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フィアンセバトル  作者: きなこ
2章 トルタ
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トルタ1

 アリア国のジェシカ姫は、今日も城を抜け出して町に出掛けていた。


「ジェシカ様ぁ~、もう止めましょうよぉ~」

「お黙りなさいシーガル。それから、こんなところで大声で名前を呼ばないで」


 ジェシカに叱られて、シーガルは情けなくうなだれた。

 ジェシカはずんずんと道を歩いていた。その目的地は特にない。カッコイイ恋人が見つかるまで、彼女はこの遊びを――もとい、婚約者探しを止めるつもりはない。


「とは言うものの、私好みのカッコイイ人とはなかなか出会えませんのね」

「一体どういう人が好みなんですか?」

 シーガルが問うてみると、彼女はあっけらかんと言い放った。

「目も覚めるようなハンサムで、背が高くて、腕も立って……」

「なるほど。だから、その条件をふたつ満たしているデュークに、いきなり告白なんかしたんですね」

 ジェシカは言葉に詰まった。


「……あの人の事は思い出させないで。優しい人というのも条件です」

 彼女の周りにどす黒いオーラが立ちこめる。デュークに告白して、五秒でふられたことを意外と気にしているのかも知れない。


 ジェシカはふてくされたようにそっぽを向き、近くにあるベンチに座った。

「のどが渇きましたわ」

「………」

 半眼になってジェシカのことを見下ろすシーガル。彼女が次に発する言葉は容易に想像が付く。


「ジェシカ様。今月に入って、十日中五日、こうして町に出ているんです」

「つまり、二日に一度ですわね」

 にっこりと邪気のない笑顔で答えるジェシカ。

 それはそうだけど、とシーガルは胸中で呻きながら、負けてなるものかと気合を込めるように拳を握りしめた。


「町に来る度に、ジュースやらクレープやらを要求されて、俺の財布はどんどん軽くなってきています。ですから」

 あまり無駄遣いはするなと言いかけたシーガルに、顔を近づけるジェシカ。

 至近距離で見つめ合うことしばし。徐々にシーガルの腰が引けていく。


「だって、私、お金を持っていないんですもの」

「……」

「一体どうすればお金を稼げるか、分からないんですの。レティにでも聞いてみれば、なにか方法はあるかも知れませんが」

「……それは止めて下さい。ばれますから」


 ため息をつきながらシーガルは仕方なく折れた。そもそも、彼女に反抗を企てようとしたのが間違いだった。


「私、オレンジジュースがいいですわ」

「……はいはい。行って来ますよ。でも、そこから絶対に動かないで下さいよ」

「はぁい」

「絶対ですよっ」

 念を押して、シーガルは駆けていった。


 走っていくシーガルの後ろ姿にジェシカは大きく手を振った。

 彼の姿が消えてるのを見届けたジェシカは勢い良く立ち上がった。初めて城を抜け出してから数回の遊びの中で、ジェシカは学習したのだ。『シーガルが一緒では、異性に出会えない!』、と。

 シーガルの言いつけを破って、ジェシカは鼻歌を歌いながら歩き出した。




 しばらく町を歩くと、

「ねえ、お姉ちゃん」

 早速誰かに声をかけられる。


「はぁい」

 にっこりと微笑みながら振り向くと、そこにいたのは小太りの男。無論ジェシカの好みではない。心の中でため息をつきながら、ジェシカはその表情を陰らせていった。


「今、暇?」

「ごめんなさい。人を待っていますの」

「そんなこと言わないでさぁ、少しだけ付き合ってよ」

 強引に腕を掴まれて、ジェシカは眉をつり上げた。


「いい加減になさってっ!!」

「はい、そこまで」

 背後からどこかで聞いたことのある低い声が聞こえてきた。


 ジェシカが慌てて振り向くと、まず目に入ったのは面倒くさそうな色を帯びた瞳。そして茶色の髪、黄色のマント。


「デュ、デューク?!」

「はい、はい。お久しぶりです」

 デュークはぼそぼそと全く覇気のない口調で告げて、無表情のままナンパ男の腕を掴んだ。


「嫌がっているようだから、とっとと退散するように」

 相手が騎士団の人間だと分かるやいなや、ナンパ男はデュークの腕を振りほどいて一目散に逃げていった。その逃げっぷりはなかなかのもので、デュークは感心しながらそれを見送っていた。

「あいつ、他にも何かやらかしているのかも知れないな」

 ジェシカは悔しそうな瞳をデュークに向けていた。一度ならず、二度までも彼の手を借りてしまった。それが屈辱なのである。


「で。ジェシカ姫は、まだこんな事をやっていたんですか?」

「あなたには関係ありませんわっ」

 ムキになって返すと、デュークは軽く息を吐いた。やれやれといった面もちで、やはり面倒くさそうに横を向く。


「確かにあなたがどこで何をしようと俺には関係はありません。ですが、面倒なので、うろつくならば俺の担当区域以外にして下さい。あなたに何かがあって、迷惑を被るのはこっちなんですから」

 大げさに息を吐いて、彼はじろりとジェシカの服を見た。


「それから、その服、問題ありますよ。城の中で着ているような服で出てくるから、みんな珍しがって声をかけてくるんです。決して姫さんに魅力があるからじゃありませんよ」

「っな、何って失礼なっ!」

 いきり立つジェシカの肩を猛獣をなだめるかのように叩き、デュークは近くにある洋服屋を指した。

「試してみます?」

 挑発的な瞳。


 ジェシカは悔しそうに唇をかみ、背の高いデュークのことを上目遣いに睨み付けた。

「やってやろうじゃないですのっ」

 息ばんで言うジェシカを見て、デュークはなんの感慨もなさそうに頷いた。




 適当に店員に見繕ってもらった服はずいぶんと質素になっていた。今までの服が装飾過多だったというわけではないが、やはり布の質やら装飾やらが一般市民離れしていたのだ。


 そんな恰好をしてもどこか気品を漂わせるジェシカを見て、デュークは素直に褒めた。

「さすがは王家の姫さんですね」

「……どういう意味ですの?」

 嫌味と取ったジェシカが唇を尖らせながら彼の顔を見上げるが、デュークは涼しい顔をしてその視線をかわす。


「さて、あまりサボってもいられませんから、俺はこれで」

 財布を懐にしまいながら、デュークが立ち去ろうとする。


「あの、この服、買っていただいて良かったんですの?」

「ご心配なく。あとでシーガルに請求しておきますから」

 ひらひらと手を振って、デュークは通りの方へ歩いていった。


 その後ろ姿を見送りジェシカは踵を返した。

 今度こそ素敵な人と巡り合ってみせると意気込んで街を闊歩するが、デュークの言っていることは事実だったのか、今までは一人で歩いていると誰かに声をかけられたのに、着替えたとたんぴたりとそれも止んだ。


「……珍しがられていただけなのかしら」

 不満げに腕を組んでいると、

「ジェシカ様」

 不機嫌そうな低い声のシーガルに呼ばれ、ジェシカはぺろっと舌を出した。楽しい時間は終わりのようだ。


「あれほど動かないで待ってて下さいって言ったのに」

「あら、シーガル。おほほほ」

 ごまかすように笑う。


 こめかみの辺りを引きつらせたシーガルがゆっくりと歩いてくる。ふと、その彼の眉が微かに上がった。ジェシカの服が替わっていることに気付いたようだ。


「この服、デュークに買っていただいたんです」

「デュークが?」

 意外そうな顔をしてジェシカを見るシーガル。

「そうしていると、わりと普通の女の子って感じがしますね」

「そうですか? ありがとう」

 微笑みながらジェシカは素直に礼を言った。そのままにこにこしていると、シーガルは呆れたようにため息をついた。


「はい、オレンジジュースです。だいぶ時間がたってしまったので、氷が溶けて薄まっているかも知れませんが」

 ジェシカはそれを受け取ってストローに口を付けた。ジュースを飲んで、一息つく。

 シーガルを見てみると、彼は額に浮かんだ汗を拭いながら息を整えていた。ジェシカを探すために走り回っていたのだろうか。そう考えると、少しだけ申し訳なくなってくる。――少しだけだが。


 ジェシカはストローの先をハンカチで拭いて、シーガルに差し出した。

 意外そうな顔でそれを見るシーガル。


「私を捜して走り回って、喉もカラカラなのでしょう? 半分しか残っていませんが、どうぞ」

「でも……」

「いいんですわよ」

 強引に渡すと、彼は躊躇いながらジュースを飲み始めた。


 機嫌よくそれを眺めていたジェシカだが、少し離れた店に並ぶ行列を見つけて首を傾げる。

「あれは何でしょう?」

 ジェシカの指した方向を見たシーガルは、ああと軽く頷いた。

「クレープ屋ですよ。ほら、この前も行列を作っていたって言ったじゃないですか」

 ふーんと頷きながら、ジェシカはじっとシーガルのことを見つめた。


 その視線に気付かないふりをしてシーガルは明後日の方向を見ている。だが、ジェシカは訴えるような視線を送り続けていた。

 沈黙が続き、そしてシーガルは折れた。

「せっかくですから、ジェシカ様も来て下さいよ。買い物の仕方も、一応覚えていた方が良いでしょう」

 ふたりはクレープ屋へ向かった。


 クレープ屋に並んでいるのはほとんどが若い女の子だった。

「ジェシカ様。あのメニューから好きな物を選んで下さい」

 シーガルに指された場所に書いてあるメニューを見ようとしたジェシカは、その真下で視線を止めた。

 色素の薄い茶色の髪。それよりも明るい色の瞳はとても優しそうで、その顔は甘く、そしてカッコイイ。


「……見つけた」


 ぎょっとするシーガルの横で、ジェシカはウットリとしながらそう呟いた。




     *     *     *




 無人のジェシカの部屋の扉を閉めるのは妹のレティシア。大きな蒼色の瞳の持ち主で、人形のように可愛らしく整った顔立ちはあまりジェシカに似ていない。長いサラサラの金色の髪は腰の辺りまで伸びていた。


「……最近、よく姿を隠しますのね」

 扉に向かってそう呟いて、レティシアは大きな瞳を細めた。


 彼女は父親の元へと歩き出す。

 基本的にジェシカはロキフェルの元でおしゃべりをしていたり、自分の部屋や裏庭で、ぼんやりとしているか大衆向けの恋愛小説を読んでいたりすることが多かった。だがそれらの場所のどこにもジェシカの姿はない。


 レティシアは先日のジェシカの言葉を思い出した。

「まさかとは思いますけれど、どこかに男を漁りに行っているのかしら」

 信じたくはなかったが、その可能性はあながち否定も出来ない。腕のいい魔道士が一緒にいるのだし、城を抜け出すことなど造作でもないはずだ。レティシアでも簡単に城を抜け出せるほど、この城は楽に出入りできる。


 そんなことを考えながら歩いていると、

「レティシア。今暇か~?」

 陽気な声に呼ばれて、レティシアは足を止めた。


 階段から下を見ると、両手一杯に書類を抱えた黒髪の男が近づいてくる。赤いマントを羽織った彼は、騎士団の最高位の称号を持つ『聖騎士』であり、騎士団の副将軍である。


「ひーちゃん?」

 ひーちゃんと呼ばれた副将軍は、愛嬌のある笑顔を見せた。もうすぐ三十路だというのに、どうにも彼の表情からは子供っぽさが消えない。それでも傍から見る分には彫りの深い整った顔立ちをしているので、その地位も相まって町の女性からの人気は高い。

 彼はレティシアのお目付役をしてくれているので、多忙な中、時間を作っては様子を見に来てくれる。


「ちょっと仕事を手伝ってくれないか? 忙しくて忙しくて」

「どこに一国の王女に騎士団の予算を組ませる副将軍がいるんですの?」

「ここにいるぜ」

 悪びれずに返されると、毒気も抜かれて苦笑するしかない。


「ほんと、レティシアは姫様にしておくのがもったいないよなぁ~。姫様じゃなかったら、騎士団の財政管理をさせたいところだぜ」

「……似たような事を、イ・ミュラー様にも言われましたわ」


 うんざりしながら言うと、副将軍はけらけらと陽気に笑った。イ・ミュラーとは魔法兵団の総帥、つまりはシーガルの上司に当たる人のことである。

 副将軍の横顔を見ながら、レティシアは思い出したように尋ねてみた。


「ところでひーちゃん。最近、城下町で男を漁っている貴族の娘の噂を聞いたことがありません?」

「……何のことだ?」

「分からないのなら、良いのですけれど」

 杞憂であればいいのだけれど……と、ため息をつきながら、レティシアは副将軍の持っている書類の束を見つめた。

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