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フィアンセバトル  作者: きなこ
9章 デューク
57/89

デューク9

 ジェシカの十九回目の誕生日。


 城の大広間では多くの侍女が会場セッティングのために動き回っている。

 高い所からそれを見下ろしているのはジェシカ。赤い色のパーティドレスはこの日のために作ってもらった物である。豊かな胸元が開いている、大人の魅力を強調したようなドレスであるが、その辺はジェシカにはどうでも良いことであった。


「はぁ。あの料理を私は食べられないんですのね~」


 しくしくと泣き真似をしながら呟いていると、突然後ろからぶっきらぼうに声をかけられる。


「姫さん。主役がこんなところで何をしているんです。レティ様が探していますよ」

「あら。デューク。わざわざレティのおつか……」


 声からデュークであると悟ったジェシカは気安く話しかけながら振り返った。が、驚きのあまりついつい言葉を途中で止めた。


 デュークの表情はいつもに比べて格段に面倒くさそうである。それもそのはず。彼は騎士団の正装である黄色の縁取りをされた白い服と鎧を着込んでいる。彼の位を示す黄色いマント。腰に携えられているのは祭儀用の剣。騎士がこの格好をするのは、重要な式典に出席するときなど、まれにしかない。

 ジェシカの視線に気付いたのか、デュークは億劫そうに口を開く。


「レティ様とシーガルからのお願いと、ひーちゃんからの命令です。ついでに、キャメロンにも脅されていますし……」

「何が?」

 きょとんとしながら問うてみると、デュークは大げさにため息をついた。


「今日は一日、騎士として姫さんのお守り……ではなく、護衛をさせて戴くことになりました」

 背筋を正して頭を下げるデューク。なまじ背が高い物だから、そんな動作は妙に迫力があり、カッコイイ。

 おもむろにジェシカの前に跪いたデュークはジェシカの手を取り、その甲に軽く口づけをする。それは騎士として主君へ挨拶するときの礼儀のような物なのだが、邪な気持ちのあるジェシカは赤面してしまい、その場で硬直をする。


「では、参りましょう。姫君」

 誰かに教え込まれたような棒読み口調ではあったが、ジェシカは満面の笑みを浮かべながらこくこくと頷いた。



 パーティが始まり、城の大広間には貴族達が押し寄せてくる。広いはずの大広間はあっという間に来客で一杯になっていた。

 ジェシカは開場からしばらくして、皆の前でお礼の言葉を述べた。――実は、レティシアに渡された文章を朗読しただけなのだが。舌も噛まなかったし、ちゃんと笑顔も浮かべられたはずである。それに関しては八十点をあげるとレティシアは言っていた。


 その後、ジェシカはデュークと一緒に、礼を述べながら大広間を歩き回った。


「本日はおめでとうございます」


 突然横から声をかけられ、ジェシカは立ち止まった。声の方に身体を向けると、そこにいたのは茶色の髪の中年夫婦。男性の方は口ひげを生やしており、女性の方は少々恰幅の良い感じで、赤毛を後ろでひとつに結わえている。


「お祝いの言葉、ありがとうございます、ガルシア様。本日はゆっくりと楽しんでいってくださいねぇ」

 にこにこと微笑みながら頭を下げる。

 ガルシア夫婦は少しだけ驚いたように顔を見合わせ、そして嬉しそうな表情を浮かべながら深く頭を下げた。


「……頑張りますね。42戦40勝じゃないですか」

 去っていく夫妻の後ろ姿を見つめながらぼそりとデュークが呟く。暇だったのかわざわざ数えていたらしい。

 ジェシカは得意げに胸を張った。


「えっへん。少しは私のことを見直してくださいました?」


 デュークが答えるよりも先に、別の男性から声をかけられる。今度は家族連れの様であり、黒髪の中年夫婦に、レティシアと同い年くらいの少女がいた。


「ジェシカ様。本日は……」

 柔らかい微笑みを浮かべながらお祝いの字句を述べている中年男性を前にして、ジェシカは少しだけ引きつった笑みを浮かべた。目前の男性の名前など、まったく覚えていないのだ。

 とにかく、ジェシカは目の前の男の言葉にだけ注意を向け、一生懸命聞くことにした。レティシアのように頭は回らないので、気の利いた言葉などは言えないため、うんうんと頷くだけになってしまうが。


「本当に、今日は私の誕生日のために来てくださってありがとうございますわ」

 最後ににこりと微笑みながらそう言うと、中年男性達は人の良さそうな笑みを浮かべ、深く頭を下げた。その表情は何故かとても嬉しそうである。そんな笑顔を向けられると、ジェシカ自身も気分が良くなってしまい、ついつい頬が緩んでしまう。

 お辞儀をしてその場を去り、デュークと共に歩いていく。


 次に会った貴族に対しても同じように接する。そして次も――

 最も、顔と名前の一致率はどんどん落ちていったのではあるが。



 そんなこんなで小一時間もたった頃。ジェシカの挨拶回りはだいたい終わった。


「あーん。くたびれましたわー」


 バルコニーに出て休憩を取っていたジェシカは、デュークが持ってきたワインを一気に飲み干した。

 デュークは相変わらずの顔をして、会場に背を向けて町の方を見ている。その視線が何を写しているのか気になり、ジェシカは彼と同じ方向を見つめた。ジェシカの瞳には闇の中にぽつりぽつりと浮かぶ灯りしか見えない。


 なんとはなしに室内へと視線を戻すと、アンジェリカの姿があった。彼女は瞳の色と同じの紫色のドレスで着飾っていた。鋭い瞳がジェシカのことを睨み付けている。後ろめたい気持ちがなくなったジェシカは、目を細めてその視線を真っ向から受けてやった。すると、彼女は何も言わずにくるりと踵を返して消えてしまう。

 ジェシカは息を吐き、気合いを入れるようにぐっと拳を握りしめた。


「よし。気合いを入れて頑張りますわよ」


 次はダンス。最初は知っている人に相手をして貰おうと、ヒツジかキャメロンを探しながら、足を踏み出そうとする。

 すっと横から差し出される腕。

「よければ、相手になりますよ」

 にこりともせずにそう言う彼に対し、ジェシカはぎょっとした。

「あなた、踊れましたのっ?!」

「キャメロンに教えられたんです」


 口をぱくぱくと開閉させながら背の高い彼を見上げていると、デュークはどうでも良さ気にため息をつく。

「嫌なら構いません。ただでさえ、今日の主役が一番最初に護衛の騎士と踊るなんて、風当たりが強そうですからね」

「もしかして、それも、キャメロンさん達の指示ですの?」

 案の定と言うべきか、彼はこくりと頷いた。


 しばし呆然としていると、「あ」と思い出したようにデュークが言葉を発する。彼は懐に手をいれて、何かを出した。綺麗に包装された、細長い箱。

 きょとんと瞬きをし、それとデュークの顔とを見比べる。


「忘れていました。あげますよ。誕生日プレゼントです」

「っな……。けちなあなたがわざわざ誕生日プレゼントを買ってきて下さるなんて……。これも、キャメロンさんの指示ですのねっ」

「……いらないなら持って帰ります……」


 慌てて、半ばひったくるようにして箱を受けとり、ちらりとデュークの顔を伺う。相変わらずの仏頂面からは何も伺い知ることは出来ない。

 ジェシカは一応開けると断ってから、不器用な手つきで紙を破いていった。中にあった入れ物の蓋を開いてみると、そこにあったのは小さな赤い石の付いたペンダント。石はハートに形取られており、周りを囲っているのは白い小さな石。


「あ、かわいい」

「まあ、姫さんの感覚からすると安物でしょうけれど。町に出かける時くらいなら付けられるでしょう」


 ジェシカはうんうんと頷いて、早速首にかける。すでにジェシカは首に派手なネックレスを付けているため、どうしても見劣りしてしまうデュークのペンダント。

「変ですよ」

 あっさりとそう言われてしまったが、それでもジェシカは満足なのである。満面の笑みを浮かべると、デュークはひょいっと肩をすくめた。


「ありがとうございます。本当に、嬉しいですわ」

「まあ、アンジェリカ嬢の事では、姫さんにも迷惑をかけましたしね」


 その言葉はすでに過去形になっている。それだけの事なのに、胸にざわめきを覚える。彼の恋人の振りをしているのは本当に楽しくて、幸せだった。だがそれは、もうすでに終わったことだ。それを実感すると、たまらなく悲しくなってくる。


 ジェシカは上目遣いにデュークのことを見上げた。そして、何度目になるか分からない勇気を振り絞ってみる。


「デューク。……私と、今度は、真剣なおつき合いをしませんか?」


 三度目になるその問いに対し、デュークははじめて返事に迷うように口を閉ざす。胸がばくばくと音を立てて鼓動を早めている。心なしか、呼吸をすることすらも困難に感じられる。

 ジェシカが言葉を発してから、果てしなく長い時間が過ぎ去ったような錯覚に襲われる。実際は一分も間は空いていない。だが、ジェシカは沈黙に耐えきれなくなり、口を開いた。


「私、あなたのことが好きなんですのよ」

 瞳を直視する勇気がしぼんできて、視線を逸らしながらぼそぼそと呟く。


「……嫌です」

 返ってきた答えは、相変わらずの物であった。その言葉には優しさも哀れみも含まれていない、機械的な響きすらある。


「どうしてですの? 私より、アンジェリカの方が好き?」

「それはありません」


 はっきりきっぱりと言ってのけたデューク。少しだけ彼女に同情しながらも、ジェシカは唇を噛みしめて勇気を奮い起こす。そして、ゆっくりと顔を上げた。


「好きか嫌いかと問われれば、まあ、確かに姫さんのことは好きですよ。ですが、それとこれとは全くの別問題です」

「どう違うんですのよ」

「……俺にとって、姫さんは姫さんなんですよ」

 意味不明なその言葉に、首を傾げる。


「つまりは、カミルと一緒と言うことですの?」

 お姫様嫌いと公言していた彼のことを思い出す。デュークはまたもや肩をすくめた。

「特に身分を気にしていたわけでもありませんが、まあ、似たような物かも知れませんね。最初から対象外だったんです」

「その認識は変わりませんの?」

 なおも食い下がってみるが、デュークからの反応は変わらない。


「今は、誰ともつきあう気はありません」

「せっかくの青春がもったいないですわっ」


 怒鳴りつけてやるが、彼が簡単に考えを改めないことくらい分かっている。じわじわと目頭が熱くなってきた。

 大声を出してしまったせいか周りからの視線を感じる。近くには人はいないため会話までは聞こえないだろうが、さすがに泣き出すわけにはいかない。


「好きなのに……」

 ぽつりとつぶやく。


「アンジェリカを見返すという目的もありましたけれど、本当はあなたを見直させるために、今日だってがんばったんですの。頑張って人の名前を覚えたし、ダンスだって踊れるようになったし、ご馳走だって我慢していますのよ?」

「まあ、確かに。今日は少しだけ感心しましたよ」


 パーティ会場から流れてくる音楽の曲調が変わった。

 それに気づいたらしく、デュークは広間の方を見やる。ジェシカもまた、顔を上げてため息をついた。


「主役がいつまでも不在にする訳にもいきませんわ……」

 ジェシカはデュークのエスコートで会場に戻った。


 デュークと向かい合う。彼の手を取ってゆったりとした曲調に合わせてステップを踏みはじめる。鼓動が高鳴っているせいというより、むしろ切なさで息苦しくなり、胸に痛みを覚える。


 デュークのステップはダンスの教師であったキャメロンとよく似ていた。彼と同様に上手にリードをしてくれるため、ジェシカも安心して彼に身を任せられる。

 今がずっと続けばいいのに……そう思いながら、そっとデュークの手を握りしめた。

 しかしあっと言う間に曲は終わりを迎えてしまう。


 そっとデュークから手を離すジェシカ。

「ありがとうございます」

 何に対してそう言ったのかはわからない。

 デュークは何も反応を示さなかったが、たとえ反応を返してきたとしても、ジェシカには見届けることはできなかったはずである。すぐに彼に背を向けて会場を見渡していたのだから。

 紫色のドレスを身に纏っている少女の姿を見つけだし、ジェシカはそちらに向かって歩き出した。


「アンジェリカ」

 呼ぶと、彼女はふてくされたような表情をこちらに向ける。

「こんばんは、ジェシカ姫。……本日はずいぶんと頑張っていらっしゃるようですね。みなさん、とても驚いているようです」

 刺々しい言葉はいつものこと。


 ジェシカは口元に笑みを浮かべ、彼女の手を取った。突然のことに驚き戸惑い、視線を激しく揺らすアンジェリカ。

「騙していたお詫びですわよ」

 ぶっきらぼうに言い捨てて、ジェシカはデュークの前に彼女を導く。


「デューク。一曲だけ、彼女につきあってあげて」

 表情は「嫌だ」と物語っているが、それを言い出すこともできないのか、デュークは渋々頷いた。

 アンジェリカは目を見開いてジェシカの事を見つめていた。しかしその目前にデュークの手が差し伸べられると、可愛らしく頬を赤くする。デュークの手を取って彼と向かい合ったアンジェリカは頬をほころばせ、幸せそうに微笑んでいた。


「……もう、デュークは関係ありませんもの」

 踵を返して歩き出したジェシカの前に差し出される手。今はそんな気分ではないのにと思いつつも、引きつった笑みを浮かべながら横を向く。

「一曲踊っていただけますか、ジェシカ様」

 優しい微笑みを浮かべているのはキャメロンであった。ジェシカは躊躇うこともなく、彼の手を取った。


「……キャメロンさん。わたくし、また振られてしまいましたの」

 ぽつんと、キャメロンにだけ聞こえるように呟く。キャメロンは一度頷いたが、それ以上の反応は見せない。

「次こそは、絶対にいい人を見つけてみせるんですから」

 気合いを込めるように口元を引き締めると、涙がこみ上げてくる。ぐっと口元に力を入れ、必死で涙をこらえた。


「少し、さぼっちゃいましょうか?」

 見慣れた感もある悪戯っぽい笑みを浮かべ、キャメロンはジェシカに問う。

 だが、ジェシカは首を振った。そして、ぎこちなく微笑んでみせる。


「今日のパーティは立派に振る舞って、アンジェリカとデュークを見直させてやろうと思っていたんですもの。主役があんまり頻繁に抜け出すわけにもいかないのですわ」

 少しだけ強がってそういってやると、キャメロンはにこりと愛嬌のある笑みを浮かべた。その微笑みに安心感を覚えて、ジェシカもまた、頬をゆるめた。


「そういえば、キャメロンさん。いろいろとありがとうございました。デュークにダンスを教えたり、プレゼントを買わせたりしてくださって」


 すると、キャメロンは意味ありげな笑みを浮かべて視線をデュークの方へやる。ジェシカは彼の反応に首を傾げながら横を向いた。アンジェリカと踊っているデュークはこれ以上ないというほど、気怠そうにしている。


「――たしかに、ダンスを教えたのは僕ですね」

 キャメロンはしばし考え、穏やかな笑みを浮かべる。

「でも、僕はプレゼントを買えとは言っていませんよ」

「――へ?」

 意外なその言葉についつい口から言葉がこぼれる。


 デュークはこのプレゼントはキャメロンの指示と言っていなかっただろうか。――いや、よく考えると、そんなことは言っていなかったような気もするし、肯定していたような気もする。


 しかし、キャメロンの指示でないとすると、あの無愛想が多くの女の子の中、一人佇みこれを選んで購入していたということになる。そんなデュークの図を思い描き、ついつい吹き出してしまう。

 気持ちが少し落ち着いたら、絶対に問いただしてやろう。ジェシカは横目でデュークを見ながらこっそりと心に決めていた。




     *     




「原因は、あなただったのですね」


 いつになく低い声を出して身を乗り出すレティシア。対するカミルは頬のあたりを引きつらせながら、上体を仰け反らせる。

「なんで俺のせいなんだよっ」

 反論しつつも、心のどこかでは責任を感じているのか、その態度は控えめであった。

「どうしてあなたは、ろくでもない事しかしないんですのっ?! 子供の頃から、全然成長していないじゃないですの」

「うるせえなあ。そういうお前は、今回は何もしてねえじゃねえかよ。ジェシカに悪い虫が付いたんじゃないかって、狼狽えるだ……」

 カミルの言葉は最後まで発せられる事はなかった。レティシアが慌ててカミルの口を押さえたからである。


 ソファに並んで座っている二人は、口論をしているようである。口論というよりはじゃれ合っているというか、いちゃついているというか……。傷心の姉の目の前で何をしているのやら。

 窓の前に立っているシーガルは苦笑しながらそんな二人の様子を見つめていた。


 本日のジェシカの社会勉強はシーガルの部屋見学というメニューになっていた。そんな理由でフィクスラム邸を訪れたところ、その居間ではすでにレティシアとカミルがキャメロンとお茶をしていた。


「お客様ですよ」

 穏やかなキャメロンの声と共に廊下に姿を見せたのはアンジェリカ。彼女の後ろには紅茶とお菓子を手にしたキャメロンも立っていた。


 彼女は部屋の中を一望し、そこにデュークがいないことを確認して、はぁ、と大げさにため息をつく。

 気を取り直したのか、アンジェリカはその視線をカミルに向けると、勝手に中に踏み込んで、カミルの前に立つ。


「カミルさんっ。デューク様について、もっと教えてくださいっ」

 にこりと愛想良く微笑む彼女は、レティシアを押しのけるようにしてカミルの横に腰掛ける。あのレティシアを押しのけるとは、本当に怖い物知らずな娘らしい。レティシアの剣呑な眼差しを横目で見ながら、ジェシカは口元を引きつらせた。


 しばらくデュークの食べ物の好みやら何やらを聞いているアンジェリカ。ふと思い立ち、ジェシカは首を傾げた。


「私はデュークにはきれいさっぱりと振られましたけれど、あなたは違いますの?」

「……。私だって、全くつきあう気はないと言われましたけれど……。ここで諦める訳にはいきませんもの。だって、デューク様は運命の相手ですからっ」


 ぐっと力を込めて呟いた彼女は、ペンを握る手にも力を入れている。


「最近、カミルのところによく来ているらしいですよ。デュークの事を理解するためらしいですけれど」

 こっそりとシーガルに教えられ、ジェシカは半ば呆れながらも彼女の執念に感服した。


 必要な情報は聞き出せたのか、アンジェリカはペンとメモ帳を鞄の中にしまい込み、勝手に紅茶を飲んで一息をつく。

 ちらりと、その紫色の瞳がジェシカを映す。


「この前はありがとうございました。……それから、ごめんなさい」

 恋敵ではなくなったせいなのか、以前に比べて態度は友好的な様である。


 唐突に思い出して、ジェシカは素朴な疑問を口にしてみる。

「そういえば、あなたが私のことを嫌っていた原因って何でしたの? デュークの事の前からと言っていませんでしたっけ?」

「……普段は忘れっぽいのに、どうでもいいことは覚えているんですね」


 嫌みったらしく呟きながらそっぽをむくアンジェリカ。

 すると、カミルが楽しそうな声音を含んだ言葉を発する。


「ああ、それ、誕生日が一緒だから……」

「あーっ。言わないでくださいっ」


 顔を真っ赤にして慌てて手でカミルの口を塞ぐアンジェリカ。その慌てぶりから、カミルの言葉が事実であることが容易に想像がつく。

 ジェシカとシーガルの視線を受けて、彼女はこほんと咳払いを一つした。観念したようだ。


「だって。ジェシカ姫と私、誕生日が一緒だから。私の成人の誕生パーティなんて、誰も来てくれなくて……」

「そんな、理由?」

 さすがのジェシカも呆れて、口をぽかんと開けた。その言いように激怒したらしい彼女が眉をつり上げて立ち上がる。


「そんな、とか言わないでっ! 私は小さい頃から、十六の誕生日に運命の男性と出会えると信じていたのに、あなたのせいでその貴重な出会いが奪われたんですっ」

「そんなことを言われても……」


 上擦りながらそう返す。相手がひるんだことで優勢を感じ取ったのか、アンジェリカは立ち上がり、びっと人差し指をジェシカに突きつけるが、

「あ、デュークが帰ってきた」

 というカミルの一言でくるりと踵を返して廊下へと出ていった。実に素早い動きである。


 夜勤を終えて帰ってきたデュークは、玄関先に待ち受けてようとしているアンジェリカには気づいていないのだろう。窓から覗くと、門をくぐって歩いてくるのが見えた。


「そういえば、あのアンジェリカ。何気にジェシカと同い年なんだよな」

 唐突にそんなことを言いだしたカミルは、にんまりと笑ってジェシカへと視線をやる。

「あら。それで同じ人に惚れていたなんて、ある意味運命的ですわね」

 もうジェシカのことなどどうでも良いのか、本に視線を落としながら冷たく呟くレティシア。


 『運命的』というところが微妙にひっかかり、ジェシカはうーんと唸りながら眉根を寄せた。

「そういえば、私の運命の相手は、結局現れませんでしたわね」


 ルイスではなかった。デュークとは前々からのつきあいなので、これもまた論外。とすると、他にあの期間内に出会ったのは、――アンジェリカのみ。

 ――ジェシカは思考を止めた。


「私の運命の相手は、とっておきなんですもの。いつか、白馬に乗った王子様が現れるんですわ」

 アンジェリカのような事を呟きながら、ジェシカはそっと唇を尖らせた。

 視線を横へ移すと、きゃーきゃーと甲高い声でデュークを迎えるアンジェリカの姿が見える。そしてそれから逃げようとしているデューク。

 ジェシカは苦い笑みを浮かべ、窓枠に頬杖を付きながらそんな光景を眺めていた。

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