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フィアンセバトル  作者: きなこ
8章 レティシア
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レティシア9

 ジェシカはロキフェルの執務室を訪れていた。


「やっとレティが帰ってきたのに、忙しいも何もありませんわよ」

 ロキフェルは苦虫を噛みつぶしたような表情で口ひげを撫でている。


「レティは気むずかしいところがあるから、こういう時、どう接して良いのか分からなくて……」

「お父様がそんなことばかり言っているから、レティが寂しがるんですのよっ。心配しているってことを、ちゃんとレティに言ってあげればいいんですのっ」

 ジェシカは険悪な瞳をロキフェルに向け、彼のことを指さした。


「いいですね。ちゃんとレティに会いに来てください。会いに来なかったら、絶交ですわよっ。もう口を聞いてあげませんからねっ」

 たじろぎながら、彼はこくこくと何度か頷く。

 ジェシカは一度大きく頷き、執務室を後にした。


 そしてレティシアの部屋を訪れ、ノックもなしに扉を開く。

 レティシアは化粧台の前に座って髪を梳いているようだった。しかし、その後ろ姿は見慣れた物ではない。


「レティ?! あなた、その髪?!」

 驚愕のあまり思わず大声を出してしまう。


「もう、お姉さま。扉を開けるときは、ちゃんとノックをして下さいって、いつも言っているでしょう」

「あ、はい。すみません、じゃなくて、何で、髪……」

「いい気分転換になると思って」


 ぎこちない笑みを浮かべ、彼女は鏡へと視線を移す。腰まであったはずの髪が、肩にもかからないほど短く切りそろえられていた。


 ジェシカはレティシアの後ろに立った。手を出すとその意味を察したのか、櫛を渡してくれる。

 幼い頃は、たまにジェシカはこうしてレティシアの髪を梳いてやったことがあった。そんなとき、いつもはじっと座るなんてことをしなかったレティシアは、嬉しそうな顔をして大人しく鏡を見ていたものだった。

 鏡の中のレティシアと目が合う。彼女はジェシカの目を見て、微笑みを浮かべた。なんの曇りもないその顔に、ジェシカも笑みを返す。


「ねえ、レティ。とっても気になっていることなんですが。あなた、誰が一番好きなんですの?」


 キャメロンもヴィケルもレティシアが好きだと言っている。カミルは口では否定しているが、態度を見る限りではそれも怪しい。だが、当のレティシアの気持ちはさっぱり分からない。

「まさか、いないなんて言いませんわよね」


 レティシアは頬を染めたまま振り向いた。そして、ジェシカの耳元に口を近づけてくる。

 二人しかいない部屋の中で誰かに憚る必要もないだろうに、レティシアはジェシカの耳元でこっそりと告げる。


「みんな同じように好きなんですけれど、……その、順番をつけるとしたらってことで。絶対に、内緒にしてくださいね」

 微かに潤んだ目で訴えられ、ジェシカは満面の笑みを浮かべた。

「あ~ん。素直なレティって可愛いですわぁ~。もう、キスしちゃいますわ」

「ちょ、ちょっと、止めてください」

 悲鳴を上げながら逃げようと立ち上がるレティシア。それにも構わずジェシカはレティシアのことを強く抱きしめる。


 扉がノックされる。

 入ってきたのはロキフェル。彼はレティシアの髪を見て驚いたように目を見開いた。しかし、すぐに穏やかな微笑みを浮かべ、口ひげをなで始めた。


「お父様っ。お姉さまをどうにかしてっ」

 ロキフェルは悪戯を思いついたときの子供のような瞳をして、ジェシカとレティシアを抱きしめた。

「二人して楽しそうじゃないか。たまには私も仲間に入れてくれよ」

 レティシアはもがく。だが、ロキフェルまで加わっては勝てないと判断し、おとなしくされるがままになった。


 ジェシカは微笑みながら甘えるようにロキフェルの肩に頭を乗せた。


「少し遅くなったけれど、お帰り、レティ。無事で良かった」

「あ、あの……心配をおかけして申し訳ありませんでした」

「ん? 謝るのは私の方だよ。君に寂しい想いばかりをさせてしまって、どう詫びて良いか」

「そうですわよ。お父様が悪いんですからね」

「お姉さまっ」


 ジェシカは舌を出した。ロキフェルは穏やかな瞳でジェシカとレティシアを見比べ、微笑みを浮かべている。


「君たちが側にいてくれて、私は本当に幸せだよ」


 レティシアの目が涙で潤んでいく。彼女は泣くのを堪えるように唇をきゅっと結び、俯いてしまう。

 素直に泣いてしまえばいいのにとジェシカは思うが、そうできないのがレティシアらしい。


 しばらくして、彼女はジェシカがそうしているようにロキフェルの肩に頭を乗せた。そして瞳を閉じる。そんな彼女の表情はとても穏やかだった。


「私も、お父様が大好きですわ。もちろん、私のことを生んでくださった、お母様も、お姉さまも……みんな、大好きですの」

 その言葉に応えるかのようにように、ロキフェルが抱きしめる手に力を込めた。


 こんな顔をしているレティシアなど見たことがなかった。ディラックがいるときですら、ジェシカ達の前で自分をさらけ出す様な娘ではなかったから。

 ずっと無理をさせていたのかと頼りない自分に少しだけ腹が立った。


 この時ジェシカはある決断をした。

 可愛い妹のために……




     *     *     *     




 王立図書館はアリア城のすぐ近くにある。一般市民でも自由に立ち入りが出来るこの場所には多くの人が訪れていた。


 シーガルは選んだ本を数冊手にとって、奥の貴賓室へと歩いていった。

 奥の扉を開けると、机に突っ伏すような格好でジェシカが本を読んでいる。彼女は難しい顔をして眉間に皺を寄せていた。

 シーガルはテーブルの上に本を置き、お茶を入れるためにティーポットを手にした。先ほど入れたお茶はすでに冷め切っている。


 ジェシカはシーガルに勉強を教えてくれと頼んできた。彼女のあまりの気迫についつい押されて図書館に連れてきたが、どうせいつもの気まぐれだから、数分で飽きると思っていたのだが……。

 お茶を入れ、シーガルはジェシカの前に置いた。


「ジェシカ様。少し休憩にしましょう。根を詰めると良くないですよ」

 彼女のお目付役を数年してきたシーガルであるが、彼女が知識の習得に励んでいる姿など見たことがない。急に頭に物を詰め込めば知恵熱など出されそうで怖い。

 ジェシカはぱあっと表情を明るくし、ぱたんと本を閉じた。


「ところで、どうして突然勉強をする気になったんですか?」


 ずっと気になっていたことを尋ねてみると、ジェシカはクッキーを頬張りながらシーガルに顔を近づけてくる。二人しかいない部屋の中だというのに、何故か声を潜める。

「みんなには内緒にしてくださいます?」

 頷くと、ジェシカはにっこりと微笑んだ。


「私、王位を継ごうと思うんですの」

「はぁ?」


 絶対に王位なんて継がないと言い張っていたジェシカである。素っ頓狂な声を上げてしまうと、彼女は不機嫌そうに唇を尖らせる。


「あ、信じていませんわね。私、本気ですのよ」

「信じていないわけじゃないんですけれど、どうして突然そんなことを、と思って……」


 慌てて言い繕うと、ジェシカは人差し指と人差し指を合わせて、上目遣いにシーガルを見る。何やら楽しそうに頬をゆるめながら。


「絶対に内緒にして下さいね。レティってば、カミルのことが好きみたいなんですの」

 思ってもみなかった言葉に目を瞬かせる。


「でもカミルったらものすごいお姫様嫌いじゃないですの。それでも、カミルはレティのことは好きだと思うんですのよ。そう思いません?」


 シーガルはしばし考え、頷いた。

 それに満足したらしく、ジェシカは顔の前で手の指を組み、うんうんと頷く。


「だから、レティとカミルが結ばれるには、レティが王位を継ぐのはまずいのですわ。レティがカミルのおうちに嫁げば、王族じゃなくなるし、万事解決ってわけなんですの。我ながら名案でしょう?」

「まあ、理屈としては間違っていませんね」

「そういうわけで、私が王位を継ぐんですの。ああ~。身分を越えた愛……素晴らしいですわ」


 うっとりと夢見心地に語るジェシカ。

 少し前はキャメロンの恋の手伝いをすると張り切っていたのに、などと思いつつ、シーガルはクッキーを啄んだ。しかし、それでどうしてジェシカが勉強など始めるのかの理由が分からない。


「でも、私だって絶対に恋愛結婚をしたいのです。私の結婚する方があるていどの教養を身につけているとは限らないでしょ? だから、その時のためにお勉強をするって決めたんです」


 その答えは意外だった。

 素直に感心して、シーガルは微笑みを作った。


「分かりました。俺で出来ることならお手伝いをさせてもらいますよ」

「ええ。もちろん、頼りにしてますわよ」


 ジェシカは気合いを入れるように拳を握り、本を開く。

 しばらくの間、シーガルは自分が持ってきた本に目を通していた。

 何気なく顔を上げる。するとジェシカは本を枕代わりにすやすやと寝息を立てていた。


「……。ジェシカ様って、志は立派だと思うんだけど、行動が伴っていない様な気がするんだよなぁ」

 シーガルは苦笑いを浮かべた。まあ、そこがジェシカらしいと思いつつ。




     *     *     *     




 フィクスラム邸では身内だけのささやかな宴会が催されていた。

 ゼリヴやヴィケル達との再会を祝している。という名目が立っている物の、実は口実は何でも良いらしい。要するに宴会好きのゼリヴとヒツジが騒ぎたかっただけなのだ。


 賑わう部屋の中央から離れ、レティシアは窓辺に立っていた。外を見るが、通りには人の気配はない。


「ビッケは来ないですね」

 振り返るとキャメロンが歩いてくる。

 キャメロンは窓の外へと視線をやった。レティシアもその視線を追う。

 暗闇の中には町の灯りがぽつりぽつりと浮かび上がっていた。


「もう、旅立ってしまったのかも知れませんね。……挨拶くらいしていけばいいのに」

「……ええ、そうですわね」


 彼がずっとこの地に滞在できないことは分かっていた。だが、もう少しは一緒にいられると思っていたのに……そう思うと、余計に寂しくなる。

 ふわりと何かに包まれるような感覚。

 驚いて横を向くと、キャメロンの悪戯っぽい瞳にぶつかった。彼は自分の口に人差し指を当て、視線を横へやった。そちらには談笑をしているゼリヴ達がいる。彼女たちはこちらには気付いていないので、騒ぐなと言いたいのであろうか。


「キャロ。悪ふざけは止めて」

「今あなたは寂しいって思ったでしょう?」

 図星を指され、レティシアは俯いた。


「ねぇ、シア。少し話してもいいですか?」

 そっと頷く。キャメロンの腕に身を預けてみると、不思議と心が安らいできた。


「僕はあなたのことが好きです」

「なっ、あ、あなたが言うと、どこまでが冗談でどこからが本気か分からないんですのよ」

「本気ですよ」


 耳元で囁かれ、ついつい身を強ばらせる。

 キャメロンはレティシアの頭に自分の頬を当てる。

 恥ずかしくてすぐにでもこの場から逃げ出したい。だが、ここで逃げるのは礼儀に反するような気がする。どうすればいいのか悩み始めるレティシア。


「今まではあなたが幸せならそれでいいと思っていたんですけれど、あなたがビッケと行くと聞いてずいぶんと焦らされてしまいました」


 なんとなく振り向くと、彼は苦い顔をして窓の外を見ていた。

 彼はレティシアの視線に気付き、微笑みを浮かべる。作り物のその表情。レティシアは手を伸ばし、彼の頬を軽くつねった。


「べつに、私の前でまで作らなくたっていいんですのよ」


 レティシアも散々その言葉を言われてきた身だ。説得力などないだろうが。

 彼はレティシアの手を掴み、その甲に口づけをする。


「いいんです。今はお酒も入っているので、自制していないと何をしでかすかわかりませんよ?」

 何をするのかと首を傾げる。

 その思考を読んだのか、キャメロンは怪しい笑みを浮かべ、レティシアの頬に手を当てた。


「ちょっと待って!」

 と叫んだのは心の中だけで止まる。レティシアは身を固まらせたまま近づいてくるキャメロンの顔を見つめていた。


 ……ぺしっと何かがキャメロンの頬に当たる。

 二人は驚きながら、床に落ちる白い何かを見つめた。それは手袋……


「貴様っ。レティシア姫に失礼だぞっ」

 こめかみのあたりの血管を浮かび上がらせながら大声を上げるのはエルビス。


「彼も呼んだのですの?」

「まあ、仲間はずれにしたらかわいそうだと思ったので……」

 悔いるようにため息をつき、キャメロンはかがんで手袋を拾い上げた。


「人の家に入ってきていきなり手袋を投げる人なんていませんよ?」

「うるさいっ。貴様が無礼な態度をとるからだっ」


 エルビスは目をむいて、キャメロンはどことなく楽しそうに言い合いを始めた。

 レティシアはふらつきながらその場を後にする。息が苦しい様な気がして胸に触れると、鼓動が高鳴っていた。

 原因はもちろんキャメロンである。

「結局はカミルもキャロもビッケも、みんな好きなんですのよね」

 心の中でぼやきつつ、ため息をつく。


「私って、いい加減な女なのかも……」

 何だか胃が痛くなってくるような気がした。


「レティシア」

 呼ばれると同時に髪をくしゃくしゃと撫でられる。

 レティシアは顔を上げた。ワイングラスとボトルを手にしたヒツジがにたにたと笑っている。顔色は変わっていないが、酔っているようだ。


「もう、ひーちゃんっ、止めてよっ」

「はは。何だか可愛らしくなったな、お前」


 ヒツジはワインの入ったグラスをレティシアに渡す。

 酒は飲めないと断ると、「子供だなぁ」とからかうような笑みを浮かべて窓に寄りかかるヒツジ。余裕たっぷりのその表情を見ていると、何故か腹が立ってくる。


「そんなところが子供っぽいって言うんだよ」

 唇を尖らせながらそっぽを向いてしまって、はと我に返る。眉間に皺を刻みながらヒツジのことを見ると、彼は口元に手を当てて笑いをこらえているようだった。


「良い傾向だと思うぜ。前にも言ったろ? もっと肩から力を抜けって」

「……ありがとう、ひーちゃん。今回のことではいろいろと迷惑もかけてしまって……」

「いいんだって。俺はディラックみたいにお前のことを何から何まで分かってはやれないけど、お前のお目付役なんだぜ」


 ぱちんとウインクをするヒツジ。レティシアは微笑みを浮かべ、こくりと頷いた。

 無理矢理渡されたグラスに口を付ける。苦さのあまり渋面になると、またもやヒツジが笑うのが視界の端に写った。彼は手をひらひらと振ってデュークの元へ歩いていってしまう。


 彼と入れ替わるようにしてマリアベルとゼリヴが歩いてくる。

 マリアベルはディラックの死を理解できていないようだ。だが、父親に会うことが叶わないと言うことは分かったらしく、昨晩は大泣きしていたそうだ。

 彼女は腫れぼったいままの瞳でレティシアのことを見上げた。


「シアおねえちゃま。あたちに、おとうちゃまのお話をしてください」

「ええ。私が知っていることをみんな、マリアベルちゃんにお話ししてあげますわ」

 手を伸ばしてくるのでその手を掴んでやる。彼女は屈託ない笑みを浮かべた。


 レティシアは次にゼリヴのことを見つめた。

「ゼリヴお姉ちゃん。久しぶりに帰ってきたのに、変なことに巻き込んじゃってごめんなさい……」

「そんなことより、シアちゃんに何事もなくて良かったわ。でも、本当。あの時はどうなるかと思ったわよ。シアちゃんったら死にそうな顔してるし、こっちが何を言っても聞かないし」


 数日前の自分の言動を振り返ると、恥ずかしくて仕方がなくなる。頬を染めるレティシアに、ゼリヴは気にするなと言わんばかりに手をひらひらと振った。


「シアちゃん。悪いけど、私たちが帰るまではマリアの相手をしてあげてね」

「あたちはお家に帰らないです。おかあちゃまよりシアおねえちゃまの方が優しいし、カミルおにいちゃまの方が一杯遊んでくれるし、キャロちゃんのご飯の方がおいしいです」

「嫌われたな、ゼリヴ姉」


 からかうようなカミルの声。

 ゼリヴはショックを受け、ふらふらと二、三歩後ずさる。

 マリアベルは空いている手で近づいてきたカミルの手を取り、機嫌が良さそうに両腕を振り始めた。


「そういえば、ゼリヴお姉ちゃん。新しい旦那様ってどんな方ですの?」

 何故か身を強ばらせるゼリヴ。レティシアは首を傾げながらそんな彼女のことを真っ直ぐに見つめる。

「次の機会に、二人揃ってちゃんと報告に来るから。うん、絶対」

「ゼリヴ達は僕たちに秘密を作るのが大好きなんですよ、ね?」

 いつの間にか近づいてきたキャメロンの含むような口調にゼリヴはこちらに背中を向けた。


 レティシアとカミルは目の前の姉弟を交互に見やり、眉を寄せて顔を見合わせる。

 「ゼリヴ達」という言葉にとある疑念が頭をよぎる。

 レティシア達の視線は自然と壁際でデュークと話している黒髪の男に向けられた。


「カミル、どう思う?」

「……ひーちゃんだろ? 怪しいって言えば怪しいけど、いまいちぴんとこねえなあ」

 カミルは目を細めて首を傾げる。


 そんなカミルを見ていたキャメロンは、にこにこと微笑みながらちょこんと首を傾げた。

「そうしていると、あなた達、若夫婦って感じですよ」

 頬を染めながらレティシアはカミルを見た。二人の間にいるマリアベル。二人が彼女と手を繋いでいるためそんなことを言われたのだろうか。 


「キャロ。てめえ、酔ってやがるなっ!」

 カミルはマリアベルの手を放しキャメロンに詰め寄るが、逆に後ろから羽交い締めをされてしまう。

「デューク。お酒を持ってきてくれませんか? たまにはカミル君と本音で語り合いたいですよね」

 デュークは無表情のまま頷き、酒瓶を手にして歩いてくる。ヒツジもにやにやと笑って近づいてきた。


「あらまあ、楽しそうですわねぇ~」

 ごちそうを食べていたジェシカがおもしろいことを聞きつけたと寄ってくる。その後を心配そうな顔をしたシーガルが付いてくる。

 唯一シーガルだけがカミルの身を案じるような言葉を発しているが、すべてが却下されている。カミルには悪いが、もはや収集が付かなくなりつつある。


 レティシアは声を上げて笑った。


 肩を叩かれ、振り向くとそこにはゼリヴがいた。

「シアちゃん。私たち、ディラックの分までいっぱい幸せになってやりましょうね」

 ウインクをしながら明るい口調で語りかけるゼリヴ。


 今のレティシアにはちゃんと自分の居場所が分かっていた。だから、もう不安を感じる事などない。たとえ皆がレティシアから離れていくことがあったとしても、今度は自分から歩み寄っていくことが出来る。そのくらいは、強くなれたつもりだ。


 レティシアは微笑みながら頷いた。

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