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あめつちにただよう  作者: 渡守
本編
8/13

スティル



 タンシアは選ばれた人だが、私は違う。

 手練手管を尽くして、ようやく加護を授かった。

 だから、リータの動向が歯がゆくて仕方が無かった。

 勉学に励むわけでもなく、諸国との情報交換というよりはただお喋りに興じているようにしか見えない。

 彼の地がそこまで悠長にかまえてもよい状況でないことを知っている身としては、リータのしていることは眉をひそめてしまうものだった。

 北の大国から謁見を申し込まれ彼女への助言を頼まれた時、断らなかったのはそのせいだ。



 約束の時間に出向いてみれば、リータの準備が整わないとかで待たされた。その間、騎士と四方山話で時間をつぶす。



「貴国と接することから理解できるでしょうが、私の故郷は不毛の大地です。凍てつく大地に作物は育ちにくい。かと言って、貴国のように豊かな鉱物資源があるわけでもない。

 人が住める地ではないのに、あそこに住むしかない。そんな立場の人間がもがいて暮らしていた場所です。

 どこの国でも自国で裁きを受けさせると都合の悪い場合がある。そんな時は流刑にしてしまう。霊獣の守護域から出してしまえば、弱った人はほぼ死ぬしか無い。

 運良く死なずにすんだもの達がたどり着いた地が、私の故郷です。

 東では、流人の地と呼ばれてて忌み嫌われている」


「昔はそうでしたが、今そのように呼ぶ者はいなくなってます」


「守護獣憑きがいるいないで、見方が変わるから凄いです。

 屈強な人しか住めない場所をどうにか女子供も生き残れる場所にしたかった。男達は死にものぐるいで、生きる術を探し続けてました。

 だから、そこで生まれた私はどうしても霊獣の加護が欲しかった。手に入れる為なら何でもするつもりだった。

 血肉を好むというのなら、達磨になっても構わなかった。

 好む音を詠唱する為なら、どんな怪しげなものでも飲んで試したんです。

 もちろん情にもすがった。

 加護を授けて頂いた時の喜びは今でも忘れることができない。加護だけでありがたかったのです。

 守護獣憑きになれるとは思いもしなかった」



 霊獣の守護は、暮らし向きを激変させた。安定した気候に氾濫せぬ河川、そして揺るがぬ大地。不毛の地であるのに、交易の中継地点として認識され豊かになった。

 人は楽をしれば、それを何としてでも維持しようとする。霊獣の守護を継続しようと血眼になる。


 私の血をひく者を大事にしたいと言われれば、ありとあらゆる女を孕ませることになった。

 生まれてきた子達に流れる私の血の薄さに嘆かれた時は、濃くする為に初潮を迎えたばかりの娘の足を開かせ孕ませることになった。

 私の血を少しでも濃くひく者を作るために必要だと周囲に言われて。



 何でもするという覚悟が足りなかったのだろうか。自分の行為に反吐が出て仕方がなかった。

 覚悟は娘達の方があった。私の前では、涙も罵りも隠して耐えきった。生まれてきた子をそれは大事に育ててくれている。

 

 ただ、やはりというか孫達の血は見向きもされなかった。更なる交配を求められるのかと、生きる気力すら削がれていく。

 運が良かったのか、私の都合の良い方向に気まぐれが向かった。血の濃さへのこだわりを急激に無くされたおかげで、私はそれ以上の凶行に努めなくても済んだ。



 私は安堵したが、周囲は更なる危機感を抱えることになる。

 守護が、私一代限りで終わると宣告されたも同然だったからだ。

 私がいなくなれば、過酷な地に逆戻りとなる。交易の中継地としての存続ではなく、底辺の暮らしの維持すらも窮する。

 

 その時のための準備に、皆が動くこととなった。交易で得た利潤をきたるべき時への備えとしてつぎ込んでいった。

 体力的に酷使される覚悟の方が向いている。



 リータとの会見は、やはり歯がゆくて仕方が無かった。恵まれた生活に感謝することもなく、不憫な自分をただ嘆いているだけの女。守護獣憑きになりたいという気持は透けて見えるのに、自分の力を試そうともしない。

 その手は何も失ってなくて、真っさらで汚れのつきようも無い。そんな生き方をしてきた女もいるのだと、気がささくれ立つ。



 死ぬのは確かに怖い。けれどそれ以上につらいものがあるということを知らない。

 これ以上、この女の幸運を見たくはなかった。




 タンシアの希望に添って、講義に顔を出す。以前、習った時の違いがそこかしこにあって面白かった。派手さが無い代わりに、ここの学問の仕方は着実な歩みを推奨しているようだった。

 最初は霊獣語の講義が多かったが、私や神官達の通訳でも理解が深められるとわかってからは、受講する教科に幅が広がっていた。

 タンシアへの付き添いが無い時は、膨大な書物の海に埋没していた。記録を重視するのか、ここの書物の豊かさには目を見はるばかりだ。必要な知識を仕入れるために時間はあっという間に過ぎていく。

 


 リータを追いかけて霊獣が降り立ったことを神官から伝え聞いた。

 幸運なものは更なる幸運を掴むのかと、面白くない気分を抱いてしまう。

 もうじき彼女から喜びの報告をもらうのだろうと、疑いもしていなかった。



 けれど、リータは目の前で自分以外の者が選ばれる瞬間を見ることとなった。私も立ち会うこととなったその瞬間、呆然とした顔をさらしたまま彼女は立ちすくむだけだった。


 どうして、そこで縋り付かないのか。機会はもう二度と巡ってこないのに。


 リータは今頃、霊獣から解放されたことに安堵しているのだろうか。

 それとも、何もしてこなかったことを後悔しているのか。

 以前、頭を下げてきた王達は、タンシアへのつなぎを得ようと奔走することになるのだろう。きっと、それにリータも駆り出される。

 彼女はまた、身の不運を嘆くのだろうか。



 北の御方は破天荒な霊獣だった。タンシアに憑きたいと頑張っている。そのためなら、私までも利用するという俗な方だった。

 その提案に乗らせてもらった。タンシアに生きる喜びを伝えるかわりに、故郷の地に加護を。



「娯楽も無いに等しいせいか、うちの市場は活気だけはあるんです。

 住んでいるのはすねに傷のある者の方が多いから、見た目も悪いのばっかりなんですよ。客商売に不向きな顔でも頑張るざるをえない。

 でも、義に厚くて頼りになるし、分もわきまえています。何より体験してきたことがすごいので面白いのが多いです。お客の中には、長話を楽しんでくれる人もいたりします。

 冬ごもりでも避暑でもかまいません。滞在しに来ませんか」



 なんとなくタンシアをその気にさせている感触はあるのだが、色よい返事をもらえるまでには至っていない。


 タンシアに故郷を売り込むにあたって、紹介できる魅力のあるものが皆無に近いという事実を再確認した。生きるだけで手一杯というわけではなかったのだが、思いつかずにいた。

 特産品を作り出さないと駄目なような気がする。

 余力のあるうちに、軌道に乗せておきたい。



 領民達が将来を悲観するような地には、絶対に戻らない。






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