シーガル3
唐突に響いた声に驚いて、三人が横を向くと、そこにいたのは背の高い焦げ茶色の髪の男。
「なにやら怪しい集団だと思っていたら、やはりそういうことだったか。今なら未遂ということで見逃してやる。彼女を置いて、とっとと立ち去れ」
建物の影から男がこちらに向かって歩いてくる。
彼は腰に剣を携え、薄い黄色のマントを羽織っていた。
マントの色、それはこのアリア国では軍に所属している人間の階級を表している。例えば、騎士団の最高地位である『聖騎士』の称号を持つ人間は赤色のマント。王室を守護することを目的として編成されている近衛兵のマントは青色、等が有名である。
彼の黄色のマントは、騎士団内で聖騎士に次ぐ位の物が身につける物であった。
「うるせえっ。このお姉ちゃんは嫌がっている訳じゃねえんだ。騎士様は引っ込んでろ」
「そういう訳にもいかない。こっちは治安維持が仕事なんだからな」
そう言いながら彼はゆっくりとこちらに歩いてくる。
片方の厳つい顔の男が騎士に殴りかかるが、騎士はそれを難なくかわし、男の鳩尾を一発殴った。がくりと崩れて悶絶する相棒を見て、もう一人の男が騎士に迫るが、結果は同じで軽くあしらわれるだけである。
「まあ……」
ジェシカは胸の前で手を組みながら、その様子を見ていた。
実のところ、何でこのような事態が起こっているのかは分かっていないが、これはまるで『騎士に守られているお姫様』のようだ。その状況に胸が弾む。
騎士は腰のあたりから縄を取り出し、慣れた手つきで男達を拘束していた。
捕縛が終わると一息ついたようで、ジェシカの方へと顔を向ける。
「とりあえず、明るい場所へ」
騎士に促されて、ジェシカは騎士のあとを追って大通りに出た。
明るい場所で見る騎士の顔はなかなかだった。美形というほどではないが、鼻筋が通った整った顔をしており、焦げ茶色の髪は後ろになで上げられている。騎士としての任務中のためか、硬い表情であまり感情は現れていない。背が高く、筋肉質な感じでたくましい。そして、騎士としての実力は、先ほど見た通りである。合格だ。
ジェシカは胸をときめかせながら、じっと騎士の顔を見つめた。
「あんな男達にほいほいと付いていくのは止めるように。何かが起こってからじゃ、遅いんだから」
懐からメモ帳を取り出しながら、男はため息混じりにそう言う。
「何かって?」
首を傾げながら尋ねると、男は眉間に皺を刻んだ。
「……まあ、とにかく知らない人に付いていくのは控えるように」
「はぁい」
素直に返事をすると、騎士は「はいはい」といい加減に頷いた。
「あの、お名前をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「デュークといいます。お礼なら別に気になさらずに。こっちはこれが仕事なんで。……で、そちらの名前は?」
何かをメモ帳に書きながらデュークと名乗った騎士が事務的に受け答えをする。
「私、ジェシカと申します」
「はいはい。ジェシカね。じゃあ、住んでいる所……、……ん?」
何かに気付いたようで、デュークのペンを走らせる手が止まった。そして、彼はまじまじとジェシカの顔を見つめる。
「あんた、もしかして……」
「ジェシカ様ぁ~」
何かを言いかけたデュークの言葉を遮るようにして間の抜けた声が聞こえてくる。
ジェシカが振り向くと、両手にクレープを持ったシーガルが走ってくるのが見えた。
「ああ。良かった。無事で。姿が見えないから、焦りました。本当に良かった」
「あら、シーガル」
「あそこで待っていて下さいって言ったじゃないですか。まったく……」
「ごめんなさいねぇ」
あまり反省をしていないような顔で、ジェシカが頭を下げる。
シーガルは肩で息をしながら、さらに大きくため息をついた。
「……ジェシカ姫?」
突然デュークに呼ばれて、ジェシカは反射的に返事をした。
「はい」
デュークは呆れた顔でジェシカの事を見下ろしていた。
しばらくの間、何かを考えるようにジェシカを見ていたデュークだが、おもむろにその視線をシーガルへと向ける。
「で、これは一体どう言うことなんだ?」
「……あれ? そういえば、どうしてお前がここにいるんだ、デューク」
見つめ合う二人を見てジェシカは首を傾げた。
「あらあら? 二人はお知り合いなんですの?」
「あ、はい。こいつはデュークと言って、同じ家に下宿している友達です」
シーガルは町にある貴族の家に下宿をしており、デュークはその家に先に居候をしていた身の上であるそうな。
「それで、何があったんだ?」
デュークは面倒くさそうにため息をつきながら、ジェシカと知り合った経緯を話した。
その話の途中、青ざめたり、真っ赤になったりと目まぐるしく変わるシーガルの顔色をジェシカは興味深げに観察していた。
話を終えたデュークがふうと大げさに息を吐き、話の矛先をシーガルへと向けようとしたその時、
「デューク!!! 俺達親友だよなっ」
と、シーガルが懇願する。
「だから頼む。見逃してくれ」
「………」
「ジェシカ様は外に連れて行かないと俺の事をクビにするって言うし、俺だって仕方なく……」
「………」
「頼むよぉぉぉぉぉ」
無言で聞いていたデュークは呆れたように息を吐いた。
「まあ、こんな事が世間に漏れると、イ・ミュラー様が迷惑するからな。あの方には恩があるし……」
「ありがとう、デューク。今度、給料が出たら必ず何かをおごるから」
デュークはメモ帳から一枚紙を破き、握りつぶした。
「とにかく、今後はこんな事がないように。……以上」
そう言って面倒くさそうな表情のまま立ち去ろうとするデュークを、慌てて引き留めるジェシカ。
「デュークさん! 私とおつき合いしていただけませんか?」
「………」
デュークは半眼になってジェシカの事を見つめた。
そして――
「やだ」
一言だけ言い残して、彼は去っていった。
ジェシカの生まれて初めての告白は五秒で断られて、破れた。
* * *
「もう、失礼しちゃいますわ。女の子が勇気を出して告白したって言いますのに」
クレープを頬張りながらジェシカは文句を言う。
シーガルは呆れて何も言うことが出来なかった。
「ねえ、ちょっと。聞いていますの? シーガル!」
「はいはい。聞いていますとも」
シーガルはクレープを食べながら、適当に相槌を打っていた。「あんな告白してOKをもらったって、それはそれで問題だと思うけれど……」そう思ったが、口には出さない。
「もう! こうなったら、絶対に恋人を見つけるまで諦めませんわ!!」
「いい加減にして下さいよ。俺だって、そうそうつきあう訳にはいきません」
「ダメです。これは、命令です。私たちは運命共同体ですわ」
ジェシカは魅惑的な表情で笑いながらシーガルに顔を近づけてきた。そう、この顔だ。その顔をされるとこのお姫さまに逆らえなくなるんだ。シーガルは悔しそうに胸中でうめいた。
頷くシーガルを見て満足をしたのか、ジェシカは大きな口を開けてクレープの最後の一口を頬張った。
「さて、日が暮れない内に帰りませんと。お父様にばれたら、本当にシーガルがクビになってしまいますわ」
のんきそうにそんなことを言って、ジェシカはシーガルの頬に軽くキスをした。
シーガルは耳まで真っ赤になりながら、慌ててその場から飛び退いた。
「今日のデートはいろいろな事があって、楽しかったですわ。ありがとうございますね」
「い、いえ。こちらこそ……」
楽しいわけはなかったのが、口が勝手に動く。
「さあ、帰りましょ」
そう言いながら、楽しそうにジェシカはシーガルの腕を取った。
ジェシカ姫の初デートは多分成功に終わった。