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フィアンセバトル  作者: きなこ
7章 キャメロン
39/89

キャメロン11

 平和記念式典の当日。

 砦の周りには露店等も並んで、両国の人々が会食などをしている様子が伺えた。

 ここまでの道のりは長がったなあ~と呟きながら、バルコニーから下を眺めているジェシカ。


「良かったですね。こうして無事に当日を迎えることが出来て」

 笑顔でシーガルが語りかけると、ジェシカは心底嬉しそうにこくこくと何度も頷いた。

「いろんな事がありましたけど、みんな楽しそうで何よりですわ」


 キャメロンとレティシアのことはデュークから聞いた。そんなことがあったのに、こうして笑っているジェシカをいじらしく思いながら、シーガルはそっとため息をついた。


 扉が叩かれる音。ジェシカが返事をすると扉が開かれる。

 入ってきたのはレティシア。彼女は手に大きな荷物を持っていた。


「お姉さま。私は一足先に、ひーちゃんたちと城へ戻りますわね」

「もう少しゆっくりしていけばいのに。おいしい物もたくさんありますわよ」

 かく言う彼女は先ほどからターチル産の果物を食べている。

 にっこりと笑いながら上機嫌で言うジェシカから視線を逸らし、レティシアは首を振った。


「いいえ。お父様がやり残した仕事もありますから……」

 レティシアは重そうな荷物を持ち上げた。そして、頭を下げて無言で部屋から出ていく。


 ジェシカは複雑な顔をして扉を見つめていた。そして、ため息をつきながらふいっと扉に背を向ける。

「……シーガル。レティの荷物持ちをしてあげて」

「あ、はい」


 あの一件以来姉妹間でどうもぎくしゃくとしている様だった。何かシーガルで役に立てることはないかと考えながら、レティシアを追いかけた。

「レティ様。荷物をお持ちします」

 レティシアは少しだけ申し訳なさそうな顔をして、頭を下げた。


 レティシアの隣を歩く。彼女は無言のままだったので、シーガルもついつい言葉をかけそびれていた。彼女の横顔を見るが、その表情はいまいち読みとれない。ジェシカなどは見ているだけである程度は何を考えているか分かるというのに、姉妹でもずいぶんと違う物である。


 ヤンとカミルが何かを話しながら建物の入り口から入ってくるのが見えた。カミルは肩から鞄をかけている。どうやら彼もレティシア達と一緒に戻る様だ。


「あ、シア。俺、ちょっと頭領のところに行って来る」

「なんの用ですの? リバーシ対決の再挑戦でもする気なのかしら」

「いや、そうではなくて。カミルをターチルに呼びたいというあの話、父上はどうやら本気のようなんだ」

「……え?」

 レティシアは驚いたような顔をしてカミルのことを見上げた。


「い、いつの間にそんな話になったんですの?」

「この前頭領と遊んでたとき。おまえとキャロが出ていったあと。ま、そういうわけだから、少し出発は遅らせといてな」


 カミル達は歩いていってしまった。

 彼らの姿が見えなくなったあとも、レティシアはその場を動かなかった。まるで捨てられた子供のような顔をして誰もいなくなった廊下を見つめているレティシア。シーガルはどうして良いのか分からずにそんな彼女の横顔を見つめていた。

 やがて、シーガルの視線に気付いたらしい彼女は微笑みを浮かべる。

 唐突にシーガルは気付いた。彼女のその笑みが作り物だということに……。


「もう、馬車はすぐそこですから、ここまででいいです。シーガルさん、ありがとうございました」

 レティシアはシーガルの手から自分の荷物を受け取り、外へと歩いていった。

 シーガルはその後ろ姿から目を離すことが出来なかった。



     *     *     *     



 アリアとターチルの戦で命を落とした人たちの鎮魂の意味も含まれているこの式典。目を閉じると、懐かしいトリスタンの顔が浮かんできた。


 ジェシカが真面目に式典に参加していたのは、はじめに行われた黙祷の部分だけであって、それ以後はあくびをかみ殺しながら、壇上に立っているロキフェルのことを眺めていた。

 彼は拡声器を使って演説を行っているようだが、その言葉は耳を素通りしていく。


「眠いですわぁ……」

 ぽつんと呟くと、時折相づちを打ちながら演説を聞いていたヤンが、真面目腐った顔をジェシカに向ける。

「国王は素晴らしい事を言っているぞ」

「あんなのお父様が考えた訳じゃありませんわよ。どうせ、大臣に考えさせたんですわぁ」

 ヤンは物言いたげな顔をしていたが、ジェシカはさして気にもとめなかった。


「ヤンはいつ国に戻りますの?」

「俺はあと二、三日は滞在するつもりだ。式典の後片づけを父上から押しつけられしまった」

 ジェシカは思わず吹き出した。面倒なことはすべて息子に任せて楽をしようと言うダンの魂胆らしい。


「こっちはあとはお父様がやってくれるそうですので、私は明日帰りますわ」

 その言葉を聞いたヤンは少しだけ悲しそうな顔をして俯いた。

 そのリアクションに驚いたジェシカは手を左右に振りながら慌てて言い繕った。

「で、でも、そんなに遠いわけではないんですから、遊びに行きますわ」

「本当か? その時は盛大に歓迎するぞ」

 何やら嬉しそうに微笑むヤン。


「ジェシカ……。あの、……聞いて欲しいことがあるんだ」

 何故か頬を赤らめて真剣そのものの顔でジェシカを見つめるヤン。その視線を受けて、目をぱちくりと瞬かせるジェシカ。

 そんなことをしている内に、ロキフェルの演説が終了した。次に拡声器を持って前に出ていったのはダン。彼は拡声器に口を近づけたかと思うと、突然それを放り投げた。


「俺は……」

「儂は魔法が嫌いなので、このまま話すぞっ」

 そんなダンの怒鳴り声が聞こえ、ジェシカは耳を塞ぎながら前を向いた。


 がくりと肩を落としたヤンは恨みがましそうな瞳を実の父に向けていた。

 確かに、拡声器は魔法を使ったからくり道具ではあるが、魔法が嫌いだからと言って地声で話すなどなんて常識知らずなのだろうか。しかも、そのボリュームは拡声器を使ったロキフェルの声よりも大きい。


「皆も知っておるように、儂はこの和平については最後まで反対をしてきた。まあ、だがアリアにもおもしろい人間がおることが分かってな。敵対するには少し惜しいような気がしたのだ」

「……父上」

 いたく感動した様な瞳でダンを見つめているヤン。


 しかし、

「だが、やっぱり儂は和平なんぞ結びたくなかった」

 ざわめく聴衆達を手で制し、ダンはにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。


「っな、あの人は、まだそんなことを……」

 怒りのあまり、拳を握りしめながら立ち上がるヤン。ジェシカは慌てて腕を掴み、ヤンが舞台へと出ていくのだけは止めた。


「というわけで、儂は頭領を引退することに決めたぞ」

 会場のざわめきが一瞬にして止む。


 ジェシカは、いや、ジェシカだけではなく、ヤンもロキフェルもその他大勢も、言葉を失ってただダンのことを見つめるのみとなった。

 それを楽しそうに一望したダンは、がははと豪快に笑って大きく状態をそらす。


「次の頭領には、息子のヤンを推すので、あとは好きにすると良い」

 好き勝手に言ったダンはまっすぐにヤンの元へ歩いてきた。

 ヤンは呆気にとられたような顔をしてダンのことを凝視している。そんなヤンを背後から蹴り飛ばし、ダンは椅子に座った。

 勢いよく押し出されたヤンは舞台へと進み出る。彼の登場で場内からはわぁっと歓声が上がった。


「がはははは。愉快、愉快」

 どうして良いのか分からずに狼狽えている息子を見て笑っているダン。ヤンには悪いが、ジェシカもその様子がおかしくて、ついつい声に出して笑ってしまった。

 やがて、ヤンがしどろもどろと今後の豊富などを語り始める。

 それを満足げに見やったダンは、意地の悪い笑みを浮かべていた。


「もう、どうしてそうやってみんなを困らせるんですの? ヤンったら泣きそうですわよ」

「なぁに。あやつは少しいじめられている位がちょうど良い」

 ジェシカは不思議そうに首を傾げた。そんなジェシカを一瞥するダン。


「のぅ、アリアのバカ姫。そなた、ターチルに嫁に来ぬか?」

「誰がバカ姫ですのっ!!」

 ムキになってそう言い返す。いつぞやは勢い任せでダンの妻になると言ってしまったが、正直それだけはごめん被りたい。


「わたくし、かっこいい人じゃなければ嫌ですわ」

「そうか、それはヤンも悲しむな。あやつはとりわけ顔が良いわけでもなし、要領も悪い。とりえと言えば、バカ真面目なこと位だ」

「あら?」

 ジェシカはてっきりダンの嫁にと言う意味だと思っていたのだが、違っていたらしい。


「えっと、あの、その……う~んと?」

 おろおろと狼狽えていると、ダンはにたりとからかうような笑みを浮かべ、腕を組みながら椅子にもたれかかる。


「貴様は本当にバカなので、おもしろいわ」

「っな、何ですって!!」

「一応言っておくが、儂はまだアリア侵略を諦めたわけではないからな。貴様も首を洗って待っておれ」

 物騒なセリフを吐きながらも、ダンは呵々と大きく笑っていた。


 彼はそんなことを言っているが、アリアとターチルの関係はそれなりにうまくいくのかも知れない。そんなことを思いながら、ジェシカは「負けませんわよ」と言い返し、声を上げて笑った。




     *     




 その夜。

 ジェシカは寝間着にコートを羽織って屋上へと続く階段を上っていた。特に目的があったわけではないのだが、明日城に帰ると思うと何やら感慨深くなってきたのだ。


 屋上に出ると白いマントが見えた。

 もしやと思い、暗闇の中じっと目をこらすと、手すりに寄りかかるようにしてキャメロンが立っていた。


「なんだか、運命を感じますわぁ~」

 ちょっぴり切ない気持ちになりながら、ジェシカはキャメロンに近づいていった。すると彼は振り返り、少しだけ驚いたような表情を作る。


「ジェシカ様。ひとりでこんなところに出てきては危ないと、前も言いましたよね」

「おほほ。でも、キャメロンさんがいるから、大丈夫ですわ」

 気楽にそう返すと、彼はため息をつきながら苦い笑みを浮かべた。


 ジェシカはキャメロンの横に並び、視線を遠くに向けた。闇夜を照らすのは月の明かりだけ。周りの景色はほとんど何も見えなかった。


「いろいろなことがあったなぁ、と少し感傷に浸っていたんです。ジェシカ様には感謝してるんですよ。あのとき、あなたが手を引いてくれなかったら、僕は今でもひとり悩んでいたでしょうからね」

「いえ。それより、あのときは私も失礼なことを言ってしまいましたわ。キャメロンさんが真剣に悩んでいたのに『どうでも良い』だなんて言ってしまって」


 後から考えるとずいぶんと失礼な態度をとったものだ。

 だが、キャメロンは気が抜けるように手をひらひらとさせる。

「あ、本当に『どうでも良いこと』なんですから、気になさらないで下さい」

「……あの、どんな理由だったのか、おたずねしてもよろしいですか?」

 すると、キャメロンはちょこんと首を傾げて、照れくさそうな笑みを浮かべた。


「実は、僕も町の子供達と同じで、騎士に憧れていたってだけなんですよね~」

「へ?」


 キャメロンはすっきりとした顔をして視線を夜空へと向けた。


「昔、トリスタンが言っていたんです。『好きな人の幸せのために尽くすのが俺の騎士道だ』って。なんか、あのセリフに憧れていたんですよ」

「私も、そのセリフ覚えていますわ! 私、えらく感動してしまいましたもの」

 同じ言葉に共感していたという偶然に、嬉しくなって胸の前で手を合わせるジェシカ。


「それに小さい頃からゼリヴの背中ばかり見ていましたからね。いつか、あの人の横に並びたいと思っていたのかも知れません。あの人は本当に自分に自信を持っていて、強くて、意外と優しいところもあって……迷惑な姉でしたけれど、大好きだったんですよ」

 キャメロンの顔から笑みが消えた。だが、それも一瞬だけ。彼はジェシカの方を向き、照れた様な笑みを浮かべる。


「あとはレティシア様を守るための力が欲しかったのかもしれませんね。まあ、今となってはどんな理由だったのか、本当のところは分からないんですけれどね」

「そういえば、レティとはどうなったんですの?」

「ああ。大嫌いと言われましたよ」


 笑みを浮かべたまま軽い口調で言ってのけるキャメロン。

 ジェシカは目を見開いて、悲しいなぁ~なんて冗談めかして呟いているキャメロンを凝視した。

 やがて、気を取り直して何とか口を開いてみる。


「じゃあ、キャメロンさんはレティのことを諦めますの?」

 哀れみと、少しだけの期待の含まれた言葉。だが、ジェシカには彼の答えなど分かっていた。

 案の定、彼はゆっくりと首を振った。


「……すごいですわね、キャメロンさん。私には無理って分かりましたの。お兄さまのように好きな人の幸せだけを願うのは」

 はぁとため息をつきながらジェシカは落ち込んで俯いた。


「私、キャメロンさんの恋の手伝いをしたかったんですけれど、実際にそのレティを目の前にすると意地悪なことばかり言ってしまいたくなりますもの。心が貧しいんですわ」

「あ、それは僕も同じですよ」

 意外なそのセリフに、ジェシカはばっと顔を上げた。


「僕だって、ひーちゃんやカミルに嫉妬してばかりですよ。あ、でも、僕が一番羨ましい思うのは、ジェシカ様ですけれどね」

「へ?」

 予想外のその言葉に目を丸くすると、キャメロンは悪戯っぽく笑った。


「さあ、そろそろ戻りましょう」

 歩き出すキャメロン。

 ふわりとはためいたマントを見て、ジェシカはキャメロンの腕を掴んだ。


 立ち止まるキャメロン。

 その瞳をまっすぐに見つめると、やはりまだどきどきと鼓動が高鳴る。


「……キャメロンさん、お願いがありますの」

「何ですか?」

 ジェシカはごくんと唾を飲み込み、意を決してキャメロンの瞳を睨むように見つめた。


「キスしてください」

「……は?」

 珍しくキャメロンが間の抜けた声を発する。

 だが、ジェシカは緊張のあまり、そんな彼の反応を見ている余裕すらもなかった。


「ジェシカ様。そう言うのは、本当に好きな人に……」

「今はキャメロンさんのことが大好きですの。本当にほんと~うに、本気ですの! キスしてくれたら、ちゃんと諦めますわ。だから、最後に思い出が欲しいんですの!」

 あふれんばかりの星が輝く屋上。雰囲気作りはバッチリである。まして、相手は大好きでおまけに美形なキャメロンなのだ。


「レティとはまだキスなんてしたことがないんでしょ? なら、せめてレティよりも先に……」 

 真剣そのものの瞳で見つめていると、キャメロンは呆れたようにため息をついた。


「僕は別に構いませんが、ジェシカ様は……」

「絶対に後悔なんてしませんわ。それに、誰にも言いふらしたりしませんっ。心の中だけにしまっておきますから」

「……仕方がないですねぇ」

 苦笑いをしながらキャメロンはジェシカの方に体を向ける。


「ほっぺたとか、おでこはなしですわよ」

 一応念を押すと、キャメロンはにっこりと微笑みを浮かべた。


 彼の手がジェシカの肩を優しく掴む。

 どきりとして思わず肩が揺れた。

 キャメロンはふと真顔に戻り、まっすぐにジェシカの瞳を見つめてくる。優しいその瞳にときめいてしまう。徐々に近づいてくるキャメロンの顔。鼓動を高鳴らせながらゆっくりと目を伏せた。


 ちゅ――


 実際にそんな音がしたのかどうか。ジェシカには分からなかった。

 見えたのは至近距離で悪戯っぽく笑っているキャメロンの瞳。


 ジェシカは思わず鼻の頭を抑え、不満そうに口を尖らせた。

「ずるいですわぁ~。ちゃんとキスしてって言いましたのに」

「鼻は駄目だって言われていませんでしたから」


 にっこりと微笑むキャメロン。彼はすたすたと歩いていってしまう。

 ジェシカは鼻を押さえていた手を見つめ、何となく掌に口を付けてみた。キャメロンが口づけをした場所を触った部分――


「ジェシカ様、風邪を引いてしまいますよ」

 キャメロンに呼ばれ、ジェシカははぁいと上機嫌で返事をしながら彼の元へと走っていった。

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