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フィアンセバトル  作者: きなこ
7章 キャメロン
29/89

キャメロン1

「えぇ~?! デュークもダメですのぉぉぉ」

 悲鳴混じりの声を聞いて、デュークは無表情のまま頭を縦に振った。


 今日は雪が降っている。

 白化粧を施された町並みでも見学に行こうとしていたジェシカだが、シーガルは除雪作業のためつきあうことは出来ないと言われた。またデュークの方も雪のせいで各地でトラブルが発生し、騎士団は大忙しらしい。


「仕事なので、諦めてください」


 仕事だから、と言う言葉には逆らえず、ジェシカは唇をかんだ。今までも何度か雪の日があったが、その度にこうしてジェシカは城の中でお預けを食らっていた。もう暖かい季節になりつつある。これが今シーズン最後の雪という可能性もあるため、ジェシカにはどうしても諦めきれなかったのだ。


「あれ、どうしたんですか?」

 ジェシカは目を輝かせながら廊下を横切っていこうとする青年を見つめた。視線が合うと、コートを着ているキャメロンはにこりと微笑む。

 ジェシカはすがるような思いで現在の状況を説明した。


「あ、僕で良かったらおつき合いしますよ? 夜勤だったので、今から帰りなんです」

 彼の装備が普段着なのはそのせいなのだろう。それにしても、たいてい騎士団の人間は家に帰るまでは騎士団の制服、つまり剣やマントなどの装備を身に纏っているはずだが、キャメロンはわざわざ着替えているらしい。厳密に言えば、そんな規定などないのでどうでも良いのだが。


「あまり遅くまではつきあえませんけれど、行ってみましょうか」

「はぁい、よろしくお願いします~」

 ジェシカは浮かれながらキャメロンの横に並んだ。




 ジェシカは傘もささずに軽い足取りで歩いていた。すでに何度も転んでいるが、それにめげるジェシカではない。キャメロンは自分の傘をさして、ジェシカのことを見て笑っていた。

 川辺では子供達が元気に雪合戦をして遊んでいる。ジェシカもあの中に混ざりたかったのだが、それはキャメロンに止められた。


「あはは。元気ですねぇ、子供って」

 のんきそうに呟くキャメロン。


「やだ、キャメロンさんったら。年寄り臭いですわ」

「僕ももう十八ですよ。カミル辺りを見ていると本当に元気で、年を感じますよ」

 ジェシカは引きつった笑みを浮かべた。ジェシカも同じ年で、さらにキャメロンよりも早く年を取るというのに。

 土手を歩きながら二人は世間話をしていた。


 キャメロンの話はどれも楽しかった。中でも、デュークの弱みをいくつか聞き出せた事は、ジェシカにとって非常に貴重であった。

「あ、そうだ。シーガルの仕事ぶりでも観察に行きましょう」

 唐突にそんなことを言いだしたキャメロンに案内されて、ジェシカは大通りへと出た。


 馬車などが通る車道には雪はひとかけらも残っていない。しかし、歩道にはまだ雪も残っている。この辺の作業は魔法兵団が行っているのだ。

 ジェシカはすぐにシーガルを見つけた。

 彼は歩道に座り込んでいた。彼の座っている横の車道からはほかほかと湯気が立ち上っている。


「ご苦労様です。シーガル」

 キャメロンに声をかけられて、シーガルは半分閉じていた瞳を上げた。そして、ジェシカの存在に気付いて力なく微笑む。


「地面の温度を上げて雪を溶かしていたら、子供から苦情が来たんです。せっかくの雪を溶かすなって。仕方がないから、車道だけって事で納得して貰ったんですけど」

 その分、魔法の制御に精神を使って疲れているらしい。

 ジェシカは少しだけ尊敬した眼差しでシーガルのことを見つめた。子供の身勝手な頼みをよく聞くものである。


「他の魔法兵団の方は?」

「この辺一帯は俺の担当地域なんですよ。イ・ミュラー様が俺ならひとりでも大丈夫だって、いい加減なことを言うから……」

 はぁと大げさにため息をついて、シーガルは恨みがましそうにキャメロンを見る。

「残念ですね。ジェシカ様の護衛という役目がなければ手伝ってあげても良かったんですけれど」

「……手伝う気がないからそんなこと言うんだろ」

 その言葉は図星なのか、キャメロンは何も訂正しなかった。


 シーガルとも別れ、ジェシカ達は町をふらふらと歩いた。

 雪に飾られた町並みはなかなか綺麗である。しかし残念なことに、子供達に荒らされた跡も色濃く残されていた。


「はぁ。雪降る夜に恋人とデートなんて出来たら素敵ですわぁ~」

 そんな光景を思い浮かべてにへらと笑ったとき、ジェシカの足がつるんと滑った。体のバランスが崩れ、派手に転ぶ。


 あまりの見事な転びっぷりに、キャメロンは心配そうな顔をしてジェシカの横にしゃがみ込んだ。

「大丈夫ですか?」

 頷きかけて、ジェシカは膝小僧が痛むのを感じた。見れば、そこは擦れていて血が滲んでいる。


「あ~ん。痛いですわぁ~」

 キャメロンは心配そうにそれを見つめ、その傷口に手を当てた。

「ちょっと我慢してくださいね」

 その言葉と共に、彼の手から淡い光が放たれる。それと同時にしくしくと傷が痛み、ジェシカはギュッと目をつぶった。だか、膝の痛みは徐々に薄れていく。


「はい。もう痛くありませんよね?」

 子供を安心させるような優しくて穏やかな微笑みを浮かべながらキャメロンは顔を上げた。

 至近距離で彼の笑顔を見たジェシカは、ドキリと鼓動を高鳴らせた。

 彼はジェシカに手を差し出してくれる。

 高鳴る鼓動。そして、熱を帯びてくる頬。彼の手に触れると、こんな寒い中なのに何故か温かかった。


 ジェシカは勇気を出して言ってみた。

「ねえ、キャメロンさん。キャメロンさんって恋人さんはいないんでしょ?」

「いませんよ」

 あっさりとそう返され、ジェシカは立ち上がりながら彼の手を握りしめた。

「だったら、私がその座に立候補しても良いですか?」

 きょとんと目を丸くして、キャメロンは首を傾げる。

「私、キャメロンさんのことが好きですの」


 彼には何度も世話になってきた。その度に彼への好感度は上がっていったのは事実。そして、今のが決定打と言えば、まあ、そんな物なのだろう。


「私、本気ですのよ? キャメロンさんが良いって言うなら、是非おつき合いして欲しいです」

「それは困りましたねぇ」

 本当に困っているのだろうかと疑いたくなるような口調。彼自身は腕を組んで、考え込むように目を伏せている。


「私のこと、嫌いですか?」

「まあ、好きなんですが。なんて言うか、友達としての好きなんですよねぇ……」

 キャメロンは苦笑いを浮かべている。

 ため息をつきながらジェシカは肩を落とした。


「はぁ。また振られてしまいましたわ。……もしかして、好きな方でもいらっしゃるんですか?」

 少しだけ好奇心の目で見てみると、彼は困ったような表情で頭をかいていた。


「やっぱり、正直に言うべきですよね。この場合は……」

「まあ。好きな方がいるのですか?」

「好きって言うか、まあ、なんて言うか……そんなものですかねぇ」

 のんびりと言い、彼は複雑そうな顔をした。


「子供の頃、ある女の子と約束したんです。僕の隣は開けておくって」

 意味が分からず、ジェシカは瞬きをした。

「幼い頃って、結構無責任に結婚の約束をしたりするでしょう? 結婚の予約じゃなくて、恋人の座の予約だったんですけれどね。まあ、そのあと彼女は遠くに行ってしまったので、それっきりなんですが」


 ジェシカはほんのりと頬を染めて両手を胸の前で組みながらキャメロンを見つめた。幼い頃に交わした何気ない約束をいつまでも守っているなど、まるで小説の中のお話ではないか。


「その子を待っているのですね?」

「あはは。でも、子供の頃の話ですから、忘れられてしまったのかも知れないんですけどね」

「それでもキャメロンさんは待っているのですわね」

 キラキラと瞳を輝かせながらジェシカが尋ねると、彼は照れたような笑みを浮かべた。


「その子のことが、好きなんですのね……」

 昔を懐かしむような、いとおしさの含まれた瞳をしているキャメロン。

 ジェシカは潤んだ瞳でキャメロンのことを見つめ、彼の手を取った。ジェシカの頭の中からはふられたという事項などすっかり抜け落ちている。


「私、応援していますわ。頑張って下さい」

「え? あ、あはは。ありがとうございます」

 キャメロンは驚いたように瞬きをしながら、少しだけ上擦った声でそう返してくれた。


 


     *


 


 ジェシカはうっとりとしながら天井を仰いでいた。キャメロンの言葉を思い出し、読みかけの恋愛小説をぱたんと閉じる。


「はぁ。そして、運命の恋人達は最終的には結ばれるんですわね」

 出来ればその相手がジェシカだったりするとなお良しなのだが、そこまで贅沢は言っていられない。

 ふと自分が振られたと言うことを思い出し、何となくため息をつく。


 ジェシカは目の前でやたらと分厚くて難しそうな本を読んでいるレティシアを見た。

「そうだ、レティ。あなた、人捜しが得意ですわよね」

 レティシアは訝しげな瞳でジェシカを見る。正確には伝手があるのは町の警護をしている騎士団であって、レティシアではないのだが。

「人捜しをして欲しいんですの」


 ジェシカはキャメロンの事をレティシアに話した。

 レティシアは本に視線を落としたまま、適当に相槌を打っていた。

 そして、話を聞き終えて一言。

「馬鹿馬鹿しい」


 ジェシカはこめかみの辺りを引きつらせながら立ち上がった。どうしてこの娘にはこの素晴らしさが分からないのか。


「ついでに、お姉さまはバカですわ」

「何ですって?!」

「だって、どうやってその子を探すおつもりですの? 女の子の名前は? 年は? 身体的特徴は?」


 矢継ぎ早に繰り出される質問に答えられずに、目を回しながらぺたんと椅子に座り直すジェシカ。

 レティシアはふっと鼻で笑って視線を本の上に戻した。


「お姉さま。今度は彼に目を付けたんですの?」


 予想外の言葉に、ジェシカは目を丸くしながらレティシアの事を見上げた。

「いいえ。私は、劇的なその再会を見届けたいと思って……」

「劇的かどうかも分からないではないですか。その子がすでに別な方と結ばれていたらどうなさるんです?」

「うううう……」


 レティシアの言っていることは間違ってはいない。要するに、他人のことに首を突っ込むなと言いたいのだろう。

 でも、その話をしていた時のキャメロンの瞳を思い出すと、彼のために何かの役に立ちたくなる。


「あ」

 ジェシカは唐突に思い立って立ち上がった。


 キャメロンのそのお姫様を知っているだろう人物がいることに気付いたのだ。彼の幼なじみの存在に。

 ジェシカはにんまりと微笑み、軽やかなステップを踏みながら自室へと帰っていった。




 ジェシカはシーガルに頼んでカミルの家に連れてきて貰った。彼の家は病院を営んでおり、場所はフィクスラム邸……キャメロンの自宅の隣に位置していた。


「あはははははははは。あはは……」

 ジェシカは笑い転げていた。目に涙を浮かべてお腹を抱えている彼女の横ではシーガルが呆れたようにジェシカを見ている。


 そして、その目の前ではこめかみに青筋を立てたカミルが腕を組んでいた。彼はいつもとは違った出で立ちをしている。白衣を羽織り、眼鏡なんかもかけている。一応、医者としての貫禄を出すための計らいらしい。そう思って見れば普通に似合っているのだが、普段のカミルの言動を知っているジェシカは違和感を感じて仕方がない。


「おい。人を笑うためにわざわざここまで来たのか?」

 伊達眼鏡を外しながら彼はじとっとジェシカのことを睨んだ。

「ち、違うんですの……お、お尋ね……したい……ことが、あって」

 笑い止まずにひーひー言いながらジェシカはカミルの肩に手を置く。カミルは唇を尖らせて、持っていたファイルケースでジェシカの頭を叩いた。


 ジェシカは涙を拭いながら先日のキャメロンとのやりとりを話す。カミルは複雑そうな面もちで、黙ってその話を聞いていた。


「レティに探して貰おうとしたら、名前も何も分からないから無理だって言われてしまいましたの。カミルなら何か知ってるでしょ?」

「知ってるには知ってるけど……」

 唸りながら彼はジェシカの瞳を真っ直ぐに見つめた。教えてくれるのかと期待を含んだ瞳を向けるが、すぐに視線をそらされた。


「教えてやらない」

 ジェシカはぷうっと口をふくらませた。

「ケチ」

「うるせえなぁ。そんなに聞きたきゃ本人に聞けばいいだろ? ……多分、大きなお世話って奴だぜ、それは」

 早口にそう言って、カミルはしっしっと犬を追い払うように手を振った。


「俺は忙しいんだよ。じゃあな」

 カミルは眼鏡をかけながら歩いていく。だが、何かを思い立ったらしく、彼は歩みを止めてくるりと振り返った。そして、真っ直ぐにジェシカのことを指さす。

「俺が言えた立場じゃねえけど、ひとつだけ忠告しておいてやる。この件にはあまり深入りするな。……以上」

 言いたいことだけ言って歩いていくカミルを、頬をふくらませながら見送るジェシカ。


「キャメロンに直接聞きに行きますか? あいつ、最近夜勤続きだから、家にいると思いますけれど」

 ジェシカは唸りながら腕を組んだ。そして、ゆっくりと首を振った。

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