フロード1
今日もジェシカは町に繰り出していた。
本日のお守りはシーガルとデューク。久しぶりに町で素敵な男性を探そうと思っていたのだが、二人掛かりの見張りではなかなか隙がない。
「はぁ~。素敵な人、どこかにいないのかしら……」
ジェシカは周りを見たが都合良く好みの男が歩いているはずもなかった。
ふと思い出して、ジェシカは前を歩く二人に話しかけた。
「ねえ、今からシーガル達のおうちに行きません?」
シーガルはきょとんとして、デュークは呆れたような顔をして、それぞれジェシカのことを振り返る。
「……キャメロンは、仕事中ですよ」
デュークに言われて、ジェシカは残念そうな顔をした。彼の予想通り、ジェシカのねらいはキャメロンだったのだ。
シーガルは軽蔑するような眼差しでジェシカを見ている。
「顔が良ければ、誰でも良いんですか?」
呆れたように尋ねてくるシーガルに、ジェシカは腰に手を当てて首を振る。
「ちゃんと中身だって見ていますわよ。カミルとのことではお世話になりましたし、あの人は身分違いも気にしないって言ってくれましたもの」
浮かれながら頬を染めていると、シーガルは訝しげな瞳をジェシカに向ける。ジェシカははっと気付いてそこから視線をそらせた。カミルとのことはシーガル達には言っていなかったのだ。もっとも、デュークの様子を見た感じでは、彼の方は勘付いているのかも知れないが。
「まあ、とにかく。キャメロンさんってば綺麗だし、優しいし、身分違いを気にしないし、……恋人さんもいないのでしょ?」
「まあ、いるって話は聞いたことはありませんけど……」
シーガルがデュークに目で問うと、彼は目を伏せながら頷いた。
「でも、あいつは止めた方が良いですよ」
「どうしてですの?」
「結構もてるんですけど、みんな断られているんですよ。前に姉のせいで女の人が苦手になったって言ってました」
「……そういえば、この前もふられている子がいたな」
デュークの言葉に、シーガルはあっと口を開いてデュークを見る。
「そう、この前の子! 俺、絶対にOKすると思ってたのに」
ジェシカは眉根を寄せながら不機嫌そうに二人を見上げた。
「そんなに素敵な子でしたの?」
「ええ。料理が上手でよく差し入れに来てくれていました。家庭的な感じで、明るくて、気配りが出来て、……顔だって可愛かったです」
シーガルの説明を聞いて、ジェシカは乾いた笑みを浮かべた。そういう娘に限って裏では何を考えているのか分からないものである。レティシアの様に。
「……確かに、あれは勿体ないと思った」
デュークまでそう言うのだから、ジェシカは驚いた。彼が女性に対して好意的な意思を示しているところなど今まで見たこともない。
「だろっ。俺だったら、絶対OKしてるよ」
少しだけ迷い、ややあって頷くデューク。つまり、それはシーガルの言葉に同意をしていると言うことで。お守り二人のそんな意見に、ジェシカはふてくされながら足を止めた。だが、二人は話に夢中で気付いていない。
「なによ。二人していやらしいですわねっ」
低い声で呟くが、やはり二人は気付いていない。
「あいつ、もしかしてもの凄く理想が高いのかな?」
「……」
ジェシカは無言でシーガルのことを睨み付け、自分と二人の距離が離れていることに気付く。
そっと横の路地に身を滑り込ませてみたが、シーガル達は気付いていない。ジェシカは足音を立てないように駆けだした。次の角を曲がるところで振り返ってみるが、彼らが気付いた様子はない。
ジェシカはぱちんと指を鳴らして、軽やかな足取りで走り出した。
ひとりで歩くジェシカ。
「それにしても、あの二人ったら。案外、レティみたいなのがタイプだったりして」
シーガルが挙げていた条件は猫をかぶっているレティシアにも当てはまる。
ジェシカは頬を膨らませながら腕を組んだ。
「どうせ、私は料理も出来ないし、気配りなんかできないし、可愛くもないし……」
唸りながらジェシカは自分がレティシアより勝っているところを探してみた。そして頭の良い女は可愛気がないという誰かの言葉を思い出す。
「なんだ。私ってばバカだから可愛気はありますわ」
あははと笑い、ジェシカはがくりと肩をおろした。虚しくなってきたのだ。
ため息をつきながら道を歩いていると、誰かにぶつかった。
他の事に気を取られていたジェシカは勢いよく尻餅を付いてしまう。
「いったぁ~い」
お尻を撫でながら声を上げると、目の前に手が差し出された。
「すみません。お怪我はありませんでしたか?」
「ええ。大丈夫ですわ。こちらこ……」
前を見ていなかったジェシカも謝ろうとしたが、顔を上げたところで動きを止める。
切れ長の瞳の整った顔立ちの男性。赤色の髪は長く垂らしており、黒いシャツの胸元は開いていることなどと合わせてほのかに色気を感じる。騎士団の人間などが持つお硬い雰囲気とは対照的な軽い印象を受けるが、顔も雰囲気も文句なしにカッコイイ。
彼はジェシカの動きが止まったことに気付き、心配そうにジェシカの事を見つめた。
「どこか痛いところでも?」
ジェシカは慌てて微笑みを作り、彼の手を取った。
立ち上がったジェシカは赤毛の彼を見上げた。なかなか背も高い。最低限の筋肉はありそうだが、特別鍛えていると言う感じはなく、ひょろっとした人だった。
「あの、こちらこそ申し訳ありませんでした。すこし、考え事をしていましたので」
頭を下げるが彼はなんの反応も返さずに、ジェシカの顔を見つめていた。
訝しんで「どうしました?」と聞いてみると、彼は慌てたように視線を浮かした。頬を赤く染めて、彼は手を左右に振った。
「あ、あなたが美しい人だったので、つい見とれてしまって。申し訳ない」
「まあ」
ジェシカは頬を染めながら彼を見上げた。
照れたように微笑む彼。ジェシカは胸がときめくのを感じた。なかなか好感触な気がする。
「私の名はフロードと言います。よかったら、名前を教えていただけないでしょうか?」
「わ、わたくし、ジェシカと申しますの」
緊張しながらたどたどしく自己紹介をすると、フロードはにこりと微笑んだ。
「あの、お時間がありましたら、一緒にお茶でもいかがですか?」
「ええ。喜んで」
ジェシカはフロードに案内されて、近くの喫茶店に入っていった。
出されたチョコレートパフェを食べるジェシカ。町には美味しい物があふれかえっている。いっそのこと町に住み着きたいなどと密かに思いながら、ジェシカは口の中に広がるほろ苦い甘みを堪能していた。
美味しそうにパフェを食べているジェシカをフロードは微笑みながら見つめている。
「みんな、可愛い子が好きなんですの。女は顔だけじゃないんですのよっ」
文句を言いながら紅茶を一気に飲み干した。
……それ以前に、自分も男を顔で判断していると言うことを、このお姫様は忘れているらしい。
フロードは優雅な仕草で紅茶を飲みながら、ジェシカの話を聞いてくれる。
「それは、皆さんが人を見る目がないんですよ。ジェシカさんはこんなに美しいのに」
美しいなんて言われ慣れないその言葉に、ジェシカは舞い上がってしまう。
チョコレートパフェを食べているジェシカに手を伸ばすフロード。彼はジェシカの口元に付いていた生クリームを指で拭ってくれた。そして、彼は愛おしそうな視線でジェシカの瞳を見据えたまま、その指を舐めた。
ぼっと頬を染めて、ジェシカは動きを止めた。
そんなジェシカを見ながらにこりと笑うフロード。
「本当に、ジェシカさんは可愛いなぁ。こっちまで照れてしまいますよ」
「あ、あの。ごめんなさい。あまり慣れていなくって……」
「謝る事なんてありませんよ。そこが初々しくて、愛おしく感じられます」
「い、いと、いとおしく?!」
ジェシカは狼狽えながら席を立った。そんな様子すらも、フロードは愛おしいと言わんばかりの表情で見つめている。
ジェシカは周りの目を気にしながら、おずおずと席に座った。
酷く緊張しながらジェシカはパフェの続きを食べ始めた。
フロードは微笑みながら、いろいろな話を聞かせてくれた。彼は話が上手で、とても楽しい気分にしてくれる。
喫茶店を出た二人は、のんびりと町を歩いていた。
「あの、また会っていただけますか?」
そんな言葉に、ジェシカはこくこくと頷いた。
「それじゃあ、三日後のこの時間に、あの喫茶店で待っています」
「ええ。必ず行きますわ」
そう約束をして、ジェシカはフロードと別れた。
「ついに、私にも春が来ましたわ」
るんるんと鼻歌を歌いながら、ジェシカは軽やかなステップを踏んだ。
*
あの後、ジェシカはシーガル達にたっぷりとお小言を聞かされた。
だがそれにめげるジェシカではない。
反省のために二日ほど城の中でおとなしくしていたが、約束の三日目には元気よく外に外出をした。
本日のお守りはシーガルのみである。
「ねえ、シーガル。折り入って頼み事があるんですの」
猫なで声によからぬ事を感じたらしく、シーガルはしかめっ面を作った。
「私、今から人と会う約束をしているので、少しの間見逃してください」
「……三日前に男の人と知り合いましたね?」
なかなかカンの鋭い、と内心舌打ちをしながら、ジェシカはにっこりと微笑んだ。
「そうなんです。ついに私にも春が来たんですわ」
「……どこの誰ですか?」
睨むような視線を向けるシーガル。
「それは、秘密です」
「俺はイ・ミュラー様や陛下からジェシカ様のことを頼まれているんです」
「そんなの、私には関係ありませんわ~」
ふいっとそっぽを向いて、ジェシカはふてくされたように頬を膨らませた。
「私が誰を好きになろうと、シーガルには関係がないでしょ。シーガルは私よりレティの方が好きなんでしょうし。どうせなら、レティ付きになれるようにして差し上げます?」
「っな、何でそう言う話になるんですかっ。俺はジェシカ様のことを任されているから、ジェシカ様がどんな人と接しているのか把握する必要があるんです。だいたい、これは仕事なんですから、好みとかそう言うのは関係ないでしょう」
慌てて訂正をするシーガル。ジェシカは何故か腹が立ってきて、ますます不機嫌そうな表情になる。
「とにかく、シーガルには関係ないんですのっ。私は私を好きになってくれる人との約束の方が大切ですもの」
べーっと舌を出してやると、シーガルは少しだけ落ち込んだ様な顔をした。
ジェシカはそれにも構わずにシーガルに背を向けて歩き出した。
数歩歩いて、何となく振り返ってみると、シーガルは困った様な顔をしていた。
ジェシカはしばらくそれを見つめていたが、意を決して歩き出した。
「今日は、どこか上の空ですね」
フロードに瞳をのぞき込まれて、ジェシカは慌てて顔を上げた。
「ごめんなさいっ。ちょっと、友達と喧嘩をしてしまって」
「私で良かったら、話を聞きますよ?」
ジェシカはしばし迷い、ゆっくりと首を振った。
「悪いと思っているなら、謝った方が良いですよ」
優しくそう言われて、ジェシカは頷いた。例えありきたりであろうとジェシカを思って発せられる言葉が何故かこの上ないほど嬉しかった。
そんなジェシカの肩をフロードは優しく抱き寄せてくれる。
その温もりに鼓動を高鳴らせながら、ジェシカは目を閉じて彼に身を預けた。
「好きですよ、ジェシカさん」
唐突にそんなことを言われて、ジェシカは戸惑いながら上を向いた。
フロードはにこりと笑ってジェシカに顔を近づけてくる。
「も、もしかして?!」
ジェシカは身を固くして俯いた。
フロードは一瞬動きを止めてくすりと笑うと、ジェシカの前髪を優しく持ち上げて額に口づけをする。ジェシカは瞬きをしながら視線を上げた。
「あ、あの、私、も、フロードさんが好きですわ」
ドキドキと鼓動を高鳴らせながら懸命に告白すると、彼は優しい微笑みを返してくれた。
「また、会っていただけますか?」
かっこよくて、背が高くて、優しくて、……自分を好きだと言ってくれる理想の男の人。
ジェシカは恥ずかしそうに俯きながら、こくんと頷いた。




