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フィアンセバトル  作者: きなこ
3章 カミル
9/89

カミル2

 孤児院に連れてこられたジェシカはメアリーのクッキー作りを手伝っていた。クッキーを作るのは初めてだが、メアリーのを真似て型をとってみる。


「シーガル君はねぇ、この孤児院にお金を寄付してくれているの」

 柔らかそうな微笑みを絶やさずに、メアリーは話し始めた。


 デュークは外に行ってしまった。子供達と遊んでやっているのかと思えば、そんなこともないらしい。一体過去に何をしたのか、子供達はデュークから逃げ回っていた。


「最初はキャロちゃんのご両親にお世話になっていたのだけど、お二人ともお亡くなりになってからは、代わりにあのおうちに住んでいる子達がお金を出してくれているの」

「キャロ?」

 初めて聞くその名を尋ねてみる。


「キャロちゃんは、イ・ミュラー様のお孫さんよ。とっても美人でいい子なの」

 話し相手が出来て嬉しいのか、メアリーは楽しそうである。

「シーガルが貢いでいる人って聞いたから、てっきり恋人さんにでも貢いでいるのかと思いましたわ」

「あらあら。シーガル君は子供達のために寄付してくれているだけよ。何の関係もないのに、優しい子なのよ」

 はあ、と気のない返事をすると、メアリーはくすくすと笑った。


「それにね、シーガル君はお仕えしているお姫様が大好きなんですもの。誰かに貢いでいるなんて訳ありませんよ」

「は?」

「だって、いつもお姫様のことばかり話すんですもの。きっとお姫様が好きなのよ」


 若い頃に戻った気分なのか、メアリーは好奇心一杯の顔をしている。

 ジェシカは反応に困って、曖昧な笑みを浮かべた。もしかしたら、メアリーは自分がシーガルが仕えている姫だと気付いて、からかっているのだろうか。そんなことを邪推してしまう。




 キッチンの扉がノックもなしに開いた。

「おい、ジェシカ。外で子供の相手でもしてろよ」

 入ってきたのはカミル。


 呼び捨てにされたことに腹を立てて頬を膨らませるが、そんなのはお構いなしにカミルはジェシカの手を掴んだ。


「どうせ、お前がいなくても、クッキー作りは同じだよ」

「どういう意味ですの?」

「お前がいたって、役に立ちそうもないって事。料理とか苦手そうな顔してるもん」

「なんですって!」


 怒りながら大声を出すと、カミルはにやっと笑った。悪ガキじみたそんな表情を見ていると、何故か怒る気も失せてしまう。十六歳だという彼はジェシカより年下なのだし、お姉さんとしては寛大な気持ちを持たなければならない。

 カミルはジェシカの答えも待たずに手を引いて外に連れ出した。そこに待ちかまえていたのは、好奇心一杯の目をした子供達。


「約束通り連れてきてやったぜ。こいつはジェシカって言うんだ」

 カミルがジェシカの紹介をすると、子供達はわあぁぁと盛り上がって拍手をする。ジェシカはそんな反応にたじろぐばかりであった。


「さあみんな、遊んで貰えよ」

 そう言って、カミルは子供達の中にジェシカの事を押した。

 突然のことにジェシカはよろけながら前進し、子供達の輪の中央に立った。すると子供達は一斉にジェシカに向かって手を出す。


「おねーちゃん、一緒におままごとしようよ」

「かくれんぼしよっ」

「ダメだよ。僕たちと一緒にボール遊びしようよっ」


 子供達に一気にまくし立てられ、ジェシカは目を白黒させながらすがるようにカミルを見た。だが彼は楽しそうににやにやと笑うだけで、助けようとする気配などない。


「ねぇ~」

 子供達にスカートの裾を引っ張られ、ジェシカはパニックに陥っていた。「おままごとって何? かくれんぼって何?」と初めて聞く単語が頭の中をぐるぐると回っている。


「よし、鬼ごっこで決定! 俺が鬼をやるぞー」

 カミルに引き寄せられて、ようやくジェシカは子供達から解放された。

「勝手に決めないでよ、カミル兄ちゃん~!」

 女の子の1人が抗議をするが、カミルは全く聞いていない。


「そんじゃ、数えるぞ~。い~ち、にぃ~……」

 カミルが数を数え始めると、子供達はわあっと一斉に散っていった。異議を唱えていた少女までもがである。その素早い動きにジェシカは戸惑いながらきょろきょろと周りを見た。

 庭の中央にいるのはジェシカとカミルのみとなる。


「ねぇ、カミル。『おにごっこ』って何ですの?」

「十……っと。鬼ごっこっていうのはさ、鬼をひとり決めて、そいつに捕まらないように逃げ回るゲームだよ。鬼になった奴は、逆に誰かを捕まえなきゃならないんだよ。まあ、捕まえると言っても、こうやって体のどこかに触れれば良いんだけどな」


 悪戯っぽく笑ってカミルはジェシカの肩を叩いた。

 瞬きをしながらカミルを見つめるジェシカ。

「というわけで、お前が鬼」

「はい?」

 きょとんと瞬きをするジェシカに背を向け、カミルは遠巻きに眺めている子供達に向かって大きく手を振った。


「次の鬼はジェシカだぞ~! 鬼ばばあに捕まらないように、頑張って逃げろよっ」

「おにばばあって何ですのっ、カミル!!!」

 カミルはべーと舌を出しながら走り去ってしまう。


「やぁ~い。捕まえてみろ~」

 男の子がジェシカを挑発する。

 ジェシカは口を結んで走り出した。だが、スカートの裾が足にからみついて思うように走れない。


「鬼さん、こちら~」

 ペンペンと自分のお尻を叩いている男の子。ジェシカはムキになってその男の子を捕まえようとしたが、彼はジェシカに捕まる直前でぱっと身軽に後ろに飛び退いた。勢い余ってその場に転ぶジェシカ。


「鈍くさいなぁ~、おねえちゃん」

「何ですって!」

 ジェシカはすぐさま立ち上がり、男の子に向けて手を伸ばしたが、その手も虚しく空を切った。


 走っていく男の子の後をジェシカは必死で追いかけた。

 男の子は子供達が固まっている所に走っていく。すると子供達はきゃーと騒ぎながら蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。

 一瞬のうちにジェシカの周りには誰もいなくなる。

 ジェシカは一番近くにいた子供に狙いを定めて、駆けだした。


 それから十分ほど、彼女は鬼であり続けていた――


 肩で激しく息をしながら、ジェシカは体を折って膝に手を付いていた。喉がカラカラに乾き、口の中は苦い。肺は酸素を欲しているが、冷たい空気を吸った肺はきりきりと痛む。

 ふらふらとした足取りで近くの女の子を捕まえようとするが、彼女は「きゃー、きゃー」と騒ぎながら逃げていってしまった。子供は遊びに関しては容赦がない。


 ジェシカはよろめきながら目の前にある木に抱きついた。ひんやりとした幹の感触が心地良い。

「でも、ここで負けるわけには行きませんわ」

 自分を慰めるように呟き、くるりと子供達の方を向くと、

「バカみたいに一直線に走っていくから、簡単にかわされるんです」

 背後からそんな声が聞こえる。驚いて振り向くと、木に寄りかかるようにしてデュークが立っており、相変わらずの億劫そうな瞳でジェシカのことを見ている。


「敵を欺くことをしないと、ずっと鬼のままですよ。ただでさえ、鈍いんですから」

「に、鈍くて悪かったですわね……」

 疲労のため怒鳴る気力も失せているジェシカは、息も絶え絶えにそれだけを言うのが精一杯だった。


「こんなに、疲れたのは、初めてですわ……」

 そう言いながら、ジェシカは倒れるようにして膝をついた。少しは心配したのか、デュークが手を貸してくれようと前屈みになった、そのとき――

「はい、捕まえましたわ」

 にっこりと笑いながら、ジェシカはデュークの腕を掴んだ。


「……」

 デュークは渋面になりながら、ジェシカに掴まれている箇所を見つめた。

 ジェシカは嬉しそうに破顔し、庭に散っている子供達に手を振った。


「デュークを捕まえたので、次はデュークが鬼ですわよ~」

 きゃーと子供達の間から悲鳴が起こる。

 デュークは無言のまま、ジェシカとそんな子供達を見比べた。そして鼻でふっと笑う。

「良いでしょう……」

 そんな一言を残して、彼は庭の中央に歩いていった。


 「もしかして、私はとんでもないことをしちゃったのかしら」と、腕をさすりながらジェシカは唸った。

「大活躍だったじゃん、ジェシカ」

 からかうような笑みを浮かべて、カミルがジェシカの横に立つ。

 一度座ってしまったジェシカは立つ気になれず、その場に座り込んだままである。


「あなたのせいですわよ。あ~ん。私、疲れて、もう立てませんわっ」

「大丈夫だって。きっとデュークがおんぶしてくれるぜ?」

 にやにやとしながらカミルはデュークの方へ視線をやった。彼は子供のひとりを片手で持ち上げていた。その子供は必死の形相でデュークから逃げようとしている。

 そんな光景を見ながら、ジェシカはぶるぶると頭を振った。


「絶対に嫌ですわ」

「まあ、そんなに嫌うなって。何があったのかは知らねえけどさ」

 軽い口調で言いながら、カミルはジェシカの横に座った。


「あいつがあんなになっちまったのにも、ちゃんと理由があるんだぜ」

「あの人のあの性格は生まれつきじゃないんですの?」

「そう言うわけでもなくてさ……」


 カミルは珍しく神妙そうな面もちで腕を組んだ。そして辺りをはばかるようにして、小声でささやく。


「実は、あいつが好きだった人は、もうすっごい美女でさ。その人のことが好きで好きでたまらないって、こっちにも伝わって来るような感じだった」

「あのデュークにそんな青春時代もあったんですのね」

「ああ。二人は仲が良くてさ。微笑ましい恋人同士だったなぁ」


 昔を懐かしむような瞳。そんなカミルを見ていると、胸が苦しくなってきた。この表情から察するに、きっとデュークにとって幸せな結末は迎えなかったのだろう。そして、案の定。

「でも彼女は事故で死んじまって、あの時のデュークの落ち込みようって言ったら、見ているこっちまで辛かったくらいだよ」

 ジェシカは目に涙をためながら、鼻をすすった。


「まあ。そんなことがあったんですの。だから悲しみを表に出さないためあんなに無表情の無感動になってしまったのですね」

「そうそう。ショックが大きすぎたんだよ。ま、だからさ、ジェシカもあんまりデュークの事を嫌わないでやってくれよ」

「ええ。あの人に対する認識を、少し改めますわ」


 カミルは嬉しそうににっこりと笑い、勢いを付けて立ち上がった。そして、ぱんぱんとズボンの土埃を払うと、ジェシカに手を差し出した。


「よし。それじゃ、俺達も行こうぜ」

「ええ。ありがとうございます」

 ジェシカは素直にその手を取って、立ち上がった。生意気なだけの意地悪男かと思っていたが、実は友達思いの優しい人かも知れない。そんなことを思いながら。




 帰り道。

 カミルが予想した通り、ジェシカはデュークに背負われていた。


 すたすたと一定のリズムで進んでいくデューク。彼は何も言わずに真っ直ぐに城に向かっていた。

 日はもう沈んでいるため、辺りは真っ暗だった。


「……今日はおとなしいですね。疲れましたか?」

「私を何だと思っていらっしゃるの?」

「姫さんは俺を嫌っているので、俺に背負われるなんて嫌だと、だだをこねると思ってました」


 そんなセリフを聞くと胸が痛くなる。ジェシカは彼のことを何も知らずに表面的な部分だけを見て嫌っていた。それがとても申し訳なく思えてきたのだ。


「ごめんなさい。私、あなたに謝らなければならないことがあるんです」

 ジェシカはデュークの肩に添えている手に少しだけ力を込めた。


「今まで、あなたって本当に嫌な奴だと思っていたんです。でも、あなたがそんな態度をとっているのには理由があったのだと聞きました。今までの失礼な態度をお詫びいたしますわ」

「何を聞いたんです?」

 本人は必死で隠そうとしているようだが、その口調にはわずかに怒気が含まれている。

 ジェシカは慌てて頭を振った。


「ごめんなさい。つい聞いてしまって。でも、カミルを叱らないであげて下さい。あの人は、あなたのことを心配して……」

「……で? カミルの奴から何を聞いたんですか?」


 ジェシカはゆっくりとカミルから聞いた話をデュークに伝えた。最初は適当に相槌を打っていたデュークだが、話が後半にさしかかるにつれ、何の反応も返さなくなる。

 そして話し終えると、彼は重いため息をつきながら頭を抱えた。


「ごめんなさい。辛いことを思い出させてしまったみたいで。何と言っていいのか……」

「嘘ですよ」

「私に出来ることは何もないですが……って、はい? 今何と仰いました?」

 低く吐かれたデュークの呟きがジェシカの脳に伝達されるまでにしばしの時間がかかった。もっとも、伝達されても正常に処理はされていないようだが。


「だから、その話は全くのでたらめです」

「……へ?」

 デュークはため息をついて、面倒くさそうに説明をしてくれた。


「俺は恋人と死に別れた事なんてないですし、みんなが羨むような仲の良い恋人なんていたためしがありません。つまり、あなたはカミルに騙されたんです」

 ジェシカの頭の中は真っ白になった。


「あいつも悪い奴じゃないんですが、人をからかうのが好きですからね」

 ため息混じりの言葉を聞いて、ジェシカの中で何かがはじけた。


「デューク! 今すぐ引き返してください!」

「嫌ですよ。面倒くさい」

「もう、絶対に許しませんわよっ! カミル、覚えてらっしゃいっ!!!」

 ジェシカは手短にあるデュークの頭をぽかりと殴った。デュークはうんざりとした表情で、ジェシカのことを背負ったまま、歩く速度を速めた。

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