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フィアンセバトル  作者: きなこ
8章 レティシア
46/89

レティシア7

 ジェシカ達の目前にはエルビスとジェラールがいる。


「阿呆か、お前は」

 エルビスに対して冷たく言い放ったのはヒツジ。

「お前もだ、ジェラール。二度とアリアには戻ってくるなと言っただろう」

 厳しい口調のヒツジを見るのは珍しい。驚きを隠せずにジェシカは瞬きをしていた。

 ゆっくりとジェラールへ近づいていったヒツジは、彼の襟首を乱暴に掴んだ。


「もう、ひーちゃん。乱暴はいけないわよ」

 ヒツジを宥めるようにゼリヴが彼の背中をぽんぽんと叩く。


「俺は、どうしても復讐をしたかったんだっ! あいつが、あいつが兄さんを殺したからっ!」

「それをレティシアに言ったのか?!」


 ジェラールは皮肉気に口端を上げる。

 次の瞬間ジェラールの体が後方に吹っ飛ばされた。彼を殴ったのはヒツジではない。ヒツジを止めていたはずのゼリヴであった。


「おまえは、俺に言った言葉をもう忘れたのか?」

 もう一度振り上げられたゼリヴの腕を掴み、呆れたように言うヒツジ。

 ゼリヴはジェラールを睨み付け、ゆっくりと腕を下ろす。


「あんたがいつまでもそんなんじゃ、ディラックも草葉の陰で泣いてるわよっ」

 ゼリヴは俯いたジェラールからエルビスへ視線を移し、いっそう眉をつり上げる。


「あんたもあんたよ。シアちゃんのことが好きなのは分かったけれど、こんな事をするなんてどういうつもりなのっ?」

「そうですわよっ。相手の迷惑を考えられない人って最低ですわ。そんな人には絶対に妹は渡せませんわよっ」


 ゼリヴの言葉に乗じて腹を立てていたジェシカが怒鳴りつけてやる。

 女二人に睨まれたエルビスは真っ青になってあたふたとしながら壁側に逃げていった。


 そんなやり取りをカミルは壁際に立って無言で見つめていた。


 しばらくするとキャメロンを先頭にレティシアとヴィケルが部屋に入ってくる。するとそれに気付いたジェラールがさっそくレティシアに食ってかかった。


「また貴様はっ、俺から家族を奪っていくつもりだったのかっ!」

「彼女は悪くない。俺が、彼女にここから出ていこうと言った」

 ジェラールからレティシアを庇ったのはヴィケルだった。

 その事実がますますジェラールの怒りを増長させているようだ。彼は顔を真っ赤にして喚き立てた。


「どうして!? 兄さんも母さんも殺されて、もう俺とお前は二人だけの家族なんだぞっ」

「俺には、誰かを憎むことなんて出来ないし、ましてやシアを殺す事なんて出来ないっ! あんたが何をしようと勝手だが、それを俺にまで強要するなっ」


 静まりかえる室内。ヴィケルは心を落ち着けるように息を吐き、苦しそうに言葉を吐いた。

「俺は、あんたから逃げたかったんだ……」

「裏切り者っ! もうお前なんて知らないっ。兄さんを殺した女とどこにでも行けっ」

 ジェラールは泣き出しそうな顔をしながら、ヴィケルを責めた。


「……無理だよ。こんなにもシアを心配している人達から、彼女を奪ってなんて行けないよ……」

 ヴィケルは俯いているのでその表情はよく見えない。だが声はかすれ、彼も今にも泣き出しそうな風で、拳を握りしめていた。

 レティシアは顔を上げ、ヴィケルの事を見上げた。何かを言いかけてその言葉を飲みこむような仕草をした後、ヴィケルの腕から手を放し、踵を返した。


「レティ?」

 部屋から出ていくレティシアに声をかけるが、彼女は立ち止まらなかった。

 ジェシカは慌ててレティシアを追いかけた。



 レティシアは隣の部屋に入っていった。


 ジェシカは扉の所で立ち止まってレティシアの次の行動を見守った。

 彼女はバルコニーで振り返る。まっすぐにジェシカを見つめる瞳はジェシカのことを映しているはずなのに何も見ておらず、生気が失われているように感じられた。


「レティ。……あの、少し、お話しして良いかしら」

 レティシアはゆっくりと首を振った。


 キャメロンとヴィケルが部屋に入ってくる。やや遅れてエルビスやヒツジたちが廊下から中を覗く。

 レティシアの顔色は青いを通り越して白くなっているように見えた。


「ねえ、レティ。一度お城に帰りましょう?」

「わたし……」


 細い声で喋り出したレティシア。彼女は言葉を止め、大きく息を吐く。

 そして、何かを決意したように目を伏せた。


「もう、城になんて戻りません。でも、ビッケとも行かないっ」

 一同思わず沈黙する。そんな中でただ一人、エルビスが笑う声だけが聞こえた。

「レティシア様。あなたの気持ちはよく分かりました。ようやく、この私と……」

「あなたなんて問題外なのよ」

 ショックを受けたようによろめく彼。むろん、誰も気にもとめていない。


「そんなこと言って、一人でどこに行くつもりなんですの?」

「お姉さまには関係ありませんわよっ。私のことが嫌いなら、放っておいてっ」


 そう言われてしまっては何も言い返すことが出来なくなる。だが、このままにしておくわけにも行かずに部屋の中に歩み寄ると、レティシアの眉が動いた。


「入ってこないでっ!」


 激しく風が吹き荒れる。ジェシカはとっさに顔を覆った。

 ふと風が途切れたので前を向くと、キャメロンが庇ってくれていた。


「大丈夫ですか?」

「ええ、私は平気ですけれど……」


 いつの間にか風は止み、肩で息をしたレティシアが胸を押さえながら俯いていた。

 どういうわけかレティシアの姿がぼやけて見える。レティシアとジェシカ達の間に薄い膜のような物が存在しているのだ。

 ジェシカは薄い膜に手を触れた。びりっと痺れるような痛みが走る。


「レティシア様。こんな魔法の使い方をしたら……」

「そんな風に呼ばないでよっ!」

 キャメロンに対して髪を振り乱しながら叫ぶレティシア。


「あなた達なんて大っ嫌いよっ。だからあっちに行って!! ひとりにして!」


 幼い頃の癇癪を起こしていたレティシアを見ているようだった。だが、彼女をなだめていたディラックも、彼女を叱っていたトリスタンも今はいない。だから彼らの代わりにジェシカが何とかしなければならないとは思うのだが、どうして良いのか分からない。


「レティシア、ちっとは落ち着けって。な?」

 子供を宥め賺すような口調のヒツジ。


「いつまでも子供扱いしないでっ。ひーちゃんはいつもそうなのよ。肝心なことは私には何も言ってくれないっ。ゼリヴお姉ちゃんのことだって、ビッケのことだって!」

「ごめんね。シアちゃん。でも、ひーちゃんにだって、言えない理由があったんだから、ね?」

「ゼリヴお姉ちゃんだって同じよっ! わたし、すごく悲しかったのに……酷いよっ」


 ゼリヴは困ったような顔をして天井を仰ぐ。それにも構わず、レティシアは続けた。


「ビッケも、私の事なんて本当はどうでも良いと思ってるんじゃないっ! 私、ビッケについていっても良いって、本当に思ったのに!」


 そう叫んだあと、彼女はその場にうずくまる。

 ゴホゴホと咳き込んだあと、苦しそうに息をしながら顔を上げたレティシアは扉の前へ視線をやる。彼女が人差し指で指している人物はジェラール。

 彼の瞳には憎しみの色はない。呆気にとられたような表情を漏らしているだけ。


「私だってディラックが大好きだったのよっ! だけど、私じゃどうすることも出来なかった。私はどうすれば良かったの? どうすればあなたに許してもらえるのよっ。私が死ねば、それであなたは満足するの? ねえ、教えてよっ!」


 その叫びに呼応するように部屋の壁がみしみしと音を立て、崩れる。


「俺は……兄さんを殺した、お前が、許せなくて、だから、殺してやりたくて……」

「じゃあ、そうすれば良いわよ。こっちにきて、私を殺せばいいわ」


 レティシアはゆっくりと手を下ろす。先ほどまでの興奮しきった様子から一転して、静かにジェラールのことを見つめていた。

 その視線に促されるようにして、ゆっくりと歩き出すジェラール。


「レティ?! なんて事を言うんですのっ」

「そうだよ、シア。……兄さんも、こんなバカなことは止めてくれっ」


 ジェシカとヴィケルの言葉に耳を貸した風もなく、ジェラールは躊躇いがちに前進していく。

 止めようとしてレティシアの元へ駆け出そうとしたジェシカ。しかし、その腕をキャメロンに掴まれる。


「どうして止めるんですのっ!」

「ジェシカ様まで取り乱さないで下さい。そこに魔法の壁がある限り、レティシア様には近寄れないことは分かっているでしょう」

「だからって、このままじゃっ……」


 ジェラールの目の前の壁が消える。

 壁を越えたジェラールのあとをヴィケルが追いかけようとするが、彼は壁に阻まれたようだ。


「めちゃくちゃだけど、一応制御は出来ているみたいですね」

 そんなのんきなことを言っている場合ではないだろうと眉をつり上げてキャメロンのことを睨んでみる。彼はレティシアの頭上を見ているようだった。まるで何かを待っているかのように。


 ジェラールはレティシアの目前に立った。剣先を立ち上がったレティシアに向けるが、彼女は身じろぎ一つせずにじっとそれを見つめていた。

 ジェラールはその剣を振り上げた。

 助けに行きたかったが、キャメロンに腕を掴まれているためそれも出来ない。


「キャメロンさんっ、お願い、レティを助けてっ」


 叫ぶと同時にキャメロンに腕を引っ張られる。刹那、体から重力が消え、視界が歪んだ。

 気付けばすぐ目の前にレティシアとジェラールの姿が現れた。

 何が起きたのか分からずに瞬きをしていると、上からカミルが降ってきた。着地をした彼はレティシアの腕を引っ張る。


 ギン、と鈍い音が響く。そちらに視線をやるとキャメロンの剣がジェラールの剣をしっかりと受け止めていた。キャメロンが剣をなぎ払うと、ジェラールの手からすっぽりと剣が抜け、床に落ちる。


 カミルはここの真上にある部屋のベランダから降りてきたようであった。彼は怒ったような顔をしてレティシアの事を睨んでいた。

 一呼吸おいて、呆然としていたレティシアは眉をつり上げてカミルのことを睨み返した。


「私なんてどうでもいいと思ってるんでしょっ。だったら……」

「バカか、お前は。どうでも良いなんて思ってたら、誰もこんな所には来てねえよ。そんなこともわかんねえのか」

 剣を鞘に収めたキャメロンは意地悪そうな笑みをカミルに向けた。

「つまりは、カミルだってあなたのことを心配しているということですよ」


 カミルはレティシアの腕から手を放し、視線をジェラールに向けた。冷ややかな眼差し。彼は本気で怒っている様だ。ジェシカはごくりとつばを飲み込み、こわごわとカミルとジェラールを見比べる。


「ディラックが死んだことでこいつを責めるなんてお門違いも良いところだろうよっ。こいつがどんだけ苦しんでたかも知らねえくせに、勝手な事ばかりぬかすなっ!」

「だが、そいつが、処刑を止めさせろと言えば……」

「そんなもん、みんなやってただろうよっ。だいたい、レティシアは処刑前にディラックを助けに行った。こいつは空間転移が使えるから、ディラックがその手を取りさえすれば死ぬこともなかったんだ。それに比べて、お前はディラックのために何をしたって言うんだよ。自分の命を守るために逃げて、逆恨みしてレティシアに八当たりをしてただけじゃねえかよ」


 ジェラールの目が大きく見開かれた。その言葉はよほどこたえたらしく、彼の体は小気味に震えている。


「でも、私が無理にでもディラックの手を掴んでいたら、こんな事には……」

「力ずくと言っても、ディラックに適うはずがないでしょう。つまり、あなたは責任を感じる事なんてないんです。誰かに責任があるとしたら、逃げようとしなかったディラックにあるはずなんですから」


 虚ろな瞳できつく口元を引き締め、何かに怯えるように震えているレティシア。彼女にかける言葉はジェシカには見つからなかった。


「シア。例えここであなたが死んだとしても、それで満足するのはあなただけです。ジェラールさんの気が晴れるとは思えないし、逆に、僕たちはあなたを殺したジェラールさんに憎悪を向ける結果になるかも知れない。……そんなことは、ディラックだって望んでいたはずはありませんよ」

「そんなことないっ。私なんて、どうなったって良いのよ。私が生まれたせいでお母様は亡くなってしまったし、大好きな人を誰も助けてあげられなかった。私なんて……」


「そんなことを言わないでっ。あなたにもしものことがあったら、わたくし……」


 ジェシカはたまらなくなって叫んだ。涙が溢れてくる。

 レティシアは視線を床に落とした。泣きそうな顔をして、そうすることをじっと耐えるように手を握りしめている。

 ジェシカは少し離れたところにいるレティシアに手を伸ばした。ぴくりと彼女の肩が震える。


「ごめんなさい。大嫌いだなんて言ってしまって。私、本当はあなたのことが大好きなのっ。だから、どこにも行かないで、そばにいて。もう死んでもいいだなんて言わないで。お願い」


 レティシアの細い体を力一杯抱きしめてやる。

 しばしの間のあと彼女の手が控えめにジェシカの背中に回された。

 そう感じられたのもつかの間、突然彼女の体から力が失われていく。

 呼び掛けても返事がない。顔をのぞき込むと青い顔をしてきつく目を閉じていた。その頬は涙で濡れている。


 慌ててカミルを呼び、レティシアのことを渡す。

「おい、ビッケ。こいつを休ませられるような部屋に案内しろ」

 そう言って、彼はレティシアのことを抱き上げた。


「安心しろよ。暴れすぎて疲れてるだけだからさ。少し、ゆっくりさせてやろうぜ」

 ジェシカは頷いた。


 レティシアが気を失った事で魔法の壁は消失したらしい。カミルとヴィケルが部屋から出ていくのを見送っていると、キャメロンに肩を叩かれた。

「大丈夫ですよ。気が抜けて、意識を失っただけみたいですから。今はカミルとビッケに任せておいて、落ち着いた頃に一緒に彼女の様子を見に行きましょうね」

 ジェシカはこくこくと頷いて、ハンカチで涙を拭った。



 ジェラールは俯いたまま微動だにしない。

 その彼にヒツジが近づいていく。


「ジェラール。気は済んだのか?」

 彼は答えなかった。、

 ヒツジは眉を上げ、ジェラールの腕を掴もうとする。だが、それをゼリヴの手がそっと止める。


「ジェラール君。私ね、子供がいるの。マリアベルって名前の女の子。小さい頃のディラックにそっくりよ。好奇心旺盛で、頑固で、生意気なところがあって……」


 ジェラールは酷く落胆した顔のままでゼリヴのことを振り返った。

「それは、兄さんの……?」

 当然といわんばかりに頷くゼリヴ。とろけそうなくらい、幸せそうな表情をしている。

 彼女はその視線を下に持っていき、下腹部を撫でる。


「そして、ここにももう一人子供がいるの。もちろん、父親はディラックじゃないけどね」

「えっ?!」

 横で聞いていたジェシカが思わず声を上げてしまった。ゼリヴは含みをもった顔でこちらを見る。


「う、裏切り者っ! お前だって、裏切り者だっ!! 兄さんを愛していると言っていたくせにっ」

「ディラックのことは今でも愛しているわ。これは、本当。この子の父親のことも愛してるけれどね」

 きっぱりと断言して、ゼリヴは自信にあふれた顔をして笑う。


「ディラックが最期に私に残した言葉、なんだと思う? 『俺のことはさっさと忘れて、幸せになれ』だったのよ。今考えても、とんでもない遺言だと思わない?」

 突然同意を求められ、ついつい頷くジェシカ。


「でも、今となってはその言葉に救われているの。彼がそう言ってくれなかったら、私はいつまでも一人で、過去だけを振り返りながら生きていたと思うから……。これは、私だけじゃなく、あなたやシアちゃんも同じなんじゃないのかしら」


 ジェラールは何も言わずに、俯いている。


「カミル君はディラックのためにあなたは何もしていないって言ったけど、そんなことはないと思うの。彼は多分、あなた達が生きることを望んでいたんだと思うから。そして、あなた達の幸せを願っているはずだわ」


 突然ジェラールが動いた。彼は何も言わずに廊下へと歩いていく。


「ジェラール君。良かったら一緒に暮らさない? 血縁者ができたって、マリアも喜んでくれるわ」

 それを聞いていたのかいないのか。彼は部屋から出ていってしまった。


 ジェシカははぁと長いため息をつきながら、切なそうに目を細めているゼリヴを見た。もうディラックのことは完全に吹っ切っているのだろうか。そして、彼女が次に好きになった人とは、とついつい好奇心が膨れあがってしまう。

 その視線に気付いたのか、ゼリヴは意味ありげな瞳をジェシカへ移す。人の心を見抜くときのキャメロンと同じ顔。


「私はね、今でもディラックを一番に愛してるの。だけど、二番目でも良いって言ってくれる物好きが現れてね。一人で頑張っているのにも疲れちゃったから、甘えちゃってるのよ、私」


 今でも胸を張ってディラックのことが愛せると言えるゼリヴ。ジェシカの目にはそんな彼女がとても輝いて見えた。




     *     *     *     




 ……寂しいのに、部屋で待っていても誰も迎えに来てはくれない。

 一人で廊下に出て、城の中を歩き回ってみるが、皆レティシアに恭しく頭を下げるだけ。かまってなどくれない。

 怒ってくれる人もいないから、悪戯をしてもつまらない。

 姉の部屋を訪れるが、彼女はぼんやりと外を見ている。話し相手になってくれそうにない。


 父の執務室。彼は忙しそうに大臣達と話をしている。ふと、目が合う。すると、彼は困ったような顔をして、こちらに近づいてきた。

『すまないねぇ、レティ。今は忙しいから、またあとで』

 彼の側にいても、レティシアでは手伝えることなどない。大好きな伯父さんだったら、レティシアを部屋に入れて遊ばせてくれていたのだが、父にはそんな余裕はない。


 新しいお目付役の青年も最近いつも忙しそうにしているから、遊んでくれだなんて言い出せない。


 城を抜け出して、城下町へ遊びに出た。


 大好きだった家に行く。

 色とりどりの花々が咲き乱れている庭園。白い丸テーブルには枯れた花びらが積もっている。いつもそこでお茶を飲んでいた人も、一緒に遊んでくれた友達もいない。静寂に包まれたその庭。


 城に戻ると、侍女達に囲まれる。

『レティ様、お洋服をそんなに泥だらけにして!』

『ごめんなさい。これからは、ちゃんと良い子にするから……』


 良い子にするから、嫌わないで。ひとりにしないで……




 誰かが手を握っていてくれていた。その手が温かくて、空っぽになっていた胸が安らぎで一杯になる。


 まるで雲の上にいるようなふわふわとした感覚。意識がはっきりしない。体に力が入らない。

 うっすらと目を開けると、すぐ側にジェシカの顔がある。彼女は布団に突っ伏して幸せそうに寝ている。


 どこからが夢で、どこまでが現実なのだろうか。

 レティシアは考えるのを止めて目を閉じた。

 今はこの温もりだけを感じていたい。……そんな気分だった。

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