シーガル2
町の大通りを腕を組んで歩いていく。
先ほど帽子を買って貰ったジェシカはシーガルの腕にまとわりつきながら、機嫌良く周りを見ていた。
帽子代はむろんシーガルの懐から出ている。ジェシカが現金を持っているはずもないし、町に出て買い物をするのは初めてだと言っているくらいの箱入り娘なのだ。
「ところで、本当に良いんですか?」
城を出て何度目かの質問に対して、ジェシカは当たり前と言わんばかりに頷く。
「だって、一度で良いからこうして町に出てみたかったんですもの」
「そうじゃなくて、……まあ、そのこともありますけど、初めてのデートの相手は俺なんかで良かったんですか? もっと美形な好みの男性が良かったんじゃないかと思って」
「あら、違いますわよ、シーガル」
くすくすと笑いながら、ジェシカは訂正をする。
「いくら美形でも、私と話が合わないような人でしたら、せっかくのデートも退屈になってしまいますわ」
「はぁ、まあ、確かに」
二人の隣を仲睦まじそうな恋人が歩いていく。彼等はジェシカ達と同じくらいの歳で、楽しそうに話しながら、クレープを食べていた。
恋人達を観察し、その後視線を横のシーガルへとずらすと、彼の持っている紙袋が目に入った。
「それ、何が入ってるんですの?」
「クッキーです。町でも評判のおいしさらしいですよ」
ふーんと頷いたジェシカは手を出した。
「それ、今食べてみたいですわ」
「え? そりゃ、別に構いませんけど、歩きながらなんてみっともないですよ?」
その言葉には、「王女なんだから」という響きが含まれている。
「だって、さっきすれ違った恋人さん達は、何かを食べながらお話ししていましたもの。私もああいうのがやりたいですわ」
シーガルはすれ違った男女を振り返り、ぽんと手を打った。
「なるほど。それじゃあ、少しの間ここで待っていて下さい」
そう言い残して、シーガルはどこかへと走り去ってしまう。
ジェシカはきょとんとしながらその後ろ姿を見送っていた。
「一体どうしたんでしょう?」
そう呟き、ジェシカは首を傾げた。
しばらくその場で待ってみるが、シーガルはなかなか戻って来ない。最初のうちは道行く人を見るだけでも楽しかったが、だんだんと退屈になってきた。
ちょうどその頃である。
「お姉ちゃん、そんなところで何してるの?」
聞こえたのは男の声。
ジェシカが振り向くと、見知らぬ男が二人、にやにやと笑いながらジェシカを見ていた。厳つい面立ちで、ハッキリ言えばジェシカ好みではない外見。服を着崩していたりと、これまであまり接したことのない人種である。
「シーガルを待っているんです」
素直にそう答えると、男達は意味ありげに視線をかわした。
「そのシーガルさんから伝言を頼まれたんだけど、ちょっと手が離せないから、迎えに来て欲しいんだってさ」
「まあ。そうでしたの」
ジェシカはにっこりと笑って、親切な男二人に頭を下げた。
「ありがとうございます。どちらへ向かえばよろしいのでしょう?」
尋ねると、男達は愛想良く笑った。
「俺達が案内してあげますよ」
「まあ、助かりますわ」
ジェシカは男達に案内されて、町の中央を通っているメイン通りから脇の小道へと入っていった。
* * *
シーガルは走っていた。
ジェシカの望み通りクレープを食べさせてやろうと思ったのだが、店には若い女の子が行列を作っており、ずいぶんと時間を取られてしまった。
「こんな事なら、カッコなんて付けないでジェシカ様と一緒に並べば良かった」
ひとりごちながらシーガルは角を曲がり、足を止める。そして眉間に皺を寄せながら辺りを見渡した。
ジェシカに待っていろと言った場所はここで間違いがないはずだ。
だが、彼女の姿はない。
「……やっぱり、一緒に連れ歩けば良かった!!」
後悔をしても後の祭り。
道行く人を捕まえては、帽子をかぶった金髪の女の子を見かけなかったかと問うが、誰も首を横に振るばかり。
あちこち走り回っても進展はない。
だんだんと焦燥感が募ってくる。
「そうだ。魔法を使って、ジェシカ様を探せば……」
思い立ったら早速そのための魔法の構成を編んでいくが、その途中でシーガルはあることに気付いた。
「だめだ。ジェシカ様に、目印になるような物を持たせてないっ」
魔法で対象物の捜索を行うことは可能だが、そのためには対象に何らかの魔力が込められた物を持たせなくてはならないのだ。残念ながら、ジェシカにはそのような物は携帯させていなかった。
我ながら何という失態だ、と胸中でぼやきながら、シーガルは走り続けた。
* * *
男達に連れてこられたのは薄暗い路地。
ジェシカは興味深そうに周りを見ながら、男達に話しかけた。
「シーガルはこんな所にいるんですの?」
「ええ。ここを抜ければすぐなんです」
にっこりと笑うと、厳つい顔の男も不思議と愛嬌が出てくる。
ジェシカは男達と他愛のない話をしながら歩いていた。たまに話が通じないところもあるが、この男達は新鮮でなかなか面白く、ジェシカも退屈をしないですんでいた。
「ところで、お姉ちゃんの名前はなんて言うんだい?」
「私はジェシカと申しますの」
正直に名乗ったというのに男達は笑い出す。
「ジェシカというと、アレだなぁ。この国の王女がそんな名前だったなぁ」
ぎくりとして、ジェシカは乾いた笑みを浮かべた。
「ジェシカ姫は性悪だってもっぱらの噂だ。お姉ちゃんと名前が一緒だけど、性格まで似てなくて良かったな」
嘲るように笑う二人。
こめかみの辺りを引きつらせながら、ジェシカは半眼になって男達を睨んだ。男達は目の前にいるのがジェシカ当人だとは思っていないのだろうが、無礼にも程がある。
「誰が性悪ですって?!」
ぶつぶつと呟きながら、ジェシカは拳をぎゅっと握りしめた。
ふいに男達の歩みが止まる。
「さぁて、そろそろ……」
くるりと振り返った男達がジェシカの事を見つめた。
立ち止まったことから目的地に着いたのかもしれぬと思ったが、シーガルの姿はどこにもない。ジェシカは口を膨らませ、抗議をした。
「私は早くシーガルの所に行きたいのですけれど」
「まあまあ、少し待てって。その前に、俺達と楽しもうや」
「まあ。一体何をするんですの?」
自らの置かれた立場を理解していないジェシカは、期待を含んだ瞳を男達に向けた。
にやにやと笑った男達がジェシカの肩に手をかけようとしたその時――
「そこで止めておけ」
どこからかそんな声聞こえてきた。