【イベント話】トリスタンのクリスマス
過去編の時間軸でのクリスマス話。
ちなみにトリスタンはジェシカのいとこです。
葉が落ちきった街路樹に、色とりどりの装飾がくくりつけられている。日が暮れた後には、魔法の仕掛けによって発光し、幻想的な雰囲気を作り出してくれるそれ。
メイン通りは、相も変わらぬ活気に満ち溢れていた。
年の瀬であり、そしてクリスマスというある種の祭りを目前に控え、市民たちは足が地についていないようだ。
市民たちの安全のために見回りをしているトリスタンは、赤いマントを翻しながら歩いていた。
白地の制服に赤いマント。短く刈られた黒髪には、額を隠すようにして白いバンダナが巻きつけてある。
実を言うと、雑務の息抜きのために、無理やりに見張りの仕事につかせてもらったのであった。
何か事件はないかと険しい顔で辺りを見渡す彼の視界に、腕を組んで幸せそうに微笑み合っているカップルが映る。
なんとなく。すれ違うその男女を目で追ってしまう。
「まったく。南ではターチルとの戦いが激化しているんだぞ。いくらこの王都は戦場から遠く離れていたとしてもだな、緊張感がなさ過ぎるだろう」
腕を組んで難しい顔をする。
露店の主人の客引きの声。
仲睦まじい恋人たちの囁き。
走り回る子供達の笑い声。
立ち止まった彼はそれらを一望して、息を吐いた。
不安そうな面持ちの市民たちが、遠巻きに自分を見ていることなど気付きもしないで。
ひゅるりららーと、音を立てて吹き抜けていく北風は、何故か意味もなく胸に染みてきた。
時はクリスマス直前。
王子、トリスタン・アリアは憂鬱だった。
「あーー、くそっ。難しい」
その言葉どおり、難しい顔をして机に突っ伏している黒髪の男。
肩にかかるその髪は、毛先がばらばらであり、だらしがないとよく文句を言っている様な気がする。だが、それも彼にはよく似合っていた。
彫りの深い顔立ちは整っており、女性にカッコイイと騒がれているのをよく耳にする。
ヒツジ・ガルディーガ。目の前に座っている男の名前である。
書類の山で覆われた机の上には、皺の寄った赤いマントが投げ出されてあった。
やはり騎士団の人間はこれくらいの緊張感を持っているべきだと頷き、トリスタンは親切にも机の上のマントを壁にかけてやった。
次なる作戦の指揮についてだろうか。騎士団の予算についてだろうか。
彼の背後から、何かが書かれている紙と手帳をのぞき込む。
そこに書かれていたのは――
ごちん。
「いでっ」
思わず手が出た。
顔面を机に打ち付けたその聖騎士は、恨みがましそうな瞳を上げる。
「職務時間だぞ。何をやっているんだっ」
彼の手帳に書かれていたのは数人の女性の名前。
そして彼が必死で書いていた紙には、クリスマスのタイムスケジュールが事細やかに描かれていた。
「クリスマスのデートの予定表の作成。忙しいんだよ、俺は」
悪びれもなくそう言ってのけたヒツジはにやりと笑う。
からかうような、哀れむようなその視線に、ぐっと言葉を詰まらせた。
彼はトリスタンが不機嫌なことを悟っているのか、何やらしたり顔で言葉を続ける。
「せっかくのクリスマスだって言うのに、トリスタンは相変わらず仕事なんだよな。まあ、ゼリヴは南から帰ってこないようだし、トリスタンは相も変わらず独り身だし。どのみち関係ないよな」
かぁぁぁと、勝手に頬が熱を持つ。
ゼリヴとは幼なじみであり、同僚であり、そして密かにトリスタンが恋をしている女性の名前である。
聖騎士の称号を持つ彼女は、今はターチルとの戦いのために、南の砦に赴いていた。彼女にはクリスマスなどないのである。
にたにたと。トリスタンの反応に含み笑いをもらすヒツジ。
「それとこれとは関係ない。そう言うお前だって、いい加減に一人に決めたらどうなんだ。……じゃなくてっ。今も南では同僚達が命をかけて戦っているんだぞっ。そんな時に、お前は……っ!」
ひらひらひらと、気が抜けるように手を振って、ヒツジは背もたれに寄りかかる。
「バカだな、トリスタン。戦場に行けば俺達だっていつ死ぬとも限らないんだぜ? 楽しめる時に楽しまなくちゃ、損だって」
にっと白い歯を見せて笑う彼に反論する事はできず。
胸の内に不満を抱えたまま、トリスタンは執務室をあとにした。
しゅ、しゅっ、と。剣を振り下ろす度に風を切る音が響く。
城の裏庭。
トリスタンの密かな練習場になっているそこで、彼は素振りを行っていた。
「387っ、388、389っ!」
体を動かす度に汗が滲み出て、やがて地面へと落ちていく。
「まったく、390、みんなっ、391、たるんでるっ」
ぶつぶつと文句を言いながらも、動きは止めない。
かく言うトリスタンこそ、書類整理をさぼってこんなところで一汗をかいている身なのだ。
他人を責めることなど出来るはずもないが、彼は全く気付いていない。
「……っ、400っ!」
今日のノルマ達成まであと100。そう気張った時、ふいに自分を見つめる蒼色の瞳に気付いた。
窓の向こう側にいたのは丸い頬の、可愛らしい面立ちの少女である。
胸の辺りまで伸びた明るい金色の髪の彼女は、トリスタンと目が合うと、にぱっと頼りない笑みを浮かべた。トリスタンのいとこのジェシカである。
素振りを中断して窓に近づくと、慌てて彼女は窓の鍵を開けようとする。しかし焦っているのか、なかなか鍵を開くことは出来ないでいた。
がたがたと、しばらくの間窓が揺らされ続けて。ようやく窓が開かれる。
そしてトリスタンは彼女が一冊の本を持っていることに気付いた。
「何を読んでいたんだ?」
問うと、彼女は微笑んでその本をぎゅっと抱きしめる。
「お兄さま。サンタさんって知っていますか?」
「サンタクロース?」
こくこくこくと、激しく頭を縦に振って同意を示すジェシカ。
「わたくし、サンタさんにお願いをするんですの」
「何を?」
「プレゼントです」
頬を赤く染めて、へらへらと頬を緩めているジェシカ。
そんな様子が可愛らしくて、トリスタンの顔にも自然と微笑みが浮かんでくる。
「レティは、サンタさんなんていないってバカにしていましたけれど。きっといますわよね?」
生意気盛りのジェシカの妹を思い浮かべて、トリスタンは思わず苦笑いを浮かべた。子供のくせに夢がないなと、そんなことを思いつつ。
「ああ。いると思うぞ」
不安げにこちらを見上げていたジェシカの表情が、ぱぁっと明るくなる。トリスタンが頭を撫でてやると、彼女は頬を染めて、幸せそうに微笑んだ。
「で。ジェシカは何をお願いするんだ?」
「わたくし、ケーキが欲しいんですの。生クリームが一杯の、丸くて、大きなケーキ」
本を開いて、そこに乗っている絵を指さす。苺が乗ったデコレーションケーキである。
「そんな物は、いつでも食べられるんじゃないのか?」
その言葉に否定をするように、ジェシカは激しく首を振った。目が回るのではないかと危惧されるほどに、勢いよく。
「だって。ボリュドリーのおばあさま達は、美容と健康のためにも、甘いお菓子はあまり食べてはいけませんって言いますの。でも、わたくしは、この大きいのを一人で全部食べたいのですわ」
そういえばそうだったかと回想をしてみる。
トリスタンのいとこであるからしてジェシカも王族。王族の躾係を任されているボリュドリーという名の老婆は、礼儀作法以外にも様々な面で文句を突きつけてくるのだ。
トリスタン自身も、ケーキなどをたらふく食べたような記憶はない。
うきうきと、逸る気持ちを抑えようとするかのように深呼吸をしているジェシカ。
「お兄さま。わたくし、お兄さまの素振りの見学をしていても良いですか? 邪魔はしませんから」
「え? ああ、それは構わないよ」
こくりと頷いたジェシカは、窓枠に肘をついて見学の体勢を取る。
それを横目で見て、トリスタンは少し離れた場所へと立って、剣を構えた。
「クリスマスプレゼントか……」
そんなことを、呟きながら。
*
クリスマスイヴ。
世間は幸せで一杯であった。
同僚であるヒツジは、午前中で仕事を切り上げて町へと繰り出していったらしい。
そして残されたトリスタンは。己の剣を腰に携えたまま、苦手なデスクワークに励んでいた。
仕事に負われる彼は、幸せであるとは言い難い。
だが、彼の傍らには、四角い箱が置いてあった。
なんとはなしにその箱へと一瞥をくれて、トリスタンは幸せそうに微笑む。
「まあ、他に過ごす相手がいるわけでもないんだし。いとこの幸せそうな顔を見るのも良いな」
四角い箱の中身は、生クリームたっぷりの苺のデコレーションケーキであった。
夜。
子供達はすでに寝た時間である。
抜き足、差し足と、心の中で呟きながら、トリスタンは足音を立てないようにして廊下を歩いていた。
王族の寝室であるこの区画はほとんど人気がなく、警護の騎士団員や近衛兵団員の姿以外は目にすることはない。
片手に箱を持ったまま、トリスタンはジェシカの部屋の前で歩みを止める。
緊張のあまり、思わず唾を飲み込む。
筋書きはこうである。
サンタクロースへの願い事を書いた手紙と靴下を、ジェシカは枕元に置いておくと言っていた。
だからその靴下から手紙を抜き出し、そして枕元のテーブルにこの箱を置く。完璧な作戦である。
ぐっと拳を握りしめて。
音を立てないように扉を開けるべく、手をかけたドアノブをゆっくりと回そうとして――それが回らないことに気付く。
「……」
回す方向を間違えたかと、逆に捻る。
しかし結果は同じであった。
「鍵が、かかっているのか?!」
驚愕して思わず叫ぶ。
考えてみれば当たり前なのだ。寝るときに部屋の鍵をかけることなど。
がっくりと、トリスタンは肩を落として辺りを見る。
興味深そうにこちらを見ている近衛兵団員と目が合うと、彼はおほんと咳払いをして視線を明後日の方角へと向けてしまった。
恥ずかしくなって、思わず頬を染める。
慌てて自分の部屋へと逃げ込んだ。
いつの間にか、空から雪が舞い落ちてきていた。
どうりで冷え込むはずだと呟いて、窓から外を見つめる。
気付いて、トリスタンは窓を開けた。
白いカーテンがひらひらと踊る。
冷風が室内に吹き込んでくるが、そんな物はさしたる問題ではない。
窓から顔を出して、トリスタンはジェシカの部屋を確認する。
自室とジェシカの部屋の間には、二つほど部屋が存在している。
「よし、これだっ!」
窓を全開にして、慎重に窓を乗り越えて、外側に出る。
城の外壁の溝に足をかけて、左手は白い箱を掴み、もう片方の手で壁面のおうとつを探す。慎重に、ゆっくりと横に歩を進める。ここは三階。いくらトリスタンの運動神経が良いとは言っても、ここから落ちればただではすまされない。
手が悴み、だんだん感覚が鈍くなってくる。
一瞬でも気を抜けば、足を踏み外して落ちてしまいそうであった。雪がまた、足場を滑りやすくしていた。
そしてようやくトリスタンはジェシカの部屋の前へと辿り着く。
歓喜に笑みを作り――彼は笑んでいるつもりだが、寒さのせいで頬の筋肉は引きつっているだ――彼はとにかく喜んで。落ちないようにと気を付けながら、窓に手をかける。
そして、窓枠を掴んで、そっと引いた。
――がしゃ。がしゃがしゃ。
窓の枠がぶつかる音だけが暗闇に響く。
「おい、ジェシカよ。お前はどこからサンタクロースを入れるつもりだったんだ?」
ついつい口からついて出たその言葉。
煙突のない部屋、サンタクロースを招くならば窓しかないだろうに。
おそらく彼女はそんなことまで考えていないなと、妙な納得をして、ため息を付いた。
いや、それ以前にきちんと戸締まりをしている彼女を誰が責めることが出来ようか。トリスタンの勝手な言い分である。
と、その時、ぐらりと視界が揺れて。体勢が崩れたと気付いた瞬間とっさに左手で窓の縁を掴む。
ふぅっと、ため息を付いて気付く。今自分は両手で体を支えている。ならば、今まで左手で持っていた物は、一体どこに行ったのだろうか、と。
視線を下に向けると、真っ逆さまに自由落下していく白い箱が目に入った。
「あぁ!」
思わず手を伸ばすが、すでに箱は届かない位置にある。
その時。
ひらりと、視界の端で閃いたのは蒼。
「止まれ」
聞き心地の良い、優しげなその声に、トリスタンは思わずガッツポーズを作った。
白い制服に青色のマントを羽織ったその人物は、幼なじみのディラックという名の男。
彼の呼びかけに応え、ケーキの入った箱がぴたりと宙で制止する。
やれやれと言わんばかりの顔をして、三階下の裏庭からトリスタンを見上げる、やたらと整った顔立ちの青年。
「まったく。同僚からトリスタンの様子がおかしいと聞いて駆けつけてみたら、これだ」
呆れたように呟く彼の声を聞いて、気付く。
自分が両手を壁から離して足を踏み出そうとした体勢で、宙に浮いていることに。
「……面目ない」
大柄な体を小さくして、トリスタンは頭を下げた。
城の玄関から入って再度ジェシカの部屋へと向かう。
手の中の白い箱をしっかりと抱えるようにして。
かちかちと、寒さのせいでかみ合わない歯が音を立てようとするのを、ぐっと力を込めて歯を食いしばることで何とか堪える。
「それで、窓からの進入を試みたという訳か」
呆れたような顔をして、そっと肩をすくめるディラック。
そんな態度が少しだけしゃくに障り、思わず唇を尖らせる。
「しかしだな、ディラック。鍵がかかっていたんだから……」
「どうしてそこで、扉の鍵を開けようって発想に至らないかなぁ」
大げさにため息を付く彼。バカだと言わんばかりの口調に反論しようとするが、それよりも先に彼は懐から金色に輝く何かを取り出した。
じっと目を凝らしてみると、それは鍵であった。
疑問符を浮かべるトリスタンに、親切にもディラックは説明をしてくれる。
「ジェシカ様の部屋の鍵」
「何で、そんな物を?!」
驚愕していると、ディラックは半眼になってトリスタンに顔を近づけてくる。
「俺を誰だと思っているんだか。近衛兵だよ、俺。しかも、レティシアのお目付役。あの辺を動き回ることも多いから、万一の事態に備えて、鍵を預かっているんだよ」
「そ、そんなことは初めて聞いたぞっ?! そ、それよりなにより、女の子の部屋の鍵を持っているなんて、なんて破廉恥な……っ!」
「だから、どうしてそういう発想になるのかな、トリスタンは。俺は君の部屋の鍵だって持っているよ」
疲れたように息を吐いて、ディラックは力無く笑みを浮かべる。
「まあ、俺はお前を信頼しているからなっ。と、それはともかくとして……」
鍵を貸してくれと告げようとするが、ディラックは手を閉じて後ろに隠してしまう。
言葉を止めて、眉間に皺を刻むトリスタン。
「何のつもりだ?」
「レティシアの分は?」
質問の意味が分からずに、トリスタンは首を傾げる。
しばし見つめ合い、ディラックは情けなさそうにため息を付いた。
「良いかい、トリスタン。俺がレティシアにだけプレゼントをあげるのは構わないだろうと思う。俺はレティシアのお目付役であって、そしてジェシカ様とはそれほど親しくはないんだから。だけど、君がジェシカ様にだけプレゼントをあげるというのは、どうかと思うよ?」
「なんで?」
ぱちぱちと瞬きをして問い返す。
ディラックは無言だった。真顔のままで、じっとトリスタンの瞳を見据えてくる。それは自分で考えろと言わんばかりの態度であった。
考える。
「レティシアは、怒るか?」
「怒るというか……。君はジェシカ様の方が可愛いのかも知れないけれど、いとこである君が、姉妹に差を付けるのはどうかと思う。まあ、君が、というわけでなく、サンタクロースのプレゼントとして考えてみなよ。姉は贈り物を貰ったのに、自分には贈り物はなかったら、誰だって良い気はしないだろ?」
「たしかにジェシカの方が素直で可愛いが、レティだって同じくらいに大切ないとこだと思っている」
「……。いや。今の話で、そんなことはどうだって良い部分なんだけど……」
「だいたい、レティはサンタなんて信じていないと言っていたらしいぞ」
ディラックはきょとんとしているトリスタンの顔を苦笑混じりに見つめる。
ややあってディラックはぽんぽんとトリスタンの肩を叩いた。
「もう、なんだかどうでも良くなってきた。バカなところがトリスタンの魅力の一つだもんな。まあ、とにかく、レティシアを可愛いと思うのなら、彼女にも何かをあげることを勧める。そうでないと、きっと明日の彼女は大荒れで、トリスタンが被害を被るだろうよ」
「レティにあげる物なんて、何もないぞ」
ディラックは無言で懐をまさぐった。
そして出てきたのは片手で収まる程度の小さな箱と、鍵が二つ。
「レティシアにあげようと思っていた髪留めだよ。俺は別な物を明日用意するから、トリスタンが渡しておくと良い」
それらをトリスタンに預けて、ディラックは手をひらひらと振って歩いていってしまった。
その後ろ姿を呆然と見つめていたトリスタンは、はてと首を傾げて手の中の小箱を見つめていた。
レティシアの部屋。
ベッドの枕元にはちゃっかりと靴下が置かれていた。
「信じていないはずだったのにな」
心の中でそう呟き、その靴下に小箱を入れる。
彼女への贈り物はこれで完了。今度別な何かを適当な口実を付けて買って上げようと心に決めて、トリスタンはジェシカの部屋へと向かった。
鍵を開けて、部屋に入る。
室内は真っ暗ではあったが、視界が全くきかないという状況ではない。まして勝手知ったるいとこの部屋なのだ。難なくベッドサイドまで歩いていき、ジェシカの枕元にある靴下に手を伸ばす。
これでようやく、サンタクロースとしての勤めを果たすことが出来ると、何やら感慨に耽っている、と。
ふいに、ジェシカと目があった。
――時間が止まったような気がした。
「だって、お兄さまの悲鳴が聞こえてしまいましたの」
灯りのついたジェシカの部屋。
ベッドの上にちょこんと座ったジェシカが、頬を染めて懸命に訴える。
「だから、何だか怖くなって。目が覚めてしまって、眠れなくなってしまったのですわ」
「……すまん」
頭を垂れて謝罪するトリスタンに、ジェシカは慌てて首を振る。
「でもでも。お兄さまがサンタさんだったのですわね。わたくし、とっても驚いていますわ」
「別に俺がサンタというわけではなくてだな。……と、まあ。それはどうでもいいか」
白い箱はすでに中身を奪われていた。
皿の上に大きな丸いケーキを載せたジェシカは、部屋に隠し持っていたフォークでつついてははぐはぐと、懸命にケーキを頬張っていた。その口周りには真っ白いふわふわの生クリームがべったりとくっついているが、彼女は全く気にした風もない。
「とっても美味しいですわ。幸せですの、わたくし。ありがとうございます」
その眩しい笑顔を見ることが出来ただけでも、いいのかな。そう思って、トリスタンはどういたしましてと返して笑顔を作った。
クリスマス当日。
ぱたぱたと慌ただしく廊下を走る足音。
それは日課である。
いたずらに構えて、トリスタンが振り向くと、そこにいたのは案の定レティシア。
淡い金色の髪を二つに分けて、蒼色の小綺麗な髪留めで止めている。
「何だ、レティ。いつもと違うな」
率直に告げてやると、いつになく機嫌がいいらしい彼女は、大きくて魅力的な瞳を細めてにこりと笑った。
「サンタクロースに貰ったんだよっ。トリスタンは何か貰った?」
「いいや」
すると、彼女は得意げに胸を張って小さな指で髪留めを指さした。
「あたしは良い子だから、ちゃんと貰えたんだもんっ。トリスタンも、良い子にしなくちゃダメだよ」
それはこっちのセリフだと心の中で返す。だが、気分は良かった。こんなに気持ちよくレティシアと会話が出来るのは、希なことであるから。
昨日の雪はほんの一時の物だったらしく、本日は快晴である。
真っ青な空を、目を細めて仰いでいると。
「そう言えばお姉さま。食べ過ぎで寝込んでいるんだって。知ってた?」
そんな言葉に我に返って、トリスタンはまじまじとレティシアのことを見つめる。
「なんで?!」
「あたし、よく分からないけど。なんかね、ケーキを丸ごと一個食べちゃったみたいで。ボリュドリー婆さま、誰が与えたんだって、カンカンになってたよ」
不思議そうに首を傾げているレティシアを後目に、トリスタンは慌てて走り出した。
そういえば、昨日は途中でジェシカの元を去ってしまったため、彼女がどれだけケーキを食すつもりだったのかは全く気にかけていなかった。
「ジェシカーーーっ?!」
大声を張り上げて。
トリスタンは可愛いいとこの元へと駆けだしたのだった。




