ジェシカ4
本日の天気は雨。
レティシアの見舞いにやってきたジェシカは、プリンを食べながら外を見やる。
分厚い雲に覆われた空からしとしとと緩やかに降る雨は、何故か胸を切なくさせる。
「お姉さま。全部食べたら、怒りますわよ」
いつもと変わらぬ様子で、じろりとジェシカを睨むレティシア。ジェシカは口の中に含んでいたプリンをごくりと音を立てて飲み込み、誤魔化すようにへらりと頬を緩めた。先日カミルが持ってきてくれたプリンは残り一つなのだ。
ため息を付いたレティシアは、起きあがってクローゼットへと歩いていく。
「レティ? 安静にしてなくては、ダメですわよ」
「分かっていますわ。でも、これから人と会う約束がありますの。外せない用なので」
彼女の誕生日も近いため、訪問者も多いのであろう。ジェシカはむむむと唸りながら、プリンの最後の一口を飲み込むと、洋服を手にして着替えようとしているレティシアの後ろ姿を見つめた。
寝間着を脱ごうとしていたレティシアは扉を指す。
「着替えるから、出ていってください」
「女の子同士なんですから、構わないじゃないですの」
「私は嫌なんです」
突っ慳貪に返され、ジェシカは不満げに唇を尖らせながら、立ち上がった。
「いつもと同じと言えば、同じなんですけれどねぇ」
ぼたぼたと、傘に当たる雨粒を傘の下から眺め、ジェシカは眉根を寄せた。昨日あのような出来事があったため、レティシアを元気づけてやろうと思ったのだが、彼女はあの調子である。
ふと気付き、ジェシカは足を止めた。振り返ってジェシカの家でもあるアリア城を見つめる。
――いつもと同じと言うよりは、少し前のレティシアと同じなのかも知れないと思い立つ。自分の感情を、作り物の微笑みの中に隠している妹。
「心配なら、傍で話をしていれば良かったじゃないですか」
「だって、追い出されたんですもの」
唇を尖らせることによって、ジェシカは横を歩くシーガルに不満を訴えた。あそこでレティシアに逆らっても、彼女を怒らせるだけなのだから。
今日もジェシカは社会勉強に出ていた。
だが、雨ということもあって、あまり面白い出来事とは遭遇しない。暇なのでシーガルの部屋でケーキでも食べようかという話になっている。
「レティは、カミルに惚れてるのか」
にんまりと、何かを含むようにレンが笑む。
彼女はすっかりジェシカとシーガルに懐いてしまったようで、今日の社会勉強にも付いてきた。
そんな彼女は昨日のボリュドリーとの一件がヤンの耳に入ってしまったがために、大目玉を食らってしまったらしい。その結果、レンの薙刀はヤンに没収されてしまい、今の彼女は傘だけを手にしている。
「そうですわよ。でも、本人は認めたがりませんけれどねぇ~」
「まあ、カミルはなかなか楽しい奴だしな。レンも応援してやろう。……まあ、レンの父が邪魔をしているようだがのぅ」
かかかと機嫌良く笑う。ころころと変わっていくその表情はとても豊かで、見ていると胸のつっかえが取れていくようだ。
シーガルの事がお気に入りらしい彼女は、彼の腕に自分の腕を絡めようとしているが、シーガルはそれから逃げ回っている。まるで、デュークとアンジェリカを見ているようだと、微笑まし気にジェシカは見守っていた。
「や、止めてくださいよ、レン様。傘を振り回したら、濡れてしまいますよっ」
「ぬはははは。小さいことは気にするな。それより、早くシーガル殿の家に行こうではないか。ケーキがレンを呼んでいるぞ」
ぺろりと舌なめずりをして、瞳を怪しく光らせる。
「そういえばレンちゃんは、頭領みたいな人が好きだって言ってませんでした?」
現在の頭領はヤンであるが、ジェシカが頭領と呼ぶのはダンの方である。それはレンも承知しているのか、何も訂正は加えずに、こくりと頷いた。
「むろん、父のような逞しい男は大好きなのだが、昨日レンは己の考えを改めたのだ。やはり、男のステータスは『優しさ』も重要ぞ。だから、シーガル殿は合格だ。ついでにキャメロン殿も良い感じだぞ。ちなみに、父上は強さも優しさも兼ね備えた最高の男なのだ」
頬をほんのりと赤く染めて、夢見心地に語る様は、どこかジェシカと酷似している。
ダンがどうであるかはともかくとして、ジェシカ自身もその意見には共感を覚えて彼女の手をぎゅっと握りしめた。
メイン通りを下っている三人の横を、立派な馬車が通り抜けていく。乳白色の外観に黄色の細工。馬車自体の造りも立派であるそれは、かなりの有力な貴族の所有物であろうか。御者に座っているのは黄色のマントを羽織った騎士のように見えたが、雨のため視界が悪く、はっきりとは見えなかった。
シーガルは眉を寄せて、通り過ぎた馬車を眺めていた。
「どうしましたの?」
「え、いや。何だか、立派な馬車が通ったと思って……」
ジェシカはくるりと踵を返し、すでに小さくなった馬車を見つめる。
「レティの誕生日祝いじゃないんですの? 王族に取り入ろうとするお金持ち貴族はたくさんいますもの」
そう結論づけると、シーガルもなるほどと納得をして、城へと向かった馬車へ背を向ける。
「そんなことはどうでもよいから、早く行こう」
レンに促され、ジェシカ達は歩みを再開させた。
* * *
ヤンはロキフェルの元を訪れていた。
レティシアの成人の誕生パーティに呼ばれたというのが、第一の目的であろうとも、これは両国の友好のために催された機会なのだ。ダンやレンは遊びほうけているが、ヤンとしてはもっとアリアの文化や政治、そして何より、ロキフェルの政治的手腕を参考にしたいと思っている。
「……とは言われても、雑用しか仕事がないんだよね、私は」
情けなさそうに告げるロキフェルの机の上には、彼の座高以上に積み上げられた書類がある。
「謙遜なさらなくともよい。俺にはちゃんと分かっている。さあ。こちらのことは気にせずに、仕事を続けてくれ」
いまいちやりにくそうにロキフェルはペンを手に取った。
とんとん。
軽い音を立てて、扉が叩かれた。
ロキフェルが返事をすると、「失礼します」という高い声音と共に扉が開く。姿を見せたのは、空色のワンピース姿のレティシアであった。
部屋に入ってきたレティシアは、スカートを摘んで、膝を折る。
「ごきげんよう、ヤン様。少々失礼いたします」
軽やかに紡がれるその鈴を転がすような声に、ヤンは赤面しながら頷いた。
このレティシアという姫。とても素晴らしい女性だとは思うし、彼女のような人物が一流のレディだとは思うのだが、その完璧さゆえに、ヤンには少々苦手意識がある。
「レティ。君は寝ていなくてはいけないんじゃないのかい?」
「今日はとても気分がいいんです。ご心配なく」
心配そうな面もちのロキフェルに対して笑顔で答える彼女ではあるが、やはり顔色は万全とは言えない。
ロキフェルは苦い笑みをこぼしながらも、仕方がないと言わんばかりに頷いてみせる。
「無理はするんじゃないよ」
「今日は、私が呼んだお客様が到着する日なんですもの。お出迎えをしなければなりませんわ」
うきうきと、どこか機嫌が良さそうに語るレティシア。
ちょうどその時扉が叩かれて、騎士団の白いマントを羽織った騎士が中に入ってきた。
「ああ。到着したか。ヤン君、少し席を外しても構わないかい?」
突然話を降られ、ヤンは慌てて頷いた。
廊下に出ていこうとするロキフェル達の背中をぼんやりと見送る。ふと、ヤンは我に返って走り出した。
扉をくぐり、歩いていたロキフェルの後ろ姿に問いかける。
「俺も、ご一緒しても良いだろうか?」
レティシアとロキフェルは顔を見合わせ、どちらからともなしに頷いてみせた。
国王自らが面会に赴くなど、今から彼女たちが会いに行く人物は、アリアの大物かも知れない。アリアとの友好を築くにも、様々な交友関係を作っておかねばならぬと、勝手に思いこんでみた次第であるが。
二人はアリア城の貴賓室へ辿り着いた。
レティシアは立ち止まり、扉を叩く。
中にいた騎士が扉を開き、さらに奥にある部屋へと案内された。
銀髪の長身の男が窓の前に立っていた。紫色のマントを羽織り、威風堂々として、高貴さを滲ませる容貌のその男は会釈をよこす。
その顔の端正なこと。レンがいたら、浮かれること間違いなしである。あの妹は、あれでかなりミーハーなところがあるのだ。
「ナファイラ王子、ようこそお越し下さいました」
レティシアが優雅な仕草でお辞儀をした。
ナファイラ。その名前には、ヤンも聞き覚えがあった。ウィルフの第一王位継承権を持ち、数ヶ月前にジェシカとの婚約が破談になった男。
「いや。こちらこそありがとう、レティシア王女。このような機会を戴けたことを、感謝しておる。……シェスタは、自分に招待状が来なかったと、ふてくされておったがな」
無表情で淡々と告げた彼はレティシアの手を取って、その甲に口づけをする。
その後ロキフェルへと挨拶をした彼に対し、ロキフェルはにこにこと機嫌良く微笑んでいた。
ナファイラはヤンの前に立つ。
ヤンも身長は高い方ではあるのだが、そのヤンよりも目線が高い。
めらめらと、何故か分からぬが対抗意識が芽生えていくのが、自分でもはっきりと分かった。
「もしや、ターチルの頭領殿ではあるまいか?」
「ああ。ターチルの頭領、ヤンだ」
ナファイラはにこりともせずに、ヤンに手を差し出す。
「ウィルフの王子、ナファイラと申す。以後、よろしくお見知り置きを願いたい」
握手を交わした彼は軽く頭を下げて、改めてレティシアへと向き直った。
「お姉さまは外出をしていますの。それまでは、お城の案内でもいたしますわ」
「気遣いは無用だ、レティシア王女。貴女はゆっくりと休んでいる方がよいのではないか?」
その言葉に、レティシアは肩をすくめてみせる。
「大丈夫ですわ。皆様、本当に過保護なんですから」
「そうか。ならば、頼んでもよいだろうか」
「お、俺も……っ」
ナファイラの言葉にレティシアが返事を出すよりも先に、ヤンが手を上げる。
レティシアは微かに驚きを、眉を上げることによって示した物の、微笑みは絶やさずに頷いた。
* * *
「シーガル殿っ。とってもおいしいぞ」
浮かれた様子でケーキを頬張るレン。
ジェシカのためにお茶のお代わりを入れていたシーガルは、微笑みを返した。このケーキは昨日シーガルが作った物であったため、褒められると素直に嬉しい。
「シーガルはお菓子作りが得意なんですわよ~」
「うむ。料理が得意な男というのも、また良きかな。ちなみに、レンは料理は苦手ぞ。父上がかようなことはせんでも良いと言っておったのでな」
「あらあら。実は私も苦手ですの。でも、普通のクッキーはちゃんと作れますわよ」
「おお。それは素晴らしい。今度、教えてくれ」
きゃいきゃいと、はしゃぐ二人の声を聞きながら、シーガルはジェシカの前にお茶を出した。
ジェシカとレンはずいぶんと仲が良い。シーガルはすっかり蚊帳の外に追い出されたという感じではあるが、まあ仕方がないのだろう。
テーブルの上にある皿は、いつの間にか空になっていた。無言で立ち上がり、クッキーのお代わりを取りに行く。
窓から外を見てみると、まだまだ雨は止む気配を見せていない。
棚にしまってあるクッキーを取り出し、皿に盛ると居間へと戻った。
微かに開いた扉から、中の灯りが漏れていた。
取っ手に手をかけたシーガルは、中から聞こえてきた会話に思わず動きを止める。
「ジェシカ殿。レンにシーガル殿をくれ」
自然と表情が強ばるのを感じる。そんなシーガルに気付いていないらしいレンは、真剣みの帯びた口調ではっきりと続ける。
「レンはシーガル殿のことが好きなので、おつき合いをしたいと思っている。だから、くれ」
聞いてはいけない会話を聞いてしまったという後ろめたさより、自分のことが好きだという物好きな少女の存在に気付いたことより、ジェシカの反応が気になってしまった。
ひっそりと息を潜めて、ジェシカの次の言葉を待つ。
「あらあら、まあまあ。レンちゃんったら、シーガルが好きなんですの」
彼女の言葉は非常にのんびりとしていて、素直に感心をしているようであった。
思わず肩を落とし、ため息を付く。
そして、どうしてこんなにがっかりしているのだと、自分の胸に手を当てて考える。
彼女にとって自分は単なるお目付役。シーガルが誰とつきあおうが関係ないのは当然なのだ。彼女はシーガルの気持ちは知っているはずだが、気にしないでくれと言ったのは自分だ。あの告白から半年以上もたった今となっては、とっくに吹っ切れていると思われていても仕方がない。むしろ、シーガル自身もそう思っていた。
「そうなのだ。しかし、レンはターチルへ帰ってしまう。だから、シーガル殿も連れて帰りたいのだ」
ぎくりとして、ついつい息を飲み込む。
「レンちゃんったら、頭領と同じ事を言ってますわよ~?」
あくまでのんきそうな彼女の口調。
どきどきと、意味もなく早まる鼓動。
自分のことを男としては見てくれとは言わないが――そんなことを考えつつ、ジェシカの次の言葉を待つ。
ばたんと、大きな音を立てて、突然玄関の扉が開いた。心臓が飛び出すかと思えるくらいに驚いた。
「レンはおるか?!」
思わず耳を塞ぎたくなるような大声に、手にしていたクッキーをこぼしそうになる。何とかバランスを取りつつ顔を横に向けると、勝手に家の中に入ってきたダンがシーガルを見つけてにたりと笑った。
「なんだ、父上。人様の家で、行儀が悪いぞ」
部屋から出てきたレンは、扉のすぐ前にシーガルが立っていたことに気付いたようだ。太い眉を微かに上げる。
背中に冷たい汗を流しつつ、シーガルは思わずレンから視線を逸らした。
「レン。城へ行くぞ」
「何を唐突に。今までは梃子でも動かぬと言っていたくせに」
レンに続いてひょっこりと部屋から出てきたジェシカは不思議そうに首を傾げている。
そんな彼女の顔を見ると、意味もなく胸がざわめく。
「ちと噂を耳にしてな。面白いことが起こりそうだ」
「また父上の我が儘か? 城で兄上に会ったら、説教だぞ」
呆れたようなレンの言葉に、ダンは癖のある笑みを返す。
扉の前で立ちつくしているジェシカは訝しげな表情のままで瞬きをしていた。ふと、彼女はシーガルに気付いて視線をこちらへと移すが、シーガルはなんとなく視線を外してしまった。
結局ダンの強い要望に負け、シーガル達は城へと戻ることになった。
アリア城へと戻ったシーガル達は、廊下でレティシアに会った。
彼女はシーガル達の姿を見つけて微笑みを浮かべる。
「あら、お姉さま。お帰りが早かったですわね」
彼女が歩いてきた廊下の角から、長身の二人の男が姿を現した。
手前にいたヤンは、ダンの姿を見止めるなり、眉尻をつり上げて顔を真っ赤にして怒鳴り出した。
「父上っ! 何故ここにいるっ。一体今まで何をしていたんだっ」
凄い剣幕でダンに詰め寄ってくるヤン。その気迫に押されたのはシーガルのみで、ダンは億劫気な表情で耳を掻いている。
「そもそも、父上がアリアに来たいと言ったのだぞ。それなのに……」
そんなヤンの小言を聞きながら、シーガルは横を向いた。最近はヤンの宥め役に回ることが多いジェシカが大人しいからだ。
彼女は、レティシアの方を見つめていた。瞬きをするのも忘れたかのように、目を見開いて。――信じられない。そんな表情を浮かべて硬直をしている。
「ジェシカ様?」
訝しげに、シーガルは彼女の視線を辿っていった。
「おお。絵本の中の王子様ぞ……」
うっとりとしたレンの声と共に、シーガルはその人の存在に気付く。
「ジェシカ。久しぶりであるな」
低めの、だが不思議と優しそうな雰囲気が漂う声。
思わず目を見開き、シーガルは彼の顔を凝視した。整った顔立ちや無表情は相変わらずである。ウィルフの王子、ナファイラ。
「レティシア王女の誕生パーティに呼ばれたのだ」
ジェシカはぴくりと肩を振るわせ、その直後ふにゃっと頬を緩める。
「ナファイラ、お久しぶりですわっ。とっても会いたかったですわよっ」
ぱたぱたと足音を立てて勢いよく走っていくジェシカ。
心底嬉しそうに破顔する彼女の表情は、もしかすると久しぶりに見たかも知れないと、シーガルはなんとなく思う。
それに気付くと、ちくちくと胸に棘が刺さるような痛みが走った。
「レティにお城の案内をしていただいていたんですの? でしたら、今からは私が代わってあげますわ」
浮かれたように早口にまくし立てるジェシカを、ナファイラは微かに表情を和らげて見つめている。
いつの間にか、ヤンの説教の声は消えていた。
彼は酷く不機嫌な顔をして、ジェシカの――というよりは、むしろナファイラを見つめている。
ふと気付き、シーガルは自身の頬を撫でた。もしかすると、自分も同じ顔をしていたのかも知れない。そう、思い至ったからである。
「兄上、兄上」
つんつんとヤンの腕をつつき、レンは背伸びをして背の高いヤンの耳に口を近づける。
「ターチルの頭領はレンが継いでやっても良いぞ。だから、頑張るが良い」
「レン様……」
何をけしかけているんだと言わんばかりの瞳をレンに向けると、目を細めてにんまりとした微笑みを返された。この顔は兄の幸せを願っての発言と言うよりは、面白そうだから煽っているだけのような気がしてならない。彼女のやや斜め後方に立っているダンも似たような微笑みを浮かべているため、なおさらに。
「その時は、シーガル殿に補佐を頼んでも良いか?」
「……え?」
返す言葉が思い当たらずにその場で硬直をしていると、レンは口の端を持ち上げてウインクをした。
「貴様はなかなか剣の腕が立つと聞いたぞ」
ダンに話しかけられ、ジェシカと話していたナファイラが顔を上げる。
大柄なダンと見つめ合うことしばし。彼は恭しく頭を下げた。
「どこから出た噂かは分からぬが、前頭領殿には遠く及ばぬであろう。貴方の名は、ウィルフでも有名である。……ダン殿」
「かかか。なかなか礼儀を知っている奴ぞ」
機嫌が良さそうに笑ったダンは、顎でヤンのことを指す。
「どうだ。儂の息子と、手合わせでもしてみぬか? ウィルフの技に興味があるわ」
「あー。ダメですわよ。今日は雨ですし、これからナファイラは私とお話をするんですのっ」
不満を訴えるジェシカは、ナファイラを渡さないとばかりに彼の腕に自分の腕を絡める。ヤンの肩がぴくりと動き、シーガルは思わず乾いた笑みを浮かべた。
ナファイラはダンと、そしてジェシカとレティシアとを順に見つめる。
レティシアは困ったような表情を作って、ナファイラの気持ちを伺うように彼のことを見上げていた。
「邪魔をするでない、バカ姫。ウィルフとターチルの交流ぞ。我らは武人だからな。手合わせをするが一番だぞ。のぅ、ヤン?」
「ああ。是非にとも頼む」
温厚なヤンの熱のこもった懇願に、ナファイラはジェシカの了解を取って、申し出を受け入れる。
メラメラと燃えているヤンの瞳。
何でこんなに対抗意識を持っているのかなぁと思いつつ、シーガルは苦笑を漏らす。ヤンから視線をナファイラへと移すと、こちらを見ている彼と目が合った。
「シーガル殿は、参加はせぬか?」
唐突なその申し出に、慌てて手と首を振る。
「む、無理ですよ。魔法勝負ならともかく、剣は全くの素人ですっ」
実際には、万一戦場に出たときの護身術として多少は剣術も習ったこともあった。しかしその腕前と言ったらキャメロン達はもちろん、正式に剣を習ったことがない、子供の遊びレベルのカミルにも勝てないほどである。
「ふむ。それは残念であるな」
相変わらず、残念とは思えない淡々とした言葉に首を傾げる。何故彼が、自分などと腕を競おうと考えたのだろうか……。
「兄上、頑張れ! 顔では全然負けているからな。この辺で良いところを見せねば」
そんなレンの言葉を聞きつつも。シーガルはぼんやりとナファイラの端正な顔を見つめていた。