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あめつちにただよう  作者: 渡守
本編
3/13

    (後)






 私を攫って育て上げてくれたのは、大陸中に悪名とどろかせていた霊獣だった。もしかしたら、その噂は海をも超えているのかもしれない。

 霊獣としては珍しく温和な性質で長く大国を守護していたが、ある日、何のためらいも無く守護国をこの世から消し去った。

 人や版図がきれいさっぱり消え失せた。その後は、行く先々で破壊の限りを尽くすことになる。

 諸国が何とか鎮めようと模索が続く中、荒ぶる霊獣は私を見い出し大人しくなった。



 私の記憶にうっすらと残る両親とその血族は、彼に見せられたものだ。

 人は変容する。

 彼が力で見せてくれた両親とおぼしき人達は、豪奢な衣装に身を包み派手な隊商行列をなして私を追っていた。

 文官から聞いた放浪の民のようには見えなかった。

 見返りと称して、彼からあらゆる贅沢を享受していた。

 その代償を私が払っているのを知りながら、更なる豪奢を彼に求めた。私の安寧など彼等は気遣いもしていなかった。


 彼は私に提示する。


「彼等の願いを聞き届けて欲しくば、ここに用意した護玉から一つを選べ」


 私の命数を少しでも延ばしたがった彼は、たくさんの護玉を身体に埋め込みたがる。護玉の埋め込みは年を経てもかわることなく激痛を伴った。その上、過ぎた痛みが快楽をもたらし、私はそれが嫌でならなかった。

 私の瞳は護玉が溶け込み、左が凍てつくような漆黒に右は溶岩流のような濃朱に変成されている。

 凍てつく痛みと焼け付く痛みは同じものだということを知りたくはなかった。

 護玉が身体に散らばる経穴に埋め込まれた時どれだけ私が苦しんだのか、彼等はつぶさに見ていた。

 痛みと快楽でよがる私とそれを嬉々と押さえ込む彼を、表情も変えずに見つめ続ける人たち。


 差し出された護玉を拒否した後の彼等の行く末を、私は知らない。





 大陸中に恐れを撒き散らしていた彼が永久の眠りにつく。

 その報がかけ巡り、挽歌を詠唱することになっている私を得ようと各国が蠢いているらしい。

 

「御方がいらっしゃるから大丈夫かもしれませんが、それでも身辺には気をつけて下さい。崩御された後のことを見越しての動きが活発になっているようです」


 スティルが忠告をしてくれた。

 彼が眠りについた後のことを、私は考えていなかった。

 


 『セシリ』は最高学府であったが、霊獣達の墓場でもあった。人目のつかないところに墓標が立ち並ぶ。

 大多数の墓標には、霊獣と人の諡号が並列されてあった。

 没した日付は同じ。ああそうなんだと納得した。


 それらを目にしたこともあって、挽歌を詠唱し終えたときには自分の命もなくなってしまうのだ思い込んでいた。

 彼がいなくなった後のことなど思い浮かびもしなかった。



 彼が長く生きて欲しいと願ったから、あれだけの護玉を嫌だと拒絶しながらも受け入れた。

 それなのに彼の方が先に逝くのだという。

 私が生き残る可能性はどれぐらいあるのだろうか。




 乳飲み子であった私を連れ去るほどに彼は私を欲したが、最期まで私を連れていくつもりでいるのだろうか。



 濃密な彼の気配が日ごと薄まっていくのを感じる。そんな中、新たな霊獣が『セシリ』に降り立った。

 スティルが治める領土に隣接する北の大国の守護をされている方らしい。しかし現在誰にも憑いておらず、ぞんざいな守護に大国は風前の灯と成り果てていると、スティルの弁。

 大国の首脳陣は、一刻でも早く憑いてもらいたいと気も狂わんばかりの状況だそうだ。

 そんな霊獣が『セシリ』の声明科に在籍している自国の女性の様子を見に来たのだとか。

 北の大国には守護獣憑き候補生なる存在があるらしい。



「リータという名の女性です。タンシアも会ってますよ」

「そうなの?」

「ええ。仰々しく着飾っていた方がいたでしょう」

「見たような気がする……。護衛騎士をたくさん引き連れていた女性ですよね」

「そう、その人です」



 その女性、勉学に励んでいなかったような記憶がある。

 折角、時間を遣繰りして聴講にきたのに、ざわざわと騒がしくして講義の邪魔をしてくれた人だ。

 先生の注意もどこ吹く風で、何のためにここに来ているのか。


 何度か話しかけられたが、残念ながらの人語。

 スティル達が訳してくれなければ、何を言ってきたのかわからない。しかし訳してくれないことで、言われたことの意味はなんとなく判った。

 たぶん私の悪口を言ってたのよね。見た目とか出自とかの。



 北の御方が在府しているせいか、講義に彼女および取り巻きの姿を見かけない。

 聴講満喫。幸せ。

 このまま、北の大国まで連れ帰って欲しいんだけど駄目かな。

 そんな自分に都合のいいことを願っていたから、騒動を引き寄せてしまったのか。



 挽歌を吟味して、興味のおもむいたものを聴講させてもらって、その時を静かに待つのだと思っていた。




 スティルと連れ立って、学内を歩いていた時にそれは起こった。

 件の女性を付き従えた北の御方が、道を譲って脇で立っていた私の前から動かない。



 ひたとこちらを見据える視線の強さに身体がふらついた。

 瞬間、彼が久方ぶりに耳目の集まる中に顕現し私を背に隠す。

 何もかもが固まった感じで、息ができない。

 スティルの霊獣も慌てた様子でこの場に降り立った。



 いつの間にやら私を挟んで、彼と北の御方。横でスティルの霊獣が、難しい顔をしている。

 彼を無視して、北の御方が私に向かって乞い願う。



「絆を」



 憑き重ねなど、聞いたことも無かった。





 北の御方が彼を殲滅しようと力をふるおうとするのを、辛うじてスティルの霊獣が止めた。

 そのまま両方を引っ掴み、奥殿に転移。私とスティルも否応無く強制転移。

 スティルと邪魔にならないよう部屋の端にひっそり寄って、話し合いを眺めていた。



「タンシアは当事者ですが、これは口が挟めない」

「はい」



 霊獣語の弾丸応酬が続く。私が聞き取れないのだから、スティルには到底無理なやり取りである。

 永遠に続くのかと思うほど長きに渡って怒鳴りあっていた霊獣語が徐々に静かになった。聞き取れるかもという速さになった時には幽き音になりすぎて拾うことができなかった。



 お三方の中で利害の一致をみたのか、誰かが勝ったのか定かでないまま、彼の終焉まで北の御方を介添えに待つこととなった。

 スティルの霊獣が渋々だが介添え役を譲ったそうだ。




 私が北の御方に慣れるまで、しばらくの間はスティルが側にいてくれるらしい。

 スティルの代わりをあの女性がするのかと仰け反りかけた私に、北の御方が苦笑されていた。


「タンシアが霊獣語を話せるなら人など必要ない。望みがあるなら私に言ってくれないか。何でも叶えてやる」



 霊獣をこき使ってもいいような言質を気軽に……端から見れば、私は終りのときを迎えようとしている彼をこき使っていると思われている可能性に気づいた。

 生活の全てを彼が取り仕切っている現状なのだが、それを北の御方は全て引き継ぐお積もりのようである。


 心の奥底に、ため息を押し込んだ。





 彼が終焉したあとの話しをスティルが時折してくる。


「無事に詠唱がすんだあかつきには買い食いに繰り出しませんか。

 故郷の市場では屋台で色とりどりの飴玉を売ってるんです。形や味も無数でどれを買おうかいつも迷います。

 手先の器用な職人は目の前で飴細工を見せてくれます。客の注文にあわせて飴細工をあっという間に作り上げたりして、見てるだけでも飽きません」



 魅力的な誘いである。身を乗り出し返事をしかけたが、スティルの霊獣様が嫌がっていた。

 分かりやすい独占欲。

 私が北の御方と話していも、彼はそんな目で見てくれなくなった。

 鼻の奥がつんとする。




 神官達も終焉時の心得を伝えてくる。割と必死である。


「霊獣からかけられた守護の絆が深すぎると、人は保たないのです。

 霊獣の死去の際その絆に引きずられて、身体が壊れたり心が虚ろになったり。

 タンシア様は北の御方の守護と護玉のおかげで身体の損壊は免れるでしょう。

 あとは気をしっかり保てば大丈夫です」



 情勢として、私が生き残らなければ北の御方の暴走が確実みたいなので。

 彼に守護をかけられている私を見初めたのだから、その守護がなくなれば北の御方は見向きもしなくなるんじゃないかと、私は思っているんだけど。




 最近の彼は穏やかだ。

 夜中にふと気がつくと、撫でられていることが多い。撫でている箇所は護玉が埋め込まれた場所だった。

 痛みを思い出し身体が反射的に、指を拒む。


 そんな傷ついた顔を見せられても……。

 まどろみながら言葉を交わす。



「私の世話に明け暮れて面倒じゃなかった?」

「いいや」

「心配ばかりかけてたのに?」

「痛い思いばかりかけさせた。タンシアが心配でならなかったんだ。

 私はタンシアに出会ってからは幸せすぎる毎日だった」

「心配ばかりするから、お母さん扱いしてたのに?」

「お母さんか……嬉しい言葉だ」


 どうして泣くかな。彼の泣き顔は見たくないのに。



 挽歌だとかもうどうでもいい。これからは彼の笑顔を引き出すような詠唱をしよう。

 元気いっぱいな声で、楽しくて跳び上がってしまいそうなのを、たくさんたくさん。






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