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フィアンセバトル  作者: きなこ
番外編いろいろ
89/89

【その後話】お誕生日のおくりもの

本編その後話。

本編のネタバレを含んでいますので、ご注意下さい。

「はぁ~、どうしましょう」


 日当たりの良い応接室。

 外では木から落ちた葉が風に舞い、木々はほんのりと赤や黄色に色づいている。彼女は窓越しにはらりはらりと落ちていく葉を眺めていた。


 部屋に響くのはクッキーをかじる音と、時折本のページを繰る音、そして書き物をしているらしい音。

「はぁ」

 そしてため息。


 アリア城内の、滅多に本来の用途で使われることがない応接室は日当たりが良く、王家の人間は皆お気に入りである。よってこの部屋は王族達の団らん室になることが多かった。


 ただし、今遊んでいるのは第一王女のみ。

 国王は仕事をしているし、第二王女は勉強をしている。


「はぁ」


 分厚い本越しに手を伸ばして、第二王女レティシアがクッキーを手に取った。今年十七になったが身長が低いせいか、年よりも幼く見える。さらさらの金髪を胸の辺りまで伸ばした、可愛い顔立ちの娘である。

 彼女はその大きくて聡明そうな蒼色の瞳を、机に突っ伏している姉へ向け、ため息をついた。


「一体どうしたんですの?」

 やれやれといった面もちで問いかけると、待っていましたとばかりに勢いよく顔を上げるのはアリアの第一王女のジェシカ。


 妹のレティシアよりも明るく輝く金色の髪は腰まで伸ばされており、顔立ちはまあまあ整っているが、取り立てて美女というわけでも可愛いというわけでもない。今年二十歳になった、貴族の娘にしては珍しくまだ未婚で、そればかりか婚約者もいない。――だが、現在は魔法兵団の第一位の位を持っている魔道士と、健全なおつき合いを続けている。


「ねぇ、レティ。男の人って何をプレゼントされたら喜ぶと思います?」

 真剣な顔をずいっとレティシアに近づけると、妹姫はぱちくりと目を瞬かせた。


「お姉さまが贈り物なんて、珍しい」

 率直に返されたその言葉の意図がなんであれ、気に入らないことには変わりない。ジェシカは唇を尖らせて、何を威張っているのか胸を張って反論をする。


「そんなことはありませんわ。私はいつだって相手のことを思いやっていますもの!」

「思いやるという言葉の意味をご存じですの?」

「むっ。そのくらい、知ってますわよ!」


 立ち上がった勢いでがたんと激しい音を立てて椅子が倒れる。

 しかしジェシカはそんな物にはまったく関心を払わず、座ったままのレティシアのことを睨み付けてやった。


 レティシアは眉間に皺を寄せて椅子へと一瞥をくれ、そして大きな瞳を微かに細めてジェシカを射抜く。その、小さくて紅い唇が開かれた瞬間――。


「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。ところでジェシカ、何故贈り物なんて考えているんだい?」


 二人の間に父親であるロキフェルが割り入る。ジェシカと同じ色の金髪を額に掛からないように後ろになで上げている、優しそうな面立ちの男である。現在はお腹が出っ張った小太りの男だが、若い頃はもっと痩せていて美形であった、というのは本人の談である。

 間に入ったロキフェルに宥められて、ジェシカはすっかり機嫌を直して話を続ける。


「シーガルの誕生日があるんですの」

「あら、いつですの?」

「今月ですわ~。だから、私、何かをプレゼントしてあげようと思って」

「ははは。それは良いねぇ」

「でも、ですね。何をあげればいいのか、さっぱり思いつかないんですのよ」


 難しい顔をして唸るジェシカ。

 ロキフェルとレティシアは顔を見合わせて笑みを浮かべたが、自分の思考に没頭しているジェシカがそれに気付くはずもなかった。


「君があげたいと思うものをあげればいいんだよ。シーガル君なら、きっと喜んでくれるよ」

「それは分かっているんですけど、でも、どうせなら、一番喜んでくれるものがあげたいんですの!」

 気張ってそう告げると、やれやれといった面もちでロキフェルは苦笑いを浮かべる。


「気持ちは分かるけどね。肝心なのは気持ちだと思うよ」

 穏やかに、諭すように語るロキフェルを横目で見て、レティシアはちょこんと小首を傾げた。


「ところでお姉さま。シーガルさんの誕生日が今月なら、つきあい始めてすぐの頃にも誕生日は来ましたわよね。去年はどうなさいましたの?」

 その言葉にはどきりとして、ジェシカは身を竦めた。

 訝しげな二対の瞳に見つめられ、ジェシカは空笑いを浮かべながらぽりぽりと髪をかいて、必死で誤魔化そうと試みる。


「えーと。去年は、すっかり忘れてましたの。というか、この前まで、シーガルの誕生日がいつかだなんて知りませんでしたのよ」

 あははと軽く笑い飛ばして、ジェシカはクッキーに手を伸ばした。

 呆れたような二人の顔が、少しだけ悲しい。


「だ、だから! 今年こそは頑張ろうと思って、こうして考えているんじゃありませんの!」

 大きくため息をついて、ロキフェルは背もたれに深く寄りかかった。

 レティシアは目を伏せてしばらく考えた後、首をちょこんと傾げて提案してみる。


「手作りのものを差し上げたら、心がこもっているように見えません?」

「おお、さすがはレティだね」

 ジェシカは少しだけ得意げなレティシアと、にこやかなロキフェルに気まずそうな笑みを返して、

「でも、誕生日は明日ですの」

 そう告げる。


 呆気にとられるように自分を見つめる二人を気にした風もなく、ジェシカは考えるように腕を組んだ。


「やっぱり、何か料理を作ってあげようかしら」

「それは止めることをお勧めいたしますわ」

「じゃあ、じゃあ、定番っぽく、私をあげる~とか。きゃっ」

「な――っ?! な、なんの定番ですの、お姉さまっ! 一体どんな本をお読みですのよっ!」


 真っ赤な顔をして怒り出すレティシア。ジェシカはにまにまとだらしない笑みを浮かべて、そして一瞬にして頬の筋肉を引き締めると、身を乗り出すようにしてロキフェルに詰め寄った。


「ねぇ、お父様、そういうのって、嬉しいですか?」

「そ、そりゃ、シーガル君だって喜ぶと思うけれどね……」

「お父さま!」

「ああ、そうじゃなくて、やはりそういうのは、父親としてはだねぇ……」


 レティシアに睨まれてしどろもどろと訂正をするロキフェル。

 だが、ジェシカにはそんなことはもうどうでも良かった。


「とりあえず、ケーキを作りますわっ。レティ、手伝って」

「どうして私が……」

「いいからっ。私ひとりだと、料理長が厨房を使う許可を出してくれないんですわよっ。はやくはやくっ」

 腕を引っ張られて仕方がないとレティシアも立ち上がる。


「それじゃあ、お父様、行って来ますわ!」

 レティシアを引っ張って、どたばたと部屋を出ていく娘のことをロキフェルは穏やかな顔で見送る。


 廊下を走りながら、ふと気になってジェシカは斜め後ろのレティシアを振り返った。

「ところでレティ。あなたは何を誕生日プレゼントにしたんですの?」

「誰への?」

「カミル」


 昨年アリアの南に位置する国へと旅立っていったレティシアの想い人の名前を挙げると、レティシアはぎくりとした顔になってそっぽを向いてしまう。

 思わず足を止めて妹のことを見つめていると、彼女は観念したように小声で呟くように告げた。


「うっかり、忘れてしまっていて……」

「人のこと言えないじゃないんですのっ!」

 ついついジェシカは声を上げてつっこみを入れた。




     *




 ケーキ作りが終わる頃には夜になってしまい、ジェシカは夕食を食べたあと、ケーキの入った小さな箱を持って魔法兵団本部を訪れた。


 魔法兵団の本部はアリア城と同じ敷地内にあるが、少し距離を歩かなければならない。ここに、ジェシカの恋人であるシーガルが勤務しているのだ。


「こんばんわぁ~」

 ノックもせずにシーガルの仕事場の扉を開けると、ぎょっとしたように数人の魔法兵団員が扉を振り返った。だがもう慣れっこなのか、そこにいたのがジェシカだと気付くと、ぺこりと頭を下げて各々の作業に戻る。

 扉の目の前の席はシーガルの席である――ジェシカがここを訪れるようになってから、席替えをされたらしい――が、運悪くそこは空席であった。


「シーガルは?」

 近くにいた魔法兵団員に問うと、シーガルは魔法兵団の総帥であるイ・ミュラーに呼ばれて彼の部屋に行ったらしい。


 しばし悩み、ジェシカはシーガルの椅子に座り込んだ。彼の机の上にはイ・ミュラーのところへ行くと記されてあるが、戻り時間などの表記はない。

 さすがのジェシカもイ・ミュラーは苦手だ。勝手に彼の部屋に押し掛けることははばかられる。そもそも、あまり仕事場には来るなと言われている身である――守ってなどいないが。仕事場にいるならばともかく、その他の場所に押し掛けるわけにも行くまい。


 露骨にがっかりとした顔をして、ジェシカは魔法兵団の受付でシーガルを待つことにした。

 受付には顔なじみの新人の魔道士が待機していたので、彼――赤毛で生真面目そうな雰囲気の、結構かっこいい顔立ちの十六才である――と時折お喋りをして、シーガルの帰りを待っていた。




 気が利く魔法兵団員の新人君はひどく緊張した面もちで、冷めたお茶を温かい物に取り替えてくれると言い残して、部屋を出ていった。


 机の上にはお茶と煎餅。

 ちくたくと時計の音だけが辺りに響く。ぼーんぼーんと鳴り響く時計の鐘の音は十回。

 何もすることがなく、ジェシカはぼんやりと時折廊下を歩いていく人たちのことをただ眺めていた。



 夜中には時計の鐘も鳴らなくなるのか。

 新人君がただひとり、受付で妙にぎこちない手つきで書き物をしているのを眺めるジェシカ。時計の短針は十二を過ぎており、いつの間にか一日が終わっていたようだ。


「あ、あの。お茶のお代わりはいかがですか?」

「あ、はい。お願いいたしますわ~」


 低く低く頭を下げて、そして部屋から出ていく新人君。

 ジェシカはため息を付いて、そして腕を組んだ。


「んー。誕生日当日になってしまったじゃないですの」

 と呟いた瞬間、ばたんと大きな音を立てて扉が開いた。


 びくっと体を震わせて、ジェシカは慌てて顔を上げた。

 どこから走ってきたのか、ぜぇぜぇと息をしたシーガルが扉の前に立っていた。黒髪の、特に顔立ちが整っているわけでもなければ、だからといって不細工というわけでもない何の特徴もないような顔の彼は、小脇には何かの書類を抱えている。


「ジェシカ様っ、何でこんなところにいるんですかっ!」

「あー! 様付けはダメだって、あれだけ言ってますのに~」

「あぁ、すいません。長年の癖なので慌てていると、ついつい……、じゃなくて! キャメロンが教えてくれなかったら、ジェシカ様は一晩をここであかすことになっていたんですよっ」


 「様」は気になったが、それにばかりつっこんでいても話が進まなくなると、ジェシカは寛大な心を持って流してあげた。


「どうしてキャメロンさんが知っているんですの?」

「ああ。レティ様から聞いたらしいんですが……。俺、今日はイ・ミュラー様と城の方に行っていたので、そのまま帰宅したんですよ。こんな時間だからあなたはもう寝ているかと思って部屋を訪ねずに帰ったら、キャメロンがジェシカ様とは会えたかと聞いてくるから――」

「まあ、それはキャメロンさんに感謝しませんと」

「まったくです」


 ということはシーガルは自宅から走ってきたのだろうか。空間転移魔法という物で、遠くにも一瞬にして移動できるのだから、魔法を使ってしまえば良いとも思うのだが、何故か彼はあまり魔法を使わないのだ。不思議なことに。


 とりあえず隣に座らせて、鞄の中からハンカチを取り出してぺたぺとシーガルの額の汗を拭ってやると、シーガルは微笑みを浮かべて礼を言う。


「まあ、それはそれとして。こんな遅くまで待っているということは、何かあったんですか?」

「ええ」


 あっさりと頷いてやると、何か重大なことがあるとでも思ったのか、神妙な顔をしてジェシカの事を見つめるシーガル。

 なんとなく、まじめな顔をすれば見ようによってはほんのちょっとだけかっこいいかも、などと心の中で思いつつ、ジェシカは小さな箱を差し出した。


「誕生日おめでとうございますっ。はい、誕生日プレゼントですわ。一番に言いたいと思ってましたの」

 ぱちくりと瞬きをして、小箱とジェシカを交互に見比べるシーガル。

 あれ? と思わず首を傾げて、ジェシカは訝しげに問うてみた。


「私、キャメロンさんから、今日がシーガルの誕生日だと聞きましたけれど。あ、ほら。時間が零時を回ったから、今日になったはずですわよね?」

「……今日って何日でしたっけ?」

 今日の日にちを答えてやると、あっと口元を押さえて頷くシーガル。


「そうでした。最近忙しくて、すっかり忘れていました」

「あー、びっくりしましたわ。間違えていたのかと思いました。もう。自分の誕生日くらい、ちゃんと覚えておかなくてはダメですわよっ」

「すいません。つい……」


 怒ったように唇をとがらせていたジェシカは、やれやれといった面もちで口の中にためていた息を吐き出して小箱を受け取れとシーガルに突き出す。


「ありがとうございます」

 それを受け取ったシーガルは心の底から嬉しそうに微笑んで、ジェシカの許可を得て箱を開ける。


 中に入っていたのは、丸いケーキを十六分の一に切り分けて、叩きつぶしたような固まり。一応、生クリームと苺では飾ってあるのだが、どんなによく見てもケーキとは見ることができないような物体であった。


 それが何であるのかを判別するのにしばしの時間を要し、シーガルは顔を上げて笑みを浮かべた。

「わざわざケーキを作ってくれたんですか? ありがとうございます」

 彼がケーキであると分かってくれたことに安堵して、ジェシカは彼の腕に自分の腕を回して、にぱっと頼りない笑みを浮かべた。


「丸いのは私のお部屋に用意してありますから、明日にでも食べてくださいね。――あっちはレティ作ですけれど」

「今食べてもいいですか?」

「うんうん。お茶は冷えてしまいましたけれどそこにありますし、フォークもちゃんと用意してありますわ」


 シーガルはフォークを受け取って、なかなかに苦戦してケーキを一口サイズに切り取ると口の中に入れる。もぐもぐと何度も何度も噛んで、やがて飲み干した。

 どきどきと緊張に鼓動を高鳴らせながら、ケーキを食すシーガルの横顔を見つめていると、その視線に気付いたらしいシーガルがこちらを向いた。


「おいしいです。ちょっと甘すぎますけれど……」

 心なしか、口元が引きつっている様にも感じられたが、彼が嘘を付くはずもないのできっとおいしかったのであろう。ジェシカは機嫌をよくしてにっこりと笑う。


「良かったですわぁ~。ケーキのほとんどは真っ黒で、そこの部分だけがかろうじて無事でしたの。本当に、ラッキーでしたわよね」

「……ええ、本当に良かったです」


 ケーキを食べ終えた彼はお茶を一気に飲み干すと、どこか安心したようにほっと一息を付いていた。ジェシカはそんなことは全然気付かずにシーガルに寄り添ったまま鼻歌を歌っていた。


「ありがとうございました」

「ううん。そんなことはどうでも良いんですの。それよりも、あのね、シーガル。私、本当はすっごい誕生日プレゼントを用意したかったんですけれど全然思いつかなくて」

「そんなに気にしなくても……」

「だからっ!」


 シーガルから離れて、ジェシカは両手を頬に当ててぽっと頬を赤らめる。

 まじまじと、何故か照れているジェシカを見つめるシーガル。

 そして。


「だからね、私をあげますわ!」

 驚いたシーガルが思わずのけぞって椅子の後ろの壁に頭をぶつける。

 ご――


 ガシャン。


 シーガルの頭の音以上に大きく部屋に響いた甲高い音に、二人そろって開きっぱなしの扉へと視線を移した。そこにいたのは魔法兵団の新人君。彼は真っ赤な顔をして、落として粉々になったティーカップと、そしてジェシカ達の顔とを交互に見比べてひどく狼狽えていた。



     *



 可哀相な新人君は家に帰し、シーガルが落としたカップの始末をすると、二人は城へと帰ることにした。

 満点の星空の下、雄大で美しい景色とは裏腹に、ジェシカの心はささくれ立っていた。


「もう。せっかく良いところでしたのにー」

「突拍子もないことを、突然言い出すのは止めてください。俺だってびっくりしましたよ」

「あー、ひどーいっ。ものすごく勇気を出して言いましたのに」

「勇気を出したって、あんな事は言う物じゃありません」


 唇をとがらせて恨みがましげな視線をシーガルに向けると、彼は青ざめて、詰め寄ってくるジェシカから逃げるように上半身をのけぞらせる。


「じゃあ、私の事は遊びだって言うんですのっ!」

「そういう訳じゃないですけれど、ああいうことを言うのは……」

「ひどいっ、酷いですわっ。私をお嫁さんに貰ってくれないつもりですのっ?!」


「……。……はい?」

 奇妙な沈黙が二人の間に流れる。


「もう良いですわっ。シーガルのばかぁ!」

「うわっ、ちょっと待ってください」

 この場から走り去ろうとするジェシカの腕を、慌ててシーガルは掴んだ。


「えーと。ジェシカ様をくれるというのは、俺のところにお嫁に来てくれるという意味だったんですか?」

「ええっ。それ以外にどういう意味があるんですのよっ」

 頬をふくらませてシーガルのことを睨み付けてやると、シーガルは微妙な表情をして自身の頬をかいた。


「もぅ。女の子がせっかく勇気を出してプロポーズをしたって言うのにっ! シーガルのバカぁ」

「そんなことを言ったって、わかりにくんですよっ」

 二人は見つめ合い、そして先に降参とばかりに肩を落として俯くのはシーガルだった。


「すみません。そうとは知らずに、失礼をしました」

「分かればよろしいですわ」

「……威張れる事じゃないと思うんですけれど」


 そんな文句も右から左へ聞き流して、ジェシカは胸を張った姿勢のままでシーガルの鼻先に指を突きつける。そんなジェシカにシーガルは苦笑いを浮かべるだけ。


「それで、結局、私のことをお嫁さんに貰ってくれますの?」

「……えーと。その前に、俺からも良いですか?」

「どうぞ」

「実はですね」


 と、話し始めてシーガルは小脇に抱えたままの書類に気付いて、それをジェシカの視界に止まるように持ち上げる。


「今まで内緒にしてたんですけれど。今日――じゃなくて昨日になりましたけれど、ようやく念願が叶ったので、近いうちに報告をするつもりだったんです」

「なにを?」

「それは今から説明しますから」


 見慣れた苦笑いを浮かべて、シーガルはジェシカをなだめるように頭を二度撫でる。ジェシカはこくりと頷いて、おとなしく口を閉ざした。


「俺は貴族でも何でもない平民じゃないですか。俺の中ではジェシカ様とのおつきあいは結婚を前提にと考えていたわけで、俺達のことは一応陛下の公認とはいえ、結婚などの形式だった物へと事が運べば必ず周りから文句が出ると思ったんです」

「そんなのは、無視をすれば良いんですわ」

「そういうわけにはいきません。それに、俺のせいであなたに迷惑が掛かるのは嫌だったんです」


 そんなのは気にしなくて良いのにと心の中で文句を言ったが、そんなところが逆にシーガルらしい。

 じっとシーガルの瞳を見つめると、それに気付いた彼は優しく微笑んでくれた。


「半年くらい前にイ・ミュラー様に相談をして、どこかの貴族の家に養子に入ったりすることはできないかと画策していたんですよ」

「あらあら、まあまあ。それで念願が叶ったと言うことは……」

「はい。昨日、晴れて貴族の養子になる事ができたので、俺も形式上は貴族ということになりました」


「すっご~い、おめでとうございますっ。でも、私にも相談して欲しかったですわっ。何か力になれることがあったかもしれませんのに」

「少しくらいは俺にもかっこつけさせてくださいよ」


 仕方がないかと、ジェシカは頷いた。

「その報告はもう少し後で、何かいいタイミングを見計らってするつもりだったんですよ。そのときに一緒に結婚も申し込もうと思ってたんです」

 その言葉の意味が一瞬分からずに、目を瞬かせる。


 彼は今なんと言ったか? そんなジェシカの内心にも気付かずに、シーガルは語り続けた。


「シチュエーションとかにこだわるかと思ったので、その辺も綿密に計画を立ててと思っていたんですが――」

「それって、つまり。私と結婚してくださると言うことなんですの?」


 言葉を発そうとして開いたままのシーガルの口が固まる。

 ジェシカは真剣な顔をしてシーガルのことを見つめ続けていた。彼はしばらくしてからため息を付き、がっくりと肩を落とした。


「はい、そういうことです」

 何かを言いたかったのだろうが、観念したように苦い笑みをこぼすシーガル。


 ジェシカはにっこりと笑って、勢いよくシーガルに抱きついた。慌てて受け止めようとする物の、ジェシカの勢いに負けてその場に尻餅をつくシーガル。


「わっ。突然何をするんですかっ」

「えへへ~、だって、嬉しいんですもの~」

 文句を言いかけたシーガルだが、あまりにもジェシカが嬉しそうに笑っているので口をつぐんで、代わりに微笑みを浮かべた。


「でも、本当に俺なんかで良いんですか?」

「それは、私のセリフですわよ。私と結婚すると大変ですわよ~。舞踏会には呼ばれるし、お父様のお仕事のお手伝いをしなければならなくなるし」

「そんなことはどうでもいいんです。俺は、ずっとあなたの傍にいたいんですから」

 満足げに頷いて、ちゅっと、軽くキスをするとジェシカは立ち上がり、シーガルの手を引いた。


「愛してますわよ、シーガル」

「俺も……。愛しています、ジェシカ」

「……んふ。んふふふふふ」


 にまにまと頬を緩めて、立ち上がったシーガルの腕に甘えるように抱きつく。一方のシーガルは、慣れない言葉を口にしたがために頬を染めて、明後日の方向へと視線をやっていた。


「そうと決まったら、早速報告に行かなくちゃ」

「誰にですか?」

「まずはお父様でしょ? それから、シーガルの新しいご両親にも挨拶に行かなくてはなりませんし、ついでにレティにもこの幸せを伝えてあげたいんですの。さあさあ、行きましょうっ」

「え? 今ですか?!」


 驚くシーガルにずいっと顔を近づけて、自分の決意は固いとばかりに強く頷いてみせると、彼は頭を抱えて呆れたように指摘する。


「いま何時だと思っているんですか」

「大丈夫ですって! みんなで一緒に幸せを分かち合わないと」

「迷惑にしかなりませんって、絶対に」

「じゃあ、とりあえずはお父様とレティにだけでも」


 もうシーガルの意見など無視して、ジェシカは彼の腕を引っ張って歩き出した。それに引きずられるようにして付いてくるシーガルは何とも情けないような顔をしたものの、これもいつものことかと思ったのか、ため息をひとつこぼして苦笑いを浮かべる。


「ジェシカ」

「はぁい?」

「ありがとうございます」


 どうしてだろうと考えて、思い当たる節がないことに気付いて立ち止まると、シーガルは穏やかな顔をしてこちらを見つめていた。


「こんなに素晴らしい贈り物を貰ったのは生まれて初めてです。今日は俺の人生の中で、一番幸せな誕生日になりそうです」

「あら、それは違いますわ」

 訝しげな表情を漏らすシーガルに、ジェシカは胸を張って答えてやった。


「だって、これからはずっと一緒ですもの。もっともっと素敵な誕生日を迎えることが出来ますわよ、きっと」

「――それもそうですね」

 二人は微笑みあい、そして手を繋いだままでアリア城へと入っていった。


ここでひとまずフィアンセバトルは完結とさせていただきます。

ここまでお付き合い下さり、ありがとうございました。

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