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フィアンセバトル  作者: きなこ
10章 ナファイラ
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ナファイラ4

 ナターシャと出会った翌日、ジェシカの部屋をナファイラが訪れた。白いシャツに黒いズボンとコート。王族の証である紫色のマントは身に纏っておらず、腰には帯剣をしている。いつもとは少々違った出で立ち。


「ジェシカ王女。今日は天気も良いので、馬で遠乗りでもしてみぬか?」

 いつも通りの無愛想な顔でのお誘いである。

 昨日見たのは実は単なるそっくりさんだったのかと訝りながら、しげしげとナファイラの顔を見つめていると、横からボリュドリーに押しのけられた。


「ええ、もちろんでございます。ただいま、準備をさせますので、少々お待ち下さいませ」

 何を張り切っているのか、ボリュドリーはジェシカの腕を引いて奥の部屋へと入っていく。本を読んでいたレティシアは、ナファイラの応対に出たようだ。


 侍女達に着替えさせられ、追い立てられるようにナファイラの前へと連れて行かれる。

「まあ。城の近くに、そのような場所がおありでしたの。存じ上げませんでしたわ」

「ああ。ジェシカ王女は花が好きだと聞いたので、気に入ってもらえると思ったのだ」

 レティシアとの方がナファイラの会話も弾むようである。いつもより口数の多いナファイラを見て、少しだけ不満げに唇を尖らせるジェシカ。


 ジェシカに気づいたナファイラは、軽く頭を下げて手を差し出す。王子様に手を差し伸べられる図。それは悪くない構図だとあっさりと機嫌を直し、ジェシカは微笑みを浮かべながらその手を取った。




 ナファイラは道中、何を話すわけでもなしに馬を操ってどこかへと向かっていた。付添人はジェシカのお目付役であるシーガルと、ウィルフ近衛兵のコーウェルの二人だけ。


 城門を抜け、ごつごつした土肌の道を駆け抜ける。

 ややきつめの丘陵を駆け上った。

「危ないことはないので、安心をしてくれ」

 一人で馬に乗れないジェシカはナファイラの前に横に座り、彼に抱きかかえられるような格好になっており、始終鼓動を高鳴らせていた。間近で顔を見つめても、欠点が見あたらないほど整った顔立ちをしている王子様。


「外に出ている間は、私が責任を持って王女をお守りしよう。まあ、いざというときには、シーガル殿とコーウェルが貴女を守ってくれるであろうがな」

 自分のことを守ってくれる。そんな言葉に胸をときめかせ、ジェシカは赤面する頬を隠すように俯いた。


 胸の鼓動が聞こえてしまっては恥ずかしいからと、ジェシカは慌てて話題を変えた。

「コーウェルさんって、ナファイラ王子の世話係と言っていましたわね」

「ああ。私が幼い頃面倒を見て貰っていた。私の剣も、彼から教わったものだ」

 少しだけ懐かしむように目を細め、口元を緩める。


 おおっと、思わず眉を上げて、ジェシカはその顔を凝視した。彼のこんな表情を見るのは初めてだったのだ。

「まあ、私にとっては、父の様な存在であったな」

 呟くようにその言葉を発したときには、ナファイラはいつもの無表情に戻っていた。


 一面の草原地帯にたどり着く。

 深い緑色の草が多い茂り、色とりどりの季節の花が咲き乱れている山腹。赤色、紫色、黄色。大小様々な花を咲かせる草木達。ナファイラは馬を止め、地面に降り立つ。

「さあ」

 手を差し出され、ジェシカはおとなしくその手に掴まった。


 馬から下ろして貰ったジェシカは、大きく手を伸ばし深呼吸をする。空気はひんやりとして肌寒いが、その分空気もすがすがしい。


「あら。この花、何というのかしら」

「それはスズランだな。この花を送ると、幸福が訪れるという伝承がウィルフにはあると聞いたことがある」

「ふぅん。幸福だなんて、良いですわね。それにしても、可愛いお花ですわぁ」


 スズランの花の前にしゃがみ込んでいるジェシカの横に、ナファイラも膝を付く。

 ジェシカはふと思いつき、スズランの茎を何本か手折った。そして勢いよくその花をナファイラに差し出す。勢いに飲まれたのか、驚いた顔のナファイラはついついといった感じでその花を受け取った。


 珍しい彼の素の表情をしげしげと眺め、不思議そうに首を傾げる。表情からその思考を読みとったらしいナファイラは、少しだけ申し訳なさそうに口を開いた。


「先ほどの伝承には続きがあってな。この国では、女性が男性にこの花を贈るのは……恋の告白を意味するのだ」

「は?」


 きょとんと目を瞬かせる。

 そんなことは知らない。だが、それを知ってしまった今では、平静でなどいられなくなる。かぁぁと瞬時に顔が真っ赤になり、頭に血が上る。


「しかし、ジェシカ王女はそれを知らなかったのだから、仕方がなかろう」

 ナファイラのフォローも耳を素通りしていく。

 ジェシカはムキになってナファイラの手からスズランをひったくり、言い訳がましく早口にまくし立てた。


「ち、違うんですのっ。これは、ナファイラ王子にではなくて、ナファイラ王子のお母様に差し上げたら、喜ぶかと思って……。と、とにかく、ナファイラ王子にあげたものではありませんのっ」

 表情のない顔のままで、ナファイラは立ち上がったジェシカを見上げていた。

 その反応が、ますますジェシカの心を焦らせる。


「私、まだナファイラ王子のことが好きという訳じゃありませんものっ。だから、別に、告白だなんて――」


 と――。

「ぷっ。……ははは。すまない。私の早とちりであったな」

 おかしそうに声を上げて笑い、口元を押さえるナファイラ。とろけるような甘い表情。

 その顔に見とれ、ジェシカはその場に棒立ちになってしまう。


 ナファイラが笑い止む。ジェシカは我に返り、慌てて崖の方へ向かった。椅子サイズの岩の上に座り、鼓動を早める胸に手を当てた。赤くなっている顔を隠すように俯きながら、何度か深呼吸を繰り返す。


 しばらくすると、ナファイラがジェシカの横に立った。

「ここは、私のお気に入りの場所なのだ。幼い頃、よく城を抜け出して、遊びに来ていたものだ」

 きょとんとしながら顔を上げると、ナファイラは遠くを見つめている。ジェシカはつられるようにしてその視線を追った。


 そこから一望できたのは、ウィルフの町並み。大きな城は険しい山を背に立っている。町は碁盤目状に区画整理されており、町の家々はアリアで見る物よりも細長い印象を受ける。屋根の角度が鋭角なのだ。

 あまりの絶景と物珍しさに、恥ずかしがっていたことも忘れ、はしゃぐジェシカ。ナファイラはそんなジェシカを無言のまま見つめていた。

 しばらくして、彼が口を開く。


「王女……。少し、話しても良いだろうか」

「ええ。かまいませんわよ」


 気楽に了解する。ナファイラの灰色の瞳に自分の間抜け面がぼんやりと映っているのに気付き、気恥ずかしくなってくる。


「私の母のことなのだが、昨日、私は母が狙われていると言ったが……」

「そんなこと、言いましたっけ?」

 全く記憶にない言葉に、目を瞬かせながら問う。


 ナファイラは数回瞬きをして、前を向く。そして、言葉を選ぶように口を開いて閉じるといった動作を何度か繰り返していた。

「覚えておらぬなら、良い」

「でも。今、聞いてしまいましたわよ」

 ナファイラは沈黙した。

 やがて軽く息を吐き、決意するかのように大きく頷いた。


「母は、何者かに毒を盛られた事がある」

「どく……?」

 聞き慣れないその言葉に、眉間に皺を深く刻みながらオウム返しに尋ねる。

 ナファイラはゆっくりと頷き、目を伏せた。


「……過去の話であるが、何者かが母を殺そうとした。だから、私は母に『一人で出歩くような事はするな』と訴えている。何が起こるかは分からないのでな。昨日は、在室しているはずの母が部屋を空けていたため、少々取り乱してしまったが……」

 ナファイラは何か思うことがあるのか、こほんと咳払いをした。


「……昨日の件で、私は中途半端に言葉を漏らしてしまったのでな。それの意味は報せておく必要があるかと思った」

「でも、誰が毒なんて……?」

「私の存在を疎んじる者はいくらでもいる」

「そうなんですの? どうして? ナファイラ王子は、そんなに悪い人って感じはしませんのに? でも、だからって何でナファイラ王子のお母様に毒を?」

 首を傾げながら立て続けに問うてみると、ナファイラは遠くを見つめた。

「私は側室の子だというのに、第一王位継承権を持っているからな」

 何となく気になってしまい、話の本筋から外れるとは分かりながらも手を上げて質問をした。


「質問。ウィルフは重婚が認められているんですの?」

「ああ。私とシェスタ、また、早くに亡くなったと聞くが、サーシャ姉上の生みの母は、異なっておる」

 ジェシカは渋面になり、うーんと唸った。

「重婚って嫌ですわ……」

「それならば案ずる必要はない。私は何人も妻を娶る気はないからな」

 ぽっとジェシカの頬が赤く染まる。ナファイラに他意はないのかも知れないが、その言葉ではジェシカがナファイラの嫁になると決まったような物ではないか。


 あたふたと意味もなく手を左右に振るジェシカ。

 遠くを見ているためジェシカの反応に気付いていないナファイラは、無表情のままで言葉を続ける。

「それに、もしも貴女との婚約が正式に決まったとなれば、私はアリアに行きたい。アリアでは重婚は認められていないはずだろう?」

「……へ?」

 ナファイラの長めの前髪が風に揺れて、彼の表情を隠している。ジェシカは風によって前に流れてこようとしている髪を手で押さえ、ナファイラのことを見つめた。


「貴女は第一王女だ。国を継ぐ必要がある。ウィルフは、一応は私に第一王位継承権があるにしても、シェスタという正妃の息子もいるからな。……婚約を決め、アリアへと婿入りをしてしまえば、私は王位継承権を失うことになる。そのことにさしたる問題もあるまい」

 そんな言葉に、視界が突如として真っ暗になったような錯覚に陥る。


「もしかして、アリアの姫との見合いを承諾したのって、そのため……?」


 ナファイラはジェシカのことを見つめて、無言のまま、ひとつ頷いた。

 さわさわと風に揺れた草花が音を立てる。

 そういう意図があったとしても、普通は隠しておく物ではないのだろうか。これではまるで、ナファイラはジェシカが最も嫌う、ジェシカの身分を狙って近づいてきただけのように聞こえる。――いや、実際に、そうであったのだ。

 この無愛想な王子が、一応はジェシカのことを気にかけていてくれたことも、すべては――。


「そう……そうですの」

 口から出た言葉は、どうでも良いような一言。

 ナファイラは特に何かを気にした風もなく、風に身を任せるように目を伏せていた。


 ぐらぐらと目眩が起こり、胸に痛みが走る。

 先程までの楽しい気分はどこに行ってしまったのか。ジェシカは俯き、隣に座っている男に気付かれないように泣くのを堪えていた。




     *     *     *     




 遠巻きに、シーガルはジェシカとナファイラのことを眺めていた。何を話しているのかは分からない。だが、二人は非常に仲睦まじく会話をしている。


 かさっと、草を踏みしめる音が耳に届き、シーガルは振り返った。そこにはコーウェルがいる。頭を下げ、身体を彼の方へ向けた。

「堅くならないでくれ。今は、非公式の場だ」

 近衛兵として城の警備に当たっている彼とは、仕事上で何度か話したことはある。彼はいつも厳しい表情をしていたが、それとはうって変わった、友好的なその表情。シーガルは微笑みを浮かべ、手近な岩へと腰をかけた。


「これは、目出度く婚約も成立するだろうか」

 目を細めてナファイラを見ているコーウェル。その表情には主君の婚約を喜ぶというよりは親が安堵している様な物が混じっているように見受けられる。


「あの方も立派になられた。……きっと、ジェシカ王女を幸せにしてくれるだろう」

「ジェシカ様も、とても素晴らしい方ですから……きっと仲睦まじく、幸せな夫婦になりますよ」


 見合いは嫌だと騒いでいたジェシカではあるが、あれで結構ナファイラのことは気に入っているようである。本人は口には出していないが、シーガルには何となく分かっていた。


 ジェシカ達を見ていたコーウェルの眉が微かに上がる。シーガルは言葉を止めて、ジェシカ達の方へと視線をやる。

 いつも同じ顔しか見せたことのないナファイラが笑っていた。声を上げて、楽しそうに。対するジェシカは真っ赤な顔をして、おろおろとしているようであった。……いや、あの顔はナファイラに見とれているのかも知れない。そんなことを分析しながら、ついつい口元に浮かぶのは苦笑い。


「ジェシカ王女であれば、あの方を幸せへと導くことも出来るのかも知れませんな……」

 その言葉の意図がつかめずに横を向く。何故かコーウェルも苦い笑みを浮かべて、ナファイラを見ている。

 それきり、コーウェルは口を開かなくなった。


 重苦しい雰囲気の中、シーガルはどうすることも出来ずに、ナファイラとジェシカのことを見守っていた。

 ふと、頭の中をよぎっていったのは先ほどの自分の言葉。

 これは王族同士の縁談なのであるから、このままジェシカがナファイラの妻になるという可能性は大きい。――もしそうなったとき、自分はどうするのだろうか。考えても仕方がないことが、気になって仕方がなくなる。


 ジェシカが嫁いだ後に、話し相手も兼ねた目付役としての自分は必要などないだろう。本来は王族であるジェシカを直接守るのは近衛兵の役目である。目付役を解雇されて、彼女の護衛の人に就くなどあり得ないだろうし。友人としてジェシカは部屋に招いてくれるかも知れないが、それでも今までのようには行かなくなるだろう。まして、結婚相手がナファイラだとすると、ジェシカがこの国に嫁ぐという可能性すらある。


「寂しくなるなぁ」

 ついつい声に出てしまったその言葉。

 コーウェルがちらりとこちらを見やるが、声をかけては来なかった。


 ジェシカが他の誰かと結ばれ、幸せを手にする。それはシーガルにとっても喜ばしいことであるし、手放しで祝福できる。


 ――ただ。彼女のお目付役を辞めると考えると、悲しい気持ちになってくるのだった。




     *     *     *     




 のんびりとした午後。窓から差し込む日差しは穏やかで、ぽかぽかと部屋の中を暖めてくれる。

 うるさいボリュドリーは侍女達を連れてどこかへ行っていた。そのため、レティシアはウィルフ城の探索を止め、部屋でくつろいでいた。


「しかし、あのばあさまには困ったもんだよなぁ」

 うんざりとしたような口調で呟くのはヒツジ。彼がウィルフに来ていたのは知ってはいたが、実際に顔を見るのは今日が初めてである。カステラを頬張りながら、テーブルに頬杖を付いて、不満を吐いている。彼は幼い頃はトリスタンの友人として、現在はレティシアのお目付け役として、マナーがなっていないとボリュドリーに文句を言われているらしい。


「そんな格好をして物を食べているから、ボリュドリー様だって文句を言いたくなるんですわよ。マリアちゃんの教育にも悪いんじゃありませんの?」

「なんでそこにマリアベルが出てくる?」


 渋い顔をするヒツジ。レティシアはすました顔をして紅茶をすする。ヒツジはそれ以上追求をするのは危険と考えたのか、不満顔のままそっぽを向いてしまった。

 内心勝ち誇りながら、レティシアはクッキーに手を伸ばした。


「あーあ。忙しい時間をわざわざ割いて、レティシアの様子を見に来てやったのになぁ。……イ・ミュラー様に蹴飛ばされるしさぁ」

 ため息混じりに呟き、ヒツジもまたクッキーに手を伸ばす。


「キャロがいればなぁ……」

 恨みがましい視線に居心地が悪くなり、レティシアはふいっとそっぽを向いた。キャメロンはウィルフには来ていない。現在はアリアで騎士団の仕事をしている頃であろう。

 大げさにため息を付いて、ヒツジは繰り返す。


「キャロが来てりゃあなぁ。誰かさんが、キャロなんて来なくて良いって突っ張るからさぁ。あーあ。そのせいで、俺は忙しいのに、レティシアのおもりをしなけりゃならないし」

「だったら、仕事に戻れば良いじゃないですの。お姉さまじゃあるまいし、面倒事なんて起こしませんわよ」

 唇を尖らせて文句を言ってみるが、ヒツジは全く相手にしてくれない。聞いていないらしい。


「頭領の娘とキャロが仲良くしているからってさあ、どこかの焼き餅焼きが……」

「私は焼き餅なんて焼いていませんわよっ」

 机を叩きながら立ち上がると、ヒツジはにやにやとからかうような笑みを浮かべて、瞳だけを動かしてレティシアを見上げた。

「誰もレティシアが、とは言ってないのになぁ」

 彼はレティシアで退屈しのぎをしているだけだ。それは分かっている。だが、腹が立つ物は仕方がない。


 頬を赤く染めながらレティシアは怒鳴ろうとして、止めた。大声を上げずに理性を保っていられた理由は、扉がノックされたからである。レティシアはしずしすと椅子に座り直し、返事をした。


 扉が開く。

 廊下から中を覗いているのは、銀色の髪の化粧の濃い女だった。紫色のドレスを身に纏っているその女は、ウィルフの正妃、イライザ。


「まあ、イライザ様。わざわざお越し下さるなんて……。言いつけていただければ、こちらから伺いましたのに」

 素早く立ち上がり、レティシアは困ったような顔をした。慌てた様な素振りは見せつつも、駆け寄ったりはしない。ゆっくりと歩み寄っていく。

 イライザは嫌らしい笑みを浮かべた。何かを企んでいるような、そんな顔。


「おいしいお茶菓子が手に入ったので、是非にともレティシア姫にも分けて差し上げようと思ったのですよ」

 ほっほっほっと耳障りな高い声を上げて笑うイライザ。

 彼女の傍らに控えていた侍女がレティシアの横に控えていたヒツジに箱を差し出す。続いて、後ろから前に進み出た侍女が深紅の薔薇の花束をレティシアに手渡した。


「シェスタからですのよ。あの子、レティシア姫のことが、たいそう気に入ったようで。よければ、仲良くして下さいませ」

「まあ。光栄でございます」

 にっこりと微笑む。


 その後、数言言葉を交わしてイライザは侍女達を連れて早々に退散してしまった。

 侍女が閉める扉を見つめながら、レティシアとヒツジは顔を見合わせた。


「何を企んでいるのかねぇ、あの王妃様」

「アリアの姫という手駒が欲しいのですわよ」

 ため息混じりに呟いて、椅子へと戻る。乱暴に花束をテーブルの上へ置いた。

「そんな物いりませんわよ。毒なんかが入っていたら、事ですもの」

 ヒツジが持っている箱へと視線をくれて皮肉混じりに言ってやると、ヒツジは苦笑いをし、レティシアの向かいの席に座る。

「シェスタを牽制する意味でも、やっぱりキャロには来て欲しかったよな」

 終わったと思っていた話題を蒸し返され、眉間に皺を寄せた。


 音を立てて勢いよく扉が開かれる。

 驚いて扉を見ると、そこにはふてくされた顔のジェシカが立っていた。

「お姉さまっ。扉を開けるときは、ノックをしてと……」

 過去何度も口にしてきた言葉を繰り返そうとするが、途中で言葉を止める。ずかずかと足音を立てて歩いてくるジェシカの勢いに、怯んでしまったのだ。


 彼女はレティシアの斜め向かいの席に座り、ヒツジが開けていた箱の中身を確認する。そして、勝手にシュークリームを取り出して食べ始めた。

 ジェシカと一緒に部屋に戻ってきたシーガルに、どうしたのかと視線で問うてみるが、彼は苦い顔をするだけ。

 シュークリームをあっという間に平らげたジェシカは、レティシアが飲んでいた紅茶を飲み干し、勢いよくテーブルを叩く。


「レティっ!」

 据わった目をしたジェシカは決意をするようにはっきりと言い放った。

「私、ナファイラ王子と結婚なんてしたくありませんっ。この縁談を破棄できる方法を考えてっ」

「はい?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。


 何があったのかは分からないが、いいかげんにして欲しいものである……と、半ば呆れた心地で、レティシアは重く息を吐いた。

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