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フィアンセバトル  作者: きなこ
3章 カミル
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カミル3

 孤児院では今日も元気に子供達が遊んでいた。


「あ、お姉ちゃんだ~」

 ジェシカの姿を見つけた子供達は、嬉しそうな顔をしてジェシカのことを囲む。


「人気者ですね~。……ふ……ふぇっくしゅっ」

 ジェシカの横に立っているシーガルは、先ほどからくしゃみやら咳やらをしている。川に落ちたせいで風邪を引いてしまったのかも知れない。

 その後ろにいるデュークは、いつも通り億劫そうにしていた。


「カミルは来ていますか?」

 子供達に尋ねてみると、子供達は一斉に家の方を指した。するとタイミング良く家の中からカミルが出てくる。

 彼はジェシカ達に気付いて、癖のある笑みを浮かべながら手を振ってきた。

 そんなカミルに大股で近づいていくジェシカ。


「カミル! 昨日はよくも騙しましてくれましたわねっ」

「あれ? もうばれちまったのかよ」

「もうじゃないでしょ?!」


 カミルは全く反省していない。笑いながら「騙される方が悪い」なんて言って、手をひらひらと振っている。

 余裕を見せていたカミルだが、デュークが近づいて来るのを見ると慌てて後ずさろうとする。

 だがデュークの方が素早かった。彼は無言で拳を振り上げて鈍い音を立ててカミルの頭を殴った。


「ちょ、ちょっと、デューク。痛そうな音がしましたわよっ」

 慌ててジェシカが止めに入る。デュークにはそれ以上の攻撃意志はないらしく、ぱんぱんと手を叩きながら、冷ややかな視線をカミルに向けていた。


「ちょっとは手加減しろよっ。お前、馬鹿力なんだからよっ」

「……人をネタにするのが悪い」

 カミルはべーと舌を出す。するとデュークは力を入れるように拳を握るので、カミルは慌ててジェシカの後ろに隠れた。


「何やってるんだよ、お前は。子供達が真似するから、やめろよ」

 シーガルに止められて、デュークは渋々と手を下げ、これ以上カミルの相手をするのが嫌になったのか、無言で家に向かっていった。


「で? 今度は何をやったんだよ、カミル」

 呆れたようなシーガルに問われて、カミルはごまかすような笑みを浮かべた。


「さあさあ。今日も鬼ごっこやるぞ~!」

 カミルが片手を上げながら陽気な口調で言うと、子供達は喜びながらそれに賛成した。




「みなさん~。おやつの時間ですよ」

 メアリーが外に出てきて、優しく言う。子供達は喜びながら、先を争うように家の中に入っていった。

「ちゃんと手洗いとうがいをしろよ~!」

 子供達の後ろ姿にカミルが声をかけると子供達は素直に返事をした。うんうんと上機嫌で頷くカミル。


 ジェシカは疲労のあまり、その場にへたり込んでぜえはあと息をしていた。

「大丈夫ですか、ジェシカ様」

「ええ。大丈夫。……でも、少し休ませて。あと、のどが乾きましたわ」

 上目遣いにシーガルを見ると、彼はやれやれといった面もちで頷いた。


「飲み物を貰ってきますよ。待っていて下さい」

 そう言って、シーガルは家の中に消えていった。

 孤児院の庭に残っているのはジェシカとカミルだけになる。

 カミルはジェシカの隣に座って、体を伸ばした。


「そう言えば、カミルはお医者さんなんでしょう? どうして毎日ここにいるんですの?」

 何気なく質問してみる。


「風邪をこじらしちまった子供がいてさ。婆さんは結構年だから出来ることに限りがあるし、風邪ひきの子供の側にいさせて風邪がうつっちまっても困るから、俺が代わりに世話をしてるんだよ。まあ、そんなことがなくても、暇なときにはよく遊びに来てるけどな」

「意外と優しい所もあるんですのね」

「意外ってとこは余計だって。あいつら親がいないじゃん。だから何か、気にかけたくなるんだよ。シーガルやデュークもそうなんだろうなぁ。あいつもちょくちょくとここに来てるぜ?」


 ジェシカは驚いて口元を押さえた。シーガルはともかく、デュークまでがそんなことをしているとは信じ難かったからだ。


「また、私を騙そうとしていません?」

 疑うように目を細めると、カミルはあはははと陽気に笑った。

「信じるも信じないも、ジェシカの思うとおりにすればいいんじゃん?」


 そう言われるとその話は真実なのかと思ってしまうが、前科があるので素直には信じられない。ジェシカが苦悩しているのを横目で見ながら、カミルは声を押し殺して笑っているが、ジェシカはそれには気付いていなかった。


 冷気を含んだ風が落ち葉を運んで吹き抜けていく。ジェシカは両腕を抱きしめるようにして身震いをした。走り回っていたときは暑くて仕方がなかったが、今は寒い季節なのだ。まして汗をかいてそのままにしていてはジェシカまで風邪を引いてしまうかもしれない。


「もう、シーガルったら遅いんですから」

「文句を言う前に自分で歩けよ。ほれ」


 カミルは立ち上がってジェシカに手を差し出した。カミルの手を取って立ち上がろうとしたとき、カミルの手に当たった箇所に痛みが走る。

「痛っ」

 顔をしかめながら人差し指の先端を見ると擦り傷が出来ていた。鬼ごっこをしているときに擦ってしまったようだが、気付いていなかった。だが、一度意識をしてしまうとずきずきと傷が痛む。


「ねえ、カミル。消毒して下さいな」

「そんなの、舐めときゃ治るって」

 城にいたときは少しの傷でも消毒をして貰っていた。基本的に、周りはジェシカに対して過保護のようである。


「でも、ばい菌が入ったら大変じゃないですか」

 文句を言うと、カミルはジェシカの手を取って傷口をしげしげと眺めた。血が滲んでいるだけで、傷口自体も小さい。


「そんなところが貴族の娘って感じだよな~」

 のんきそうに呟いて空を仰いだカミルは悪戯を思いついたような顔をして、にやっと笑った。ぞっとして、逃げようとしたジェシカだが手を掴まれている上、疲れているので思うように体が動かない。


「じゃあ、俺が消毒してやるよ」

「ま、まあ、ありがと……」


 ジェシカのお礼の言葉は最後まで発せられることはなかった。

 なぜならば、カミルがジェシカの指を食べたからだ。いや、食べたというのには語弊がある。傷口を舐めただけなのであるから。

 ジェシカの頭は一瞬にして真っ白になった。

 カミルはジェシカの顔をのぞき込むようにして、からかうような視線を向けた。


「消毒終わり」

 声をかけられて我に返ったジェシカは、カミルの瞳を見つめた。指先への暖かくて柔らかい感触を思い出してしまい、発火するのではないかと言うくらい、体が熱くなってきた。


 何も言葉を発することが出来ずに赤くなるジェシカ。

 それは予想外の反応だったのだろう。カミルはやや慌てたそぶりでジェシカの手を離し、体を起こす。

 ジェシカは呆然と自分の指を見つめていた。


「そ、そんな反応するなよっ。調子が狂うじゃねえかっ」

 怒ったような強い口調。ジェシカは驚いて顔を上げた。

 カミルは真っ赤な顔をしてそっぽを向いていた。照れくさそうに髪をかきながら。

 そんなカミルを見て、ジェシカの鼓動が高鳴った。


「あの……何してるんですか?」


 突然声をかけられて、ジェシカは心臓が止まるかと思った。

 ジェシカ達の横に、水筒とクッキーの入った皿を手にしたシーガルが不思議そうな顔をして立っていた。


「何でもねえよっ」

 ぶっきらぼうに言い捨てて、カミルは家に向かって早足で歩いていった。

 その後ろ姿と、赤面しているジェシカを見比べて、シーガルは首を傾げた。


「私たちも中に入りましょう。こんな所にいつまでもいたら、風邪を引いてしまいますわっ」

「はいはい」

 二人はカミルの後を追うようにして、家に向かって歩き出した。


 ちなみに、家の中で改めて指の治療はしてもらった。



     *



 城に戻って夕食を食べた後、ジェシカはベッドに寝転がりながら小さな傷のある指先を見つめていた。


 手を舐められたことも衝撃的だったが、気になっていたのはカミルのあの反応。真っ赤になってそっぽを向くカミルは何だか可愛かった。いつもの悪ガキ風な彼とは違うその姿が何故か気になって仕方がない。時折ふと思い出しては胸がざわめいていた。


「カミルなんて、すぐに人をからかうし、意地悪なことばかりするし、生意気だし……」

 ぶつぶつと文句を言いながら、ジェシカは枕を抱きしめる。

 ふいに、美味しそうにメアリーのクッキーを食べているカミルの姿が浮かんできた。


「……」

 ジェシカは難しい顔をして、枕を抱きしめる腕に力を込めた。


 「料理とか苦手そうな顔してる」。そんなカミルのセリフを思い出し、ジェシカは立ち上がった。

「私だって、やれば出来るんですものっ」

 唐突に思い立って、ジェシカは部屋を飛び出した。




「……で?」

 冷たい口調のレティシアがジェシカのことを睨み付ける。

 彼女は風邪を引いているらしく、ごほごほと咳をしていた。


「私、風邪を引いているので早く休みたいのですけれど……」

「少しくらい姉の言うことを聞いたらどうですの」

「そう言うセリフは、姉らしいことをしてから言って下さいませ」


 その物の言い様に腹が立ったが、ここで怒ってはいけないと心に言い聞かせながら、ジェシカは媚を売るようににっこりと微笑んだ。


「私、今孤児院に行って子供達の世話をしていますの」

「まあ。ちゃんと社会勉強をしていらしたんですのね」

 あまり興味はないといった顔をして、レティシアは椅子に座る。


「それで、子供達にクッキーを焼いてあげたいと思いまして」

「それはお優しいことですわ」

「でも私はクッキーの焼き方なんて知らないし、料理長達に聞くのも何だか恥ずかしくて……。レティなら、クッキーを作ったことがおありでしょう?」

「クッキーは作れますけれど。素直にどこかの店で買っていった方が良いのでは?」

 言葉に詰まってジェシカは乾いた笑みを浮かべた。頭をフル回転させながら、次の言い訳を試みてみる。


「でも、やっぱり手作りクッキーをプレゼントしてあげたいなあ、なんて……」

 レティシアは軽く息を吐き、ジェシカの瞳を見つめてきた。ぎくりとしたジェシカは微笑みを凍り付かせながら後ずさる。


「状況はよく分かりました。孤児院にいる男性に惚れたのですか」

「別に、惚れているわけではないですわっ」


 と思わず口から言葉が出てしまう。

 ジェシカは慌てて口を押さえたが、もう遅い。レティシアは呆れたような表情をしている。


「……まあ、良いです。少しならつきあって差し上げます」

「ありがとう、レティ! 持つべきは可愛い妹ですわ♪」

 レティシアはこめかみの辺りに手を当てていた。


「じゃあ、早速クッキー制作に取りかかりましょう」

 ジェシカは腕まくりをした。絶対にカミルを見返してやると心に決めて。

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