ナファイラ7
クッキーとケーキの入った箱を持って、ジェシカはナターシャの部屋を訪れるために歩いていた。
互いに敬称なしに名前を呼び合うようになってから、ジェシカとナファイラの仲は良い感じになっている。少なくともジェシカ自身はそんな手応えを感じるようになっていた。その理由のひとつは、ナファイラが微笑みを浮かべる回数が増えているからである。
この城に滞在している間、暇だったらナターシャの話し相手になってくれとナファイラは言っていた。ジェシカはナターシャのことは好きなので、断る理由などない。
本来はシーガルと共に行動をしろと言われているのではあるが、彼が捕まらなかったため、ジェシカはひとりで歩いていた。
ナターシャのいる離れ。
ここは相変わらず人の出入りが少ないようである。
誰もいない廊下を歩きながら、ジェシカはきょろきょろと周りを見た。本館の方には悪趣味なくらいに飾られている彫刻品なども、こちらにはまったく見当たらない。
珍しく廊下を歩く影がある。
廊下を曲がろうとしていたジェシカは思わず立ち止まる。ナターシャの世話をしている侍女であろうか。それとも彼女自身であろうか。そんなどうでも良いことを考えながら、角から廊下をのぞき見た。
廊下を歩いているのはナターシャとコーウェルであった。
コーウェルが昔ナファイラの世話係だったということから、この二人が一緒にいるというのはおかしくはないような気がする。ただ少しだけ気になったのは、二人はそろって俯き加減に歩いているということ。
「……ん?」
ちょこんと首を傾げて、ジェシカは二人のことを見送った。
静まりかえった廊下で、時間だけがただ穏やかに流れていく。
ナターシャは外出してしまった様なので、彼女の部屋を訪れる用事はなくなった。本日のナファイラは、部屋で急ぎの仕事をしなければならないと言っていた。邪魔をしないようにと気を遣っていたのだが、ケーキを届けるくらいならば罰は当たらないだろうと判断をして、彼の部屋へと向かった。
扉を叩くと、ナファイラが応対に出て来る。
「ケーキのお裾分けに来ましたの。お仕事の邪魔をしてはいけませんから、すぐに帰るつもりですけれど。お皿、あります?」
許可を貰ったジェシカは、すでに勝手知ったる彼の部屋の奥に入り、棚から皿を取り出す。
「せっかく来たのだ。私もそろそろ休憩を考えていたところなので、一緒にお茶でもどうであろうか?」
そんな申し出に二つ返事で了承して、ジェシカは椅子に腰を下ろす。いつものようにナファイラがお茶を淹れてくれる。
「本当はですね。おばさまと一緒に食べるつもりだったんですの。でも、おばさまはお出かけをしてしまったので、お裾分けに来ましたのよ」
「母上が……?」
瞬時に険しくなるナファイラの表情。ふと、ジェシカはナターシャと初めて出会った時のことを思い出した。彼はナターシャが一人出歩くことを快く思っていないのだ。
「あ、でも。コーウェルさんと一緒だった様ですから、心配は、ないんじゃありませんの?」
叱られた子供のように、しどろもどろと言葉を紡いでいく。すると、ナファイラは椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がり、部屋を出ていってしまう。
「ナファイラ?」
しばらくその場で狼狽えていたが、慌ててジェシカは彼を追った。
階段を駆け下り、中庭の方へ疾走するナファイラ。ジェシカも懸命に走るが、彼の背中は遙か彼方にある。しかも走れば走るだけ、彼の姿はどんどん遠のいていく。
「ちょ、ちょっと、待って……」
突然、派手な音を立てて何かに当たった。
悲鳴を上げながらジェシカはその場に尻餅をつく。激しい勢いで打った尻を撫でつつ顔を上げると、目に入ったのは紫色の衣装。
そこに倒れていたのはウィルフの王女、サーシャであった。
ジェシカと同じ様な格好で床に座り込んでいる彼女は、いつもと同じ眠たそうな眼のまま、横へと視線をやっていた。ナファイラの背中がいつの間にか視界から消えてしまっている。
無言で立ち上がったサーシャは、衣類に付いた埃を払い、ジェシカに手を差し伸べてくれる。素直に礼を言い、ジェシカはその手を借りて立ち上がった。
「ごめんなさい。急いでいたので、ついつい……」
ぺこりと頭を下げるが、サーシャは関心がなさそうな瞳のままでナファイラの消えた方向を一瞥する。
「……何があったのかは知らないけれど、部屋で大人しくしていた方が良いのではなくて?」
抑揚のない、淡々とした口調。どこか人間味の感じられないその調子に、ジェシカは唇を尖らせて首を振る。
「何だかさっぱり分からないのですけれど、呑気にケーキなんて食べているわけにはいきませんの」
サーシャは「ふぅん」と頷き、ジェシカに向き直る。その紫色の瞳は、少しだけ興味の色を帯びているように感じられた。
「何が、あったの?」
彼女からそう問われるのは、何故か酷く違和感があった。だがあまり気にせずに、ジェシカは長々と自分が見た物の説明をした。
サーシャは、始終無表情だった。
話を聞き終えた彼女は何かを確信したらしく、もう一度警告を繰り返す。
「あなた、部屋で大人しくしていた方がいいわ」
「どうしてですの?」
訝しげに問うと、サーシャは首を傾げた。まるで出来の悪い生徒の質問に困る教師のようでもあった。長い銀色の髪がさらさらと流れる。
「コーウェルは、危険よ」
「どうしてですの? コーウェルさんとはあまり話したことがありませんけれど、ナファイラのお世話係だったんでしょ?」
彼が好きな人物を悪く言われているようで腹を立て、食ってかかる。だがサーシャはまるで気にしていない。
「ナファイラが子供の頃は、ね。少し前に父の命令で、彼はイライザ付になったそうよ。近衛兵は本来は父の命でしか動けないのに、イライザが好きに使っていいという条件でね……まぁ。私には、関係はないけれど」
それだけを言い残し、彼女は踵を返して歩き出してしまった。
小馬鹿にされたような気がして、ジェシカは眉間に皺を刻んでうなり声を上げる。
ふと我に返り、ジェシカはナファイラが消えた廊下の突き当たりを見た。当然ながら、彼の姿はどこにもない。
ジェシカは再び走り出した。
息を切らせ、周囲へ忙しなく視線を動かしながら走る。
扉を出て、中庭を横断し、建物を抜け、やがて裏庭へとたどり着いた。
「イライザの差し金か……?」
低いナファイラの声。
ジェシカは表情を明るくして、そちらに駆け寄った。数本立ち塞がっている木の幹を避けて花壇のある庭へと出る。
始めに目に入ったのは、淡く輝く、鋭い刃。――普段は腰に携えてあるだけの、ナファイラの長剣であった。
「まさか。私の独断です……」
芝居味がかったコーウェルの口調。
瞬きをしながら、ジェシカはその場に棒立ちになる。
ナファイラはコーウェルに剣を突きつけていた。そして、そのコーウェルの腕の中には、気を失って彼に身を預けているナターシャの姿が。
「おばさま……?!」
ぎょっとして、思わず声を上げる。
コーウェルとナファイラを取り囲んでいた数名の近衛兵達がこちらを向く。
ナファイラは視線をこちらにやろうともせずに、まっすぐにコーウェルを見つめていた。その顔には何の感情も表れてはいない。
「我が主君はイライザ様。そして、シェスタ様。あの方達が王位を継ぐには、ナファイラ様……。あなたの存在が邪魔なのです」
真っ直ぐにジェシカのことを見つめ、まるでジェシカに説明をしてくれるかのように語るコーウェル。
口をぽかんと開けて、ジェシカはコーウェルの視線を真っ向から受け止める。威圧をしているわけでもなく、だからといって温かなわけでもない。それはナファイラと同じ顔。胸の内の思いを隠すように、何かを封じ込めようとしている顔。
ふと。緊迫していた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。
それはナファイラが手にしていた剣を床に落とした瞬間に訪れていた。
彼は振り返り、ジェシカのことを見て、優しく微笑む。
「すぐに戻るので、しばし部屋でくつろいでいてくれ、と伝えるのを忘れておったな。母上にまた叱られてしまうな。母のことになると、すぐに取り乱してしまう癖は直しなさい、と」
――漠然と、ジェシカはサーシャの忠告の意味に気付きはじめていた。
* * *
夕飯の時間になっても、就寝の時間になっても、ジェシカは帰ってこない――
ジェシカの部屋にはシーガルの他に、レティシアとデューク、そしてボリュドリーがいた。見慣れた顔ぶれではあるが、約一名を除いて皆暗い表情をしている。レティシアに至っては、血の気の引いた顔をして小気味に震えていた。
扉が叩かれ、返事も待たずに中に入ってくるのはヒツジ。
「ナファイラ王子も、ナターシャ殿もいない」
騎士団経由で情報収集をしてきたヒツジ。彼の告げた内容を聞き、椅子に座っているレティシアがきつく目を伏せた。
あのジェシカが食事を抜いて何かをしているというのは考えにくい。また、ナファイラ達と一緒に食事を取りに行くとしても、ジェシカはともかく、ナファイラならば何かしらの連絡をよこすはずだ。
沈鬱な雰囲気が続く。
それを破ったのは、高目の澄んだ声音。
「私。直接、ウィルフ王に話を通してきます」
そう言って立ち上がるレティシア。彼女は思い詰めたような顔をして、扉へと歩き出す。
だが、彼女の細い腕をヒツジは乱暴に掴んだ。
「行ってどうするつもりだ、レティシア。落ち着け」
「私は冷静ですわよ」
怒ったような口調で告げ、レティシアは乱暴にヒツジの腕を振り解く。
「この国では王位継承に絡んだ争いごとがあると聞きます。ナファイラ王子がお姉さまと婚姻関係になることで、不利益を被る人物がいるはずですわ」
「だとしても、今はまだ何かの証拠が上がった訳じゃないだろ。……王への謁見はイ・ミュラー様に任せて、お前はここで大人しくしてろ」
レティシアはぎゅっと服の裾を握りしめ、青い顔をしながら俯いてしまった。小気味に震えるその肩に、ヒツジが優しく手を添える。
大きな蒼色の瞳からは今にも涙がこぼれてきそうである。だが、彼女はそれを必死で堪えているようであった。
しばらくの間、そんなレティシアを眺めていたシーガルであったが、無力な自分にやりきれなくなってぽつりと呟く。
「せめて、ジェシカ様の居場所が分かる何かを持たせていれば良かったのに」
ため息混じりにそう吐き捨て、膝の上で手を握りしめる。
「そういやお前、出来ないの? いつもジェシカと一緒にいるんだから、得意の魔法でジェシカの気配を察知するとかさぁ」
魔法の知識がほとんどないヒツジの脳天気な言葉に、シーガルは力無く首を振る。
「出来ませんよ。ジェシカ様に目印になるような、魔力の籠もった物を持たせていなければ追跡はできません」
「そんな物、持たせていませんわよね……」
少しは落ち着いたのか、ため息混じりにレティシアが続ける。
そう。今までも何度かそれを考えたことかはあったのだが、結局の所何も対策はしていなかったのだ。
「あ」
唐突に響いたのは、今まで無言でいたデュークの声。
一同の視線が彼に集中する。
デュークは考えるように視線を宙へと浮かし、いつも通りの無愛想な顔をシーガルへと向けてきた。
「姫さんは、最近赤いネックレスをしているか?」
「ハート形の?」
デュークは無言で頷いた。
「それでしたら、最近よく身につけていますわよ。……たしか、今日も付けていたと思いますけれど」
同意を求めるようにレティシアがボリュドリーへと視線をやると、彼女も強く頷いた。もっと美しく高価そうなネックレスはたくさんあるのだからとボリュドリーが言っても、ジェシカは全然聞いてくれなかったらしい。
「あれは、俺が姫さんにあげたものだ」
デュークの意図がつかめずに、怪訝そうに眉を寄せるレティシア。
「あのネックレスは、キャメロンが魔力を注いでいる。何かあったとき、探知機代わりになるようにしてくれと、俺が頼んだ」
「なんだって?!」
思わず叫ぶシーガル。
今までシーガルはそんなことには気づかなかった。いや、問題はそんな事実ではなく、シーガルに内緒でそんなことをしていた事である。お目付役である自分には、一言くらい教えてくれても良いのではないか。
「それじゃあ、その魔力を辿れば、お姉さまの居場所が分かるんですのね」
弾んだレティシアの声を聞いて、シーガルは我に返った。今はデュークを咎めている場合ではない。
ふと気付けば、皆の視線がシーガルに集中している。
冷たい汗がシーガルの背筋を伝っていった。同時についつい両手を肩の高さまで上げて、降参のポーズを作ってしまう。
「キャメロンが込めた魔力なんて、俺に辿れるわけはないですよ」
情けない口調で語ると、皆の期待に溢れた視線が一瞬にして絶望へと変化する。
「情けないぞ、シーガル。お前、それでも魔法兵団の第一位の称号を持つ男か?! キャロなんて、ただの騎士団員だぞ」
「無茶苦茶言わないで下さいよ。俺は今まで、あのペンダントがそんな代物だったことにさえも、気付かなかったんですから」
自分を指さすヒツジの人差し指を見つめながら、シーガルはため息をついた。
その時、レティシアの蒼色の瞳が自分を映していることに気付く。
「キャロに、連絡は取れますか?」
しばし迷い、シーガルはポケットの中から青い石片を取り出した。これは以前、レティシアが誘拐された際に彼と魔法で連絡を取り合うために用意をした物だ。この石は魔力を秘めた物であり、対になる石の持ち主と対話が出来るという物である。あの一件以降も便利だからとキャメロンに持たされていた。――主に、夕飯の食材の調達などに役に立っている。
シーガルは石に意識を集中させ、魔力を注ぎながら両手を組んだ。
『どうかしました?』
脳天気なその声に、いささか拍子抜けをして、シーガルは苦笑いを浮かべた。
「ジェシカ様が大変なんだ。お前の力が借りたい」
『僕の力が借りたいと言われましても……。あなたは今、ウィルフにいるんですよね? それに、僕は今お仕事中ですし……困りましたねぇ』
「ジェシカ様の一大事なんだっ」
呑気な態度のキャメロンに、苛立ちを覚えながらも必死の思いで叫ぶ。
すると、今まで離れていたところに立っていたレティシアがシーガルの近くに寄ってきた。彼女はシーガル手の中にある石片に触れ、大きく息を吸う。目が真っ赤に充血をして、今にも涙が溢れてきそうだった。
「……いいから来てっ!」
癇癪を起こしたかのように叫ぶレティシア。
静まりかえる室内。レティシアは大きく息を吐き、苦しそうに胸を押さえていた。
とんとん。
軽い音を立てて扉がノックされる。
ぎくりとして、シーガルはとっさに部屋の中の面々を見渡した。
レティシアは赤い顔をして、ごしごしと目をこすっていたし、その他の人間は何も反応を示さない。
ため息を付き、仕方なくシーガルは扉を開けた。
「すいませんけれど、今は取り込み中なので……」
「自分から呼び出しておいて、それは酷いじゃないんですか?」
ひどく聞き覚えのあるのんきな口調に、ぎょっとする。
顔を上げると、そこには白いマントを羽織ったキャメロンがいた。
「キャロ……?」
鼻にかかった声で呼びかけるレティシアに気づき、キャメロンは肩をすくめて歩き出す。
「また調子を崩しているんですか? アリアに帰ったら、カミルからお説教ですよ」
キャメロンは微笑みを浮かべ、彼女の髪を撫でる。いつもは子供扱いをするなと突っぱねるレティシアも、今回ばかりは俯いたままである。
「キャロ、お姉さまが帰ってこないの……お姉さまが……」
泣くのを必死で堪えながら状況の説明をしようとするレティシアを抱きしめ、キャメロンは周囲をぐるりと見渡した。
その視線が表情を強ばらせたままキャメロンを凝視しているボリュドリーと合うと、彼は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「レティシア様が泣きながら僕のことを呼ぶので、慌てて飛んできたんですよ?」
だからといって、アリアからウィルフまで本当に飛んでくるな、と。呆然としていたシーガルは、思わず心の中でつっこんでいた。
* * *
ここはどこかの別荘なのだろうか。
ジェシカは城とは別の場所に連れてこられていた。
窓から外を見るも、暗闇に閉ざされた世界では何も判別などできない。
ぐるぐると、切なく鳴り響くおなか。
ジェシカは重い息をひとつ吐き、ベッドへと腰をかけた。
とんとん。
軽い音を立てて扉がノックされる。睨むような視線をそちらへ向けると、鍵の開く音からやや遅れて扉が開き、食事を持ったコーウェルが中に入ってくる。
「夕食です」
彼が入ると、廊下側から錠のかけられる金属音が響く。
ジェシカは眉間に皺を寄せ、コーウェルのことを睨み付けた。
「毒など入っておりませんから、安心なさってください」
「どうしてこんな事をなさったんですの?」
テーブルに食事を置くコーウェルに問いかけるが、彼は無言である。
「ナファイラとおばさまは、無事ですの?」
その問いに関しては頷くことで肯定をする。
「ナファイラ達を、どうしようって言うんですの」
それに関しては沈黙。
「あなたは、ナファイラのお世話係だったのでしょう? それなのに、どうしてイライザの言う事なんて……」
「この件に関しては、イライザ王妃は関係ありません。私と、一部の近衛兵達の独断です」
真っ直ぐにジェシカを見つめる鋭い眼差し。
ごくりと思わず唾を飲み込み、ジェシカは拳を握りしめた。ここで迫力負けをしていけないと、自分を奮い立たせながら。
次の質問を口にしようと息を吸ったとき、先にコーウェルが口を開く。
「ここへ来る前に、ナファイラ王子と話をしました」
その名前に言葉を発するのを止める。ジェシカはおとなしくコーウェルの次の言葉を待った。
しばしの間のあと、彼は口を開く。
「あなたはこの件を忘れ、誰にも口外しないと約束なさってください。それが、王子の願いでもあります」
その言葉の意味を考え、ジェシカは唇を噛んだ。察しの悪いジェシカでも、この後彼らがどうなるのか、まったく分からないわけではない。
「それは、できません」
コーウェルは無表情のまま、ジェシカをその瞳に映している。
「私だけが助かったって、意味なんてないんですわよ。だって、私は、ナファイラのことが、好きなんですもの」
真っ直ぐにコーウェルの瞳を見据える。
コーウェルは何も反応を示さない。ただ真っ直ぐに、ジェシカを見つめているだけ。
その時、慌ただしく扉を叩く音が室内に鳴り響く。見つめ合っていた二人は、そろって扉へと視線をやった。
「コーウェル様、大変なことが……」
今まで無表情だったコーウェルの眉がぴくりと動く。
開いた扉の向こう側にいるのは近衛兵。そして、その後ろに紫色のストールを肩からかけた女が現れたのだ。化粧の濃い、銀色の髪を高い位置でひとつに結わえている女――。
「コーウェル。この度の不始末は如何様なことです?」
威張り腐った声と共に姿を現したのは、ウィルフの正妃、イライザであった。