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フィアンセバトル  作者: きなこ
9章 デューク
50/89

デューク2

 デュークは億劫気にレティシアの部屋の扉を叩いた。


 しばらく待つと扉が向こう側から勝手に開く。

 取っ手に手をかけていたのはキャメロンだった。意外な訪問者に彼の目元が微かに見開かれる。だがそれも一瞬。すぐに笑顔になった彼はデュークを部屋に招き入れた。


「デュークも一緒にケーキを食べませんか? お茶をいれますよ」


 デュークは頷いて、椅子に座っているレティシアに形だけ頭を下げる。

 彼女に勧められて椅子に座り、出されたケーキを黙々と食する。

 ケーキを食べ終えた頃、レティシアは顔に微笑みを浮かべたままデュークへの事を見つめてきた。


「ところで、お姉さまが何かしたんですの?」


 デュークは事の次第を伝えた。


 いつもならばシーガルがいるため、放っておいても最後にはどうにかなる。

 しかし彼が不在の今ではすべての厄介ごとがデュークに降りかかることになってしまう。願わくばそうなる前に何とかしたいし、降りかかる火の粉は大人数で払った方が楽である。


「怪しい、ですわ」

 一言、レティシアが呟く。


「まあまあ。ジェシカ様は素敵な方なんですから、そういう話があってもおかしくはないですよ」

 微笑みながらキャメロンは立ち上がり、皿にケーキを乗せる。

「その手紙がラブレターかどうかを確かめてきます」

 ジェシカへの探りは彼に任せる。

 彼が去ったあと、レティシアは何かを考えるように口元に手を当てて、デュークへと視線を向ける。


「ところで、そのお相手。どんな方でした?」

 相手の背格好を思い出しながら特徴を述べてみる。

 髪の色は金色。瞳は明るい茶色。その容姿は割とかっこいい感じ。彼の行動を見ていたのは少しの間だけだったが、足の運び等の動作にどことなく優雅さがあった。

 そんなことをぽつりぽつりと話すと、レティシアは思案するように目を伏せた。


 そのまま時が流れていく。

 静寂を破ったのは戻ってきたキャメロンだった。彼は椅子に座ると、のんきに紅茶を飲み始める。


「ごくごく普通のラブレターでしたよ。町でジェシカ様を見かけて、惚れてしまったらしいです。三日後にお会いしたい……と言う感じでしたけれど」


 デュークは視線だけでレティシアとキャメロンを追った。

 レティシアは目を開き、怪しい色を含んだ瞳をデュークへと移す。

「デュークさん。申し訳ありませんけれど、しばらく、お姉さまとその男の事を監視していてください」

 断る理由もなかったため、デュークは素直に頷いた。




     *     *     *     




 彼の名はルイスという。


 ジェシカは彼の前に座っていた。

 テーブルの上に出されたケーキにはまだ手を付けていない。


 そして彼女は怨みのこもった瞳を横に向けた。


「どうしてあなたまで一緒なんですの」

 文句を言われた男――デュークはジェシカ達と同じテーブルでのんきに紅茶を飲んでいる。


「シーガルにあなたのことを頼まれているのですから、目を離す訳にはいかないでしょう」


 そんな彼の隙を見て逃げ出そうともしたのだが、デュークには下手な小細工など通じない。

 どこか抜けているお目付役の青年を懐かしく思いながら、オレンジジュースの入ったコップを手に取った。


「えっと、お二人はどういったご関係で?」

 緊張した面もちで問うルイス。


「あの、私達、お友達ですの。ただのお友達っ。お父様ったら過保護で、危ないことがないようにってこの人のことをつけてくれているんですの」

 おほほと引きつった顔で笑みを浮かべ、横目でデュークを見る。

 彼は全く気にした風はなく、黙々とサンドイッチを食べている。昼時は丁度忙しかったため食事をとっていないらしい。


 ジェシカとデュークを見比べ、押し黙るルイス。

 妙に重苦しい雰囲気。こんな物では胸がときめくどころではない。折角の甘いデートも台無しだ。


 デュークが食べる手を止めた。

「ところで、この人の何を気に入ったんですか?」

 仕上柄の義務、というよりは、好奇心を含んでいる様な問い。

 ジェシカには「なんて物好きな」という彼の心の声が聞こえた様な気さえする。


 ルイスは背筋を伸ばし、ぎこちない笑みを浮かべた。


「ジェシカさんは孤児院に行っていることがあるでしょう? たまたま通りかかったときに、子供達と遊んでいるジェシカさんを見て、優しそうで可愛らしい方だと思ったんです」

 優しい、可愛らしい――そんな言葉に頬を染め、ジェシカはへらっと顔をにやけさせた。


「町でも度々見かけて。話をしたら楽しそうだと思って。……おつき合いとまでは行かなくても、話しだけでも、と思ったんです」

 ルイスは真剣な瞳でデュークとジェシカを交互に見やり、深く頭を下げた。

「お願いします。週に一度でも良いので、こうして会ってお話をさせていただけないでしょうかっ」

 それはジェシカにと言うより、デュークに対する懇願になっている。ルイスはデュークのことを保護者か何かと勘違いしているのだろう。


 ジェシカは冷や汗をかきながら横目でデュークを見る。

 彼は興味がなさそうな顔のままでルイスの頭を見ていた。

 この無愛想男がダメだと言えば、それで彼との仲は終わってしまうかもしない。ジェシカの背筋を冷たい汗が伝っていく。

 内心焦りながら デュークを見つめる。彼は相変わらずの顔をしてちらりとジェシカのことを見た。一瞬だけ目が合う。


「そんな事は俺の知ったことではありません」


 短くそう言い、彼は食事を再開させる。

 ルイスとジェシカは緊張した面持ちでそんなデュークのことを見つめていた。

 やがて、すべてのサンドイッチを食べ終えた彼は金を置いて立ち上がり、二人に向けて頭を下げた。


 ジェシカはぱちぱちと瞬きを繰り返していた。彼が何を考えているのかさっぱりつかめない。それは今に始まったことではないのだが。

 デュークが店から出て行くのを見送る。


「……少し、拍子抜けをしました」


 気の抜けた調子で呟くルイス。

 ジェシカは同意するように何度か頷き、改めてルイスを見つめた。金色の髪。筋の通った鼻。優しげな目元。ハッキリ言えば好みのタイプである。


「私もですわ。まあ、気にしないでお話しいたしましょう。私も、あなたのことがもっと知りたいんですの」

 ジェシカはフォークを手に取り、大きな口でケーキを一切れ頬張った。




     *     




 ルイスとの楽しい一時を終え、店から出るとどこからかデュークが寄ってくる。


「驚きましたわよ。意地悪なあなたが、気を遣って二人きりにしてくれるなんて」

 デュークは肩を竦めただけで何も言わなかった。

 まだ空は明るいが、そろそろ城に戻らなければならない時間だ。ジェシカ達は歩き出した。


「こちらこそ、驚きました」

 予想外なその言葉に、目を瞬かせながら長身の青年を仰ぐ。彼は前を向いたまま、関心がなさそうに呟く。ジェシカに聞かせるためでなく、まるで独り言のような口調で。


「さすがに、何の下心もなく自分に近づいてくる人間がいないと言うことを悟ったんですかね。ちょっと前の姫さんなら、迷わず二つ返事で『おつき合いします』と答えたでしょうに」

「し、失礼ですわねっ。私はちゃんと相手の中身を見ているんですのっ」


 その割には変な男に引っかかったりもしたが――その記憶はすでに抹消した。

 デュークはちらりとジェシカを見つめ、意地の悪そうな笑みを浮かべる。


「それとも、シーガルのせいですかね」

 突然出てきた名前に意味もなく狼狽え、ジェシカは頬を染めた。

 彼は関係などないのに。


 腹を立て、ジェシカは早足に歩き出した。

 がつっと爪先に鈍い衝撃が伝わる。何のことはない。小石に躓いただけだ。だが、それでもジェシカの体がバランスを崩すのには十分だった。

 前に倒れようとしたところを、腕を掴まれたため転倒は免れた。


「……ありがとうございます」

 素直に礼を言い、ジェシカは気恥ずかしそうに俯いた。

 その時――


「デューク様!」


 どこかで聞いたことのある女の声が聞こえる。

 ジェシカは首を傾げ、デュークは渋面になって、それぞれ振り向いた。


「また、偶然、お会いいたしましたね。運命を感じます……」

 先日デュークが助けた娘、アンジェリカが瞳を輝かせながらこちらに寄ってくる。彼女の瞳にはデュークしか映っていない様であった。ジェシカの方にはまるで関心などない。


「あの……その。先日は本当にありがとうございました。なんとお礼を言って良いか……」

「前にも言ったと思いますが、こっちは仕事ですから、気にしないでください」


 デュークの言葉に嬉しそうに微笑む彼女。緊張しているのか頬をほんのりと染めて、伏し目がちな紫色の瞳を潤ませている。

 きっと勘違いをしているんだ、と心の中でアンジェリカに同情しながらジェシカはデュークのことを見た。彼の顔に表れている感情はただ一つ。「面倒くさい」。


「それでは」

 デュークは掴んだままのジェシカの手を引いて逃げようとするが、空いている手をアンジェリカに掴まれ、立ち止まる。


「あの……私、あの日からあなたのことが忘れられなくて……。それに、ですね。今週の私は運命の出会いをすると占いに出ていて、それはきっとあなただと思うんです」

「……姫さんと同じ人種だ」


 ますます渋面になるデューク。

 ぼそりと億劫気に吐かれたその言葉を聞きつけ、ジェシカは眉間に皺を刻んだ。――別にアンジェリカが悪い女というわけではないが、一緒にされると腹が立つ。


「だから、私とおつき合いを……」

「悪いですが、他を当たってください。今週はまだ日もあることですし、きっと別な出会いもありますよ」

 泣きそうな位、顔を歪ませるアンジェリカ。

 その時になって、ようやく彼女はジェシカの存在に気付いたようだ。


「あの……その隣の方は? たしかこの前も一緒でしたよね」

 無礼にもジェシカを指さすアンジェリカ。

 彼女を見ながら瞬きをしているジェシカは、引きつった笑みを浮かべた。

 ――嫌な予感がする。


「えっと、私とデュークは……」

「呼びつけるほど、親しい仲なんですか?」


 あきらかに敵意の込められた視線。彼女はジェシカの腕を掴んでいるデュークの手を見つめ、青ざめながら眉をつり上げる。


「あなたなんてデューク様に似合わないですっ」

「どういう意味ですのよ、それは……」

「だって、我が儘そうじゃないですか。顔だって、多分私の方が可愛いです。料理だってお裁縫だって、苦手そうじゃないですか。頭だって悪そうですし。私の方がデューク様にはふさわしいですっ」


 ずいぶんと言いたい放題言ってくれる。ジェシカですら文句を返すのを忘れて呆気にとられた位だ。


「当たってる……」

 吹き出しながらデュークが呟く。

 ジェシカは半眼になって彼のことを見上げたが、彼は軽く咳払いをしてそっぽを向いてしまった。


 腹が立っていた。いくらデュークの事が好きだからと言って、全く関係のないジェシカがそんな扱いを受けるいわれなどない。全ては勘違いなのに。


「デューク。少しはフォローして! ……逆らったらひーちゃんに言いつけますわよ」

 何を言いつけるのか。それはジェシカにも分からない。

 後半部分はアンジェリカに聞こえないよう小声で告げると、デュークは軽くため息をついたようだった。やれやれといった面もちでアンジェリカの手をふりほどき、真っ直ぐに彼女のことを見下ろす。


「少し言いすぎです。突然現れて、相手のことを罵るなんて、最低ですよ」


 たんたんと言い聞かせているので、冷たくも聞こえる。

 想い人に叱られたのにはさすがにショックを受けたらしく、アンジェリカは落ち込んだように視線を落とす。


「確かにこの人はバカだし、何をやらせても天才的な不器用さを発揮しますし、我が儘だし、そんなに美人というわけでもないですが……。まあ、少しは良いところもありますよ」

「ちゃんと具体的に!!」

 怒鳴りつけてやると、デュークは大げさにため息をついた。


「具体的に言うと……見ていて飽きないし、割と優しいところがあるし、ごくごくまれに可愛いと思うことはあります」

「へ?」


 ドキリと心臓が跳ね上がる。

 ジェシカはまじまじとデュークのことを見た。

 「可愛いと思うことがある」そんなセリフが頭の中で木霊する。アンジェリカを追い払うために「可愛い」などと言ったにすぎないのだろうが、ジェシカは変に緊張してしまい、赤面しながら硬直をした。


 アンジェリカは瞳いっぱいに涙をため、否定したそうに首を振っている。


「というわけで、この人にも良いところはある。……以上」

「……認められませんっ。デューク様は私にとって運命の人に間違いないんです」

 なおもしつこく食い下がってくるアンジェリカに、さすがに疲労の見える表情で息を吐いたデューク。

「……それは勘違いだ」

 デュークの本音の呟き。だが、彼女は全く聞いていない。


 アンジェリカはジェシカに向かってまっすぐに指を指す。

「私の方がデューク様を幸せにして差し上げられます。あなたが恋人だなんて、絶対に認めないんですからっ」

 捨てぜりふの様にも聞こえるその言葉を残し、くるりと踵を返すアンジェリカ。


 だが正直、ジェシカには彼女の存在などどうでも良くなっていた。

 無愛想で面倒くさがりやで意地悪なこの青年に「可愛い」などと言われた事実。そんなことを心底思っているとは信じがたい。それなのに、何故か胸の高鳴りはいつまでたっても止まない。


 アンジェリカが消えるのを確認し、デュークは肩を竦めながらジェシカの方へ視線をやる。

 腕は掴まれたままであり、ごくごく近い距離で見つめ合う事になる。

 なんでデュークなんかに――と思いつつも、胸はときめく。


 そして、デュークは一言。

「あの人、姫さんに似ていますね」

 胸の鼓動は一瞬にして収まった。


「失礼もいい加減にしてっ。私、あんなに嫌な人間じゃありませんわよっ」

 彼は肩を竦める。「どっちもどっち」という心の声が聞こえたような気がしてジェシカの怒りは増す。


 デュークは思いだしたようにジェシカの腕から手を外し、鬱陶しそうに髪をかいた。

「ひとつ、いいですか」

「どうぞ」

「彼女、あなたと俺がつきあっていると勝手に誤解をしたみたいですよ」


 一瞬、彼の言葉の意味が分からなかった。

 数秒後、ようやくその意味に気付き、ジェシカは真っ青になりながら悲鳴を上げた。

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