ジャンヌダルクの下取り大遠征
私はジャンヌ=ダルク。悲しみの炎に焼かれ、その魂は現世にて、十字まもりとして甦った。
そして、その新たなる体にて向かうは中部地方オタクの聖地「大須」の中心部に堂々と立ち誇る黒き巨塔「まそだらけ」だ。その内部は貴重なアンティークおもちゃからマンガ、同人誌、ゲーム、プラモデル、果てはコスプレ衣装やウィッグまで揃う魅惑の空間である。
私がこの度此処に訪れた理由は、すなわち不急の品である「真羅万象のいらないカード」を買い取ってもらうためである。
「真羅万象チョコ」
とは一部で大人気のカード付きウエハースチョコ(1個100円)である。販売開始から五年で一千万個売上たこの菓子のオマケとして入っているカードの種類は現在約2000種類にのぼる。超カッコいい天使や、カワイイ女子、明らかにいらないかネタにしかならない脇役カード等魅力的なプラ製カード達だが、その中でもとても出にくいのがSRやHRである。これらは、見た目も煌びやかで格好が良いため、かなり高価で売れる。特に女性キャラは高騰しやすく、販売期間が少なかった第3弾のSR「銀翼天魔ファルニィス」は25000円と言う破格の値段がついている。また、記念プレゼントなど限定の非売品PRは数量に限りがあるのでこちらも高値がつく事が多い。ただ……これを集めるに当たり問題となるのが、大量に食べ残るウェハースである。私はひきこもってたから、たいてい現世の母に頼んで3個ずつ買ってきてもらっていたが、やはり同じお菓子を食べていると飽きるものだ。これを箱買いするとなると、ウェハースを無慈悲にも廃棄するか、食べ続けて怠惰なる豚あるいは虫歯になり激痛に身を裂かれるという終末的選択を迫られるのだ。かつてあったというビックリ○ン現象もこれに同じくだ。
ある意味において残酷で俗悪な存在であると思うが、その暗部もまた魅力の一つであるように感じてしまう私はやはり神に見放され魔に魅入られし存在なのであろうか……いえいえ、私はまだあなた様の信仰を捨てたわけではありません。天使様のお声を再び耳にできる日を、心のどこかで期待しているのです。どうか、今の無慈悲たる世界に匿われた私に導きの声を!
「買い取り番号29番のお客様〜査定が終了いたしましたのでカウンターにお越しください」
しかし、結局聞こえてきたのはこれである。私は、少し寂しいがしかし期待に胸を脹らませ買取口へと向かう。そしてプラ製の番号札を差し出すと、それを受け取りし中肉中背のヴェニスの乾パン売りのような男は、私に向けてこう言い放った。
「お待たせしました。全部で二千五百円になります」
何……馬鹿な……百枚近く売ってたったの二千円強だと!? ネットで調べたレートでは少なくとも3万円以上になるはずなのだ。これでは、新作ゲームの一本も買えぬではないか……
「よろしいでしょうか?」
乾パン売りは、落胆する私に容赦なく尋ねてくる。正直鑑定結果を受け入れるには苦しいが、今更退けぬ。元は民を導くたる者、この程度の屈辱は甘受せねばならない。私は、コクリと頷いた。
「では、身分証の提示をお願いします」
ぬっ!?
しまった。提示せねばならぬものがあった事を失念していた。私の身の上を示すもの……運転免許証や保険証のようなロザリオを今の私は所持していない。つまり、証し無き正体もわからぬ慈悲遠き世の端の人なのである。
いや、そうではないか。
そう見てはいかぬのか。
その一件不幸なる状況も神の御心、ご慈悲なのやもしれぬ。運命は消極的かつ狭小に見ては真理は掴めない。大局的に考えれば、寧ろこの事態は、利するものである可能性も高い。運命の三神が紡ぎし糸の1本なのであれば、これは今後の我が運命に多大なる影響を与えるに違いないのだ。
おお、神よ!
買い取りに失敗したカード達はネットオークションに出す事にします! それがあなたのご意志ならば……