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フィアンセバトル  作者: きなこ
7章 キャメロン
37/89

キャメロン9

「嫌ですわ。あんなゴリラに、お姉さまと言われるなんて」

 ばんばんとテーブルを叩きながら騒いでいるジェシカ。


「……すまない」

 ヤンにはそれしか言うことが出来なかった。

 すべての元凶である自分の父が何を考えているのかなど、ヤンにはとうてい理解できなかった。自分の息子よりも年下の娘を妻に迎えたいなど、亡くなったヤンの母が聞いたらどんなに呆れることか。


 ジェシカは気まずそうな顔をして、しどろもどろと言い訳を始めた。

「えっと、別にヤンを責めている訳ではなくて、あのゴリラ……ではなくて、頭領が……」

「いや、いいんだ。今回の件には家臣達も呆れている。……俺が何とか父上を説得してみせる」

 そう宣言して、ヤンはジェシカたちの返事も聞かずに彼女の部屋から飛び出した。


 向かう先はダンの部屋。

 ノックもせずに扉を開く。


 まず目に入ったのは黒髪黒瞳の少々釣り気味の目をした少年、カミル。彼とは直接話したことはないが、ジェシカと一緒に歩いているのを見たことがある。

 ヤンに気付いたカミルはぺこりと頭を下げた。その手には白い包帯がある。

 訝しげに眉を寄せ、視線をカミルの向こう側に向ける。そこにあったのは包帯の巻かれたダンの太い腕。


「父上っ、一体、何が……?!」

「ええいっ、騒ぐなっ」


 一喝されて、ついつい口ごもる。幼い頃から父には逆らうなと教育をされてきたおかげで、すっかり父に頭が上がらないヤンである。

 カミルは意味ありげな視線をダンに向け、笑いをこらえた様子で包帯巻きを再開させた。


「ごきげんよう、ヤン様」

 椅子に座っていたレティシアが立ち上がり、優雅な仕草でスカートの裾を持ち上げる。どうしていいのか分からず、ヤンは狼狽えながら頭を下げた。


「頭領殿が怪我をしてしまったので、私の友人に治療を頼んだんですの。魔法はお嫌いと申されるので……」

「当たり前だっ。そんな得体の知れぬものに頼るなど、貴様たちがどうにかしておるわっ」

 くすくすと笑っているレティシア。そんな彼女を忌々しげに睨んでいるダン。

 治療を終えたダンは勢いよく立ち上がり、奥の部屋へと歩いていく。


「小娘っ、勝負の続きだっ」

 レティシアはやれやれといった面もちで奥へと歩いていった。


「父上たちは一体何をしてるんだ?」

「……頭領のプライドに関わる問題らしい、です」

「小僧っ!! 何をしておるっ」


 奥から呼ばれ、カミルは鞄を肩に掛けながら立ち上がる。そして、呆然としているヤンに気づき、癖のある笑みを浮かべた。

「ま、心配するだけ損だってこと、です。……ったく、少しでも心配した俺がバカみてえじゃねえか」

 後半はおそらく愚痴なのだろうが、どのみちヤンには訳が分からなかった。


 カミルが扉の向こう側へ消え、ヤンは一人部屋に残されることになった。

「一体、何なんだ……?」

 扉がばたんと音を立てて閉まる。

 ダンのことを説得しなければならない。それは分かっているのだが、ヤンにはどうしても目の前の扉を開ける勇気は沸いてこなかった。


 

     *     *     *     



 レティシアがダンと婚約をすると言ってから二日がたった。

 何とかして婚約を解消させたいが事態は全くと言っていいほど変わっていない。それどころか、レティシアは一日のほとんどをダンの元で過ごしていると言う始末。


 ジェシカは腕を組みながら、難しい顔をしていた。

 カミルの話では心配をすることはないそうだが、それで「はい、そうですか」と納得もできない。


「困りましたわぁ~」

 頭に思い描かれるのはダンの憎たらしい笑み。

 ぶうっと頬を膨らませながら、ジェシカは椅子の背もたれに寄りかかった。


 何気なく前を見ると、そこには一振りの剣があった。あの事件があった日に、キャメロンから受け取った剣である。

「あ」

 唐突に思い出して、ジェシカは剣に近づいていった。剣の後ろ側にある棚を開くと、そこには白いマントが入っている。

 彼は不祥事の責任を取るために、騎士を止めるつもりなのだ。だから一応は主君という立場にあるジェシカに、騎士の証であるマントを渡した。

 ジェシカは剣とマントを持ち、慌てて部屋を出た。




 剣という物は結構な重量の物である。周りの人間が軽々と扱っているので、そんなことを忘れていたジェシカであった。

「あぁ~ん。重いですわぁ~」

 部屋から出て十数歩歩いたところで、早速弱音を吐くジェシカ。


 キャメロンの剣とマントを返そうとそれらを持ち出したは良いが、なかなか前に進むことが出来ない。

 そんな調子でのろのろと歩いていると、横から手が伸びて来た。


「何をしているんですか」

 聞き慣れた低い声に顔を上げてみれば、そこにいたのはデューク。彼はジェシカの手から剣を取りあげた。


「見て分かりませんの? 剣を運んでいるんですわ」

「なるほど。キャメロンの奴に剣を返そうと思ったが、重くて思うように運べなかったというところですか。……手伝いましょうか?」

 その物言いが気に入らなくて、ジェシカはふいっとそっぽを向いた。


「結構ですわ」

 唇をとがらせながら言葉を返すと、彼はジェシカの手に剣を戻した。

 ひっくと頬を引きつらせながら剣を見つめるジェシカ。


「それじゃあ。……あ、キャメロンはひーちゃんと同じ部屋にいるはずですよ」

 キャメロンの部屋を知らなかったことに気づき、ジェシカは真っ青になった。ヒツジの部屋と言われても、どこなのかジェシカには分からない。おそらくそれに気づいているあろうデュークはすたすたと歩いていってしまう。


「私が悪かったですわよ! だから、運ぶのを手伝ってくださいっ!!!」

 怒鳴りつけると、デュークは足を止めて振り返った。そして、無表情のままで再びジェシカの手から剣を取り上げる。

 心底不服ではあったが、ジェシカはデュークに剣を運んでもらうこととなった。




 デュークに案内をされてヒツジの部屋にたどり着いた。


「もう大丈夫ですわよ」

「……いえ。俺も実はキャメロンに用事があるので」


 デュークが小脇に抱えている白い包み。ジェシカはそれを見て首を傾げた。

 ノックもせずにデュークが扉を開ける。

 彼に続いてジェシカも部屋に入た。キャメロンはベランダにいる。物憂げな顔をして、何かを考え込んでいるようだった。


「キャメロン」

 ジェシカ達の存在に気付いた彼は振り返って微笑みを浮かべる。

 その笑顔に少しだけ違和感を感じながら、ジェシカはキャメロンの瞳をまっすぐに見つめた。


「突然お邪魔してしまってごめんなさい。私、これをキャメロンさんにお返ししようと思って……」

 ジェシカは手にしていた白いマントをキャメロンに差し出した。

 ふっと、キャメロンの顔から笑みが消えた。

 不安に駆られながらジェシカは無理矢理キャメロンにマントを渡した。キャメロンは自分のマントへと視線を落とし、暗い表情を作る。


 しばらくして、彼は目を伏せて首を振った。

 その意味が分からずに瞬きをしていると、渡したばかりのマントがジェシカの手の中に戻ってきた。


「申し訳ありませんが、受け取れません……」

「どうしてですの?!」

 驚愕しながら問い返すと、キャメロンは口元に曖昧な笑みを浮かべた。


「……こんな不祥事を起こしてしまったんですから、騎士を続けられる訳がありません」

「でも、今回の事件がきっかけで騎士を辞めるなんて……」

「いいんです。なんとなく騎士をしていただけですから、騎士に固執する理由も、僕にはありませんし……」


 いつもより低めの声で、たんたんと語るキャメロン。

 ジェシカは受け取ったマントとキャメロンを交互に眺め、ぶんぶんと激しく首を振った。


「だからって、こんなの嫌ですわっ。だって、キャメロンさん。私にこのマントを渡した時にとても悲しそうな顔をしていましたのよ?」

 キャメロンは無言のまま俯いていた。

「キャメロンさんは騎士を辞めるのが嫌だったから、あんなに悲しそうな顔をしているんだって思いましたの。……キャメロンさんが今回の責任を取って騎士を辞めるなら、私も責任を取らなければいけませんわっ。だって、私がみんなを煽ってしまったんですもの」

「ジェシカ様……」


 そのとき、ジェシカの顔の横を何かが通過していった。

 それはキャメロンの顔めがけて投げられた物であった。キャメロンは顔の前でそれを受け止めたようだが、驚いたように瞬きを繰り返している。ジェシカも何が起きたのか分からずに目を丸くした。


「バーカ」

 デュークの声で彼らしくないセリフが吐かれる。ぎょっとして振り向くと、少しだけ後悔したような面もちのデュークが咳払いをしていた。


「……というのは、カミルからの伝言ですが」

「カミルから?」

 訝しげに尋ねてみると、デュークは頷く。

 彼はキャメロンの手の中にある包みを顎で指した。

 促されたキャメロンが包みを開くと、中から赤い布が出てきた。微かにキャメロンの眉が動く。


「元々は、レティ様がおまえへと、カミルに渡したらしい」

「レティ?」

 突然出てきたその名前に驚き、ジェシカは首を傾げた。


 キャメロンは赤い布を開いた。ようやくジェシカはそれが聖騎士のマントであることに気付く。

「ゼリヴさんのマントを返すとのことだ」

 沈黙が訪れる。


「ところで、どうしてレティがキャメロンさんに……?」

 キャメロンからは何も反応がないので、ジェシカはデュークを振り返った。彼はいつも通りの無表情でジェシカから逃れるようにそっぽを向いた。だが、何か思うところがあったらしく、ため息をついてジェシカからの視線を受け止める。


「レティ様は、」

「デューク」

 無言だったキャメロンが口を開く。

 今までに聞いたことがない厳しい声音に、ジェシカはどきりとしながら顔をキャメロンの方へ向けた。

「これは、僕が言わなければならないことです」


 キャメロンは顔を上げ、ジェシカの方を向く。その雰囲気に嫌な物を感じつつも、ジェシカは背筋を伸ばしてその瞳を見つめ返した。


「以前から言っていた、僕が約束を交わしたお慕いしている相手……。それが、レティシア様です」

「へ?」


 間の抜けた声を発して、ジェシカは目を瞬かせた。

 冗談だろうと聞き返したかったが、キャメロンの表情からしてそれは見当違いな言葉の様に思える。


 ぶるっと背筋が震える。

「また、レティですのね……」

 口から出た言葉に自分でも驚く。だがそれが発端となって、胸が締め付けられるように痛んでくる。そして、ぽろぽろと涙がこぼれてきた。


 キャメロンに好きな相手がいることは承知していたが、それがよりにもよってレティシアであるだなんて……

 申し訳なさそうな顔をしているキャメロン。そんな瞳で見つめられると、ますます頭に血が上ってくる。

 ジェシカは何も言うことは出来ないまま、逃げるように部屋を出た。廊下に出たジェシカは目をこすりながら、その場に立ち止まった。


 昔からそうだ。

 レティシアは悪戯をしたり言うことを聞かなかったりと、周りの人間に迷惑ばかりかけていたのに、何故か皆に可愛がられていた。ロキフェルはいつだってレティシア優先だし、彼女に対して小言ばかり言ってた大好きな従兄弟だっていつもレティシアの身を案じていたし、キャメロンも、カミルも……

 ジェシカは手の中の白いマントをぎゅっと抱きしめた。

「どうして、いつも……」


 突然、鈍い衝撃が背中に走る。

 思わず前のめりになって転びそうになるが、誰かに腕を捕まれて事なきを得た。


「まだそこにいたんですか」

 呆れたような声に振り返ってみれば、そこにいたのはデューク。

 不満顔で彼のことを見上げると、彼は肩をすくめる。廊下へ出た彼は扉を閉めた。


「ただでさえ参っているんですから、これ以上追いつめないでやって下さいよ」

「デュークにしては、友達思いの発言ですわね」

 精一杯の嫌味を言ってやると、彼は面倒くさそうに頭をかいた。

「確かに秘密にしていた俺達は恨まれても仕方がないですが、レティ様を恨むのはお門違いですよ」

「私は一番最初にレティに相談したんですのよ。……でも、レティは何も言ってくれませんでしたわっ」

「姉が思いを寄せている相手とそんな約束をしたなどと言い出せる訳がないでしょう。それに、そんなに妹と張り合わなくても……」


 ジェシカは白いマントに顔を押しつけた。そして、すべてを否定するように首を振る。


「だってみんな私よりもレティの方ばかり気にかけるんですもの。キャメロンさんやカミルもそうですけれど、お父様も、イ・ミュラー様も、ひーちゃんも、大臣達も……。みんなレティのことばっかり……!」

「たとえそうだとしても、少なくともひとりは例外がいるじゃないですか」

 デュークの言葉の意味が分からずに、ジェシカは瞬きをしながら彼の顔を見つめた。

「シーガルの奴ですよ」


 唐突に彼の名前を出され、ジェシカは狼狽えた。だが、そんな事にはお構いなしに、デュークは手をひらひらと振る。


「少し喋りすぎました。……そうですね、お喋りついでに良いことを教えて上げますよ。レティ様はキャメロンに、あの約束はなかった物にしようと言ったらしいですよ。良かったですね。キャメロンはふられたわけですから、レティ様を気にかける必要なんてなくなりましたよ」


 その言葉に動きを止めるジェシカ。急に頭が冷静さを取り戻し、先ほどとは違った意味で胸が痛くなる。キャメロンの恋の手伝いをしようと思っていたのに、その妨害しか出来なかったのかも知れない。キャメロンとレティシアを傷つけながら。


 ぼろぼろと涙が流れてくる。

 デュークは一度大きくため息をついて、立ち去ろうとした。しかしジェシカは手を伸ばし、その腕にしがみつく。


「あなたは、私とレティ、どっちが好きですの?」

「いきなり子供じみた比較を……」

 真剣そのものの顔をして彼を見上げていると、観念したのかデュークは疲れたように頷いた。

「まあ、あなたの方が見ていて飽きないですよ」

「どういう意味ですの、それ!!」

 さあ、と意味ありげな視線を向けられ、ジェシカは悔しくなってその場で地団駄を踏んだ。少しだけ気分が軽くなってきた。頬についていた涙を手で拭い、ジェシカは部屋の扉を見つめる。


 ジェシカはキャメロンのことが好きだ。

 だがジェシカはとうの昔にふられていて、彼の恋を応援しようと決めた。自分の心を再確認する。彼の恋を成就させるにはどうすれば良いのか……

 しばらくして、ジェシカは扉をデュークの方へ手を出した。


「デューク。マントの留め具を貸して下さい」

 彼は無言で留め具をジェシカの掌に乗せてくれる。

 ジェシカは一度深呼吸をし、意を決して扉を開いた。


 キャメロンは先程部屋を出た時にいた位置に立ち竦んだままで、暗い顔で俯いていた。大股で近づいていき、ジェシカはキャメロンの肩に白いマントをかけた。

 その行動に驚きと戸惑いの表情を見せるキャメロン。


「行きますわよ」

「ジェシカ様?」

「騎士になった理由なんてこの際どうでも良いじゃないですの。いつまでも悩んで、立ち止まっていたら、大切な物をたくさん失ってしまいますわよっ」


 有無を言わさず、ジェシカは強引にキャメロンの腕を引っ張った。それに抵抗することも出来ずに、彼はジェシカに促されるままに歩く。


「私は白いマントを靡かせながら歩くキャメロンさんが好きですの。だから、その大好きな人を助けて差し上げたかったんです。でも、あなたを牢獄から助けたのは、私ではなくてレティでしたわ」

 そう。あのレティシアの行動は、彼女の意図した物は何であったにせよ、結果的にはキャメロンを助けた。


「だから、今度はキャメロンさんがレティを助けてあげて下さい。レティのことが好きなんでしょう?」


 するっとキャメロンの腕がジェシカの手から抜ける。

 一瞬手をふりほどかれたのかと思い、驚きながら振り返る。


 キャメロンはジェシカの瞳をまっすぐに見つめて、にっこりと微笑んだ。いつも見慣れた、優しそうな笑顔。

 どきりと鼓動が高鳴り、思わずその表情に見とれてしまうジェシカ。


「ありがとうございます、ジェシカ様。でも、僕は自分で歩けますから」


 どきどきと胸をときめかせているジェシカの横を通り、キャメロンはしっかりとした足取りで廊下を歩いていく。


 横にデュークが立った。だがジェシカはそちらには目もくれずにキャメロンの背中を見送っていた。白いマントがひらひらと靡いている。ふいに胸が痛くなってきて、目頭が熱くなる。

「もう、泣いている場合じゃないんですのっ。行きますわよ、デューク。ボスゴリラに決戦を挑みに!」

 気合いを入れてそう叫び、ジェシカはキャメロンの後を追っていった。

 デュークははいはいとどうでも良さ気に頷きながら、ジェシカの後に付いてきた。

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