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フィアンセバトル  作者: きなこ
9章 デューク
49/89

デューク1

 ジェシカは鼻歌を歌いながら軽やかなステップを踏んでいた。

 彼女の手には一枚の紙切れがある。


「運命の人~。ららら~♪」

「……さっきから何を浮かれているんです?」


 斜め後ろからデュークに声をかけられ、ジェシカはにたにたと笑みを浮かべながらその紙を開いた。

 『今週の占い』と題されたその紙には、生まれ月別に今週の占いが書かれている。


「これはシーガルの字ですね」

「ええ。占い師が町で店を開いたんですって。占いに行きたいってシーガルに頼んだらダメ出しされたので、代わりに週の始めに掲載されるその週の占い結果を書き写してもらっているんですの」

「哀れな奴……」


 ため息をつきながらデュークが呟く。

 そのシーガルは現在は出張中のためこの王都を離れていた。

 ジェシカの生まれ月は今月。今月生まれの人間の運勢は、恋愛運が最高潮らしい。また運命の人との出会いがあるとの文字も書かれている。


「このアリアだけでどれだけの人間が運命の出会いをするんです。馬鹿馬鹿しい」

「なんって夢のない言葉ですのっ。……まあ、あなたみたいなひねくれ者にこのロマンスが分かっていただけるとは思ってませんけれど」


 デュークはどうでもいいような顔をして適当に受け流してくれる。

 ジェシカは頬を膨らませ、デュークと手の中の紙を見比べた。


「本当に当たるんですのよ。たとえばレティ。占いによると、あの子は『大好きな人と喧嘩をして落ち込みそう。焼き餅はほどほどに』って書いてあるんです。あの子、今日はマックス先生の所に行っていますもの。きっとカミルと喧嘩をしてるんですのよ」

「あの二人が喧嘩をするのはいつものことでしょう」

「むっ。……あなたは何月生まれなんですの?」


 そう尋ねたとき、少し離れたところから悲鳴が聞こえた。か細そうな女の声だ。

 ジェシカは好奇心の目を横に向ける。続いてデュークへと視線をやると、彼は面倒くさそうな面もちで頭をかいていた。


「ほぅら、騎士団の出番ですわよっ」

「それはいいんですが、この隙に逃げようだなんて考えないでください。……明日からはつきあいませんからね」


 先に念を押され、ジェシカは唇を尖らせた。

 どさくさに乗じて逃げ出そうと企んでいたのに、実行前に失敗に終わったようだ。


 現場に到着すると、ガラの悪そうな男数人が一人の少女に絡んでいた。

 絡まれている少女の年はジェシカと同じくらい。見事な銀色の髪はくるくると巻いてある。ぱっと見、なかなか可愛いタイプの娘だった。


 乱暴に彼女の腕を掴む男達の肩を、デュークが叩く。

 叩かれた男はじろりとデュークのマントを見て、騎士団所属のその証を見て唾を吐く。


「このお嬢さんが俺達にぶつかってきたんだ。お嬢さんの鞄に引っかかって服が裂けちまったが、このお嬢さんは弁償できないと言う。だからちょっと付き合って貰おうとしているだけだ」

「違うんですっ。ぶつかってきたのは、そちらの方からで……服は最初から……」

 少女は怯えたような瞳で、すがりつくようにデュークのことを見つめる。


「一応、話を聞きたいんですが」

「騎士様には関係ねえだろっ。この嬢ちゃんがちょっと誠意を見せてくれれば話はすむんだっ」


 やれやれといった面もちでデュークはため息をついている。非常に億劫気に問答を続けているようだが、相手からはまともな返事など貰えなさそうである。

 たいした時間も経たない内に、男達が力ずくの態度を取ろうとしてきた。何故かこういった手合いは気が短く、すぐに力に訴えようとする傾向があるらしい。もっとも、デュークも口での説得よりはそちらの方が得意そうであるが。


 デュークは殴りかかってきた男の腕を掴み、鳩尾に拳を叩き込む。悶絶しながらその場に崩れる男。それを後目に、次は少女の腕を掴んでいた男の腕をねじり上げた。悲鳴を上げながら少女から手を放す男。デュークは少女に向かって追い払うように手を振った。だが、彼女はすっかり怯えているらしく動こうとはしない。

 デュークがジェシカを見る。

 その視線の意味を察し、ジェシカは彼女の手を取り後ろへと連れ出した。


「大丈夫ですの?」

 尋ねると、少女はおどおどとした様子で頷いた。潤んだ瞳で心配そうにデュークを見る。

「大丈夫ですわよ。あの人、性格は悪いけど、結構強いですから」


 そのジェシカの言葉通り、デュークはあっという間に男達をねじ伏せた。その後、ようやく駆けつけた騎士団員に彼らを渡し、早足で歩いてくる。


「さっさと逃げましょう。……報告書を書かされるのは嫌です」

 職務怠慢な彼の言葉に呆れながらも、ジェシカはそれに従った。ジェシカの社会勉強は公認であっても、あまり人に見せられる物ではないからだ。


「あ、あの……」

 辿々しく声をかける彼女。ジェシカとデュークはそろって振り向いた。

 彼女はその視線にひるんだらしく、真っ赤な顔をしてもじもじと胸の前で指を合わせている。


「あ、あの、お名前をおたずねしてもよろしいでしょうか……」


 まっすぐにデュークを見つめる瞳。

 その視線に嫌な物を感じたらしく、いつもは無表情な顔をしかめるデューク。


「いえ、これでも一応騎士団員なので。仕事ですから、気になさらないよう……」

 丁寧に断るが、彼女はそれでもひるまない。


「あ、あの……私、アンジェリカと申します」

 ジェシカはあれっと首を傾げた。記憶の底に封じた嫌な物が甦ってくる――


「あの……その……もし、良かったら、私とおつきあいを……」

 呆然としているジェシカの目前で、やはりどこかで見たような光景が繰り返されていた。




 暗い気分で通りを歩いていた。


「流行っているんですか、ああいうの」

「私に振らないでくださいっ!」

 古傷をえぐられた様な痛みに、顔をしかめる。


「今日は厄日ですわぁ~」

「さっきまでとは大違いですね」

「放っておいて下さいっ」


 気を取り直そうと占いの紙を見ようとしたジェシカだが、その手に何もないことに驚愕して振り返る。

 興味のなさそうな顔をしたデュークがジェシカのことをちらりと見る。

「今更行っても、見つからないと思いますよ」

 先に念を押され、ジェシカは悔しげにうめいた。


「シーガルの代わりに写しに行ってくださいません?」

 彼は無言で首を振る。

 ジェシカは唇を尖らせて上目遣いにデュークを見る。だが、彼はまるで知らん顔である。


 仕方がないのでジェシカは自分の頼みを聞いてくれそうな人物を思い浮かべ、歩き出した。

 デュークはそんなジェシカの思考などお見通しだったのか、呆れたような顔で付いてくる。


 ジェシカがやってきたのはカミルの家である。

 もっとも、用事があるのはこの家の住人ではない。レティシアの頼みならばともかく、ジェシカの頼みをカミルが聞くとは思えない。


 ちょうど出入り口からレティシアが出てきた。表情を固くし、眉間にしわを寄せている。

 その後を追うようにキャメロンが姿を現した。

 こちらに歩いてきたレティシアは、ジェシカ達に気付いて顔を上げる。そしてデュークに向かって頭を下げた。


「今日もおつとめご苦労様です」

 珍しく、デュークも礼儀正しく頭を下げ返す。


「レティ。焼き餅はいけませんわよ」


 事情は何も知らないが、占いでそう出ていたのだから彼女が不機嫌そうな理由は焼き餅のはずだ。勝手に決めつけて注意をしてみると、レティシアの顔が瞬時に真っ赤になった。

 最近の彼女は反応が楽しいなあと思いながら、ジェシカはにんまりと笑みを作る。


「そうなんですよ。カミルが薬を貰いに来た女友達との話に夢中になってしまって、相手にされなくなったからと怒り出すんですから」


 わざわざご丁寧に説明をしてくれるキャメロン。レティシアは彼のことを睨み付け、唇を尖らせる。


「私、怒ってなんていません」

「アリサさんは気付いていましたよ。だから帰り際に謝っていたんじゃないですか」

 レティシアは何かを言いかけた。だが、それを途中で止め、ジェシカ達など無視して歩き出してしまう。

 その後ろ姿を見つめながら、ジェシカは口元を押さえた。


「やきもちには、注意、ですか」

 偶然の一致に感心したようにデュークが呟く。ジェシカは得意気に頷いてやった。


 頭を下げてレティシアを追っていこうとするキャメロン。ジェシカはここへ来た目的を思い出し、慌てて引き留めた。

「あ、あの、キャメロンさん。お願いがあるんですけれど……」

 占いの話をすると、キャメロンは二つ返事で了解してくれた。

 レティシアを追いかけていくキャメロンを見送り、ジェシカとデュークは通りへと歩き出した。


「ね、ね。あの占い、当たりますでしょ? 少しは信じてくれました?」

 だが、デュークは素知らぬふりでそっぽを向いている。


「ところで、あなたの誕生日っていつですの?」

 先ほど途中になってしまった話題を再度ふってみる。


「多分、今月ですよ」

「多分って何ですの?」

「正確な誕生日は分からないからです」

「だからどうして……」


 疑問をそのままにしておけずに食い下がってみると、デュークは相変わらずの関心がないような顔をしてそっと肩をすくめた。


「言ったことありませんでしたか? 俺は捨て子だったんです」

「は、始めて聞きましたわよ、そんなことっ」


 聞いてはいけないことを尋ねてしまったと後悔の念に苛まれる。

 だが、当のデュークはさして気にとめた風はなく、相変わらずの顔をしている。


「捨てられたのが赤ん坊の頃だったんで、誕生日は誰も知らないんです。おおよその見当をつけて今月生まれということになっていますが」

「……とすると、私と一緒ですのね」


 話題を元に戻そうとしてそんな言葉を呟き、瞬きをする。ジェシカと同じということは、彼の運勢もジェシカと同じということになり――


「運命の恋人ぉー」

「恋人じゃなかったでしょう」

 そんなつっこみにもめげずに、ジェシカはデュークのことを指した。あまりにも愉快でついつい顔がにやけてしまう。


「デュークったら、自分の運命の人に出会えたのに、五秒で振ってしまいましたのね」

 彼は無言だった。面倒なことには関わりたくないと言うのがその思いであろう。


 ジェシカは胸の前で手を組み、とろんとした目をして虚空を見上げる。きっとあの占いは本物なのだ。とするときっと自分にも……と、都合のいい解釈をして、ほくそ笑む。


「ら・ら・ら~♪」


 足取り軽く歩きだしたその時、ジェシカを呼び止める声が聞こえた。

 デュークではない。

 知らない男の人の声。

 満面の笑みを浮かべながら振り返ると、頬を赤く染めた青年が熱っぽい瞳をジェシカに向けていた。


「あの、これ……受け取ってくださいっ」


 彼が差し出したのは白い封筒に入った手紙。

 気迫に飲まれて何も考えずにそれを受け取ると、彼は俯いたまま踵を返して去って行ってしまう。

 引き留めようとして伸びた手が、宛てを失いうろうろと宙をさまよう。

 ジェシカはぱちぱちと瞬きをしながら、手の中にある封筒を見つめた。これは、俗に言う恋文という物ではないのだろうか。


「何か仕掛けがあるわけではないようですね」

 上からのぞき込まれ、ジェシカはとっさに手紙を抱きしめてデュークの視線から隠す。


「知らない相手からの贈り物を不用意に扱うと、大変なことになりかねませんよ。レティ様に言われませんでしたか? 拾い食いはするな、と」

「言われましたけれど、それとこれとは関係ないですわよっ」


 むきになって言い返すと、デュークは少しだけ呆れたような表情を漏らした。

 ジェシカはふいっと顔を背け、懐に封筒を隠す。


「とりあえず、今日は帰りますわよ。私の運命の相手からの手紙は一人で見るんですの」

「……不幸の手紙かも知れませんよ」

「不吉なことを言わないでっ」


 ジェシカは怒鳴りつけた。

 だが、どうにもこうにも嬉しさが心の底からにじみ出てしまい、にやける口元を隠す事が出来なかった。

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