オレはぱん、と頬を叩いて、陸仁さんと対峙する。

 そうだ。

 オレがこんなに迷っていてどうする。

 恐怖に怯えてどうする。

 オレが迷えば、弱ければ――傷つくのは他でもない詩なんだ。


「もう一回、お願いします!」

「はいよ」


 オレは意識して『影』をうごめかせる。

 けれど、


「志成」

「はい?」

「訊いていいか?」


 せっかく意識が集中しだしたのに、突然、出鼻をくじかれた。『影』もすごすごとオレの影へと戻っていく。


「何ですか?」

「お前ら、あの『化け物』とどう関わってるんだ?」

「関わってる……?」


 関わっているとは、どういう意味だろう? あいつらはただオレたち――詩の前に姿を現しては、倒そうとする。時間帯は決まって夜で、だから、朝や夕方には現れない。そういう認識しかない。関わってはいない、と思う。関わる心当たりもない。関わっているかといえば、どちらかというと、巻き込まれている方だ。


「そうだ。あの『化け物』どもはなんか知らんけど、お前や詩の前にしか現れない。俺もその『化け物』を探して町を歩き回ったんだが、ちっとも遭遇しなかった」

「まぁ。そうでしょうね」

「は?」

「あいつらは詩を狙っているんですよ」

「詩を? どうして? というか、それ、初耳だぞ?」

「黙っていたのは、……オレのプライドです。理由はわかりませんが、詩がいると決まって姿を現すんです」

「お前じゃなくて?」

「違いますよ。だって、オレが一人でいてもあいつらは姿を現さなかった。でも、逆に詩が一人の時に現れたんです」

「へぇ? じゃあ、放っておいていいのか、今? あいつ、一人だろ?」

「大丈夫ですよ。あいつらは夜に現れますから」

「夜?」

「はい。朝とか昼、夕方は平気です。昼間に詩が一人でうろつこうと、『化け物』は今まで出てきませんでした。その代わりに、一日一回夜に詩の前に姿を現して、詩を襲うんです」

「……何でまた詩を?」

「だから、わかりませんって」

「よく、いままで平気だったな?」


 陸仁さんはあきれたように、腰に手を当ててオレを見た。オレは肩をすくめる。


「あいつらはとても弱いんですよ。少しでも攻撃が当たればすぐに消える。それこそ、詩の攻撃で倒せるんですから」

「そういや、あいつナイフを持ってたな」

「護身用です。ナイフはオレたちが独学で……」

「独学つっても、どうやって学ぶんだよ」

「今はネットや本だってあるんですよ。便利な世の中ですよね」

「ということは、詩の奴は……」

「まぁ、そこらへんの変質者よりは強いです。不良が束になったって詩にかないませんよ」

「あいつどんだけハイスペックなの……」

「そういうことで、詩の攻撃も『化け物』に通用するんです。だいたいはオレが傍にいるんで、オレが『化け物』を倒してましたけど」

「ふぅん」


 陸仁さんは何かを考えるように顎に手を当てる。何を考えているのかさっぱりだし、何でこんな質問をするのだろう――と考えて、そうだ。陸仁さんは『化け物』のことが気になるんだ。オレも最初の頃は『化け物』のことを知られれば、詩はきっとオレ以外の奴に守られるって怒った。もちろん、今もオレ以外の手で詩が守られるなんて許せない。だから、こうして修業しているというのもある。ただ、『化け物』のことがわかれば、それはそれで万々歳だ。何しろ、『化け物』を操る『異能者』がわかれば対処のしようがある。そいつを何とかすれば詩が狙われるということもなく、オレたちは平和に一緒に居られることになるのだから。だから今回は陸仁さんが『化け物』のことについて徹底的に調べ上げてくれるという点では協力をしてもいいくらいには思っている。オレはまだ何か訊きたそうな陸人さんに向き直った。


「なぁ、その『化け物』が現れたのっていつだ?」

「いつ?」


 いつだっただろう? 気づけば襲われていた気がする。


「じゃあ、そいつらは志成が生まれたときからいたか?」

「いえ? だって、あいつらは詩を狙ってますし」

「詩と出会ってからは?」

「詩と出会ってから……?」


 詩と出会って――か。

 詩と出会ったのはもう二年も前になる。でも、出会った時、彼女は一人で。でも、『化け物』に襲われていた、という感じじゃなかった。違う。


「『化け物』が現れたのは……詩と出会ってしばらくしてからだ」

「しばらくして?」

「え、あ、はい」

「詩は昔からあんな感じなのか?」

「どういうことですか?」


 あんな感じとは、どういう意味なのか?


「あんな女王様だったのか、ということだよ」

「――あぁ」


 そういうことか。

「昔はツンツンしていただけなんですけどね。オレと付き合い始めてから、ああなりましたね」


「へぇ?」

「今までが――今まででしたから。我儘が言えなかったんでしょうね。オレとしてはそんな詩も可愛くて、何でもいうこと聞いちゃいますけど」

「……あいつ、過去に何かあったのか?」

「…………まぁ、いろいろと?」


 オレは詩の過去を知っている。でも、それを言っていいのかはわからなかった。だって、これは結局、個人情報だし? 詩にとっては知られてほしくないことなのかもしれない。でも、『化け物』を探す手がかりを陸人さんは詩の過去の過去の中から見つけようとしているのかもしれなかった。それなら、少しだけ話してもいいかもしれない。


「詩はですね。昔、ひどい目に遭ったんですよ。ひどい目と言っても、暴力を振るわれたとかそういうんじゃなくて。……あぁ、でもある意味暴力なのかな? 詩は、この数年間で人から愛情を得られずに育ったんです。それどころか、捨てられて」


 そう言っているときに、オレの中から怒りがわいてきた。詩を捨てるなんて、許せない。オレがその場にいたら殴ってやったのに。


「それで人生に絶望して、自分自身を捨てようとしたんです」

「――は? 自分自身を捨てる? 何だそれ? まさか自殺しようとしたんじゃ……?」


 オレはあいまいに笑ってみせた。きっと、その笑みで陸人さんはわかってくれたらしい。それ以上は言わなかった。


「オレと詩の出会いは、お互いが傷ついた状態で出会ったんです。オレもこの『異能』のせいで多くの人を傷つけてきました。もうそうならないように一人で何とか『異能』を抑えて、抑えて、でも、苦しい時は独りで『異能』を爆発させて。もう、本当に大変でしたよ」


 ははは、と笑えば、陸仁さんは困ったように笑ってくれた。否定も肯定もしない陸人さんがオレの胸中を話すのは、心から安堵できた瞬間だった。


「お前ら変だとは思ってたけど、まぁ、大変だったんだな」


 陸仁さんは一つだけ苦笑いをこぼした。そして、少しだけ訝し気な表情になる。


「……詩は普通の人間だよな?」

「そうですよ? もしかして、詩を疑ってるんですか? 詩は本当に普通の女の子です。それはオレが保証します。それに『異能』として目覚めていないって言っていたのは陸仁さんじゃないですか」

「あれは普通の女の子とは言わんよ」


 そうだろうか。


「確かに、あの段階で見る限りではな。――志成、『異能者』っていうのは突然になる奴と、『異能者』との接触で目覚めるという二つの覚醒があるんだ」

「……『異能者』との接触?」

「そうだ。過去に例がある。そいつは夫婦で奥さんが『異能者』だった。旦那の方は普通の人間だったが、『異能者』である妻に接触しているうちに、旦那が覚醒。さらに、その夫婦の子供もまた『異能者』になっちまったんだ」

「そんな」


 そんなことってあるのだろうか。オレはこの『異能』のせいでさんざん悩み、苦しみ、生きてきたというのに。それが夫婦の間に生まれた子供にまで影響があるなんて。


「おいおい、そんな顔をするな。『異能者』だからって不幸になるってわけじゃないんだ。『異能』さえ制御できれば、普通の生活が送れるんだからよ」

「……監視付き、でしょうけれどね」

「そういうなよ。話は戻すが、『異能者』と接触している人間もまるで感染したように『異能者』になる可能性が大いにある。詩と一緒にいるんだから、詩もまた『異能者』になる可能性が高い」

「じゃあ、詩も『異能者』……?」


 そうなのだろうか。でも、今の詩は、そんな『異能』を扱っている様子はなかった。


「でも、どうだろうなぁ」


 陸仁さんの返事も、どこか歯切れが悪い。自分で詩を疑っておきながら、それすらも疑っているようだった。


「詩が『異能者』で、その『異能』が『化け物』に関するものだった場合、つじつまがあわないんだよ」

「つじつまが?」

「あぁ。だって、そうだろ? どうして自分の『異能』が自分を襲う?」

「……そういう『異能』だって、あるんじゃないんですか?」

「残念だけど、まったくないんだ」

「え?」

「オレたちの『異能』は、持ち主にはまったく無害なんだ。俺が『風』で俺を八つ裂きにしようとした場合、俺にかすり傷一つ負わない。そよ風くらいの心地だ。お前の『影』もそうだ。お前自身には影響はないが、周りには影響がある」


 オレ自身に試したことはないけれど、周りに被害が及んだのは身をもって体験した。本当にあれは怖いもので、今、思い出すだけでも震えが起きそうになる。


「俺たちの『異能』は俺たちに『代償』を与える分、それ以上の危害は与えないモノなんだよ。それはどの『異能』も共通していることだ」

「……じゃあ? 詩は?」

「だから、詩という可能性は低い。低いんだけど、それもそれでしっくりこない」


 何とも不服そうに陸仁さんは顔をしかめた。きっと、オレにはわからない引っかかり、違和感を陸人さんは感じ取ったのだろう。わかるようでわからない、というのが、とても気持ち悪いはずだ。オレだってその感覚はわかるし。

 陸仁さんはうんうん一人で唸って、降参したかのように溜め息を吐いた。


「考えても仕方ないな。これはまたあとで調査しよう」


 そう一人で頷いて、


「ほら、練習、始めるぞ」


 オレを促した。

 オレが『影』を意識すれば、『影』がぐんにゃりとうごめき始めた。その『影』の矛先を陸仁さんにむけて、とりあえず忠告しておいた。


「陸仁さん」

「あん?」

「『化け物』の調査をするのは別にいいですけど」

「何だよ?」

「もし、詩を危険な目に遭わせたとき、オレは陸仁さんをマジで殺します」


 陸仁さんの表情が固まる。もしかしたら、詩を何かしら利用しようと考えていたのかもしれない。


「……わかったよ」


 陸仁さんは渋々と言った感じで頷いた。

 もし、本当に詩が危険な目に遭いそうだったら絶対に殺す。たとえ相手が『異能』のことを熟知していてオレに教えてくれる人であろうとも。オレの一番は他でもない詩だから。



   * * *



 ――これは、私の昔の話。

 私の生い立ちは、志成に言わせるととても〝不幸〟な連続だったらしい。

 両親に捨てられて。

 もらわれた先では、義理の父母が事故で他界。

 たらいまわしにされて、ようやく落ち着いた先の義理の父母は仕事熱心で放っておかれて。

 中学二年生の時に付き合っていた彼には捨てられて。

 それを、志成は〝不幸〟と言う。

 何を基準にして不幸というのか、私にはわからなかった。だって私の生い立ちは普通だと思っていた。誰も私の過去に関しては興味を持たなかったし、私自身も他人と比較することはなかったし。だから、私は別にそれが当然と思っていたから、特に何も思うところはなかったのだけれど。志成と出会って、私の過去を話したら「可哀想に」って、抱きしめてくれた。志成が言うのだから、きっと、私は「可哀想」なんだと思った。

 でも、それだけ。

 それよりも隣に誰かがいるという幸せの方が私には重要だった。

 隣に誰かがいるだけで、こんなにも温かくなる。世界が明るくなる。むしろ、自分自身が生まれ変わったようにさえ思えた。

 だから、私は志成と恋人になれてよかった。

 そう、よかったの。

 ――でも。



   * * *



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