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フィアンセバトル  作者: きなこ
1章 シーガル
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シーガル1

 それは、よく晴れた日の午後の出来事だった。


 アリア国の王女、ジェシカは十八歳。金髪碧眼の美女だが、性格に多少の問題ありと世間では噂されており、年頃なのに婚約者も決まっていないのはその性格のせいだと陰口をたたかれることもしばしば。やたらと出来の良い妹と比べられ、余計にその悪評は広がっていくとか何とか。


 国王であるロキフェルに呼び出されて応接室へと足を運んでみれば、そこにあったのは三枚のお見合い用の肖像画。

「私、まだ結婚なんてするつもりはありませんわ」

 ため息混じりにそう吐いて、ジェシカは椅子に座った。


 向かいには妹のレティシアが座っている。彼女は日当たりの良いこの部屋がお気に入りで、暇になるとここへやってくる。テーブルの上には紅茶とクッキーが置かれていて、時折彼女は分厚い本越しに手を出してクッキーをついばんでいた。


「しかしジェシカ。お前ももう年頃だし……」

「そんなことは関係ありませんわ。私は自分が見つけた人でなくては嫌です。ちゃんと恋をして、おつきあいをして、私が認めた相手とでなければ結婚しません」

 同じ様なやりとりは一体何度目になるのだろうか。

「お父様。いい加減に、こんな話を持ってくるのは止めて下さい」

 そう言ったときだった。今まで無関心そうに本を読んでいたレティシアが口を開いたのは。


「それだけの数の見合い話を断っているのですから、時期にどこからも話なんて来なくなりますわ」

「どういう意味?」

 レティシアはぱたんと音を立てて本を閉じた。そしてやれやれと言った面もちで、大きな瞳をジェシカに向ける。


「お姉さまったら、相手にお会いにもならないで全部断って行くんですもの。誰も相手にしてくれなくなりますわよ」

 確かにレティシアの言う通りなのかもしれない。また、そうなることはジェシカにとっても願ったりだ。だが嘲笑を含んだレティシアの言い方が気に入らない。

 ジェシカは目をつり上げて立ち上がった。睨み付けてやると、受けて立つぞとばかりに挑発的にレティシアが目を細める。


「だいたい、自分で見つけた相手と何度も仰ってますが、一体どこでそんな人を見つけてくるおつもりですか?」

 思わず言葉に詰まり、ジェシカは開きかけていた口を強く結んだ。

「出会いがないと仰います? ですが見合いとて充分な出会いの場ではありませんか。もしかすると、お姉さまにふさわしい方が……」

「……だめよ」

 低い声を出すとレティシアは口を閉じた。


「見合いの相手はみんな貴族の御曹司なの。私ではなく、私と一緒について来る時期国王の座が目当ての方ばかりですもの。そんな方と結婚するなんて、嫌っ!」

「ジェシカよ、少しは落ち着いて」

 ロキフェルがジェシカの肩に手を乗せたとき、ジェシカの怒りが爆発した。ジェシカは勢い良く振り向いて、ロキフェルに詰め寄る。


「どうして私ばかりがこんな目に遭わなければならないんですの? 確かに、生まれたのは私の方が先です。でも、国を継ぐのはレティでも良いじゃないですか」


 まして、国民の中からは出来の良いレティシアを是非次期女王にと言う声もあるくらいである。

「相続は直系男子または第一子と決まっているではありませんか。私が男でしたら話は別でしょうけれど」

「いや、別にどっちでも良いんだけど……」

 ぼそっとロキフェルが呟くのを聞いて、レティシアは細めた目をロキフェルに向けた。

 娘二人に睨まれて後ずさるロキフェル。


「どちらでも良いのでしたら、話は簡単です。私と同じように、レティにも見合い話を持ってくるのが筋というものです」

「いや、しかし……」

「お姉さまったら、いつも勉強をおさぼりになっているから、自分の国の法律も忘れたんですの? 成人、すなわち十六歳を越えるまでは子供と見なされ、異性との結婚や婚約をすることは認められていないんですわよ」

「くっ」


 そんな決まりがあったことなどすっかり忘れていたジェシカは悔しそうに唇をかんだ。対するレティシアは嘲るような笑みを浮かべている――ように見えた。少なくとも、ジェシカの目には。


「いつまでも夢ばかりを見ている年でもないでしょう? いい加減、現実を見て下さい」

「現実って何ですの? 私はただ、自分で選んだ相手と恋をして……」

「小説の中のお話ではないのですよ。それに、お姉さまのとばっちりはいつも私に来るではありませんか? 見合い話の最後には、必ず『私の代わりにレティが王位を継げばいいって』言って」

「よしなさい、レティ」

 厳しい口調のロキフェルに止められ、レティシアは不満そうな顔で椅子に座り直し、本を手に取った。


「ジェシカ、この話はなかったことにしよう。そうだ。お茶でも持ってこさせようか」

 機嫌を取るような口調で言いながら、侍女を呼ぼうとロキフェルが扉に向かいかけたとき、ジェシカが動いた。ドスドスと音を立てて大股で扉へ向かって歩いていく。

 ロキフェルを追い越してドアノブに手をかけたジェシカは勢いよく振り返り、レティシアのことを睨み付けた。


「見ていらっしゃい。小説も真っ青の大恋愛をして、ゴールインしてみせますわ!」


 呆気にとられた父と妹の見守る中、ジェシカは口を尖らせながら勢いよくドアを開き、思いきり音を立てて閉めた。



     *



 口を膨らませたジェシカはベッドの上で腕を組んでいた。

 レティシアに腹を立ててあんな言葉を言い残してきてしまったが、全く当てがないのだ。一体どうした物かと考える。


 コンコン。


 扉が叩かれる音が聞こえて、ジェシカはベッドの上から身を乗り出した。ジェシカが何かをする事を危惧したロキフェルがなだめに来たのだろうか。そのロキフェルに叱られたレティシアが嫌々謝りに来たのだろうか。そんなことを思いながら、返事をしてみる。


「ジェシカ様~。シーガルですけど~」

 どこか間の抜けた男の声。

 ジェシカは立ち上がって、急いで扉に駆け寄った。


 シーガルと名乗った男は手に茶色の紙袋を持って立っていた。年はジェシカより一つ上。その割には表情から子供っぽさが抜けていない。中肉中背。黒髪。容姿的にはそれと言った特徴のない男。アリア国の魔法兵団に所属しており、統帥から直々に『お目付役』としてジェシカのおもりを命じられているために、よくここへ土産を持って遊びに来てくれる。


「これ。町を歩いていたら行列が出来てたんで、買ってきてみたんです。暇でしたら、一緒に食べませんか?」

 にっこりと愛嬌のある笑みを浮かべるシーガル。

 ジェシカは値踏みをするかのようにじっとシーガルのことを見つめた。

 その視線に戸惑いながら、後ずさるシーガル。


「決めましたわ。シーガル。今から町へ出かけます」

「はい?」

 素っ頓狂な声を上げ、シーガルは瞬きをした。


 一国の王女がおいそれと町へ出かけて良いはずはない。そのくらいジェシカも弁えていたから、今までは興味を示すことはあっても、実際には行きたいと言い出すことはなかった。


「恋何たるかを知る前に、とりあえずはデートの予行練習ですわ!」

「意味が分かりませんが」


 胡散臭そうに半眼になるシーガルの腕を取って、ジェシカはにっこりと微笑んだ。


「だって、何も知らないのでは、いざというときに恥ずかしいではありませんか」

「だから一体何が……」

 あったんですかと尋ねようとしたが、ジェシカは半ば強引にシーガルのことを引っ張って連れ出そうとしている。


 たまらずにシーガルはその腕を振り払って抵抗した。

 すると、ジェシカは恨みがましそうな視線を向ける。


「いい? シーガル、あなたは今から私とデートをするんです。とりあえず、最初は雰囲気作りから、です」

「そんな無茶な。一体どうしてそんな発想になったのかはこの際置いておくとしてもですよ? そんなことがばれたら、ただではすみません。俺だって今の仕事、クビになるし……」

「じゃあ、シーガル。この場で私にクビにされるのと、どちらがよろしいと思います?」

 ふふふと不敵に微笑むジェシカ。


 シーガルは頭を抱えた。「悪魔……」心の中でそう呟きながら、大きくため息をつく。

 ここで抵抗するのは良いが、あとが非常に面倒になりそうな予感がする。そしてかなりの高確率でもっと酷い思いつきをして、無理難題をふっかけられそうな気もする。ならば、町に出たいという可愛い要求のうちに手を売っておくのが賢いだろう。

 意を決してシーガルはジェシカのことを見た。


「つまりは、みんなにばれないようにジェシカ様を外に連れ出して、ボディーガードとしての役割を果たせば良いんですね」


 半ば投げやりになって言ってやると、ジェシカはにっこりと邪気のない笑顔でこう答えた。


「あなたは、私とデートするんですわ」

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