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女王と異能者の愛の狂想曲  作者: ましろ
三章 かくて覚醒せし者は
13/26

【2】

 蝋燭の明かりがぼんやりとこの部屋を温かく染め上げている。それを見ながら、私は志成に抱きしめられた状態でベッドに入っていた。別に裸なんかじゃない。ちゃんと服を着ている。それでも抱きしめられている体は、志成の体温で温まっていた。

 私は志成の顔を見る。

 志成はあどけない顔で眠っていた。くしゃくしゃのクセッ毛のせいもあるかもしれない。その寝顔が子供っぽくて可愛いのだけれど、私は今日ばかりは志成の寝顔を困った顔で見つめている。

 私の意識がようやく戻って、言われたのは、計画が失敗したこと。そのせいで私が傷ついてしまったこと。

 そして。


『ごめん』


 志成が、私に謝った。

 それは寝る前のことだった。

 志成がその謝罪を最初に、そして、最後にこう締めくくった。


『オレ、陸仁さんから『異能』についてのことを教えてもらうことにした』


 何でいきなりそんなことを言うのか全く分からない。彼に何の心境の変化が起こったのか、そう探ろうとしたけれど、志成から強く抱きしめられて何も言えなかった。

 何でそんなことを言いだすのか。

 何でそんな決心をしたのか。

 一切の説明もなくて、私がわかると思っているのかしら? そう問い詰めようとする言葉は、志成の腕に一緒に閉じ込められて、あとで訊けばいいわね、なんて私自身が諦めてしまっていた。

 でも仕方がないと思っている私もいた。

 志成は今まで一人だった。『異能』という力を抱えて、その苦しみや苦労、恐怖や不安を分かち合える存在がいなかった。私は志成の不安や恐怖を言葉で聞くことはできるけれど、理解も、そして、それを取り除くことができない。私は――ただの人間だから。

 一人で苦しむ志成の前に、『異能者(陸仁)』が現れた。それも『異能』のことに関して、いろいろと知っている同じ人種。聞きたいことも、聞いてほしいこともいっぱいあるはずだ。苦しみの共有ができる存在は、志成が渇望していた願いそのもの。それが今、叶おうとしてるのだから。

 私は眠る志成の胸に額をこすりつける。

 私たちは『ずっと一緒』。それなのに。


「何で、私、一人ぼっちだって思ってしまうのかしらね……?」


 その時だった。

 突然、心の奥底から黒い影がこちらを見ている気がした。そのことに気付いて、私はぞわ、と悪寒が奔った。怖い。怖い。そして、途方もない大きな不安。理解不能な、その焦燥感。

 わからない。

 でも、怖い。

 何で、今、〝その〟感情が目を覚ますのかわからなかった。

 私はその感情を押し殺すために、目をきつく閉じた。



   * * *



 それから三日が経って、カレンダー上では火曜日になった。

ここは九桐町の下町にある通り。商店街が近くて、遠くから呼び込みの声が聞こえてくる。夕暮れ時は私のような学校帰りの生徒の姿や、夕食のために買い出しに来ている主婦の姿を見かけた。ざわざわと落ち着きのない雑踏。それが耳障りで仕方がない。

学校が終わり、私はノイズの酷い帰路を一人で歩いていた。本来なら隣には志成がいるはずなのに、今の私の隣には彼の姿はない。

 私が一人で帰るようになって二日目。

 すでに私の心は限界だった。

 本当に陸仁を殺してやろうかしら、と思う。でも、それは志成に「だめだ」ときつく言われてしまった。確かに志成は今、私が心から殺してやりたいと思っている陸仁から『異能』についていろいろと教授されている最中だ。志成はこれまで『異能』のことをまったく知らずに生きてきたのだから、訊きたいことが山ほどあるはず。聞いてほしいことだってあるはずだ。いくら私でもその邪魔はできなかった。

 だから、私は陸仁を殺したいのに殺せずにいて、こうして一人で帰っているわけなのだけれど、どうしてこうなってしまったんだろう、という気持ちの方がとても強い。

 とぼとぼと一人で歩く私の前には恋人が寄り添っていた。背の高い体育会系の男と、溌剌としてそうで煩わしそうな女。にこにこと何がそんなに楽しいのか笑いあっていた。会話も盛り上がっているのだろう、周囲の目も気にせずにはしゃいでいた。

 どうしてあの女の隣には男がいるのに、どうして私の隣には志成がいないのだろう?

 私たちは二人で一つ――最強の恋人だというのに。


「見て、あれ」

「捨てられたんじゃね?」


 私が恋人たちを見ていると、そんな私にくすくす、と笑うのは、また別の一組のカップルだ。頭の悪そうな女に、不細工でどこをとってもダメなところしか見つからなそうな男。そいつらが私を指さして、くすくすと――けれど、当てつけのように笑っていた。

 ――何で、私がこいつらに笑われなきゃいけないのかしら?

 そう思っていた時には、私の足はこのカップルに向かっていた。


「あぁ? 何だ、お前、やるのかよ?」


 男が女を守るように立ち、さらには私を見下すように睨み付けてきた。


「お前ひとりで俺に勝てると思ってんのか? 男を連れて来いよ? あぁ、そうか。お前、捨てられたんだもんな」


 捨てられた?

 違う。私は捨てられてなんかいない。

 今は離れているけれど、ちゃんと想いは繋がっている。その確信がある。

 この男のせいで、一気に不快になった。さて、どうしてくれようかしら?



 商店街の裏通り。夕暮れ時というだけあって、人の姿は私たち以外にはなかった。赤と黒のコントラストに染まる空間の中は、逢魔が時というだけあって何かが蔓延っていそうな雰囲気がある。例えば鬼とか、『化け物』とか? まぁ、でも、そんなものはどうだっていいわね。少なくともこいつらにとっては、最悪な時を迎えただろうけれど。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 女がめそめそ泣きながら、そんなことを何度も何度もつぶやいている。男は白目をむいてアスファルトの上でボロボロになって伸びていた。全身が傷だらけだった。ナイフで肌を撫でた痕と、グリップで殴った殴打の痕。不細工な男が、さらに不細工になった。ただ、それだけ。

 私はナイフを回しながら、スマホを見ている。

 スマホには志成からラインが届いていて、「今日は遅くなる。ごめんね」とだけ書かれていた。私はそれに返信する気が起きなくて放置。この私の不機嫌さが既読スルーで伝わればいいのに。でも、きっと志成はそれどころじゃないはず。帰ってきたらすぐに眠ってしまうし。


「……はぁ」


 知らず溜め息がもれた。

 つまらない、退屈、暇。一人では読書するしかないのだけれど、読書をする気も起きない。

私はナイフをしまう。その仕草一つで女が「ひ」と悲鳴を上げた。私は無視をして、男と女を残して表通りへと出た。

 つまらないし、退屈だし、暇だし。けれど、別の感情があった。でも、それの名前がわからない。だから、変に持て余している感情をそのままに、私は、ふと、またカップルへと視線がいった。

 さっきの男と女よりまだ見られるカップルだった。

 女は清楚な服で身を包んでいる、男も爽やかそうな外見だった。その二人はとても楽しそうに笑いあっている。心から、安心し、信頼しきっているかのような、見ていて――ひどくイラつく笑顔だった。

 その笑顔を見て、感情がさらに膨れ上がる。

 それが何なのか、ようやくわかった。

 私はむかついている。それと、同じか、それ以上に――、


「寂しい」


 寂しかった。

 何であいつらの隣には彼がいるのに、私の隣には彼がいないのだろう。そのことがとても寂しかった。まさか、この私が寂しいと思うなんて、と自分自身でも驚いている。でも、今までずっと一緒にいたのだから、急にいなくなってしまえば誰だって寂しいと思うはず。それに一時だけだ。志成が陸仁から『異能』のことを学べば、また隣にいてくれる。それまでの辛抱だ。そう、彼が隣に帰ってきたとき文句を言えばいい。そうして、また、元に戻れば。だから、それまで一人で我慢するしかない。この寂しさを。

 でも、と私は妙な違和感を覚えた。

 あの幸せそうな恋人同士を見て、私と志成で重ねて見て、〝何かが違った〟。何が、どこが違うのかわからない。

 でも、何かが違う。

 違う。

 でも、一体、何が――?

 私は結局、答えが見つからず、腹いせに頭の中であのカップルを八つ裂きにしてからあの廃ホテルへと向かった。



『異能』というのは実に様々なものがあるらしい。

 オレの場合は『影』だ。光さえあれば、作り出された『影』を自由自在に操ることができる。ただし、暗闇など影が作り出されない環境では作れない。そして、その代償は『失明』。

 陸仁さんの『異能』は『風』。文字通りに『風』を操る力、だ。ただし、その『風』は自然の『風』ではないといけなくて、人口で生み出された『風』は操ることができない。その『代償』は、いまだに教えてもらっていない。

 オレが知っているだけでも『異能』はその二つだけ。……まぁ、詩を狙う『化け物』を生み出す『異能』もあるけれど、それはまだ詳細がわかっていない。それは随時、陸仁さんが探し回っているらしい。

 他の『異能者』については、陸仁さんから伝え聞いたものだけ。一通り教えてもらったけれど、思った以上に数がいて覚えきれない。オレが直接『異能者』と出会ったのは、陸仁さんだけだった。

 外はおそらく夕刻に近いはず。きっと学校は終わって、詩が一人で帰っているはずだ。それを思うと、胸の奥が締め付けられる。早く詩の元へと行きたい。行って、抱きしめて、おしゃべりして――二人だけの時間を過ごすんだ。

 それなのに、オレは学校ではないところにいる。

 ここは駅前にある建設途中のビルの地下。今は〝なぜか〟立ち入り禁止区域となっていて、誰も立ち入らないためオレは陸仁さんとここで『異能』で戦っている。『異能』によって生じる衝撃波や轟音が外へと一切漏れないから、もう二人で好き放題していた。

 オレは詩を守るために、陸仁さんと戦い、何がなんでも『異能』を身につけようと躍起になっている。オレが一方的に陸仁さんに攻撃を仕掛けるも、陸仁さんはそれを軽々とよけていた。こっちは必死なのに、陸仁さんは余裕綽綽の様子だった。これがオレと陸仁さんの差。その差がとても憎い。


「まずは自分の『異能』の感覚を掴んで、それを制御するに限る」


 と教えられてから、もう何時間経っただろう?

 オレはすでに疲弊していた。

 動く相手に『影』で攻撃するのは『化け物』相手になれていると思っていたけれど、陸仁さんの動きはさらにその上をいっていた。あちこちに避ける。オレが思いもしない方向で。予測不可能な陸仁さんの動きに翻弄されているオレの『影』はあちこちにぶつかってしまっていた。


「ほら、どうした?」


 人間相手じゃない、ただの空き缶とかペットボトルを相手に何度も何度も『影』で練習したことはある。だから止まっている相手なら簡単に倒せるのだけれど、こうして動く――特に意志を持った生き物を相手にするとこんなにも違うとは思わなかった。


「くそ」

「投げやりになるな。ちゃんと『影』のことを意識しろ」


 陸仁さんから叱咤が飛んでくる。


「はい!」


 オレは汗や血を流しながらも、『影』を使い続ける。

 マンガとかで血と汗を流しながら師匠を相手に鍛錬する主人公を何度か見たことがあるけれど、本当にそんな感じだ。マンガとかだと「現実では有り得ない」とぼんやりとそう思ったのだけど、まさか自分が現実として受ける羽目になるとは思わなかった。


「志成、しっかりしろ!」

「はい!」


 でも、この修業は思った以上に成果はあった。

 オレは漠然と『影』を使うとしか考えていなかった。単調的に『影』を飛ばす、切るか縛る、そして『影』を戻す。そんな感じだ。

 でもこうしてやってみて『影』の感覚、そして幅広い使い方をつかみ始めた気がする。

 なんていうのだろうか、『影』はオレの手足、と言った感じだ。オレには両手両足があるのだけれど、また別の手足。今までは意識はしたことはなかったのだけれど、こうして意識し始めて『影』という存在が実感として掴み始めた気がする。『影』という手を使いたければ、握ればいいし、はたけばいいし。足なら踏みしめればいいし、ひねればいい。と言った感じだ。慣れ始めたオレだから、こんな感覚は何て言えばいいかわからないけれど、言葉にするならそんなか感じ。

 だからこそ、陸仁さんに教わるたびにオレはいろいろと驚いている。

『異能』の使い方、制御法。

『異能者』としての在り方。

 オレの知らないことばかりだった。

 なんとなく、で使い続けてきたせいか、そんなやり方もあったのか、と新鮮ささえ感じた。

 ただ、それを会得するにはかなりの修業が必要のようだけれど。

 ――詩はどうしているだろう?

 少し気がそれればオレの頭の中は、そのことばかりがぐるぐる回る。何しろ、詩と出会ってから今日までずっと傍にいた。学校では離れたりするけれど、ここまで長く離れる、ということはなかった。だから、離れている今、隣にいた存在がいないだけでどうしても気になってしまう。



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