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あめつちにただよう  作者: 渡守
本編
7/13




 この地は、いつからこんなにも不毛になったのだろう。



 老若男女の面通しを毎日毎日強要されるが、ここ数十年ばかり気に入った程度の音すら見つけることができない。

 数打ちゃ当たるとそそのかされ言われるがままに国土を広げ、人を集まりやすくしてみたが全く駄目だった。

 かすりもしないものを何故聞き続けなければならないのか、いい加減腹が立つ。



 人は脆弱で、生まれてはあっという間に死んでいく。扱いに注意しなければ、すぐに破損する。無理をさせれば、すぐに倒れ込む。

 そんな何の役にも立たないものが、妙なる音を奏でるから驚く。

 人の身体は不思議だ。

 老いが声を劣化させ用無しになってしまう場合もあれば、ますます歌わせ続けたくなる変化を見せる時もある。

 その命が消え失せる寸前まで、虜にし続けた声を持つものもいた。

 歌わせ続けて喉枯れてしまい二度と出せなくなったのもいれば、変わらず最期まで歌い続けたものもいる。

 


 ただ、沁みとおるような音をいつも聴いていたいのだ。なのに奏でる者がいない。

 餓えている。

 最後に聴いたのはもう随分と昔のこととなった。

 だから、ひもじくて仕方が無い。


 約定通り早く差し出せと迫れば何を勘違いしたのか、ぬけぬけと守護の強化を要求してきた。

 こちらの望みをかさにきて、鬱陶しいことこの上ない。



 大地にかけていた守護を解いてみせた。気まぐれに、虫食いのように守護を外していく。

 広がった領土の端から端までかけていた守護の範囲を狭めた。傘下にある護玉鉱脈を虎視眈々と狙っている他国に付け入る隙を与えてやった。


 さあ早く、私の望みのものを差し出せ。決して褒美を先に欲しがるな。


 

 餓えた日々を過ごさざるを得ないのに、煩わしい繰り返しまで押し付けられる。

 全く成ってない声を何故聴かすのだ。

 憑く気など毛頭おこらないが、誰かを選べば静かになるのか。



 ふんぞり返った男が差し出してきた女を選んだ。憑きたくなるかもしれない人として。

 喜び勇んで歌おうとするから、静かにしていろと手を振った。女の声が聴きたくて選んだのではない。まとわりつこうとする人の数を減らすために選んだのだ。

 軽く音だけを振り払ったつもりが、いら立ちのせいか女までよろけさせた。



「少しでも長く居座りたければ、煩わすな」



 血の気の引いた女が口を固く閉じた。




 耳を澄まし、音を拾っていく。

 やはり気になる声はここにはいない。

 そして、今日も渋々の体を滲ませて女がやってきた。おざなりな詠唱を即座に振り払い、立ち退かせた。

 女が出す音はますますひどくなっていた。一音たりとも聴きたくないに近づいている。



 煩わしさから女の来訪を更に減らさせた。

 女は最高学府『セシリ』へと追い遣られたようだ。これで、数年間は人と顔を会わせずに好みの声を探すことができると思っていたら甘かった。

 女の代わりが連日、送り込まれてきた。


 女を候補にしただけはあったのだと気づいた。あの女の声ならば、数日ごとに会うぐらいなら我慢できる。

 煩わしさを天秤にかけて、女を連れ戻すことにした。

 学府へと飛ぶ。

 しかし、女を目の前にして萎えた。

 これだって候補以下だろう。



 数日、学府に滞在している同族に管をまく。

 憑いている者のために、わざわざこちらにまで出張ってくる酔狂さが羨ましい。

 のろけ話を聞けば、学府に学びにきていたところを見初め国元まで押し掛けたそうだ。

 今はその命数を延ばすために、護玉を身体に仕込む算段に忙しいらしい。


 ……そうか。何も守護国内の人だけでなくても良いのか。


 助言を受けて翌日、学内を見て回ることにした。

 道先案内をしようとする神官と付き従おうとする女が邪魔で仕方が無い。

 そしてそれを排するのも面倒だ。



 そぞろ歩く中、声を拾った。声の主は、女。傍らに気配の薄くなった獣がいた。



 あの女は私のものだ。

 


 くたばり損ないは絆を盾にあの世まで連れて行こうとし、介添え役のお前はタンシアの臓腑を引き摺り出すためにここにいるというのか。

 そんなこと、絶対に許さない。腹の底から絶叫した。

 護玉が欲しければ、いくらでも回してやる。濃密な護玉ぐらいいくらでも用意してやるから、タンシアの臓腑には一切合財手を出すな。

 散々叫びあって、何とかタンシアの側を確保した。

 


 タンシアと気安く話しをしている男に嫉妬した。それでもタンシアが私の側に残ってもらえるなら我慢する。

 ますます気配が薄くなっているくせに、濃厚に絡み付いている絆が不安を煽る。あの世まで引きずってでも連れて行きそうだ。

 タンシアが生きることに執着するなら、どんなことでも受け入れる。


「タンシアを生にしがみつかせることができたなら、私の治めている領土の加護を約してもらえるでしょうか」


 男の要求は真っ当だったから、了承した。

 男が楽しげに話す人の暮らしに、タンシアが目を輝かしている。小さな、小さすぎる楽しみ。

 その一つ一つを頭に刻む。私が絶対に叶えてやる。


 

 タンシアとも少しずつ話すようになった。霊獣語をここまで流暢に正しく人が話すのが不思議だった。

 いつまでも、その声を聴いていたい。

 ただ話している内容は見当違いなことが多かった。ぽつりぽつりと伝えてくるその内容を、優しくきっぱりと否定していく。


「霊獣とつながっている私だから、目をひいたのではないでしょうか」

「違う。一声聴いただけで駆けつけたんだ。こんな経験は初めてだ」

「見送った後、抜け殻となった私には見向きもされないのではないでしょうか」

「そんなことはない」

「……声が出無くなるかもしれません」

「絶対に守りきってやる。何一つ欠けさせやしない」


 絡み付いている古びた絆を取り払って、私ので雁字搦めに早くかけ直したい。




 タンシアの獣になりたい。




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