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あめつちにただよう  作者: 渡守
本編
2/13

タンシア(前)



「動き回るのはこれで終りだ」



 私を抱え縦横無尽に世界を駆け巡り続けた彼が、古めかしい上に厳めしい城塞に降り立ち唐突に宣言した。


 連れ込まれた先は、東の最高学府『セシリ』だった。

 彼曰く、ここが終の住処になるそうだ。慌ただしく学府の内殿の一つが明け渡され、私たちの住まいとなった。

 彼の立ち会いの元、神官や文官及び武官が両手の数前後ずつ私の世話係として紹介された。

 私の手足となる人たちで、何かの際には盾にすることを問答無用で誓わされる。いつもながら横暴な彼である。

 人語を解さない私のために、霊獣語に長けた人たちばかりが用意された。既に組み分け等も済んでいるらしく、今回のように一同に会することはないそうだ。

 緊張の面持ちを浮かべた彼等から、打ち揃っての拝礼を受けた。



「タンシア様、どうぞよろしくお願い申し上げます」



 私はここで、彼が死せる時に詠唱する挽歌を神官達から習う。

 彼の終焉に立ち会うなんて、思いも寄らなかった。

 てっきり飽きて捨てられるか、私が先にのたれ死ぬのだと思っていた。



 私につけられた神官達が教えてくれる韻律は、恐ろしいほどに静謐だった。彼をおくるための詠唱だと教えられたが、大人しすぎる韻律がどうしても好きにはなれない。

 陰々滅々すぎて、覚えれば覚えるほど落ち込む。

 引導を渡すとはこれらの韻律を言うのだろう。

 習うことに対して投げやり気味満載の歌が内殿に響けば、彼の不満も溜まっていく。その不満げな様子を鑑みるに、挽歌であったとしても私が楽しく歌うものなら何でもいいのではないだろうか。

 私が歌いたいものと慣例の挽歌との間には、深淵なる溝があるようだった。

 私たちの絶不調な様子に神官達は、怯えを隠しきれていない。

 彼が暴発すれば、堅牢な『セシリ』といえども無事に済むわけが無い。


「陰気な彼の気分を変えた方が、周囲の身のためにもよろしいはずではなくて?」と、思いつつも神官推薦の挽歌を渋々でも歌い続けているのは、打算があるからだ。


 聞かせて不愉快にさせれば、こんな歌で見送られたくないと生きる気力が湧いてくるのではないか。

 それとも底抜けに明るい挽歌を披露して、永久の眠りにつく気を削ぐとか。

 私が楽しく歌えば、彼も死ぬ気なんてなくなるかもしれない。


 きっと私は、その時が来たら華やかで心躍る韻律を詠唱するのだろう。

 絶対に、叩き起こしてやる。



 試しに教えてもらった韻律を自分の気持のいいように歌い上げたとき、幾人かの神官の身体が拍子をとるように揺れたのを見た。

 彼も久々に嬉しそう。

 よしっ、勝ったと確信したのだが、意固地な神官達との相互理解には至っていない。

 彼もまた終焉に突き進んだままだった。


 私に心構えを根付かせるために与えられた時間が静かに過ぎていく。




 何度か願い出ていた表の学府での聴講がようやく許された。

 許可が遅くなったのは、私と同じような霊獣憑きの人が到着されるのを待っていたらしい。

 学府での付き添いをしてくださるとのことだった。



 聴講を前に、紹介を受けた。同じ霊獣憑きという立場に親近感が湧いて仕方が無い。スティルと名乗った男性が柔らかく微笑んでくる。

 知己にあたるのか、霊獣同士も和やかな雰囲気の域を出ない。喧嘩っ早い彼しか見たことが無かったので、安堵した。

 


「私は、霊獣語がさほど得意ではありません。

 解りづらいことがありましたら遠慮なく聞き返してください。

 私の勉強にもなりとても助かります」


 頭を下げるスティルに、人語を解さない私の方が無理を言っているのだからと慌てた。

 先ずは呼びあう時は敬称抜きで、形式張らない関係を築くことを確かめあった。



 少人数対象の講義を聴講する。その時初めて霊獣語での講義の少なさに気づくという間抜けぶりである。

 人語を勉強しようと思い至ったが、それの発音の癖が声帯につくのが嫌なのか、


「訳してもらえ」


 彼の答えはその一点張りで、取りつく島も無い。

 こっそり習おうとしても、相変わらず彼は私の側から離れない。周囲に人がいる場合、気配を消し去ってでも私の前後左右を付いて回っている。

 そのことに気づいているのは、スティルだけだ。


 スティルの霊獣は、野暮用が続いているらしく側にいないことが多々あった。頻繁に置いてかれているスティルは、その動向を随分と気にしているようだった。





 世俗を知らないことになっている私は、あらゆることにうとく善き導きが必要であるらしい。

 使命に燃える文官達の言葉は、醜悪に尽きた。

 我欲にまみれた話しは、私の出自を絡めてくる。

 人語を解さない私に、文官達は霊獣語を駆使して世俗を語った。霊獣語でこれほどまでに生臭い会話もできると知れたのは、良い経験である。

 文官達の話しを耳にしながらも、側にいる彼は何の行動も起こさない。もう興味も湧かないのだろう。

 本当に枯れてきている。


 

 私は、王家や皇族の落胤であったり、貴族の姫君であったり、豪商の愛娘だったり、放浪の民に属していたりと多種多様な出自を聞かされた。

 それが本当なら、私に連なる血筋の方々が各地にいらっしゃるらしい。

 見知らぬご親戚筋は私の安寧に気を配り、学府を卒業した後の住まいまで準備万端だそうだ。



 ある文官が涙を浮かべ語ったものは、放浪の民説。


「この世に生まれて間もなく、まだ乳飲み子であったにもかかわらずタンシア様は彼の御方に強奪されたのです。

 子だくさんであればまだ諦めもついたのかもしれませんが、タンシア様は子どもができないという現実を受け入れて暮らしていた夫婦に生まれた待望の赤児でした。

 ご両親は攫った相手が彼の御方と知りながらもひたすら追いかけ回しました。

 長老達が相手が悪すぎる諦めるしか無いと諭し、このまま続けるのなら一族から追放するとの達しにも屈しませんでした。

 赤児を取り戻すことに生涯をかけ、とうとう砂漠でその命を散らしたのです」



 ある文官は昔語りとともに、私に皇家の証となる装身具を渡してきた。


「離宮に用意されていた御座所でくつろいでいた彼の御方が、タンシア様の泣き声を聞きつけ無理矢理に我がものとしたのです。

 タンシア様を取り返そうと半狂乱になった妃をうとましく思った彼の御方は御座所から離れました。

 妃の深い嘆きを受けて皇家は姫君様を追い求め、何とか数年の内の寸暇だけでも一緒に還御してもらいたいと交渉にあたりました」


 皇家の名前に全く覚えはなかったが、御座所の派手な内装具合を聞き及んで、珍しく何度か泊まったことのある場所だったのを思い出した。



 ある文官は豪商であった一族の衰退劇を語ってくれた。


「里帰り出産をした妻子を迎えにいった豪商は、旅の帰路で生まれたばかりのタンシア様を気狂いに陥っていた彼の御方に奪われました。

 愛娘を取り返そうとひたすら追い続け、乳飲み子の世話に右往左往する彼の御方に何とか取り入ったのです。

 乳母を用立て、ご機嫌を伺い愛娘を取り返そうと画策し続けましたが果たせないまま、一族諸共消滅してしまいました」



 私の過去が文官の数だけ増殖されていく。

 真実はもう定かではなくなっている上に、私は両親とその血族に全く興味がなかった。





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