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フィアンセバトル  作者: きなこ
7章 キャメロン
32/89

キャメロン4

 ジェシカが平和記念の式典の代理でやってきてから四日目のこと。


 ターチル族の現在の頭領、つまりはヤンの父親が砦にやってきた。

 彼はヤンと同じような日焼けした肌に黒髪の巨漢。目つきは鋭く、顔にはいくつもの刀傷があった。名はダンというらしい。

 ジェシカはアリア国の代表と言う立場なので、彼が砦に入るのを出迎えた。


「アリア国王ロキフェルの娘のジェシカと申します」

 にっこりと微笑んでジェシカは手を差しだした。ヤンだって外見は怖そうだが話してみるといい人なのだ。その彼の父親なのだから、きっといい人に違いないと思っていたのだが、それは間違いだった。


 ダンはじろりとジェシカのことを見下ろし、ふんっと鼻を鳴らせた。

「こんな乳臭いのがアリア国の次の王位継承者だとはな。王位が変わった時は侵攻の狙い目かもしれんな」

 がははと豪快に笑うダンを見て、ジェシカは頬を引きつらせながら思わず後ずさった。そんなダンに対し、ヤンが何かを言っているようだが、耳を傾ける様子はない。

「まあ、小綺麗な顔をしておるし、その時は儂の妾くらいにはしてやるぞ」

 ジェシカの肩をぽんぽんと叩き、ダンは砦の中に入っていった。


「妾って、何?」

 首を傾げているジェシカに、ご丁寧にもイ・ミュラーが説明をしてくれる。その説明を受け、ジェシカは顔を真っ赤にして、怒りのあまり拳を震わせた。

「な、なんて屈辱……」

「だから嫌なんだよ、俺は。あの頭領は最後の最後まで和平を拒否してやがったんだぜ」

 ため息混じりに呟いているイ・ミュラー。


 何でも、ダンは頭領でありながら和平に否定的だった。そこを周りの文官達に無理矢理承諾させられたらしい。

 ジェシカは驚愕のあまり目を剥いて横を向いた。

「それじゃ、あのゴリラがこの国に侵略するって言ったら、また戦が始まってしまいますの?!」


 ダンをゴリラと例えたことにイ・ミュラーは爆笑をはじめた。腹を抱える彼に代わり、後ろに控えていたキャメロンが乾いた笑みを浮かべながら答えてくれる。

「ですが、ヤン様をはじめとして、ターチル族の中には和平派が多いと聞きます。その心配は無用でしよう」

「ゴリラがとっとと死ねば問題ねえさ」

「おじいさまっ」

 慌ててキャメロンが注意をするがイ・ミュラーは聞いてはいない。


「それにしても、腹が立つ事には変わりありませんわ」

 口を尖らせながら、ジェシカは目を細めてダンが消えていった入り口を睨みつけた。



     * 



「本当にすまない。あの父は頑固で……」

 ヤンが申し訳なさそうに頭を下げる。


 ここはジェシカ達身分の高い者専用の食事場である。現在はジェシカとヤン、ジェシカの関係者であるイ・ミュラー、シーガル、キャメロン、デューク、そしてヤンの護衛が部屋の中にいた。


 ジェシカは慌てて手と首を振った。勢いをつけすぎて、少々頭がくらくらする。

「ヤンが謝ることではありませんわ」

 悪いのはダンである。ヤンには全く咎はない。


「和平を結ぶときも散々ごねていたんだ。せっかくの平和なのに、どうしてあの人は……」

 悲しそうな顔をしてヤンが呟く。

 ジェシカには上手い慰めの言葉が思いつかなかった。困ったような面もちで後ろに立っているキャメロンとシーガルを見たが、二人とも首を振った。


 重くため息をつき、ジェシカはターチル族の民族料理をぱくりと口に含んだ。そして、慌ててコップに手を伸ばす。

「かっらぁ~い」

 べーと舌を出してしかめっ面を作ると、イ・ミュラーが笑い出す。

 ターチル族はジェシカ達が普段食している料理よりも味が濃い物を好んで食べるらしい。今回ヤンが持ってきてくれた物は、ターチル族伝統の肉料理であるそうな。


「へぇ。こんな料理を食べたのは初めてですね」

 感心したようにキャメロンが呟く。それに同意するようにデュークが頷いている。だが、シーガルはジェシカの後ろに立ったまま、料理を食べようともしない。


「シーガルも食べてみません? 辛いけれど、美味しいですわよ」

 肉の乗っている皿を彼の方に差し出すが、シーガルは首を振った。

 ジェシカは肩を竦めながら皿をテーブルに戻した。


 ここに来てからと言う物、シーガルはずっとこんな調子である。確かにターチル族に恨みがあるのは分かるが、友好的なヤンを前にしてもこんな態度をとるのはあんまりではないのか。そうは思っても、シーガルの胸中を考えると仲良くしろだなんて言うことは出来ないし、とジェシカは珍しく深刻ぶって考えてみる。もっとも、一分と保たなかったが。


 ジェシカは暖炉の上に置いてある竪琴を発見した。

「あ。あれに触っても良いですか」

 ヤンが構わないと言ったので、ジェシカは恐る恐る竪琴を手に取った。

 思い出すのは、銀髪の吟遊詩人。

 感傷に浸りながら、彼がやっていたように弦を弾いてみるが、奏でられるのは不協和音のみである。


「耳が痛くならぁ」

 あんまりなイ・ミュラーの言葉に、ジェシカは頬をふくらませた。


「おう、キャロ。手本を見せてやれ」

 祖父に指名され、キャメロンは少しだけ驚いたような表情を作った。

「まあ、キャメロンさんってば、竪琴が弾けるんですか?」

 浮かれながらジェシカはキャメロンに竪琴を差し出した。彼は困ったような顔をしてジェシカから視線をそらす。

 きょとんと首を傾げながらジェシカは瞬きをした。このような行動は彼らしくない。


「母は竪琴の名手でしたが、僕は、全然……」

 顔を上げたときの彼はいつもの表情をしていたが、妙な違和感が感じられる。困ったジェシカは振り返り、唯一平常通りのデュークへと視線をやった。彼は目を伏せて首を振る。

 そのデュークの仕草の意味が分からずに、一体どういう事だとジェシカは彼を睨んだ。


 イ・ミュラーが大げさにため息をつく。そして、物騒な瞳をキャメロンに向けた。

「……キャロ」

 不機嫌そうな低い声音に、ジェシカは思わず硬直した。

 ヤンやシーガルも何事だと言わんばかりの顔をしてイ・ミュラーに注目する。ただ一人、デュークだけが億劫そうにため息をついていたが。


「いつまでそんなことをしている気だ?」

 キャメロンは何か思うことでもあったのか、微かに視線を落とした。そんな彼に・イ・ミュラーは容赦をせずに続ける。

「……騎士なんてやめちめえ。今のままじゃあ、何をやっても中途半端だぜ」

 ジェシカはわけが分からずにイ・ミュラーのことを見た。彼が鋭い瞳をしているのはいつものことである。しかし、いつものそれとは少し様子が異なっていた。


「ご忠告ありがとうございます。でも、僕は騎士を止めるつもりはありません」

 はっきりとした口調でそう言って、キャメロンは扉に向かって歩き出した。意外なその行動に、ジェシカはただ驚くばかりだった。ジェシカだけでなく、シーガルやヤンも同様である。


 狼狽えたジェシカ達の見守る中、キャメロンはゆっくりと振り返り、微笑みを浮かべた。

「不快な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした」

 ぺこりと頭を下げ、彼は部屋から出ていった。


 しんと静まり返る室内。

 彼のことが気になって、ジェシカは扉に近づいた。誰かに止められるかと思ったが、誰からも声はかけられなったのでそのまま追いかけることにする。


 廊下に出ると、キャメロンは角を曲がっていくところだった。慌ててジェシカはそれを追った。

 キャメロンに追いついてその腕を掴む。

「誰かが来ると思ってました」

 なんとなく頬を染めて、ジェシカは苦い笑みを浮かべた。


 ジェシカにはどう話題を切り出して良いか分からなかった。不躾にさっきのはどういう意味かと問うのも憚られる。だが、ここで黙ったままでいては追いかけてきた意味がないし。


 悩んでいると、先にキャメロンが口を開いた。

「聞きたいことがあるんですよね?」

「……さっきのイ・ミュラー様の言葉は、どういうことですの?」

 率直に尋ねてみると、キャメロンは吹き出した。

「う~ん……そう尋ねられると、うまくかわす方法も思いつきませんねぇ」


 悩むように腕を組む彼を見て、ジェシカは慌てた。

「話したくないなら良いんですけれど、私で役に立てることがあったら……」

「じゃあ、話したくないので聞かないで下さい」

 にっこりと微笑みを浮かべながらのきつい一言をもらい、ジェシカは言葉に詰まった。


 そんなジェシカを見て、彼は悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「まぁ、機会があったら、お話ししますよ……機会があったら、ね」

 曖昧に語尾を濁す彼に対し、ジェシカはそれ以上追求することは出来ずに素直に頷いた。



     *



 翌日、ジェシカ達はシーガルの家族の墓参りに出かけた。


 式典の開かれる砦から彼の故郷までは少し距離があるため一泊するらしく、ジェシカは生まれて初めての野営を密かに楽しみにしていた。

 また、イ・ミュラーの勧めでヤンもこの場に同行していた。

 シーガルの気持ちを考えるとそれはないだろうと思ったが、ヤン自身が行くと言ったので、ジェシカには止めることは出来なかった。

 そしてジェシカは護衛兼御者を勤めるデュークとキャメロンと、アリアとターチルの護衛数人を伴い、砦を立った。




 シーガルは沈んだ面もちで馬車の御者台に座ってる。彼は手綱を取っているキャメロンに道案内をしていた。


「……やはり、俺は断った方が良かったかな?」

 シーガルを見ながら、苦い顔をしてヤンが呟いた。

「でも、イ・ミュラー様だって何か思うところがあったからヤンに声をかけたんですわよ。ね、デューク」

 うまい言葉が見つからずに、デュークに助けを求めると、彼は腕を組んだまま頷いた。


 だが、それでも納得していないといった面もちで、ヤンは俯いた。彼は根が真面目すぎるのか、悩みを抱えてブルーになると、なかなか浮上出来ないようだ。

 じめじめとした雰囲気に耐えきれなくなり、ジェシカは立ち上がった。


「あー、もう。どうしてみんな……」

 がたんと馬車が揺れ、ジェシカは前につんのめった。だが、デュークが腕を出してくれたたため、慌ててそれに掴まる。

「……馬車の中で不用意に立ち上がると転びますよ」

 ジェシカはデュークの腕にしがみつきながら悔しそうに頷き、おとなしく席に座り直す。


「おほん。何だかみんな変ですわよ。シーガルなんて始終ずっとむすっとしていますし、キャメロンさんも何だか様子が変ですし、ヤンだってうじうじしてますしっ」

「仕方がないですよ。ターチル族との間にはいろいろと怨恨があるんですから」

 ヤンを目の前にしてしれっと言う。ヤンは物悲しそうに目を細めた。腹を立ててデュークを睨むが、彼は目を伏せているのでその視線には気付いていない様である。


「シーガルもキャメロンも家族を殺されているんです。言葉には出さなくても内に秘めている物もあるでしょう」

「……キャメロンさんと竪琴の関係もそうなんですの?」


 聞くところによると、デュークは彼の家に居候して長いそうである。シーガルは何も知らないようであったが、デュークならば何かを知っているかも知れない。

「俺が言う事じゃないですよ」

 と言うことは、彼は知っているのだろう。ジェシカは不満げに頬をふくらませた。だが、彼が口を割るとは思えないので追求するのは諦めた。


 がたがたと馬車が揺れる。

 何気なくジェシカは外を見た。雑草などの生い茂る荒れた土地が続いている。先ほどまでは一応道と呼べる場所を走っていたはずだが、いつの間にかそれもなくなっている。いや、おそらくこれも道ではあるのだが、整備されている訳ではないので地面はでこぼこで石が散らばっている。もしかすると、長い間使われていなかったのかも知れない。

 車輪が取られ、がたがたと揺れる。


「これも、俺達のせいなんだな……」

 同じように外を見ていたヤンが悔しそうに呟いた。

 彼らターチル族が攻めてきて周囲の村を襲ったために、村からは人が離れ、この地は荒れていった。


「……どうして、ターチル族の方々は侵略をしようとしたんですの?」

「俺達の住んでいる場所は農業を営むには不向きな土地なんだ。満足に農作物を育てる事が出来ずに民達が飢えに苦しむ事も少なくはない。だが、北のアリアの大地は肥沃で水も溢れているし、……」

 何かを言いかけたがその言葉を飲み込み、ヤンは頭を振った。

「まあ、そんな理由なんだろうな」


 いまいち腑に落ちない点があったが、気に留めずにジェシカはうーんと唸った。

 それならば、アリア国からの援助を受ければいいのに。そうは思ったのだが、正直、ジェシカには難しいことは分からなかった。


 それぞれの思いを乗せて、馬車はシーガルの故郷へと向かっていた。


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