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あめつちにただよう  作者: 渡守
本編
6/13

リータ



「少しでも長く居座りたければ、煩わすな」



 守護霊獣憑きの候補に選ばれてしまった私は、何もなさないことを御方に求められた。御方は私に憑く気など毛一筋たりともお持ちではなかったのだ。


 しかし、定期的に御方のもとに馳せ参じることを周囲からは求められる。そして、あわよくば憑いていただけと。



 拝謁を拒まれているのに押し掛けて、好んだと記録されている詠唱を数音で振り払われる。それは退去の合図でもあった。

 5年も続くむなしいばかりの儀式。

 御方との不毛な時間が終われば、陛下や宰相達が待っていた。

 何の成果も持ち帰れない私に、彼らの無言が突き刺してくる。

 いつ、守護獣憑きになるのか。いつ、御方に殺されるのか。


 どちらも期待されているに違いなかった。



 私がこの立場に就いてから、父は筆頭公爵となった。旨みがあるのだろう。私の立場を不動なものとするため、日々謀略を怠らない。

 私を追い落とし候補となりうる者達を巧妙に排除しているらしい。


 父の謀略をかい潜って御方の前に立った者達はその瞬間、無惨に叩き付けられていた。五体無事に部屋から出れた者はいない。それどころか打ち所悪く命を落とした者の方が多い。


 余計なことをすれば次に骸となるのは、私?

 御方の腕が音を振り払うついでに、私の命まで消し去ったらと恐怖で一杯だった。

 いつも息を潜めて御方の前に立つ。



 父親の思惑がどうであれ、この立場が欲しいのなら代わってあげる。

 国許に居たころ、どうすれば候補から外してもらえるのかそればかりを考えていた。




 陛下達と父との間で、どんな話し合いがあったのかは知らない。

 ある日、私は東の最高学府『セシリ』に入学させられた。



 現在、学府の内殿に守護獣憑きが二人、滞在されていた。そのお二方に、教えを請うてこいとのことだった。

 内殿からなかなか御出座にならないお二人に周囲がやきもきしている。でも私は、御方の前から解き放たれて嬉しくて仕方が無かった。

 学府で知り合った人たちとのお付き合いに心が弾んでいた。互いに立場のつらさを明かして涙を流す。それだけで心が軽くなった。

 『セシリ』での暮らしは楽しいの一言につきていたのに。


 余計なことをしなければいいのに、生真面目な護衛騎士達がその能力を発揮する。


 守護霊獣憑きのお二人の動向をつかんできたのである。お二方のうち男性がスティル様、女性がタンシア様とよばれているそうだ。

 彼等が現在どこにいるのか、何をしようとしているのかを騎士達は事細かに刻々と調べ上げていた。お二方が聴講しようとしている講義を突き止め、私が受講できるよう手配までしてきた。

 気ままな時間が終わってしまった。腹いせに、そのことを知りたがっていた人たちにも伝えてあげた。騎士達からは不評を買ったが、友人達からとても感謝されたから構いはしない。



 失礼に当たらないよう身なりを整え教室に向えば、既にお二方が座されていた。




 どうして、あんなにみすぼらしい二人が、獣憑きなの。

 女は礼儀も作法もなってないし言葉すら理解していないようだった。男は犯罪者かその身内という者しか住まない領土の主だった。



 どうして、私が憑いてもらえないの。



 伺候するはずだったのに刺々しい気持ちのままに、お二方にあたってしまった。

 こちらをきょとんと見遣る女の瞳が左右色違いで気持ち悪い。

 薄く笑みを浮かべたままの顔色も変えない男の静けさが怖かった。



 男が内々にと、こちらまで訪ねてきた。


 会いたくないと言っているのに、騎士達が勝手に部屋へと通してきた。先ほどまで謝罪してくださいと頼まれていたが、どうしてもそれができずにいた。


「霊獣に関してご用件がおありだと聞いていたのですが」

「……何ですか、それ? 私は、守護獣憑きとなる者です。獣憑きと一緒になどして欲しくありません。それも服薬してやっと獣に憑いてもらうような者と」


「どうすれば霊獣に憑いてもらえるのかご教示していただけないでしょうか」


 男が冷たく言い放った。無造作に紙を一枚、突きつけてきた。ひたすらへりくだり乞うている陛下直筆の書がそこにあった。


「……馬鹿じゃないのか。

 既に出会っているにも関わらず、その年になってまだ憑かれてないことの意味を考えもしないのか。

 ここに放り込まれたことは?

 そのままの貴方では、霊獣は憑く気がおこらんということだろう。

 新しい詠唱を覚えるなり薬で違う声を手に入れなければ一生、候補のままだ。他の歌を覚えようともせず、薬を飲む努力もせず」

「御方が、煩わすなって仰ったのっ。だから」

「何もしないで贅沢だけさせてもらっていたのか。今の貴方は、ただの穀潰しだろう」



 御方が振り払った先に血まみれで倒れ臥した人たちを見ていないから、この男は説教できるのだ。



「何も知らないくせに。犯罪者集団の」

「リータ様」


 騎士が私の言葉を遮った。



「私に憑いてくれた霊獣がどこを守護しているか分かっての、口の利きようか。

 貴方の国が守護獣憑きを輩さないおかげで、力を及ばす範囲の国境越えをしなければならない。

 こちらをそれほどまで見下すというのなら、手を引かせてもらう」

「ど…いうこと…?」

「国境付近なんてかわいいものではなく、そちらの領土内のかなり奥まで守護域の範囲を広げて欲しいと、国王自らが頭を下げて来たんだがな」

「本当に?」



 騎士達が頭を垂れていた。



「なあ許しを乞うなら、態度で示せ。

 地に這いつくばるぐらいの謝罪を見せてくれよ」



 頭の中が真っ白になる。気づけば、私以外の者達が跪拝していた。



「高い矜持をお持ちのようで……もういいや。既に王や宰相が下げてくれたし」



 何も言えず、何もできなかった。惚けたようにただ突っ立ったままの私。

 男がただ呆れたように聞いてくる。



「あのさ、北の御方が貴方以外の人を選んだらどうすんの」

「そんなこと」

「あるよ。もう既に国許で出会っているかもしれない。貴方がいないことをいいことに可能性のある者は皆、面通しさせられている筈だ。このままだと、北の御方は貴方以外の人を選ぶ」 

「だって」

「薬を飲むのが嫌なら、新しい詠唱法を頑張ってみればいい。候補には選ばれたんだから」

「余計なことはするなって。すれば命はないって」

「霊獣は人よりも情に厚いところがあるから、それに縋ればいいじゃないか。候補にはなったんだから、ひどいことはされないだろう。……たぶん」

「……たぶんって。いい加減なこと言わないでください」

「北の御方を知らないからな……。でも、何もしなければ後で絶対に悔やむぞ」



 最後の言葉は、ここにいる全員に向けたものだった。




 スティル様の言にお手軽に乗せられるのが悔しくてなかなか行動に移せずにいた。しかし時間が過ぎるほどに、学ぶためにここに来たのだと自覚していく。

 錆び付いてしまった声の鍛錬も始めなければ、学府に残されている唱歌も調べて覚えなければと、無駄にしていた時間を取り戻そうと動き出した矢先、御方が『セシリ』に降り立った。

 私を追って来られたと騎士達に喜色が走ったが、御方のご機嫌はかなり悪い。



 急遽、内殿へと私の住まいが変更された。スティル様にお会いできるかもと期待したが、あちらが拠点とされている内殿は離れたところにあるらしく難しいようだった。

 もうどうしらたいいのか分からなくて、相談したかったのに……。


 御方が発するひやりする気配に、皆の緊張が高まっていく。私の詠唱はやはり受け入れてもらえなかった。

 きちんと勉強していれば、色々と試せたのに。



 世話係としてやってきた神官が、御方の無聊を慰めようと散策を進めてきた。

 神官の案内を受けながら、御方が広大な敷地内をそぞろ歩く。その後を付き従っていく。

 前方に、スティル様がいた。側に寄り添われているタンシア様も目に入り、胸がちくりとする。



 そこからは急展開だった。

 急くように御方が、お二人の元へと近寄られタンシア様の前に立つ。そのまま抱きかかえようとするのをスティル様が止めに入ろうとした。


 スティル様が殺されてしまうと血の気が引いた瞬間、お二人に憑かれている守護獣が顕現された。


 三体の霊獣が、にらみ合う。

 そして、見たことも聞いたことも無い、御方の恋われるような声がタンシア様に向って響く。



「絆を」



 凝縮されていく霊獣達の力に寒気が止まらない。このままだと弾けてしまうと思った瞬間、転移が為された。

 スティル様とタンシア様の姿も消えていた。

 

 私たちは、取り残されてしまった。


 一瞬、視線があったスティル様の瞳に浮かんでいたのは、憐れみよりも蔑みに近かったように思えた。





「あのさ、北の御方が貴方以外の人を選んだらどうすんの」



 スティル様の問いかけがよみがえり、胸にこたえた。




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