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あめつちにただよう  作者: 渡守
本編
5/13

      (後)



 タンシアを手に入れた後も、こちらの気の向くままに大陸中を巡り続けた。タンシアが安住を望んでいることを知りながら、叶えなかった。

 ただ、野宿だけでは疲れるだろうとあちこちに用意されている離宮にも逗留するようになった。

 世話になった分だけの加護をその国にかければ、どれだけ居続けても構いはしないのが便利な仕組みである。

 御座所とも呼ばれたりする宮殿は配置されている人も少なく快適だった。自然の中で聴くのも良いが、複雑な柱が織りなす光と影が舞うのを見ながらタンシアの歌声がどこまでも響き渡るのも気に入っていた。


 タンシアは、旅先で活気のある市井を眺めるのが好きだ。お使いに走る同い年ぐらいの子ども達の動きを羨望の眼差しで追い続けていた。

 ああタンシアは今、小銭を握って買い物をしたいのだなとか、噴水で涼んでいる子ども達と混ざって水しぶきをあげたいのだなとか、手をつないだ踊りの中に入っていきたいのだなとか。

 タンシアの表情はわかりやすかった。瞳を輝かせ夢中になって見続ける。



 私はその望みを口にすることさえ許さなかった。

 賑やかな市場に降り立ちながら、私たちは二人きりだった。誰もこちらに意識を向けさせない。

 タンシアは私だけのもの。


 この執着はタンシアが息を引き取るまでずっと続くと思っていた。




 タンシアの死を恐れすぎていたのが切っ掛けとなったのだろうか。唐突に自分の死期を悟った。

 もうすぐ私はここから消え失せると、すとんと理解した。



 タンシアの命数を延ばすことにあれ程までに躍起にならなくても良かったのか。

 終焉がこんなに早くに来るのなら、タンシアの嫌がることをする必要など何もなかった……。


「だいきらい」

「あっちにいって」

「さわらないで」


 心が痛くなる言葉を叫ばれなくても良かったのだ。



 護玉を埋め込んだ場所をゆっくりとさすっていく。埋め込んだ一つ一つ。どれだけ泣いて叫んで嫌がったか。

 全て覚えている。



 終焉の地は東の最高学府『セシリ』を選んだ。西の『ライツ』は騒がしい場合が多いから、タンシアには向いていないだろうと考えての選択だった。

 終焉の介添え役の選定は、神官どもに任せた。

 タンシアに挽歌を歌い上げてもらうから静かに消え失せることができる筈だが、万が一、暴走した時に私を消失させるのを担う霊獣を招聘してもらう。



 北方の小さな領土を治めている者を守護している霊獣がやってくると知らされた。聞き覚えの無い名に、若い霊獣なのかと思っていたら昔なじみで驚いた。

 騒がしいのが好きだった筈だが、何やら暗くて色々と相談を受ける羽目になった。


「守護している男の命数を延ばしてやりたいんだ」

「護玉の埋め込みは嫌われるだけだぞ」

「絶対に嫌われないから大丈夫だ」


 みなぎる自信を裏付けるように仲の良いさまを見せつけられる。羨ましい。

 純度の高い護玉が出る場所を数カ所教えれば、即座に転移していった。

 確かに今すぐ死ぬわけではないが、介添え役を放り出して駆け出していく姿は見覚えがあった。後先を考えない騒がしさは昔ながらのものである。



 挽歌を習い出した頃は新しい歌を覚えられると嬉しがったタンシアだったが、次第に機嫌の良くない日が増えてきた。

 習う歌のどれもが陰鬱。それがたまらなく嫌らしい。

 私はタンシアが歌うものなら何でもよかった。聞くだけで、深い眠りに入ってしまいたくなる。



 しかしこれ以上、タンシアが気持ちを腐らすのなら声明科の神官達を呼ぶのは止めにするかと考え出した。

 あとタンシアの機嫌を悪くさせている存在は、亡くしてしまえばよいかと算段する。



 姿を消しているから私が近くにいないと思い込んで、文官達が嘘と嘘をまぶした真実をタンシアの耳に吹き込んでいた。



 文官の一人は、タンシアの身内のようだった。そのような存在はこの世から全て消し去ったと確信していたのだが、まだ残っていたらしい。

 この時点でタンシアにばらされるとはと、ひやりとした。

 タンシアに拒絶されると覚悟したのだが、文官達が我も我もと昔語りをしたので有耶無耶になってしまった。

 人の我欲に助けられるとは、思いもよらなかった。

 どんどんと増えていくタンシアの過去にほくそ笑んでしまう。



 そんな時、タンシアが吹っ切ったかのように挽歌を明るく歌い上げてきたから笑みがこぼれてしまった。



 このまま大きな憂いもなく、タンシアの歌を聴いていくだけだと思っていたのだが甘かった。



 北の護玉鉱脈の幾つかを有する大国を守護している奴が『セシリ』に降り立ち、タンシアを所望した。

 それは、許せない行為の筈だった。許せない気持ちは大きい。

 ものすごく大きいのに、託せるという気持ちが主張してくるのだ。


 

 タンシアと心中する幸せ。タンシアに見送ってもらう幸せ。

 どちらを選んでも、幸福に違いは無い。

 ただ一瞬たりともタンシアが先に死ぬことになれば、私はきっと狂う。その瞬間、大陸を消し飛ばしてしまう自信がある。

 見送ってもらうことを選べば、タンシアが生き残る可能性が出てくる。



 私の亡き後、昔なじみはタンシアに埋め込まれた護玉が欲しいと主張した。それに対して、奴は射殺さんばかりに睨んで吠えた。

 身体に溶け込んだ護玉を取り出されたら、身体はもちろん保たない。痛みがないのならそれでも構わないが、相当の苦痛がタンシアを襲う。

 それを許す気は無かった。

 そして、もうこれ以上の護玉の埋め込みをタンシアに課すことも。



 三つ巴で怒鳴りあっていく。



 今すぐにでも私に成り代わりたい奴が牙をむく。瞬間、馴染みが口を出す。



「思い人に嫌われた獣ほど、みじめなものはないぞ」



 奴が悔しそうに刃をおさめた。



「このまま静かに終焉を過ごさせてもらえるのなら、タンシアの好きなものを教えてやる」

「……本当か」

「我らの側にいてもいい」

「絶対だぞ」

「約定する。だから私のあと、タンシアの守護を頼む」

「確と承った」



 不思議なつながりの始まりだった。

 タンシアと奴との関係に嫉妬するのに、口を出してしまいたいのに我慢している自分がいる。いら立つのにそれをタンシアに見せるのを良しとできなくて苦しい。

 けれども我慢できるのだ。

 昔なじみが守護している男が側にいた時に、その不確かな感情をぽろりとこぼしたら、考え込みながらも答えが返ってきた。



「子離れ……みたいですね」



 男の言葉は、胸に強く響いた。



「タンシアが我が子?」



 愛おしい我が子の行く末の幸せを、最後の最後まで祈り続けるよ。





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